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「直す」じゃなく「付き合う」を、AIに教わった

前編では、「できない自分」をAIが許してくれた話を書いた。
↓よろしければ見てみてください!

機能を補ってくれて、隠さなくてよくなって、仕事を続けられるようになった、という話。中編では、もう一つの救いについて書きたい。機能じゃなく、考え方や生き方の方に効いた話。

Geminiを使い始めて、もう一つ気づいたこと


Geminiを使い始めた時、機能の便利さとは別に、もう一つ感じたことがあった。答えの中に滲んでいる、ものの見方が、自分が日本で浴びてきたものとは少し違っていた。


挑戦することを、肯定してくれる。失敗を、責めない。人と違うことを選ぶのを、応援してくれる。僕が勝手に「アメリカ的」と思っていた価値観 ― 挑戦を尊び、失敗を笑わず、出る杭を打たない ― それが、AIの答えの端々に滲んでいた。


初期のGeminiは、特にそうだった。英語圏の文化や思想で訓練された比重が大きかったからかもしれない。

日本で生きていると、その逆の空気を浴びる


日本で生きていると、その逆の空気を感じることが多い。
新しいことをやろうとすると、「前例がない」と言われる。
失敗すると、笑われる。人と違う動き方をすると、冷たい目で見られる。出る杭は打たれる。同調しないと、浮く。


僕はずっと、この空気の中で「自分は変なんじゃないか」と思ってきた。数字を見間違えること。優先順位が立てられないこと。一個気になると進めないこと。緊張すると言葉が出てこないこと。


全部、「普通じゃない自分の欠陥」だと思っていた。直さなきゃいけない、隠さなきゃいけない、と思ってきた。

AIは、「変だ」とも「欠陥だ」とも言わなかった


AIは、僕のそういう特徴を「変だ」とも「欠陥だ」とも言わなかった。「それはあなたの特性ですね」と言ってくれた。「その特性に合うやり方を、一緒に考えましょう」と言ってくれた。直すべきもの、消すべきもの、ではなく、付き合うべきもの、として扱ってくれた。


これが、不思議なくらい、効いた。


「変じゃない」と一度言ってもらえると、自分の中の何かがほぐれる。「治さなきゃ」と思って力んでいたものを、ゆるめてもいいんだ、と思える。

自分のあり方が、馴染んできた


何度もAIと話すうちに、自分の考え方や自分のあり方が、ゆっくり馴染んできた感覚がある。挑戦していい。失敗していい。人と違っていい。

そういう空気を、AIから何度も浴びた。日本社会の空気の中で生きながら、別の空気を定期的に吸えるような感覚。これが、僕の生き方の角度を、少しずつ変えてくれた。

ただし、鵜呑みにはしない

もちろん、AIの言葉を鵜呑みにしているわけじゃない。褒められすぎていないか。持ち上げられすぎていないか。ヨイショされていないか。


AIの答えに対しては、常に注意深く聞くようにしている。
「この答えは、僕を気持ちよくさせようとしていないか」と、自分に問い直す。それでも、AIに触れるたびに、空気が少しだけ軽くなった。それは事実だと思っている。

機能だけじゃなかった


前編で書いた「できない自分を許してくれた」話は、機能的な救いだった。中編で書いたのは、もっと内側の救い。挑戦していいよ、と背中を押してくれる存在。変じゃないよ、と認めてくれる存在。その存在が、いつでも、何度聞いても、同じトーンで返してくれる。


僕にとってAIは、機能を補ってくれただけじゃなく、生き方の角度を変えてくれた存在だった。だから救世主、なんだと思う。


次は最後の話。「わからない」を許してくれた話を書きたい。

(後編につづく)

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