1984年16歳の北海道旅行記(4) ~急行大雪と相生線で行く阿寒国立公園
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若い男女で賑わう夜行急行(急行大雪5号)
札幌駅の6番ホームには夜行急行「大雪5号」※1が停まっている。発車10分前、やはり座席車には立ち客もいるようだ。今日は1両増結され、B寝台車3両、指定席1両、自由席3両が連結されている。たまたま先頭車に1席だけ空席を見つけ、なんとか座ることができた。

車内はやはり若い観光客の男女が多い。高校生から大学生くらいまでが中心だ。皆、元気あふれる様子でビールを飲みあったり、おしゃべりに夢中になっている。斜め前の高校生ぐらいの男女グループもビールを飲んでいる。
気がつくと列車はバックして走っている。遠軽で方向転換し、常紋峠を登っている。朝霧の中、あえぐような速度で進んでいる。車窓には原生林が広がり、道東に来たんだなぁという感動を覚えた。通路を見ると、後ろにも機関車が連結されていた。列車の前後に機関車をつないでこの峠に挑んでいる。
朝6時前になると、あちこちでアラームが鳴る。例の高校生も起きた。女の子はいつのまにか髪を整えている。美幌に6時00分着。かなりの旅人が降りた。ここから阿寒国立公園へのバスが出ているのだろう。私の目的地も阿寒国立公園だ。しかし、1番線の相生線のディーゼルカーに向かった。

観光客に無視されたローカル線(相生線)
6時10分発の相生線※2は、キハ22の1両。発車のベルに急かされて乗車。この路線は阿寒湖を通って釧路に抜ける筈だった。出来ていれば阿寒国立公園の観光はもっと楽だった筈だ。

阿寒湖に行くには、美幌から出るバス(阿寒パノラマコース)が便利である。しかし、私は、バスと並走する相生線に乗車して、終点の北見相生でバスをつかまえるつもりだ。
列車は旭通などというバス停見たいな仮乗降場を出発すると美幌の市街地を抜けた。一面に広がる畑、牧場。木はエゾマツ、トドマツといった針葉樹を見て走る。植生は北に行くと変わる事を知ってはいるが、広葉樹を見慣れた私にとって、まるで異国に来た気がした。
列車は高校前という仮乗降場に停車する。すごいネーミングだ。そして7時15分、終点の北見相生駅に到着した。乗客の大半は鉄道ファンで、折り返しの列車で戻るみたいだ。

阿寒湖畔まで(路線バス)
駅員に聞くと、阿寒湖に向かうバスは駅の向こうの道で手を上げれば停まるという。バスは鉄道駅を無視している。それにしても何もない。バス停ぐらいあると思うので探すが、そんなもの無い。地元の人がいたので聞くと
「あそこの〇〇さんの家の前だよ」と言われる。

7時50分をすぎた頃、「自由乗降」の垂れ幕をぶら下げたバスがやってきた。地元の老人が多く乗っていたが、観光客も多かった。運転士は面白い人で冗談を言うと乗客が笑う。阿寒湖畔まで乗る。
阿寒パノラマコース(定期観光バス)

阿寒湖から定期観光バスに乗る。観光客が多く、2台で出発する、冷房がなく、とても暑い。
<定期観光バスの話の大部分をカットします。バスガイドの話を聞きながら、双湖台、摩周第一展望台、第三展望台、川湯駅、硫黄山、屈斜路湖、和琴半島、美幌峠と巡りましたが、暑くてモヤがかかったような日だったので、眺望はいまひとつ。正直、がっかりでした。紀行文には、ガイドさんの話をまるで議事録のようにギッシリ書いてありました。>

川湯駅で列車に乗り継いだ客が大勢いたが、残った客は若者の観光客ばかり、女11名、男4名であった。それぞれ小グループの旅人であった。私以外の男は、女の子と仲良くなって、バスガイドとともに盛り上がっているようだが、私は最後部でひとりの世界に入っていた。美幌駅に14時45分着。
初めてみるオホーツク海(急行しれとこ3号)
美幌から網走まで乗車した特急「オホーツク3」号は座れなかった。そして網走で16時00分発の釧網本線急行「しれとこ3号」※3は、発車40分前というのに座席はほぼ埋まっていた。やはり若者と観光客が多い。かろうじて確保した山側の窓側に座る。

発車するとオホーツク海が広がる。先程までは晴れていたのに、曇り出して気温もグンと下がった。右側には湿地帯が広がる。いかにも寒々とした景色だ。その中を若い男女グループが歩いている。女性は水着にタオルを巻いていて、あの冷たいオホーツク海で泳いだのかと驚く。

一番海に近い駅北浜を出ると、浜小清水。原生花園のゲの字も考えられないほど花が無い。斜里で知床に行く若者をドドット降ろし、列車は乗車率60%ほどになる。

知床にはカムイワッカ温泉という天然の温泉がある。滝つぼの温泉で、川を30分ほど登って行かねばならず若者のメッカだ。ここは男女混浴だが、女性が入っている時は男は遠慮するとい暗黙のルールがあるとか(遠慮して近くで見守る気でいる・・・幼馴染コメント※5)
緑から山に入って行く。18時16分標茶着。標津線最終列車に乗り換えである。
暮れなずむ無人地帯を行くローカル線
(標津線)
標津線は日本で最も人口密度の薄い場所を走る。急行「しれとこ4号」として釧路から4両編成でやってきた列車の後ろ2両が標津線に直通する。キハ22と44という古い普通列車用の車両で、乗客は急行料金を取られて可哀そうだ。

18時21分出発。これが根室標津行きの最終列車だ。乗車率は良くない。外はだんだん暗くなっていく。しかし、人家の灯りさえ見えない。人間の住んでいる場所を走っている気がしない。心も重たくなる。
砂利道が見えた。人工物があったと思うと駅だった。人が降りる。しかし、家はどこにあるのか・・・。たまに暗い車窓に灯りが見えると、それは牧場だった。
それにしても、何か重いものがのしかかっているような寂しい景色であり、さびれたローカル線だ。やがて中標津。ここはちゃんとした街だ。
すっかり夜になり、20時02分に終点の根室標津に着く。さて、ここから一晩かけてトドワラを目指して野付半島を歩こうと思う。それがどんなに怖いことか、その時はわかっていなかった。

解説
※1 急行大雪5号
札幌発網走行きの夜行列車。当時は札幌起点に、稚内行き「利尻号」、釧路行き「まりも号」、函館行き「すずらん号」という夜行列車が運行されていました。
※2 相生線
1985年3月30日で廃止
※3 急行しれとこ
1986年11月30日で廃止
※4 斜里駅
1998年に知床斜里駅に改称
※5 幼馴染
これを追記したのは幼馴染。これからも所々出てきます。ちなみにカムイワッカは、今はガイドなしには入れません。
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