⑫秘境駅でひとりぼっちの夜をすごして~函館本線比羅夫(2025年1月)
「ひらふ地区へおいでのお客様にご案内いたします。比羅夫駅からは交通機関がありませんので、比羅夫駅では降りずに、倶知安駅から、路線バスやタクシーなどをご利用ください」
比羅夫駅到着前に変わった放送が流れる。しかし、私はその比羅夫で下車した。

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夜の秘境駅に降り立つ
17時01分。冬の日はすっかり落ちて、まるで深夜のような雰囲気だった。列車のテールランプが闇に吸い込まれてしまうと、私はひとり、秘境駅のホームに取り残された。

辺りの集落は消滅してから久しい。比羅夫はもちろん無人駅だが、立派な木造駅舎が残っていた。誰もいない待合室に入り、元駅員事務所の扉を開けると、そこには別世界が広がっていた。

ここは無人駅の駅舎を利用した「駅の宿ひらふ」。人気の宿だが、1日3組しか受け入れていないため、数カ月先まで予約は埋まっていた。ところが、12月23日にサイトを見ていたら、たまたまキャンセルが出たのか、一室だけ空きを見つけた。

今宵の宿泊客は、私のほかに若い男性が一人いるだけだった。人気の宿だけに、これには少し驚いた。実はもう一組予約が入っていたのだが、インフルエンザにかかってキャンセルになったのだという。
宿の設備について一通り説明を受けたあと、すぐに夕食となった。談話室兼食堂は、かつての駅事務室を改装したものだ。窓の外にはホームが見える。釧網本線でよく見かける、駅舎を利用した喫茶室に似た雰囲気だ。宿の主人は鍋の用意を済ませると、ご自宅へ戻っていった。
列車を眺めながらの夕食
2人の宿泊客は、それぞれ窓の方を向いて座っていた。「どちらから?」と声をかけてみたが、返事はなかった。黙って旅をしたい人がいることは理解できる。ましてや世代の異なる旅人同士だ。仕方なく、ひとりで「いただきます」とつぶやき、鍋に手を伸ばした。

居づらい……。宿泊者と思いきり鉄道談義ができると期待していたが、あまりにも想定外で、悲しすぎた。この宿の部屋は、駅舎内に2室、外のログハウスに1室の計3室だけ。若い男性はデザートを持って、早々にログハウスへと移動してしまい、駅舎に取り残されたのは、私ひとりだった。

ホームに列車が止まる。鍋を食べている私と、乗客の目が合った。日常の光景だと思うが、旅行者にとっては意外な光景かもしれない。ポツンとひとりで食事している私もかなり恥ずかしい。

所在なく部屋の壁を眺めていると、列車のダイヤが貼ってあるのに気がついた。そこには定期列車のほかに、「ラッセル」と書かれた文字が……。

その瞬間、窓の外から列車の音が聞こえてきた。慌ててカメラを取り出したが、構える余裕などなく、大失敗の写真になってしまった。もっと早く気づいていれば撮れたのに。そして、鉄道ファン同士で語り合っていたら、こんなミスはしなかったのに……。走行中のラッセル車、撮りたかった。

食後、ホームに出てみる。待合室の中に設置された扉にはロックがかかっており、駅の利用客が入れないようになっている。宿は駅の待合室でも喫茶室でもないため、冒頭の放送が必要になる。そして、おそらく興味本位で訪れるインバウンド客も少なくないのだろう。注意書きは、日本語以外の言語でも書かれていた。隣の駅は、国際リゾート地・ニセコである。

私は、冬の秘境駅に立って、遠ざかる列車を見送りたいと思っていた。その念願は叶った。そして、次の列車まで、キンキンに冷えた待合室で震えている必要はない。宿の談話室で暖をとることができる……。これ以上の贅沢があるだろうか。

しかし、列車の本数は少ない。待ち時間に、会話を愉しむ相手もいない。無聊をかこっていても仕方がなく、ついスマホに手を伸ばし、今日の旅をインスタのタイムラインに投稿する。こうしたことは本来、家に帰ってからやるものだが、ただ何かしていたかったのだ。

最終の長万部行きがやってきた。撮影のためにホームに出る。スマホで撮ろうとしたそのとき、バッテリーが切れてしまった。さきほどインスタの編集をしていたせいだ。

この日、この駅を出る最終列車、21時28分発の小樽行きを撮影し、就寝することとする。宿のご主人は近所のご自宅に戻られているため、この秘境駅でひとりで過ごすことになる。寂しいといえば寂しいが、秘境駅でひとり過ごすというのも、ある意味レアな体験といえる。
薪ストーブを眺めて物思いにふける
しばらく、薪ストーブの火を眺めていた。燃える炎というのは、いろいろと考えさせてくれるものだ。ラッセル車の撮影に失敗したのは悔しいが、それ以上に、なぜ人から避けられているのか……。そのことをずっと考えていた。

noteのコメント欄も同じかもしれない。私としてはフレンドリーに話しかけたつもりでも、相手にとっては迷惑だったに違いない。

東鹿越や天売島では、若い旅人との出会いが楽しかった。あの頃を思い出して、今回、久しぶりに旅人が集う民宿に泊まってみた。でも、そこはもう、私を受け入れてくれる場所ではないのかもしれない。

そのようなことをずっと考えていると、まったく眠れない。明日は、この旅の最大のメインイベントである雄信内訪問が待っている。宗谷本線はちゃんと走るのだろうか。つい数日前にも、大雪で終日運休していた。函館本線の山線も、雪の予報があれば、問答無用で運休してしまう。心配しても仕方がないが、不安と緊張が重なり、目は冴える一方である。

午前3時すぎ、二階の部屋を出て談話室に降りてきた。ホームの電気は消され、あたりは真っ暗だった。それでも窓際にはりつく。再びラッセル車が通過するのだ。ラッセル車というのは、雪が降っているときしか走らないと思っていたが、どうやらダイヤ通りに毎日運行されているらしい。

真っ暗な中、たしかにラッセル車はやってきた。しかし、さすがに撮影するには無理があった。ラッセルヘッドはかろうじて写ったものの、機関車はまったく写っていなかった。
秘境駅の夜明け
未明、6時46分発のニセコライナーを撮影する。まだ夜が明けきらない群青色の空のもと、札幌直通の3両編成がやってきた。札幌行きの列車が発着する駅であるにもかかわらず、この駅は「秘境駅」と呼ばれている。それが、北海道の現実なのだろう。

夜が明けた駅周辺を歩いてみる。家は点在しているものの、実際に人が住んでいるのは宿のご主人の家だけで、あとは誰も住んでいない。この駅が無人駅になったのは1982年とのことで、過疎化はかなり前から進んでいたようだ。それにしては、2階建ての駅舎は主要駅を思わせるほど立派である。煙突からは薪ストーブの煙が立ちのぼり、駅がまだ「生きている」と感じさせてくれる。

雪はあがった。本当は一刻も早く宗谷本線を目指したかったが、朝食を予約していたため、朝いちばんの列車には乗らなかった。誰とも話せないのであれば、朝食を取る必要もなかったのだが、それはあくまで結果論である。

9時04分発の倶知安行きの列車で、この宿(駅)を離れる。国際的な観光地・ニセコの隣に、こんな宿(駅)があったとは驚きだったが、貴重な体験ができたと思う。夏にはホームでバーベキューが楽しめるらしく、冬よりも人気があるらしい。当然、予約はすぐに埋まってしまうとのことである。

今日は道北の秘境駅、雄信内に向かう。天候は晴れ。まずは、定刻通りに出発することができた。
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