黒パグ文芸部③ noteAIを使ったらすごいお題をもらったので小説を書いてみた件 #AIとやってみた #連載小説 #SF 第二章
こんにちは黒パグです🐾
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第二章 新しい出会い | 漆黒の生命体が重力を無視して旋回する物理学的考察
——なお、辺境伯令嬢は彼氏を探している—— |
黒い黒パグ @ideal_slug1407 #TALES https://tales.note.com/ideal_slug1407/w6671kmkrbx8p/episodes/etbl610wxhd0m?ss=wsloqlmhg3xax3f
前回までのあらすじ
銀河帝国を舞台にしたSFファンタジー。主人公は、帝国軍総司令官の娘で辺境伯令嬢のミストレルです。彼女はエリート学院を最優秀で卒業しますが、父リコリスは愛娘を危険な前線へ送ることを渋っていました。しかし、母マリアンネが見守る中、ミストレルの強い意志に押された父は、ついに彼女の着任を許可します。物語は、父娘という関係を越え、一人の軍人として司令官の前に立つミストレルの凛々しい姿から動き出します。noteAIからのお題をもとに描かれる、辺境伯令嬢の壮大な航海録の幕開けとなる第一章です。
ーーー以下本文ーーー
第二章 新しい出会い
リコリスは威厳のある低い声で、部下である彼女に問うた。
「グライフェンベルク准尉、奏上したいこととはなんだね?」
さほど大きくはない。だがその声は司令室の隔壁に染み込むように広がり、空気そのものの温度を一段下げた。
壁際に控えていた武官の一人が喉を鳴らし、別の一人が無意識に背筋を正した。
帝国星系軍総司令官がその口調を使うとき、階級に関係なくその場の全員が呼吸を浅くする。
准尉如きが総司令官と直接言葉を交わすなど、通常ならあり得ない。だが今日、彼女はこの場に呼ばれている。
加えて帝国アカデミーと軍大学を主席で卒業している。そしてもう一つ——この司令室にいる誰もが知っていて、誰も口にしない事実がある。総司令官の一人娘だということは、周知されていた。
周知されているからこそ、誰もそれに触れない。
ミストレルは大きく息を吸い込んだ。肺の奥まで、司令室の冷えた空気が入ってくる。軍の作法通りに右足を半歩引き、声を張った。
「閣下! アウトサイダー星系の調査隊に私も志願しましゅ!!」
噛んだ。
盛大に、噛んだ。
司令室の空気が凍った。静寂が、一拍。二拍。リコリスは無表情だった。
だが片方の眉がほんの二ミリほど持ち上がり、机の下で組んでいた指がわずかに解けた。
壁際の武官たちは微動だにしていないように見えたが、よく見ると肩が小刻みに震えている者がいた。
唇を噛み締めている者もいた。
声を出してはならない。笑ってはならない。彼らは全員それを理解していたが、帝国最高の自制心をもってしても、この状況で完全な無表情を保つことは困難だった。
噛んだ本人は——耳の先まで真っ赤だった。首筋にまで赤みが広がっているのが軍服の襟元からわずかに見える。
だが俯かなかった。唇が震えている。目の縁に光るものが浮かんでいる。
それでもミストレル・フォン・グライフェンベルクは正面を見据えていた。涙目で。敬礼の右手は、一ミリも下がっていなかった。
永遠に思えるほどの一瞬が過ぎ去った。リコリスの内心では、今すぐこの席を立ち、娘を抱きしめてしまいたい衝動が胸の底から突き上げていた。あの赤い耳。あの涙目。あの、一ミリも下がらない右手。——だが彼は総司令官だった。
この部屋で、この瞬間、彼は父親ではなく総司令官でなければならなかった。
喉の奥で何かを飲み込み、背もたれに体を預け直した。指が机の縁を一度だけ叩き、止まった。
「ほう………」
一段と低くなったその声に、場の空気が一気に引き締まった。武官たちの背筋がさらに伸びる。笑いの残滓は跡形もなく消え、代わりに緊張の糸が司令室の空気を細く貫いた。
「アウトサイダー星系がヨーグ連邦との緩衝地帯だと知っておきながら、それでも志願すると?」
「はい! 閣下! それでも志願します!」ミストレルの声はまだ微かに震えていた。だが今度は噛まなかった。耳は赤いままだったが、目はもう涙目ではなかった。
「グライフェンベルク准尉。その言葉の意味がわかっておるのか? 危険な任務であることは間違いないのだが」
「わたくしは帝国に生まれ、帝国で学び、そして今、帝国の軍人としてここに立っております。未だ誰の足も踏み入れていない領域がある——それを知りながら、この目で確かめずにいることなど、わたくしにはできません!」
ミストレルの声が、司令室に響いた。
朝食の席で父に志願を申し出た時よりも、はるかに力のこもった声だった。——ただし、その言葉を発している本人の胸の内は、周囲が受け取ったものとはまるで違っていた。
未探索領域。地図の端に描かれた空白。
そこに何があるかわからないという、ただそれだけのことで心臓が跳ねている。
帝都の空は人工照明で、帝都の風は空調で、帝都の全ては管理されている。その外側に、まだ誰も見たことのないものがある。
それを想像するだけで——ミストレルは居ても立ってもいられなかった。
だが司令室の空気は、彼女の言葉をまったく別の意味で受け止めていた。武官たちの間にざわめきはなかった。
ざわめきの代わりに、沈黙が深くなった。
未だ誰の足も踏み入れていない領域——ヨーグ連邦との緩衝地帯にそれを求めるということは、帝国の最前線に自ら身を投じるということだ。
辺境伯令嬢という身分を盾にもせず、安全な後方を選ばず、あえて危険の中へ。
武官の一人が唇を引き結び、別の一人が拳を膝の上できつく握った。
「閣下!」ミストレルはさらに一歩前に踏み出した。
目が、輝いている。「この任務の先にはきっと——わたくしたちがまだ見たことのないものがあるはずです! 新しい出会いが、待っているはずなのです!」
新しい出会い。
ミストレルの脳裏にあったのは、辺境の駐屯地で鍛え上げられた精悍な軍人たちの姿だった。
帝都ではお父様の威光が強すぎて誰も近寄ってこない。
でも辺境なら。遠く離れた星域でなら。もしかしたら——そんな淡い期待が、彼女の瞳を輝かせていた。
だが司令室の誰一人として、その輝きをそのようには受け取らなかった。新しい出会い——未知の脅威との遭遇すら厭わぬ覚悟。
壁際に立つ武官の一人が、小さく、しかし確かに息を呑んだ。別の武官が、思わず背筋を伸ばし直した。
辺境伯令嬢が——帝国で最も守られるべき存在の一人が——自ら未知に向かおうとしている。その姿に、この部屋にいる何人かの武官は、自分自身の初任の日を思い出していた。
だが、その空気を壊すように一人の武官が言葉を発した。
「閣下、グライフェンベルク准尉には荷が重すぎます」
低く、よく通る声だった。静まり返った司令室の中で、その一言は石を投げ込んだように波紋を広げた。声の主は——この部屋に最初に入ってきた男だった。
背が高く、肩幅が広い。先ほどミストレルが無意識に目で追った、あの武官。名はマーシュ・ハミルトン。ハミルトン伯爵家の次男であり、リコリス直属の副官だった。
マーシュは定位置から一歩前に出た。その一歩に、躊躇いはなかった。
「アウトサイダー星系は未探索領域です。通信網も補給線も確立されておらず、ヨーグ連邦との不測の接触が想定される宙域に、実戦経験のない准尉を送り込むのは——」
言葉を選んでいた。一語一語が、慎重に置かれていた。
軍人として正しいことだけを言っている。作戦上のリスク、経験値の不足、補給線の問題。どれも正論だった。反論の余地がないほどに、正論だった。
——だが、マーシュ・ハミルトンという男の心臓は、今、正論とはまるで関係のないところで打っていた。
リコリスは黙ってマーシュの言葉を聞いていた。腕を組み、椅子の背もたれに深く体を預けたまま、片方の目だけでこの副官を見ている。正論だった。
一分の隙もない、完璧な正論だった。実戦経験のない准尉を未探索領域に送り込むリスク。通信も補給もない宙域で不測の事態が起きた場合の対処能力。
どれも作戦立案者として当然の懸念であり、この場にいる武官の何人かは小さく頷いてすらいた。
——だが、リコリスは娘の目を見ていた。
涙の痕がまだわずかに残る目。それでも正面を見据えている目。あの目に「諦めろ」と言える人間は、この銀河に何人いるだろう。
少なくとも自分には無理だった。マリアンネにも、きっと無理だ。止められない。止める理由はいくらでもある。だが、止められない。あの目を、止められたためしがない。
リコリスは一度、ゆっくりと瞬きをした。
そして——ある考えが、総司令官の頭の中で静かに形を結んだ。
目の前に、完璧な正論を述べた男が立っている。リコリス直属の副官。少佐。有能で、自制心があり、判断力に優れ、体格にも恵まれている。
この男は今、准尉には荷が重いと言った。この男は今、アウトサイダー星系の危険性を正確に把握していることを自ら証明した。この男は今——自分から、最も適任である理由を並べ立てたのだ。
リコリスの口元が、ほんの一瞬だけ動いた。笑みではない。笑みには程遠い。だがそれは、長年この男の上官を務めてきた者だけが読み取れる、ある種の——決着の表情だった。
「ハミルトン少佐」
リコリスの声が、静かに落ちた。
「お前の懸念はもっともだ」
マーシュの背筋がさらに伸びた。認められた——その確信が、彼の姿勢に出ていた。
「だからこそ、お前が面倒をみろ」
マーシュの表情が、止まった。
「グライフェンベルク准尉のアウトサイダー星系調査任務への志願を許可する。ハミルトン少佐、貴官をこの調査隊の指揮官に任ずる。准尉の教育および安全管理の一切は——貴官に委ねる」
司令室の沈黙が、質を変えた。武官たちの視線がマーシュに集まる。マーシュは——動かなかった。動けなかったのかもしれない。瞬きが一つ、遅れた。それだけが、この男の内心を示す唯一の綻びだった。
「……拝命いたします」
マーシュの声は低く、平坦だった。完璧な軍人の返答だった。表情にも、声にも、何一つ余計なものは乗っていなかった。
——だがその右手が、一瞬だけ、拳の形になって太腿の横で固まったことを、この部屋で気づいた人間は誰もいなかった。
ミストレルはぱっと顔を輝かせた。志願が通った。それだけで十分だった。アウトサイダー星系。未探索領域。新しい星。新しい空。そして——新しい出会い。胸の中で何かが弾けるように跳ねている。
隣に立つ長身の武官が今どんな顔をしているかなど、ミストレルは見てすらいなかった。
ミストレルの浮かれた気持ちなど、周囲の誰にもわかるはずがなかった。司令室はすでに動き始めていた。静かに、しかし確実に。
* * *
作戦会議室。
司令室からほぼ直線距離にして二百メートル。
志願が許可されてからまだ三時間と経っていない。
だがミストレルがその部屋に足を踏み入れた時、すでに会議室の壁面ホログラムには航路の素案が浮かんでいた。帝国航宙軍は動き出すと速い。
命令系統に曖昧さがない分、一度通った決裁は濁流のように末端まで流れ落ちる。
会議室中央の投影盤に、陽子AIが情報を次々と紡ぎ出していた。帝国の叡智を結晶化した人工知能——その演算速度は人間の思考を待たない。
航路候補、補給計画、想定脅威、通信中継ポイント。データが重なるたびに三次元の設計図が空中に骨格を伸ばし、まだ誰も見たことのない星系への道筋が、この部屋の中で形を持ち始めていた。
そしてもう一つ、ミストレルの目の前に浮かんでいるものがあった。
帝国航宙軍コルベット艦——通称、Black pug。
ホログラムの中で、その艦は青白い光の線で描かれていた。全長はコルベットの標準規格を大きく逸脱していない。だが、その内側が異常だった。
普段は船体に格納される重レーザー砲が四門。誘導追尾型のシーカーミサイル。そして何より——コルベットの船体に、重巡洋艦クラスのジェネレータが押し込まれている。スラスターは超高速機動対応の特注品。自律戦闘機体も複数搭載。装甲に至っては、同クラスの艦艇と比較するのが馬鹿らしくなるほど厚い。
小さな体に、分不相応なほどの牙と鎧。
ホログラムの中で回転するBlack pugの全貌を、ミストレルはしばらく無言で見つめていた。重レーザー砲四門。シーカーミサイル。重巡洋艦クラスのジェネレータ。超高速機動対応スラスター。自律戦闘機体。コルベットの分類を名乗っていること自体が冗談のような装備表が、次から次へと傍らのサブスクリーンに流れていく。
ミストレルは深く、長い息を吐いた。
「お父様やりすぎ………」
その一言が、全てだった。呆れている。感謝もしている。そしてたぶん、少しだけ嬉しい。——だが彼女が今いちばん考えていたのは、この艦を操ることでも、未知の星系に挑むことでもなかった。この重武装の塊で辺境に赴任したら、ますます男の人が近寄ってこないのではないか。その懸念だけが、ミストレルの胸の中でひっそりと、しかし切実に点滅していた。
メインコンピュータは陽電子制御。陽子AIが司令部の頭脳なら、この艦の頭脳は陽電子コンピュータだ。応答速度において陽子AIには及ばないが、単艦での判断処理に特化した設計は、僻地での単独運用を前提としていることを意味していた。
——つまり、帰ってこられなくなった時のことまで考えて造られている。
その含意に、ミストレルは気づかない。
* * *
同じ頃。マーシュ・ハミルトンは、自室の椅子に深く沈んでいた。
腕を組み、天井を見ている。だが目は天井を見ていない。あの司令室の光景が、まだ網膜に焼きついていた。ミストレルが退室した後のことだ。武官たちが順に退出し、重い扉が閉じ、司令室に残ったのはリコリスとマーシュの二人だけだった。
静寂が、質を変えた。総司令官の気配が、父親のそれに戻る瞬間を——マーシュは見たことがある。何度も見てきた。だが今日のそれは、いつもと違った。
「マーシュよ、わかっているな?」
一言。それだけで十分だった。声は低く、静かで、命令の形すら取っていない。だがマーシュの背筋は反射的に伸び、踵が音を立てて揃った。わかっている。この男が「わかっているな」と問う時、それは確認ではない。宣告だ。
「はっ」
短く応じ、次の言葉を待った。リコリスは椅子から立ち上がらなかった。背もたれに体を預けたまま、ホログラムの星系図をぼんやりと見ている。——いや、見ていなかった。目の焦点が、どこにも合っていなかった。
「艦隊は総勢二百隻だ」
マーシュの思考が、一瞬止まった。
「お待ちください、閣下! それではあまりにも数が多すぎます!」
声が出ていた。反射だった。コルベット一隻の調査任務に二百隻の護衛艦隊——帝国航宙軍の常識からすれば、辺境の星系一つを制圧できる戦力だ。調査隊の規模ではない。侵攻作戦の規模だ。
リコリスの目が、初めてマーシュを捉えた。
「なに、これでも足りないくらいだ」
その声に冗談の色はなかった。一片も、なかった。
「艦隊の編成は貴殿に任せる。ただし——万が一もないように心がけよ」
万が一。その言葉の中に、リコリスが詰め込んだものの重さを、マーシュは正確に量り取っていた。万が一という言葉を使う時、軍人は作戦上の最悪を想定している。
だがこの男が今言った「万が一」は、作戦の言葉ではなかった。父親の言葉だった。
マーシュは目を閉じた。椅子の背もたれが軋む音が、静かな自室に落ちた。
ミストレル様——。
その呼び方は、口に出したことがない。出すはずもない。彼女は上官の令嬢であり、今は部下であり、自分は指揮官だ。だが、頭の中でその名前がその形を取るようになったのは、いつからだったか。
彼女を幼い頃から知っていた。聡明だった。辺境伯令嬢として求められる教養を片端から吸収し、それでいて武を疎かにしなかった。
帝国アカデミーでの剣術試験。対航宙戦闘訓練。シミュレーターの成績は同期の誰も追いつけない数値を叩き出していた。そのすべてを、マーシュは知っている。知っているどころではない。軍大学に入ったばかりの彼女の指導教官は、他の誰でもない自分だった。
——いつ惹かれたのだったか。
マーシュは記憶の中を探る。だが、決定的な瞬間というものは見つからない。気がついた時にはもう、手遅れだった。そういう類のものだったように思う。
「マーシュ? 色々教えてね?」
軍大学の訓練棟。初日だった。白い訓練服に身を包んだミストレルが、振り向きざまにそう言った。笑っていた。まだ少女の面影が残る顔で、無防備に、何の含みもなく。
——あの瞬間、自分が何と返したか、マーシュは覚えていない。覚えているのは、返事をするまでに要した間が、軍人としてあってはならない長さだったことだけだ。
「マーシュ? ここわからないんだけど」
戦術学の講義室。端末を挟んで隣に座ったミストレルが、画面を指さしながら身を寄せてきた。何の意図もなかった。
わからないところがあったから、隣の教官に訊いた。それだけのことだ。——だがマーシュの喉は一瞬で干上がり、首筋の温度が跳ね上がった。指先がスタイラスを握り直す。
声が出るまでに必要だった呼吸の数を、彼は今でも正確に覚えている。
三つ。
ミストレルは気づいていなかった。あの時も。今も。おそらく、これからも。
マーシュは目を開けた。天井の照明がぼんやりと視界に戻ってくる。手元には、まだ白紙の艦隊編成表があった。二百隻。コルベット一隻を守るために、二百隻。正気の沙汰ではない。
——だが、あの男の「万が一もないように」を聞いた今、マーシュに異論はなかった。
むしろ足りるのか、と思っている自分がいた。
彼の人生における最大の山場は、まだ始まったばかりだった。
* * *
ミストレル・フォン・グライフェンベルクの足取りは、およそ帝国軍人のそれではなかった。
作戦会議室を出て、士官棟の廊下を歩いている。歩いている、というよりは跳ねている。
ヒールが石床を叩くリズムが明らかに不規則で、三歩に一度ほど妙に軽い音が混じる。つま先で跳ねているのだ。鼻歌が漏れていた。
小さく、しかし確実に。音程は怪しいが、本人の機嫌の良さだけは廊下の端まで響き渡っている。すれ違う兵士が何人か足を止めて振り返ったが、ミストレルは気づいていない。
自室の扉が閉まった瞬間、ミストレルは軍人を脱いだ。
佩剣を腰から外し、ベッドに放り投げる。軍帽も続けて飛んだ。帝国アカデミーと軍大学を主席で卒業した女が、軍帽をベッドに投げている。
それから両手を高く上げて伸びをして、くるりと一回転した。自室だ。誰も見ていない。誰も見ていないということは、何を言っても、何をしても、何を考えても自由だということだ。
——これは、危険な自由だった。
ミストレルはベッドにダイブした。うつ伏せのまま枕に顔を埋め、足をばたばたと動かし、それから仰向けに転がって天井を見上げた。
天井には何もない。だが彼女の目には、天井の向こうに広がる未知の星域が見えていた。未探索領域。辺境の駐屯地。そこに配属された、まだ見ぬ——
「ふふ」
声が漏れた。止まらなかった。
「辺境の駐屯地……鍛え上げられた軍人さんたち……あっ、でもこの際、軍人じゃなくてもいいのかも。辺境って確か交易路も通ってるし……商家の——商家のイケメンさんとか……ふふ、ふふふ」
枕を抱え直す。足がまたばたばたと動く。
「辺境伯令嬢が訪ねてきたらびっくりするよね。『え、こんなところにグライフェンベルクの令嬢が?』みたいな。そこで颯爽と現れたわたくしが——あ、でも軍服だとちょっとお堅いかも。私服……私服どうしよう、私服なんて全然持ってない……いや、そこは現地調達でなんとか……」
妄想の列車はすでにブレーキを失っていた。
「出会いは……そうね、市場がいいわ。辺境の市場で珍しい果物を見てたら、隣に背の高い人が立って——『それ、そのまま食べると酸っぱいですよ。こうやって皮を剥くんです』って! それで手がちょっと触れて——きゃっ」
自分の妄想に自分で悲鳴を上げている。帝国アカデミー首席卒業の才女が、ベッドの上で枕を抱えて転がりながら「きゃっ」と言っている。
もしこの光景を司令室の武官たちが見たら、あの日必死に堪えた笑いなど比較にならない衝撃を受けるだろう。
「あ、でも、言い寄ってくる人に困るかも……ふふ、どうしよう、困っちゃうなぁ! あはは!」
困らない。断言してもいい。だがその現実を告げる者は、この部屋にはいない。
「デートはどうするんだろう……辺境って映画館とかあるのかな。なくても、星がきれいならそれでいいか。二人で船外デッキから星を見て——あっ、待って待って、そもそも出会いのシチュエーションまだ決まってない。市場もいいけど、救助とかもアリかも。遭難した商船を助けて——『あなたが命の恩人です!』——あっ、それはちょっとできすぎ? でもロマンチック……!」
呼吸を忘れていた。一度大きく息を吸い、枕に顔を押し当ててから、天井に向かって最後の一撃を放った。
「それに——お父様の手が届かないところだから! きっとマーシュも応援してくれるよね! あの人真面目だから、『お力になります』とか言いそう。ふふ、きっとそうだわ!」
——マーシュ・ハミルトンが、今この瞬間、自室で白紙の艦隊編成表を前に拳を握り締めていることを、ミストレルは知らない。
あの男が応援などするはずがないことも、知らない。いや、仮に知ったとしても、ミストレルにはその理由がわからないだろう。
なぜならミストレル・フォン・グライフェンベルクにとって、マーシュ・ハミルトンとは「お父様の部下の真面目な人」以上でも以下でもないのだから。
妄想の余韻に浸ったまま、ミストレルは枕を抱えて横を向いた。唇の端が、まだ笑っている。瞼がゆっくりと重くなる。
未探索領域。新しい星。新しい出会い。
——その全てが裏切られることになるとは、この時の彼女は想像すらしていなかった。
第二章 了
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※この小説は企画草案、黒パグ100% 執筆黒パグ100%手打ち
挿絵 Notebook LM
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