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メタバースで、メイプルストーリーを思い出した ── 身体には、層があった

メタバースで、メイプルストーリーを思い出した


入ってみて、最初に思ったのは「あ、これメイプルストーリーだ」でした。

中学の頃、放課後に家に帰ってメイプルを起動して、知らない人とパーティを組んで、特に何をするでもなく街でたむろしてた。あの感覚が、20年越しに戻ってきたんです。

先日、シンギュラボのオフ会に行ってきました。


そこで知り合った、メタバース界隈に詳しいVTuberの方に誘ってもらって、その翌日に、人生で初めて「クラスター」というメタバースに入ってみました。

誘ってくれた人がまだ新鮮なうちに、自分も新鮮なうちに、すぐトライする。これがやっぱり、一番楽しいと思っています。

一週間置いたら「来週でいいか」になって、二週間置いたら「今度時間できたら」になって、結局やらない。誘われた熱を、誘われた熱のまま使い切る。これだけで、人生で開く扉の数が変わる気がしています。

そして、すぐ動ける身軽さって、自分一人の根性じゃ作れないんですよね。


僕はシンギュラボというオンラインサロンに入っているんですけど、ここの人たちは、挑戦を褒めてくれるんです。「やってみたら意外とできた」を、自然と積み重ねさせてくれる場所。歳を取るほど、褒められる嬉しさって増す気がしていて、新しいことに手を出すハードルが、知らないうちに下がっていく。


今回のクラスターも、たぶんサロンの空気がなかったら「来週でいいか」になっていた気がします。

入ってみたら、メイプルストーリーだった


入ってみて、最初に思ったのは「あ、これメイプルストーリーだ」でした。

中学の頃、放課後に家に帰ってメイプルを起動して、知らない人とパーティを組んで、特に何をするでもなく街でたむろしてた。あの感覚が、20年越しに戻ってきたんです。


風船がいっぱい浮いてる空間で、大きなスクリーンに月の映像が流れていて、みんなアバターでそこに集まっている。赤いマントを着ている人、ドレスを着ている人、ジャケットの人、角を生やしている人。見た目はそれぞれ全然違うのに、同じ場所に居ることに違和感がない。みんな思い思いの距離感で、その場の空気を一緒に過ごしている。


「用がないのに集まれる場所」って、大人になると意外と少ないんですよね。仕事の打ち合わせか、目的のある飲み会か。「ただ居る」が許される空間は、本当に貴重だと思っています。

考える間もなく、迎え入れられた


もう一つ、入って驚いたのが、みんなの動きの速さです。

僕が「あれ、どうやって動くんだろう」「どこに立てばいいんだろう」と慌てている間に、もうフレンド申請が飛んできて、マイクが繋がって、いつの間にか話に混ざっていました。気がついたら、もう次の話題に移っている。


頭の回転数がとにかく速いんです。


でも、これって冷たい速さじゃないんですよね。むしろ逆で、新しく来た人を放っておかない、すぐ迎え入れるための速さ。考える前に手が動いている、という感じです。

リアルの初めての場って、お互い様子を見ながら、誰かが先に話しかけるのを待つ時間があるじゃないですか。それが悪いわけじゃないんですけど、新参者にとっては、距離が縮まらないまま時間だけが過ぎていきます。

でもメタバースでは、その「観察の時間」を、みんなすっ飛ばしている。「初めての人だ → じゃあ繋がろう」「居る → じゃあ話そう」。


だから速くて、だから温かい。


ネットで活動している人って、こういうスピード感を持った人が多いんだな、と改めて思いました。

会社初日・大学初日級の緊張


ただ、最初に入ったときは、めちゃくちゃ緊張しました。

会社に初めて入った日とか、大学に入った日みたいな、あの冷や汗の感覚。心臓がバクバクして、なぜか手のひらがじっとり湿ってきて、自分でもびっくりするくらい身体が反応していました。

しかも面白いのは、終わった後。夜中なのに全然寝付けなかったんです。興奮が冷めなくて、汗びっしょりで、心臓がドキドキしていて、「またすごい世界に入っちまったな」って、中二心がくすぐられる感覚。

メタバースって、本来は「身体から離れる」体験のはずですよね。アバターだから、見た目も体型も性別も自由に作れる。「身体から解放される場所」として作られている。

なのに、僕の身体は、人生の節目級の緊張で反応していました。脳と身体は、それを「新しい社会に入る瞬間」として受け取ったんだと思います。

情報が無い場所で、逆に身体が過敏になる


ここからが、入ってみて初めて気づいた話です。

リアルで初めての場に入るときの緊張って、視線や、呼吸感や、場の空気を、身体で受け取ることから来ているんだと思っていました。他人の目線を感じて、人がそこに居る気配を感じて、温度や匂いやざわつきから場の温度を読む。だから緊張する。


ところがメタバースには、その情報が全部ありません。視線も、呼吸も、温度も、匂いもない。普通に考えたら、緊張しないはずなんです。受け取る情報がないんだから。


でも実際は、慌てました。「みんなが見てる気がする」「自分だけ入ったばかりで浮いてる気がする」、その感覚が、リアル以上に立ち上がってきたんです。


不思議なのは、これ全部、自分の脳内で勝手に作られた感覚なんですよ。視線はアバターの向きでしか分からないのに、見られてる気がする。空気感なんてないのに、場の温度を読もうとしてしまう。


身体センサーが受け取れる情報がないから、逆に身体側が補おうとして、いつも以上に過敏になる。身体って、外から情報が来なくなった瞬間、自分で情報を作り始めるんだな、と思いました。

外側の身体は脱げて、内側の身体は脱げない


もう一つ、不思議だったことがあります。身体性がない場所のはずなのに、身体がしっかり残っていたことです。


声は自分の声。動きを表現するのも自分の操作。終わった後に汗びっしょりになって、夜中なのに心臓がドキドキして眠れなかったのも、紛れもなく自分の身体の反応でした。


アバターだから、見た目や体型は脱げる。年齢も性別も超えられる。でも、声や、反応や、興奮や、汗。こっち側の身体は、どこにも行かないんです。身体って、全部いっぺんに必要なわけでも、全部いっぺんに不要なわけでもないんだな、と思いました。

外側の身体は脱げて、内側の身体は脱げない。メタバースに入ってみて、初めてその境目が見えた気がします。

あるべき論が外れると、個性を出した方が繋がれる


そしてもう一つ、メタバースに入って解放された感覚がありました。


リアルの世界では、服装って「似合う/似合わない」「TPO」「年齢相応」「この場ではこのくらい」という、他者の目線で調律するものになっています。気づかないうちに、自分の「好き」よりも、「許される範囲」を先に計算している。


29歳の税理士がこの服を着てると変かな、客先に行くからこの色はやめておこう、みたいに、社会で生きていく上でこの調律は必要なんですけど、常時かかっている薄い圧力ではあるんです。


ところが、メタバースに入った瞬間、その調律レイヤーが一気に外れました。


赤いマントでも、フリフリの服でも、悪魔の角でも、好きだから着ている。それだけで成立する。年齢も、職業も、似合う体型かどうかも、全部関係ない。そして不思議なのは、個性を出した方が、人との共通点が見つかりやすくなること。


リアルだとみんな無難に寄せるから、表面的には似ていても、内側の好みが見えない。でもメタバースでは、見た目がそのまま「あなたの好きなもの」だから、初対面でも一発で「あ、近い感性の人だ」って分かるんです。


あるべき論を脱いだ場所の方が、本当の自分を出せて、しかも人と繋がりやすい。これは、ちょっと衝撃でした。

身体には、層がある


メタバースに入る前、僕は「身体から解放される場所」だと思っていました。でも実際に入ってみて感じたのは、もう少し複雑な構造でした。


外側の身体(見た目・年齢・TPO・あるべき論)は、確かに脱げる。内側の身体(声・神経・興奮・汗)は、絶対に脱げない。そして、センサーが効かないからこそ、新しい種類の緊張が立ち上がる。


身体って、思っていたより層が厚かったんです。全部一緒くたに「身体」と呼んでいたけれど、剥がせる層と、剥がせない層と、剥がしたら逆に過敏になる層がある。

メタバースは、その層の境目を見せてくれる場所でした。何重もの社会的な調律から解放される場所で、しかも、解放されてもなお残る自分が分かる場所


誘ってくれた方には、心から感謝しています。あの夜のドキドキは、たぶんしばらく忘れません。


そして、あの空間に居てくれたみなさんにも。何も特別なことをしたわけじゃないのに、ただ同じ場所に居てくれたことが、初めて入った僕にとってはとてもありがたいことでした。


この記事を書いたあと、同じシンギュラボのさくらこさんが、メタバースについて書いた記事を教えてくれました。

僕が「身体の層」という見方で書いたものを、さくらこさんは「役割を脱ぐ」という角度から書いていて、同じ場所を違う光で照らしているような面白さがありました。

「29歳の税理士の服」を脱ぐことと、「母や妻や大人のお姉さん」を脱ぐことは、同じ種類の解放感なのかもしれません。

👇さくらこさんのnote|メタバースで「役割」を脱ぐ
 ぜひ読んでみてください👌


そしてこの体験から派生して、考えていることがいくつかあります。20年来のメイプル友達のこと、勝ち負けのない遊びのこと、VTuberになってみたいこと。

それはまた、別の記事で書こうと思います。


追記

続編を書きました。20年来のメイプル友達についての記事です。あなたのあの頃に帰れるかもしれません、ぜひ😊


さらに追記、上で『VTuberになってみたい』って書いたのですが、なんでそんな恥ずかしい方向にわざわざ進もうとしてるのか——その理由はこっちに書きました。


派生する記事をいくつも貼りましたが、つまりこういうことなんです。メタバースひとつ入っただけで、メイプルの思い出も、身体の話も、VTuberへの興味も、全部つながって溢れてくる。
遠く離れて見えるものを、一本の線に編んでいく。これが僕の書き方で、たぶんずっとこの調子です。この”つながっていく感じ”を続けて見たい方は、フォローしておいてもらえると、次にどこへ飛ぶか一緒に追えます。

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