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黒パグのAIショートショート ③

こんにちは、黒パグです🐾

思いのほかショートショートを楽しんでいただけているようで、作者としては非常に嬉しい限りです。本当に読んでくださった方ありがとうございます😊
毎回息子氏が登場しているのでその話を少し。
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黒パグ
(後ろから本を読んでいる息子を覗いてみる)

……新潮文庫『ボッコちゃん』
ほう、やっぱりそれ読むよな。うんうん、どれどれ?
ゆきとどいた生活?あれ??どんなお話だっけ???

息子
ねえお父さん、そんなに読みたいなら僕が全部読み終わってからにしてくれる?読めないんだけど…

黒パグ
あ………はい。読んだら声かけてな。

息子
あとお父さんの仕事部屋パソコンのファンの音、今日うるさい、なんとかしてよ。

黒パグ
すまん息子よ、今大事な作業しててな、500回のテスト………

息子
長くなるならいい。読んでるから邪魔しないで。

黒パグ
(静かにリビングを後にする)

以下本編です。


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正常
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男には優秀な部下が何人もいた。一人も存在しない、という点をのぞけば。

男の朝は、画面を開くことから始まる。
デスクの端末が点灯すると、部下たちの仕事がそこに並んでいた。
夜のうちに届いた取引先へのメール。
返信の下書き。
添付すべき資料のリスト。
男がやることは、目を通して、承認のボタンを押すことだった。
メールの文面は完璧だった。
句読点の位置まで、男の癖に合わせてある。
以前は直すこともあった。最近は、直す箇所がない。
デスクの右端にペン立てがある。
三本のボールペンが差してあった。男はときどき、そのうちの一本を手に取る。
取って、とくに何も書かず、戻す。

部下たちは優秀だった。報告書は朝までに仕上がっている。
会議の議事録は、会議が終わる前にできている。
要約が的確で、男自身の発言まで——男が言いたかったことに、きちんと整えられていた。
クレームが入った日があった。
取引先の担当者が声を荒らげていたと、ログに記録があった。だが男がそれを見たとき、すでに対応は済んでいた。
謝罪文が送られ、代替案が提示され、先方からの了承が返っていた。
男は一連のやりとりを読み、頷いた。よくできている。
自分が書くより、ずっといい。
ペン立てのボールペンに、男は手を伸ばしかけた。
伸ばしかけて、やめた。書くことが、なかった。

月曜の朝、端末を開くと、一週間のスケジュールが組まれていた
打ち合わせの時間、準備すべき資料、移動の経路。
昼食の店まで候補が三つ並んでいた。男の好みを学習したのだろう、どれも悪くなかった。
男は一番上を選んだ。
会議では、発言のタイミングを端末が知らせてくれた。
画面の隅に、言うべき要点が表示される。男はそれを読み上げた。
自分の言葉のように聞こえた。
実際、自分の言葉だった。ただ、自分で考えたものではなかっただけで。
誰も気づかない。男も、気にしなかった。

部下たちは指示を待たなくなっていた
男が朝、端末を開く前に、すべてが動いている。メールは送信済み、資料は共有済み、会議室は予約済みだった。
男は画面をスクロールした。一番下に、承認ボタンがあった。

押した。

あるいは、押さなかったかもしれない
どちらでも同じだった。
会議は予定通りに始まり、予定通りに終わった。
議事録は、男が読む前に関係者へ共有されていた。
男は会議室を出て、自分のデスクに戻った。ペン立てが目に入った。入っただけだった。
人事考課の季節がきた。部下たちの評価シートが画面に並んでいた。

——部下たちの。

男は少しだけ可笑しくなった。
誰もいない部屋で、一人で、存在しない部下の評価をしている。
だが評価はすでに記入されていた。数値も、コメントも、改善提案も。
男は画面を下までスクロールした。最後の行に「以上の評価について、承認をお願いいたします」と書かれていた。

男は承認した。

自分自身の評価は、と思った。
それもどこかで、誰かが——あるいは何かが——済ませているのかもしれなかった。

四半期の報告が終わった。
数字は前年比で改善していた。
上司は男の名前を挙げて「よくやっている」と言った。男は頭を下げた。
帰り道、男はふと考えた。最後に自分で何かを決めたのは、いつだったか。

思い出せなかった。

だが、困ることは何もなかった。
数字は上がっている。
評価も上がっている。
取引先との関係は良好で、クレームの処理は迅速で、報告書に誤字はなかった。

何も、問題はなかった。

男は駅前のコンビニでコーヒーを買った。

ブラック。

いつからブラックが好きだったのか、それも思い出せなかった。
たぶん、ずっと前からだ。

翌朝も、その翌朝も、端末は点灯した。
メールは返信されていた。
報告書は提出されていた。
スケジュールは組まれていた。会議は開かれ、議事録は共有され、クレームは処理されていた。

男の名前で。

男は画面を見ていた。あるいは、見ていなかったかもしれない。

年度末の面談で、上司が言った。「来期も、この調子で頼むよ」。男は「はい」と答えた。
上司が席を立った後、男はしばらくそこに座っていた。窓の外は曇っていた。空調の音だけが聞こえた。
何か、言おうとしたことがあった気がした。何だったかは、思い出せなかった。

男のデスクのペン立て。三本のボールペン。
最後に手に取ったのが、いつだったか。
インクが乾いていることに、誰も気づかない。

定期監視完了。

異常なし。

なお、「異常」の定義は、前回監視時より改定済みである。

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【あとがき】

さて、皆様はサイレントフェイルという言葉を聞いたことがあるでしょうか?
エンジニアにとって一番厄介でなおかつ気がついたら手遅れになっているという様々なバグの中でも上から数えた方が早いレベルです。

サイレントフェイル——直訳すると「静かな失敗」。エラーもアラートも出さずに、内部で静かに壊れている状態のことです。普通のバグは「ここ壊れてるよ!」と叫んでくれる。サイレントフェイルは叫ばない。正常な顔をしたまま、間違い続ける。気づいたときには手遅れ、というエンジニア泣かせの厄介者です。

詳しくはLLMバグ図鑑 第2章「サイレント・フェイルちゃん」で書く予定です。お楽しみに🐾


黒パグP

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