1984年16歳の北海道旅行記(3) ~ゴーストタウン 夕張
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函館駅にはすでに「おおぞら5号」が停まっていた。すでに衰え始めている街とはいえ、駅はそれなりに貫禄がある。183系新型特急ディーゼルカーの釧路行きは、食堂車がなくなったとはいえ、北海道を代表する列車だ。帰省客、旅行客で混んでいる。座席は確保できず、デッキに立つ。隣に停車している続行列車の、急行「すずらん1号」も混んでいるようだ。向こうは冷房なし。今日は暑い。
函館から夕張まで(特急おおぞら5号)


列車は出発すると、七飯からもう一つの函館本線と分かれる。そして大沼国定公園の南側を通るため、もう一つの函館本線と交差する。 「車窓の右側をご覧ください。大沼国定公園です。大沼は……まもなく駒ケ岳が見えてまいります。駒ケ岳は見る角度によって姿が変わって見えます」 車掌さんの観光アナウンスだ。
森で別線と合流。いよいよ内浦湾だ。昨年、普通列車でここを通った時は曇っていて、とても夏とは思えないくらい寒く、海は鉛色をしていた。1両編成の車内に客がいなくなり、日は暮れてきて、寂しい海を一人で見ているとホームシックにかかったものだ。今日の海は青々としている。浜辺で遊ぶ人もいる。今日はとても暑そうだ。北海道らしくない。
苫小牧から座れて、左手に飛行場が見えて千歳空港着。ここで13時42分発の夕張行き石勝線普通列車に乗り換える。
13時42分。新型ディーゼルカーキハ40の1両編成は石勝線に入った。追分で増結する。石勝線は、スノーシェッドがやけに目立つ。この石勝線は今こそ特急が通る路線だが、以前は夕張線というローカル線だった。普通列車は、高規格の路線を、まるで歩いているようなスピードで走る。開け放たれた窓からムシムシした風が入ってくる。北海道に来たというのにこの暑さ。
やがて「立派な駅」しかない新夕張で、先程まで乗っていた特急「おおぞら5号」※1(千歳空港と札幌間を往復してきた)に追いつかれ、いよいよ夕張支線に入る。石炭列車が見えてくるとまもなく清水沢。ここで降りる15時15着。

夕張のワルツ(三菱大夕張鉄道)
発車の16時05分まで待合室で待つ。やがて南大夕張から列車が石炭車セキ400などをつないで到着した。客車は全国唯一の3軸ボギー台車スハニ6と最新型ナハフ1。もちろんもっとも古い大正生まれのスハニ6に乗る。

車内は国鉄61系とほとんど同じ木製ニス塗りの内装で、ニスでテカテカ。室内灯は白熱灯。座席は木の背もたれ、ビニールシートの座面。車端には「シートを切るな」と警告してある紙が貼ってある。荷物室には木製のベンチが並んでいて、まるでロングシート。 16時05分。ポーというやさしい汽笛とともに列車は動き出した。タタタン・タタタンと三軸ボギー車はジョイントを渡る時にワルツのような音を出す。列車は想像以上にスピードを上げた。
唯一の中間駅の遠幌に着く。駅舎は遥彼方にある。目の前の空地は、石炭積み出しのためのものだったのか・・・。やがて列車は終点の南大夕張へ。車掌さんに急かされて降りる。車掌さんはしかめっ面だ。



折り返しまで1時間半もあるので、シューパロ湖への道を歩く。地図では目と鼻の先の湖も20分はかかる。駅舎と反対の南側を行くと、予備車のオハ1が休んでいた。館内員募集のシールが貼ってある。なぜか悲しい。
サイクリングロード※2を行く。アスファルトになってはいるが、草ぼうぼうでトンネルもあるが、一部が崩れ落ちて土が積もっている。誰も通ってないのだろう。トンネルの先にあったシューパロ湖は単なるダム湖で、美しい静かな湖という期待はあっさり裏切られた。


帰り道は自動車道路を行く。炭住のハーモニカ長屋に近づいてみると、住民がいた。 ホッパーのある駅に戻り、18時39分発の列車で南大夕張をあとにする。ナハフ1型にはカギがかかっていて入れない。車掌さんが私だけ手招きをするので、恐る恐る行くと、車掌さんは引き出しから使用済みの古いキップを取り出し、私にくれた。
行きと違い帰りは鉄道マニアばかりなのに、私だけに切符をくれたので嬉しかった。
白熱灯をつけてもらう。遠くの草むらの中から、鉄筋コンクリートの4~5階建ての団地が見えた。これは廃墟で、まるで幽霊屋敷だ。幽霊屋敷はいくつか見える。廃鉱のため鉄筋コンクリートの団地だけが壊されずに残ったのも、ひどく胸を打たれた。

18時23分清水沢着。車掌にお礼を言って下車した。炭鉱の街は暮れなずんできた。
ゴーストタウン 夕張(石勝線夕張支線)
18時39分発夕張線(石勝線)の夕張行きディーゼルカーは、まるで死んだような廃墟の中を進んでゆく。夕張駅の付近は何もなかった。交番へ行ったが、誰もいなかったので駅に戻り、19時17分発の苫小牧行きに乗る。左手に廃墟の街が広がっているのが見えた。いや、灯のともっている家もある。

本当にびっくりした。夕張炭鉱の廃鉱※3は昨年だった。そのうちこの街もゴーストタウン化するのだろう。もう棄てられた家も多い。
列車は石勝線の本線に出て、新夕張で食事のために降り、特急おおぞら8号に乗り札幌へ行こうと思う。立派な駅があるが、街の灯は少ない。この列車で追分まで行って乗り換え、列車内で夕食をとろう。
この日、もう夜だというのに窓は開けられ扇風機は回っている。夏でも夜は暖房することもある北海道なのに、一体なんだこの暑さは。追分から183系の特急「おおぞら8号」に乗る。弁当は売り切れ。
リクライニングシートでくつろいでいると、普通列車の3倍くらいのスピードで走り、あっという間に千歳空港、そして札幌21時49分着。
解説
※1「おおぞら5号」
現在は札幌と釧路を結ぶ特急ですが、当時は函館発の列車も運転されていました。千歳空港と札幌の間は重複して運転されていました。
※2サイクリングロード
南大夕張から大夕張炭山までの廃線跡。大夕張は人口2万人を数えた大きな街でしたが、現在は夕張シューパロダムの完成で、シューパロ湖が拡大して湖の底に沈みました。
※3夕張炭鉱の廃鉱
北炭夕張新鉱大災害では93名の死者を出し、再建を断念して閉山していました。この時点で稼働していた鉱山は2。訪問時は炭鉱の末期でした。

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