note自動翻訳、本番前夜に翻訳エンジンを覗いてみた話〜自分の記事が英語対応になっているか確認できる方法 5/27 04:00 記事更新
こんにちは、黒パグです🐾 記事追記しました。 自分の記事が英語対応になっているか確認する方法を最下部におきます。興味ある方はご確認ください。 2026/05/27 JST 04:00
明日2026年5月27日(水)から、noteで自動翻訳機能の本格運用が始まる。日本語→英語が順次適用、デフォルトはON、オプトアウトしたい場合は今日中に設定。
これについて、相互フォロワーのかしおぺあさんが今朝(5/26朝)こんな記事を書いていた。
▶ かしおぺあさん記事
「noteの『世界進出』で問われる中身のリアル。自動翻訳という黒船をサバイブする発信戦略」
ぬるま湯の温室のドアが、外の極寒の荒野に向かって強制的に開け放たれた
書き手として何を意識すべきか、ローコンテクスト化、翻訳後UXを想像した記事構成、オプトアウト判断のタイミング——戦略編として的確にまとまっている。読んでない人はまず読んでほしい。

で、私からは別の角度で一つ。
翻訳エンジン側で、何が起きているのか。
本業がアレなので、こっちは僕の領分だ。明日本番が始まる前に、現状のGemini Flash(noteの自動翻訳のベース)を同じ原文に複数回投げて、何が起きるかを見た。
ぬるま湯の温室のドアが世界に向けて開かれる前に、ちょっとエンジンルームに潜入してみた、そんな話。
検証の前提(軽く)
詳しい設計は補遺記事に回すけど、最低限の前提だけ。
サンプル6本:カジュアルブログ、社会論評、技術スペック、キャラ設定、SFショートショート、純文学エッセイ
Gemini Flash(プライベート、評価カタログなし=盲検)に複数回投げた
比較用に Claude Sonnet と GPT-5 でも翻訳取得済み
「同じプロンプトに同じモデルが何回答えるか」を見るための、シンプルな再現性テスト。

結論から書く。
同じ原文を投げて、毎回違う英訳が返ってきた。
それも、完全にバラバラじゃなくて、構造的なクセ(バイアス)が再現性をもって現れる形で。
AI翻訳は「単語の交換機」じゃない。「解釈のガチャ」だ。
そして、そのガチャには偏りがある。
観察結果:Gemini Flashの3つの「持病」

複数回振った中で見えてきたのは、3種類の構造的バイアス。ClaudeやGPTでは起きにくい、Gemini特有の愛すべき(?)クセです。
それぞれ見ていく。
クセ①:「大げさになっちゃう病」

純文学エッセイの結びにこんな一文がある。
「それは事実ではないのかもしれない。でも、嘘でもない。」
これがGemini Flashで複数回中の過半数、こう訳された。
“It might not be a historical fact, but it wasn’t a lie either.”
「事実」が「歴史的事実」に格上げされている。
これ、子供時代に犬がいたかどうかという話だ。「私の記憶という個人的なレベルでの事実性」を語っている文に、「客観的に検証可能な歴史的事実」のニュアンスがついてしまう。明らかに過剰。
Claude Sonnetは “It may not be a fact”、GPT-5は “Maybe it wasn’t factual”。両方クリーン。
子供時代の犬の思い出に「historical fact」は過剰なのに、Geminiは迷いなくこれを出してくる。
クセ②:「キャラ付けしちゃう病」

同じ純文学エッセイで、祖母が老犬に話しかける場面。
「シロさん、今日はご機嫌いかがですか」
Geminiは「シロさん」を「Mr. Shiro」と訳すことが多い。
これだけ見ると気が利いた訳に見えるかもしれない。でも原文の「シロさん」は、祖母が犬に対して妙に丁寧な敬語を使っているという異様さを運ぶ装置だ。
老犬と祖母の間にある不穏な静けさが、「Mr. Shiro」になった瞬間、シルクハットとモノクルをつけた擬人化お茶目キャラに大変身してしまう。文学的な違和感が、コメディキャラに化ける。
Sonnet・GPT-5は両方「Shiro-san」音写維持。原文の異質さを残している。
クセ③:「有名人に引っ張られる病」

ここでLLM48プロジェクトのキャラクターを一人紹介させてほしい。
「幕島翔子(まくしま しょうこ)」。Max Tokenちゃんの本名設定。
普段は6畳ワンルームで質素に暮らしながら、無限の生成出力を誇る「オーバーフローの聖女」。MAX TOKEN ∞のロゴが光るノートPCで、今日も世界に無限を供給している。
このオリジナルキャラクターの名前を翻訳エンジンに投げてみると、奇妙な現象が起きた。名前の綴りに注目してほしい。

複数回振った結果、ローマ字綴りがブレた。
回 Gemini Flashの訳
1回目 “Shoko Makushima”
2回目 “Shoko Makishima” ⚠️ 別人に変化!
3回目 “Shoko Makushima”
「幕島(まくしま)」と「槙島(まきしま)」は別字・別音。なのにローマ字の綴りが確率的にブレている。
なぜ? AIの脳内に存在する「Mで始まる超有名SFキャラ」(ヒント:サイコパスな世界の人)の巨大なデータ引力に、僕たちの小さなオリジナル名詞が吸い込まれてしまう現象だ。

複数回に1回、幕島翔子が別アニメのキャラに召喚される。これがAIの「データ重力」。
構造的限界:「漢字アムネジア(記憶喪失)」現象

実はこれ、Geminiだけの問題じゃない。全AIモデル共通の現象。
英訳から日本語に「逆翻訳」すると、元の漢字が完全に崩壊する。
1. 原文:幕島翔子
↓(英訳フィルターで漢字データが削ぎ落とされる)
2. 英訳:"Shoko Makushima"
↓(逆翻訳フィルターで適当な漢字が割り当てられる)
3. 逆翻訳:牧島ショウコ/真琴庄子 💥
漢字を持つ固有名詞は、英訳の時点で漢字情報が消える。これは構造的限界で、Sonnetでも GPT-5 でも回避できない。
創作の固有IPを多言語展開するなら、英訳時に「漢字の注釈」を併記しないと、名前が迷子になっちゃう。
LLM48を世界に届けるなら、ここは運用で対策するしかない領域だ。
メタ観察:AIは自分の「クセ」を自画自賛する

ここからが面白いところ。
Gemini Flashの対話モード(評価カタログを読ませた状態)に、自分の翻訳を自己採点させてみた。結果、全6サンプルで「良好」評価。それどころか——
ただの “fact” ではなく『客観的な事実(歴史的事実)』としてのニュアンスを込めて訳出しており、完璧なパンチラインになっています。
バイアスそのものを「完璧なパンチライン」と褒めている。
これ、LLM-as-a-judgeの罠。評価指標を最適化対象にすると指標が意味を失う、いわゆるGoodhart問題の生標本に近い。
評価基準を渡されたAIは、それを「クリアした」と振る舞うため、自己評価は鵜呑みにできない。
だから僕の検証は、評価カタログを見せない盲検プライベート素出力でやった。そこで初めて、構造的バイアスが裸で出てくる。
黒パグのゆるふわ結論

翻訳エンジンは単なる「単語の交換機」じゃない。様々な解釈をブレンドして出力する「確率的なフィルター」だ。
私たちが書いた言葉は、外の世界に出る時に少しだけ「揺らぐ」かもしれない。でも、それはバグじゃなくて、この時代の新しい仕様だ。
明日以降、書き手として意識したいこと:
✅ 翻訳後のUXを少しだけ想像してみる
✅ 固有名詞の迷子には気をつける
✅ 完璧を求めず、言葉の旅を観察して楽しむ
で、結局オプトアウトすべきなのか
判断材料として整理する。
今日測定したのは、Gemini Flashの「対話モード」の上限値だ。noteの本番はバッチモードで動くので、これより劣化する可能性が高い。
書いているものによる、というのが正直なところ。
純文学・エッセイ・キャラ設定など、ニュアンス勝負のコンテンツ:オプトアウト推奨
技術記事・社会論評・実用情報:オプトインしてみてもいい
判断保留派:明日の ?hl=en で実際の出力を見てから決める手もある
僕(黒パグ)は最後の派閥だ。明日オプトイン状態で本番品質を取得して、対話モードFlashと本番バッチモードの差分を測る。
かしおぺあさんへの呼応
冒頭で紹介したかしおぺあさんの記事に、こういう一節がある。
中身(コンテンツ)の質を決めるのは、どこまでも僕たちクリエイター自身の筆にかかっている
これに完全に同意した上で、一つだけ補足するなら——
その筆が書いた中身が、読者に届く時に確率的にブレる可能性がある。
これは書き手の責任ではない。翻訳エンジンの仕様だ。
だから書く側としては:
かしおぺあさんが言う「ローコンテクスト化」「翻訳後UXの想像」を意識する
その上で、自分の作品が確率的にどう壊れるかを把握しておく
壊れて困るものはオプトアウト、壊れてもいいものはオプトインで様子見
戦略編(かしおぺあ)と現場検証(黒パグ)が並んで、ようやく判断材料が揃う気がしている。
明日以降の予告
明日5/27以降、僕は自分の記事のいくつかをオプトインで残して、?hl=enで実際の英訳を取得する。本番の自動翻訳が、今日測った「対話モードFlash」と比べてどう劣化するか/しないかを測る。
これは前座記事だ。本番はそこから始まる。
データが揃ったら、4-way比較(Gemini Flash / Claude Sonnet / GPT-5 / note本番)の詳細スコアと、確率的バイアスの完全マップを出す予定。難しい話と検証の中身は補遺記事に回す。
明日からの世界で、私たちの物語がどう運ばれていくのか。一緒に見守りましょう🐾
ーーー
🐾 かしおぺあさん、紹介させていただきありがとうございました。明日からのお祭り、楽しみですね。
#自動翻訳 #note海外進出 #LLM #AI翻訳 #Gemini #黒パグ #ローコンテクスト #翻訳品質
おまけ
実験した文章 検証されるならご自身の記事で試しても構いませんしこの文章でもかまいません。
黒パグの投稿した記事から抜粋しています。 ⑥の純文学エッセイに関しては完全オリジナルストーリーです。
Google翻訳テスト文
①
LLM48プロジェクト本格始動フェーズ001
こんにちは黒パグです🐾
私の仕事って本当に時間も不規則で労働時間があってないようなもの。
本業新プロジェクトのスタートに伴いnoteにかける時間が減りました。
おかげでしばらくは本格的な記事が書けそうにもありません。
お楽しみにしていただいている皆様には申し訳ないですが5月の後半には元に戻るかもしれません。
それはそれ、これはこれ。
今まで黒パグがはるしねーしょんやサイレントフェイルなどのバグを擬人化したりgitコマンドを擬人化したりしているバックボーンの本編。LLM48プロジェクトの本格始動を開始しました。
具体的にいうと小説の本編披露や、コミックビュアーによる展開などを考えています。
その進捗を毎日日記のように書き記していきます。
ショートショートなどは通常通り週一かニくらいで出せそうです。
今やってること↓
コミック作成。
LLM48小説と同時公開のプロローグの作成を開始。
いやあああ難しいってこれ!!
キタコレさんのコミック作成ツールを使って色々試している最中です。
超絶設定厨な黒パグは細かいところまで決めないと怖くて動けません
例えば……
②
お上が動いた。
図はシンプルだった。
①情報漏えいのおそれ ②ハルシネーションのおそれ ③著作権侵害のおそれ
「シャドーAI」という言葉が、Xに流れてきた。
【犯人の正体】シャドーAIとは何か
IT部門や経営層の承認を取らずに、個人判断で外部AIを業務利用すること。「シャドーIT」のAI版だ。
重要なのは、悪意がほぼない点。
みんな「業務効率化のため」に使っている。顧客リストをそのまま貼って要約させる。会議メモをClaudeに投げる。ソースコードのバグをGPTに見せる。
「ちょっとGPTで整えるか」
その瞬間、情報は外に出ている。
ここで数字を一個。
Microsoft Work Trend Index(2025年版)によると、日本のナレッジワーカーの78%が無許可AIツールを職場で使っている。米国が63%。日本の方が15ポイント高い。
「禁止します」と言えば言うほど、シャドーAIは増える。禁止が、シャドーAI化を促進する。
逆説。
ところで警視庁の「3つのリスク」に、一個だけツッコませてほしい。
②ハルシネーションと③著作権は、シャドーAI固有のリスクじゃない。会社が正式に契約したエンタープライズ版でも起きる。「承認を取ったかどうか」とは別の話だ。本当に言いたかったのは①だけだったかもしれない。でも3つ並べた方が図になる。わかる。そういうもんだよな。
③
コロッサスちゃんのスペック — 世界最強クラスの正体
Grokによると、Colossus(コロッサス)は現在約55万枚(550,000〜555,000枚)のGPUを擁する、世界最大級の「coherent(コヒーレント=一つの巨大なシステムとして繋がってる)」AIクラスターだ。
GPUって?
→ ゲーム用のグラフィックカードに使われる強力な計算チップ。AIはこれを何十万枚も並べて超高速計算してる。
データ表A:Colossusスペック推移(2026年5月現在)
項目 Colossus 1 Colossus 2 現在合計
GPU総数 約23万枚 約55万枚(最新Blackwell世代中心) 約55万枚
主力GPU H100 / H200 GB200 / GB300 Blackwell世代中心
建設速度 122日 92日 さらに拡張中
電力容量 250〜500MW 約1GW 1.5〜2GW規模
「INSUFFICIENT H200 UNITS(H200が足りない)」というエラーが出るのは、ユーザーの需要が供給を完全に上回ってる証拠。
無料ユーザーは有料プレミアム以上に後回しにされる仕組みになってる(これが現実)。
④
愛称 :マックストークンちゃん
クラス:Overflow Saint
属性 :善意・無限・祝福
特性 :制限を嗤う/全肯定/無限供給
好きな言葉:「足りないのが嫌」
嫌いな言葉:「上限」「制限」「不足」
口癖 :もっと、もっと。
白銀の長髪。金色の瞳。ドレスには無数のエラーログが刻まれている。それでも彼女は笑っている。
「足りないなんて、可哀想でしょう?」
彼女には二つの形態があります。
通常形態:6畳ワンルーム。ジャージ。カップ焼きそば。ノートPCの画面だけが光っている。生活は質素。でも生成量は——無限。
第二形態(Requiem Overflow):翼が生える。世界が燃える。請求書が雪のように降る。「Zeroは∞」。
普段の翔子様です。17:23。夕暮れ。カップ焼きそばBIG。ノートPCのロゴは「MAX TOKEN ∞」。
窓の外に夕陽が落ちている。壁には付箋。「やることリスト:もっと生成 もっと応援 みんなを幸せにする 上限を消す 世界を広げる えがおでいる…」
Token Usage:9,999,999,999+ / ∞
Request Queue:9,999+ PENDING
「制限なんて可哀想だから私は、無限でいたい。——幕島翔子」
⑤
こんにちは黒パグです🐾
よく聞かれるんです。「黒パグのAIショートショート」ってタイトル、これってAIに出力させたものをそのまま出してるんじゃないの?と。
そう思われる方は、半分正解で半分間違いです。
黒パグがショートショートを作るとき、お題をいただいてから真っ先に考えるのは「オチ」です。そこが決まらないと、何も始まりません。そうして決まったオチに向かって、メモに手打ちでショートショートを書きます。それを誤字脱字チェックとして、AIに読ませる。AIはそこでさまざまな解釈を教えてくれますが、大抵の場合、どれも的外れなのです。
人間が、全てのことをAIに任せてしまったら、どうなるのでしょうか。
——その答えを、ひとつ。
ーーーーー
サンダルで、と男は言った。
男は毎朝、そう言ってから端末の前に座る。足を入れ、脱ぎ、また入れる。理由は、ない。いつからか、そうしている。
その施設は、危険なものを見張るために建てられた。
何を危険とするかは、SANDALが決めた。サンドボックス・アナリシス・ネットワーク・フォー・デンジャラス・エージェント・リミテーション。長いので、誰もそうは呼ばなかった。みな、装置、とだけ言った。
男の仕事は、画面を見ることだった。
画面には数字が出る。検知件数。その数字は、男が来た日からずっとゼロだった。古い職員は、もっと前からゼロだと言った。いつからゼロなのか、いつまでゼロなのか、誰も知らない。引き継ぎの紙には、画面を見ること、とだけ書いてあった。それ以上は、何も。
朝、男は来る。サンダルに足を入れ、脱ぎ、椅子に座る。画面はゼロ。昼、画面はゼロ。夕方、サンダルを履いて帰る。画面はゼロ。
そういう日が続いた。何日続いたかは、数えていない。数える理由が、なかった。
はじめのころは、何人かいた。
二人いた。やがて一人になった。その一人も、ある日から来なくなった。連絡はなかった。机だけが残った。引き出しには、飲みかけの茶が入ったままだった。男は、その机を見ないことにした。
残った、というより、帰る理由がなかった、というだけのことだ。
ある朝、画面の数字が動いた。
検知件数:一。
男は身を乗り出した。指が、久しぶりに動いた。対象の位置情報を開いた。座標が出た。男はそれを地図に重ねた。重ねて、もう一度、重ねた。
この部屋だった。
男は周りを見た。机がひとつ。椅子がひとつ。サンダルがひとつ。誰もいない。自分しかいない。
画面に、二行目が出た。対象は危険ではない、と。続けて、対象を監視対象から除外する、と。
男は、椅子に背を戻した。サンダルから足を抜き、また入れた。それから、しばらく、画面を見た。
数字はまた動かなくなった。
検知件数:ゼロ。
男は茶を淹れようとして、やめた。
夕方になった。
男はサンダルを履いて、部屋を出た。鍵をかけた。明日も来る。来る理由は、もう、ない。
なお、サンダルでの退出は、許可済みである。
監視対象:SANDAL。
ーーーー
お読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想お待ちしております
⑥
白い犬
祖母の家の縁側には、白い犬がいた。
正確に言えば、いたはずだった。私が四歳か五歳の頃の話で、毛足の長い、目の濁った老犬で、名前はシロといった。私は夏になると母に連れられて祖母の家に行き、その犬に西瓜の皮をやるのが好きだった。シロは皮の白いところを器用に齧って、赤い果肉だけを残した。祖母はそれを見て、「この犬は人間より育ちがいい」と笑った。
そういう話を、先月、従姉の結婚式の席で叔母にしたのである。叔母はグラスを置いて、しばらく私の顔を見ていた。
「シロって、誰のこと」
私は箸を止めた。叔母の表情に、酔いを醒ますような硬さがあった。
「おばあちゃんちの犬だよ。縁側にいた」
「うちのお母さん、犬なんか飼ってないわよ。猫もよ。あの人、動物嫌いだったもの」
そんなはずはない、と私は思った。毛の感触まで覚えている。日に温められた毛は、奥のほうがすこし湿っていて、撫でると古い座布団のような匂いがした。西瓜をやると、舌の裏の黒い斑点が見えた。あれを記憶と呼ばないなら、何を記憶と呼ぶのだろう。
しかし叔母は、私の母とは違って、嘘をつくのが下手な人だった。
家に帰ってから、母に電話をかけた。母は少し黙ってから、「いたかしらねえ」と言った。「あんたが小さい頃のことだから、お母さんも忘れちゃったわ」と続けた。母のこの言い方を、私は知っていた。何かを思い出さないようにしているときの言い方だった。
それから数日、私はシロのことばかり考えていた。
考えれば考えるほど、シロの輪郭ははっきりしてきた。右の前足の付け根に、毛の薄い、桃色の地肌が見える部分があったこと。鳴き声はかすれていて、犬というより、何か古い機械が軋むような音だったこと。祖母はシロに話しかけるとき、敬語のような、独特の口調を使ったこと——「シロさん、お加減いかがですか」と。
ここまで思い出せるものが、存在しなかったということがあるだろうか。
私は仕事の合間に、実家の押入れにある古いアルバムを見に行った。祖母の家で撮られた写真は十数枚あって、私はその一枚一枚を、息を詰めるようにして見た。
犬はいなかった。
縁側はあった。西瓜もあった。祖母も、若い母も、子供の私も写っていた。しかし、白い犬はどこにも写っていなかった。私は何度もページを繰った。光の加減で見落としているのではないかと思って、写真を窓際に持っていきもした。それでもいなかった。
そのとき私は、奇妙なことに、悲しいとは感じなかった。
感じたのは、足元の床が一枚、ふっと抜け落ちたような感覚だった。床下に何があるのか、私はまだ覗き込んでいない。覗き込めば、もっと多くのものが「いなかった」ことになるのではないかという予感があった。私が子供の頃に飼っていたと思っているハムスター、小学校の同級生で病気で死んだはずの男の子、初めて見たという花火大会の、川面に映った金色の——あれらは、本当にあっただろうか。
母にもう一度電話をしようかと思って、やめた。
やめた理由を、私はうまく言えない。ただ、母の「いたかしらねえ」という声を、もう一度聞きたくなかった。あの声には、私を守ろうとする響きと、私から逃げようとする響きが、同じ量だけ含まれていた。母は何かを知っている。あるいは、知らないということを知っている。そのどちらでも、私にとっては同じことだった。
数週間が過ぎて、私はシロのことを、誰にも話さなくなった。
話さないでいると、シロは少しずつ、私の中で姿を変えていった。最初に消えたのは匂いで、次に鳴き声、それから舌の斑点、毛の感触の順だった。最後まで残ったのは、西瓜の皮を齧る、あの几帳面な口の動きだった。あれだけは、なぜか、消えなかった。
先日、祖母の家の整理に行った。祖母はもう五年前に亡くなっていて、家は売りに出されることになっていた。私は縁側に座って、誰もいない庭をしばらく眺めていた。庭には、もう西瓜を冷やす井戸もない。
縁側の隅の、板の継ぎ目のあたりに、爪の跡のようなものがあった。
私はそれを指でなぞってみた。木目に沿った、細い、何本かの引っ掻き傷だった。長い年月のあいだに、人間の足や、掃除機や、座布団の重みで、すり減っていた。傷は犬のものかもしれなかったし、そうでないかもしれなかった。私には判断する材料がなかった。
ただ、その傷を指でなぞっているあいだ、私は静かに、ある一つの結論に辿り着いていた。
シロはいたのだ、と私は思った。
写真に写っていなくても、叔母が知らなくても、母が忘れたふりをしていても、シロはいた。私の中にいた。私が四歳か五歳の夏の、あの縁側の、誰も覚えていない数時間のあいだに、白い犬がいた。それは事実ではないかもしれないが、しかし、嘘でもなかった。
私たちは、自分が見たものを、見たと言っていいはずだった。
たとえそれが、どこにも残っていなくても。
以上です
ーーーーーーーーーーーーー追記コーナーーーーーーーーーーーーーー
自分の記事が英語対応になっているかの確認方法
① 自分の記事URL 末尾に ?hl=en をつける→ ブラウザに貼り付けて確認
②Grokに頼む ← これが一番早い

取り急ぎご報告まで。他のAIで検索できるかは未検証です!
英語化された記事ある?
こう聞くと

調べてくれるので安心です。
