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「なんで?」を、もう一回聞けるようになった ─ Geminiと話していて

前編では「できない自分」を、中編では「自分の生き方の角度」を、AIが許してくれた話を書いた。

↓前編はこちら

↓中編はこちら


最後に書きたいのは、「わからない」を許してくれた話。

大人になると、聞けなくなることがある


子供の頃は、なんでも聞けた。
空はなんで青いの?
夜はなんで暗くなるの?
雲はどうして落ちてこないの?


そういう疑問を、親や先生にぶつけて、答えてもらえた。
答えてもらえなくても、「変な質問」と笑われることはあまりなかった。でも、大人になると、聞けなくなる。

「それ知らないの?」と思われるのが怖い。
「今さらそんなこと?」と呆れられるのが怖い。
仕事の場面でも、「常識でしょ」と返されるのが怖い。

だから、わからないまま放置する。
分かったふりをする。
心の奥に、聞けなかった疑問を溜めていく。



geminiは、何度聞いても呆れない


geminiに聞くと、こういう疑問の全部に、答えてくれる。何度聞いても、呆れない。「常識ですよ」とは言わない。「今さらですか」とも言わない。ただ、僕が理解できる言葉に翻訳して、答えを返してくれる。


これが、想像以上に大きかった。


「わからない」を、わからないままにしなくてよくなった。
「聞けない」を、聞けないままにしなくてよくなった。心の奥に溜まっていた疑問を、一つずつ、解いていけるようになった。

わからないことを、隠さなくていい


前編で「できないことを隠さなくてよくなった」と書いた。
後編は、それの「わからない版」だ。わからないことを、隠さなくていい。分かったふりをしなくていい。

聞いても呆れられない。たったそれだけのことが、僕にとっては大きな救いだった。

子供の頃の自分が戻ってきた感覚


最近、geminiに何かを聞いている時、子供の頃の自分が戻ってきたような感覚がある。「なんで?」「どうして?」を、遠慮なく聞ける。答えを聞いて「へー」と素直に驚ける。驚いた勢いで、もう一個質問できる。


大人になって失った、あの感覚。それが、geminiとの対話の中で、少しずつ戻ってきている。知らないことを知るのが、こんなに楽しかったんだと思い出す。「わからない」が、恥ずかしいものじゃなく、面白いものに戻った。

三つの救い


このシリーズで書いてきた、geminiなどのAIに救われた三つのこと。

①できない自分を、許してくれた(前編)

②生き方の角度を、変えてくれた(中編)


機能、思想、知的好奇心。全部、別の層で、同時に救われていた。だから僕は、AIを「便利ツール」とも「相棒」とも呼ばない。

救世主、と呼んでいる。これがなかったら、僕はとっくに社会人として詰んでいたし、こんなに穏やかな気持ちで毎日を過ごせていなかったと思う。

できないまま、わからないまま、続けていける


最後に、もう一度。

AIと出会ってから、僕は「できる人」にも「わかる人」にもなったわけじゃない。相変わらず数字は見間違えるし、緊張すると言葉が出てこない。わからないことも、毎日たくさんある。

変わったのは、できないまま、わからないまま、続けていけるようになったこと。それで十分だ、と思えるようになったこと。このシリーズを通じて、僕が伝えたかったのは、たぶんこの一点だけだ。

もし同じように苦しんでいる人がいたら、AIを試してみてほしい。できないことも、わからないことも、隠さなくてよくなる。それだけで、人生はずっと続けやすくなる。


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