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⑬最果ての秘境駅に灯がともる〜冬の宗谷本線、雄信内(2025年1月)

比羅夫を定刻に出た列車は、快晴の空のもと順調に走っていた。今日も羊蹄山がはっきりと見える。このまま遅れることなく、無事に雄信内まで行けるのだろうか。宗谷本線は、すぐに運休してしまう路線だ。鹿との衝突による大幅な遅れは、もはや日常茶飯事。どこかで乗り継ぎに失敗したり、大きな遅れが出たりすれば、雄信内にはたどり着けない。

一気に道北まで目指します

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順調な旅の始まり

札幌で特急に乗り換え、旭川に到着する頃には、外は吹雪いていた。騒ぐほどではないが、不安になってくる。乗り換えた宗谷本線の特急の車内でも、胸騒ぎがしていた。昨夜まったく眠っていないにもかかわらず、一向に眠れない。

冬季の保線作業は本当に大変だと思う。感謝しかない。

車窓をよく見ていると、スコップを持って除雪作業に勤しむ作業員の姿をあちこちで見かけた。冬の北海道で列車を走らせるのは、本当に苦労が多いのだろう。鉄道は赤字で、過疎地域では作業員の確保すらままならないはずだ……。こうして鉄道を利用できるのも、彼らの尽力なしには語れない。私は感謝の気持ちでいっぱいだった。

美深駅で撮影したキハ54

旭川から特急を乗り継いで名寄へ。宗谷本線の優等列車に乗るのは、実に30年ぶりだ。当時はまだ特急は走っておらず、急行列車が花形だった。名寄で普通列車に乗り換えると、待っていたのは、かつて急行列車としても使われていた国鉄車両。このディーゼルカーが、私を雄信内まで連れていってくれる。

夕日に染まる大雪原を眺めながら

14時59分に出発した列車の乗客は4名。そのうち1名が飲み鉄で、あとの3名は地元の方のようだった。全員が進行方向左側の席に座っている。私は右側に座ったが、その理由はすぐにわかった。左側の車窓には、雄大な天塩川の流れが広がっていた。私もすぐに、左側の席へと移った。

以前にも書いたが、天塩川は堤が形成されていない、若い川である。蛇行を繰り返し、それに沿って列車も進むため、車窓からは常に川を左手に眺めることができる。今日はまだ川面が見えているが、近いうちに全面結氷するはずだ。雪に覆われた姿も見てみたかった。

美深を出ると寂寥感はいっそう増してくる。雪原の先に人の気配は希薄だ。平坦区間を走る列車は、一定のエンジン音を唸らせながら単調に快走する。時々、思い出したかのように駅に止まり、そして出発するが、誰も乗らない、誰も降りない。

オレンジ色に輝く雪原

雪原が燃えていた。夕日が、蕭条たる大雪原をオレンジ色に染め、緩やかに蛇行する天塩川の川面をきらきらと照らしていた。

反対側に目を移すと、次第に暮れてゆく空を背景に、夕日をいっぱいに浴びた低い山々が浮かび上がっていた。その上には、満月が列車を追いかけるように昇っていた。

驚いた。日本にこんな景色があったのかと……。昨年の秋に乗車したときもそう感じたが、もっと早く宗谷本線の魅力を知るべきだった。快調に飛ばす列車のリズムに魂を奪われ、心が解き放たれるような気がした。もう大丈夫だ。このまま順調に雄信内にたどり着ける、そんな確信が湧いていた。

音威子府、薄暮と闇の移ろいの中で

16時01分、音威子府着。
「出発は17時02分です」運転士さんの放送に、思わずスマホの時計を確認した。1時間後……!? Navitimeで旅している弊害かもしれない。鉄道ファンが言うところの、この「バカ停」を把握していなかった。一刻も早く雄信内に行きたいのに……。

音威子府到着。ここで列車番号が変り、
実質的に別列車となります。

一般の乗客は全員降りた。私は列車の中にいても仕方がないので、ホームに降りた。若い運転士が乗務員室の窓を開けて話しかけてきた。

上の写真と同じ構図。次第に夜になっていく

「写真、撮りますよね。ヘッドライトをつけておきますね。それとも消した方がいいですか?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。撮影にクレームをつけられたのかと勘違いした。

よく乗車した天北線が廃止されてから随分たった

カメラを持った私を見て、停車中にもかかわらず、ヘッドライトをつけておいてくれると言ってくれたのだ。

感激した……。
カメラを持った鉄道ファンと乗務員の間には、いつも緊張感があった。今回の旅でも、山線ではカメラを持っているだけで、乗務員から撮影に関する禁止事項の説明を受けた。昨今、撮り鉄によるさまざまなトラブルが、ネットニュースなどでたびたび報じられている。

冬の日が落ちるのは早い

「わざわざ乗りに来てくれてありがとうございます」と、この運転士さんはお礼まで言ってくれた。お礼を言いたいのはこちらの方だ。ご親切に、本当にありがとうございます。きっとこの運転士さんは、宗谷本線を普段利用している方々からも人気があるのではないかと思う。

さて、1時間もの長時間停車だ。街を散策することもできたが、私は駅に留まっていた。折角ヘッドライトを点けていただいているのだから、列車の写真も撮らなければならない(笑)。

薄暮が、やがて闇の帳へと溶けてゆく。刻々と変わりゆく光の移ろいに、私は心を奪われていた。赤く染まっていた雪原は、夕闇の訪れとともに青みを増し、やがて月明かりを受けて、ひんやりと澄んだ光を放ちはじめた。1月の満月は「ウルフムーン」と呼ばれる。正確には満月は明日なのだが、そんな細かいことはどうでもいい。

鹿との闘い

17時02分、ようやく出発する。ここから先の普通列車は一日3往復。そしてこの列車は宗谷本線の普通最終列車である。運転士はベテランの方に変わった。乗客は飲み鉄と私、そして地元の高校生と思われる少女の3名となった。

すっかり夜になって出発

「あらかじめ申し上げます。筬島から先に鹿が線路を塞いているとの情報がはいっております。鹿の撤去を行うため、この列車はこの先、遅れます」

恐れていたことが起こった。宗谷本線の最大の障害は鹿との衝突である。鹿を巻き込んで、何時間も列車が止まることもある。私が雄信内へ行くのを、鹿に邪魔されることを最も恐れていた。

筬島から上り坂に入る。運転台には二人の乗務員が添乗していた。峠に差し掛かると、すぐに鹿の群れが列車の行く手を阻んだ。列車は何度も急ブレーキをかけ、汽笛を鳴らす。ヘッドライトを点滅させて追い払おうとするが、鹿は同じ方向に逃げるため、まるで鹿を追いかけているような光景が続いた。

鹿と追いかけっこ

やがて、線路の真ん中に座り込んでいる鹿が現れた。線路を塞いでいる鹿とは、このことか……。雪原に鮮血が広がっていた。先を走る特急列車に轢かれたらしい。鹿は生きていたため、撤去もまた難しいようだ。

私は焦っていた。鹿が可哀そうだとかいうよりも、雄信内にたどり着けるかどうかのほうが気になっていた。駅での滞在時間は1時間、上り最終列車に乗って名寄に戻る予定である。列車が1時間以上遅れると、雄信内にたどり着けないかもしれない。

3人の目で鹿を監視

乗務員が線路に降りて、暴れる鹿にロープをかけた。そして谷の方へ引っ張っていった。引っ張られていった跡には鮮血が残っていた。
「ネットに上げるの?」
「そんなことはしません」
最前部で一部始終を見ていた私に、運転士がそう言った。ネットに動画を出したら炎上ものだ。さすがに撮影は控えたが、その光景にはかなりのショックを受けていた。

「何かあったんですか?」と、唯一の一般乗客である少女が近づいてきた。私が説明すると、「ふーん」と言って席に戻っていった。日常茶飯事のことなのだろう。

とりあえず、列車は動き出した。
「さあ、これからどれだけ鹿が出てくるかな」と運転士は言った。確かに、次々と現れる鹿の群れを追いかけながら列車は進んだ。

JR北海道発表の数字をグラフ化

JR北海道の発表によると、宗谷本線での鹿との衝突件数は、2022年が484件、2023年が642件だった。ちなみに、私がよく利用していた1993年は15件だった。

佐久には10分以上遅れて到着した。私にとっては30分くらい遅れたような感覚だったが、あとで調べると意外と遅れていなかった。

天塩中川に到着。少女が降りたため、列車の乗客は鉄道ファンの2名だけになってしまった。

この駅もいつまで残るのか……

もうここからは大丈夫だろう。問寒別、糠南と列車は進む。誰も乗り降りしないとわかっていても、ドアは開き、そして閉まる。一見無駄と思える忠実な動作に、鉄道員の誇りと伝統を感じる。

秘境駅に、灯がともる……雄信内の夜

闇の中から信号機の鮮やかな光が見えてきた。ポイントを渡り、18時23分、雄信内駅に到着した。運転士にお礼を言って下車した。冬の秘境駅に降り立つ……。ようやく目的を達成できた。陸路で来るには遠かった。でも、達成したという充実感があった。

息を止めて撮影

誰もいないホームに降りて、列車を見送る。テールランプが闇に飲み込まれてしまうと、さすがに心細くなった。ここは正真正銘の秘境駅。公式に「ゴーストタウン」と呼ばれる廃墟の集落。そんな場所にひとりぼっち..…ではなかった。

駅舎の窓からこちらを見ている女性がいた。とりあえず声をかける。
「こんばんは……びっくりした」
「こんばんは……人が降りてくるから驚いた」
話を聞いてみると、駅に詰めている除雪作業員とのことであった。利用客0名のこのような秘境駅でも、冬は除雪作業員を配置しなければならない。

灯りがつくと生きている駅という感じがする

日中は廃墟のように感じた駅も、夜になると灯がともり、暖かく見える。駅事務室に灯りがついているだけで、有人駅だった頃を彷彿とさせる。

この駅に留まれるのは、最終の名寄行きで脱出するまで、1時間と少し……。駅舎やホームを観察して過ごす。時間はあるようで、ない。

満月と駅舎

駅舎をバルブ撮影していると、画像に白い霧のようなものが映った。それは私の息だった。ホームを歩くと、雪を踏むたびに「キュッ、キュッ」と乾いた音が響く。極寒地の乾燥した雪は、締まった音を立てる。

駅舎の屋根に掲げられた木製の看板を、裸電球が暖かく照らしている。その上からは、満月の光が突き刺すように降り注いでいた。

駅は生きていた。誰も訪れなくても、廃墟の森の中で静かに浮かび上がっていた。きっと、この夜の光景は生涯忘れないだろう。

凍れる外気温だが、温かく見える

キンキンに冷えた待合室で残りの時間を過ごし、19時37分の最終列車に間に合うようホームに出る。そのとき、聞き取りにくい音声だったが放送が入った。列車は20分ほど遅れるようだ。宗谷本線は名寄より北ではWebによる列車位置案内がない。このような場所で、いつ来るかわからない(来ないかもしれない)列車を待つのは辛い。情報はありがたかった。そして、なんとかこの地を脱出できそうだ。

満月に照らされる宗谷本線の線路

再び待合室に戻り、駅ノートを開く。元旦のページをめくると、Web記事でよく拝見する方の名前を見つけた。初めて見る手書きの文字だった。私も何か書こうと考えていると、構内踏切の警戒音が鳴った。上り列車が到着するらしい。

宗谷本線を支える可憐な笑顔

最終の名寄行きの乗客は、20代の若い男女2人だけだった。仲間同士かと思いきや、幌延駅で偶然出会ったのだという。今日は同じゲストハウスに泊まるそうだ。

撮影のタイミングが早い……早く乗降口に立たないと
置いて行かれそうな不安を感じていた

イケメンの男性は、牧場でアルバイトをするために、この最果ての地を訪れたという。可愛らしい女性のほうは、宗谷本線の除雪バイトで越冬中。今日は幌延駅での除雪作業を終えた帰りとのことだ。
 
除雪作業は重労働のはずだ。こんな小柄で華奢な体のどこに、そんな力があるのだろう。作業を終えたばかりだというのに、彼女は元気いっぱいに、明るく話していた。

鹿を駆除する乗務員、秘境駅のホームを除雪する作業員、零下20度の中で線路を保守する保線員。北海道の鉄道は、こうした人たちの努力によって支えられている。

そんな中、宗谷本線の普通列車は、私ひとりの貸し切り状態だった。そう思うと、なんだか申し訳ないような気がしてきた。

せめてもの気持ちとして、宗谷本線を支える彼女に、お気に入りのお菓子を差し入れた。

これは往路に撮影

列車は糠南を出た。もっと話を聞きたかったが、間もなく問寒別に到着する。この駅も1日の利用客が3名以下の秘境駅だ。2人はここで下車した。2人とも、列車が出発するまで暗いホームで手を振って見送ってくれた。窓を開けて応えればよかった……。

列車の乗客は私ひとりになった。途中、天塩中川から音威子府間で1名だけ乗客がいたが、その後は名寄まで貸切列車状態だった。乗務員は2人……。宗谷本線は大丈夫だろうか。

遅れを取り戻して名寄着。
急行礼文で使われていた急行仕様車だった。

帰り道は鹿に邪魔されなかった。約2時間の乗車時間、眠ることもなく、ただぼーっとしていた。雄信内駅に到達した満足感と、さきほど会話した若者たちのことを思い出していた。二人に元気をもらったような気がした。ほぼ定刻の21時50分、名寄着。これで旅は終わりでも良い気分だったが、明日もまだ旅は続く。深名線の廃線跡、豪雪区間をバスで行く予定だ。

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