見出し画像

②40年前の記憶をたどりながら~函館本線と岩見沢(2024年1月)

東鹿越駅で出会った若い旅人が語った「最高の景色」。その言葉を確かめるために北海道の東鹿越に向かうことにした。列車の運行が不安定な冬の北海道は避けたい。
しかし、スケジュールの都合がつかず、2024年2月18日と19日の一泊二日となってしまった。列車はちゃんと走るだろうか...…。

せっかく行くのであれば、他にも見たい景色がある。函館本線の山線にも乗りたいし、岩見沢にも泊まってみたい。という訳で、新幹線で北海道に向かい、函館北斗に降り立った。

函館本線の山線を通って岩見沢まで

前の章


インバウンド客で賑わう特急北斗

久しぶりに乗る函館本線の特急「北斗」。
函館北斗駅は多くのインバウンド客で賑わい、新幹線から在来線への改札は大混雑していた。
これも、新幹線が札幌まで延伸されるまでの光景なのだろうが不便さを感じる。

駒ケ岳。シャッターチャンスを逃している…

特急「北斗」の車内も、やはりインバウンド客が多く、私の知っている北海道とはかなり様相が異なっていた。
そうは言っても、雪を纏った駒ヶ岳は変わらぬ姿で、噴火湾沿いを走る車窓の景色も昔のまま。
大好きな森駅の雰囲気も変わっていなかった。

車両も変わり、客層も変わっても、北海道はやはり、私の大好きな北海道のままだ。

長万部でラッセル車が待機中。山線の除雪用だろう

白衣をまとった車窓にくぎ付け

長万部で下車し、山線の普通列車に乗り換える。列車の発車まで1時間以上あるにもかかわらず、ホームはすでに欧米人の旅行客で溢れていた。そして、13時29分発の倶知安行き普通列車は、すでに立ち客が出るほど混雑していた。

これも、私の知っている山線の鉄道旅とは異なっていた。

どの駅も綺麗に除雪されていた

北海道の雪景色を列車から眺めたことはあるが、函館本線の山線では初めてのことだった。今みている純白に染まった景色は、私の想像をはるかに凌駕し、驚きですらあった。

⼆股、⿊松内、熱郛、⽬名、蘭越…知っている駅名が通り過ぎる。かつての大幹線は今やローカル線。使われなくなったホームや線路を見て切なくなるもだが、雪はなにもかもを隠してくれる。新鮮な気持ちで車窓を眺めていた。

尻別川

列車は尻別川に沿って走っていく。
いくつもの峠を越えてきたはずだが、新型車両は坂道をものともせず、軽やかに進んでいく。

やがて、行く手の左前方、山影の向こうから、まるで満を持して登場するかのように、白く巨大な単独峰が姿を現した。

姿を現した羊蹄山

羊蹄山……。蝦夷富士とも呼ばれているが、この呼び方はあまり好きではない。羊蹄山は、あくまでも羊蹄山だ。円錐形というより、むしろ台形と表現したい。その独特の風貌に惹かれて実際に登ってみたが、意外ときつかった。

私はボックスシートに座っているが、インバウンド客たちは、座席の間に入ってきてスマホを車窓に向けている。目前に人が立ちはだかったので、車窓が見えにくくなってしまった。彼らにも、この山は特別に映ったようだ。

大自然の車窓と、通勤電車のような車内

倶知安から先は別の列車に乗り換える。今度の列車は2両編成で、これもインバウンド客でいっぱい。私は一度は座席に座ったが、地元のお婆さんも座れずにいる状況に耐え切れずに席を立った。

羊蹄山が遠ざかって行く

通路を挟んだロングシートでは、インバウンド客の飲み会が始まり、車内は日本の列車とは思えないような騒がしい雰囲気に包まれた。ラグビー・ワールドカップのとき、京王線の車内がまるでバーのようになっていた光景を思い出す。

今度は右手に羊蹄山を眺めながら、峠を越えていく。安易に「神々しい」という言葉は使いたくないが、真っ白な大地に浮かぶその単独峰には、夏とは違った魅力がある。ニセコに暮らす人たちにとっては、きっと心の風景なのだろうな……と思う。

山線は峠越えの隘路。新型車両は坂を苦にしない

余市から先は、本当に満員電車のような状態になってしまった。これが廃止予定の赤字ローカル線なのだろうか。JR北海道の厳しい経営状況を考えれば、安易に増結や増発はできないのも理解できる。こうして乗れるだけでも感謝したいと思う。

オタモイ岬を撮りたかったが
シャッターチャンスを逃している

列車は再び峠を越えてゆく。小樽に到着する前に、オタモイ岬を眺められる区間がある。人それぞれ好みの景色があると思うが、私は列車から垣間見える日本海とオタモイ岬が好きである。列車が廃止されたら、この車窓も過去帳入りしてしまう。記録に残そうとカメラを向けた。

一枚ぐらい小樽の写真を載せておく
スマホの方が綺麗に撮れた

16時27分に小樽到着。今宵は岩見沢に行けばいいだけなので、少し時間があった。そこで、少し街を歩いてみた。インバウンド客が多いのは変わらないが、函館本線の車内で耳にした言語とはまた違った言葉が飛び交っている。ここは昔から観光客で賑わっていたが、最近はオーバーツーリズムで色々と課題があるとか……。

岩見沢に泊まり40年前を振り返る

岩見沢に到着したときにはすっかり夜も更けていた。実はこの岩見沢にも、私にとっての「忘れ物」がある。それは、1983年の青春18きっぷの旅にまでさかのぼる。

岩見沢の旧駅舎1983年撮影

函館本線の夜行列車が到着したのは札幌駅だった。そこから岩見沢駅へ移動し、万字線に乗車した。その後は室蘭本線で苫小牧に向かう予定だったが、フィルムがカメラの中で切れてしまい、岩見沢駅の外に出て、カメラ屋さんで処置してもらった。撮影を再開して最初に撮ったのが、岩見沢駅の駅舎だったのだ。

牧場を連想させるようなその駅舎は、いかにも北海道らしく、今でも「岩見沢」と聞くと、真っ先にその姿が思い浮かぶ。

駅舎が焼失したというニュースを耳にしたとき、北海道民ではない私ですらショックだったのだから、地元の方々の悲しみはいかばかりだっただろうか……。

朝撮影した岩見沢駅

新しい駅は、不夜城のように輝いて見えた。近代的な駅は、今の岩見沢市民にとって、シンボルとなっているのであろう。
当時の思い出をこの駅に重ねるのは無理だとわかっていた。しかし、若い頃の北海道の思い出のひとつであるこの街に泊まる事に意味があった。

街の雰囲気はあまり変わらないような気が…

40年前、この駅で文通相手に電話して、岩見沢にいることを告げたところ、「知らない」と答えられた。鉄道好きにとっては、室蘭本線の起点でもあり、万字線、幌内線を分岐してジャンクションとして知られていた岩見沢。知らない人がいたことに驚いたものだ。

さて、明日は本番。岩見沢から室蘭本線に乗るのも40年ぶり。そしてあの旅人が言った「最高の景色」を見るラストチャンスだ。天気は大丈夫なようだ。

次の章

いいなと思ったら応援しよう!

雨男 話にお付き合い頂いてありがとうございます。 いただいたチップは、旅の振興や歴史的建造物の保存のための寄付などに活用させていただきます。