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同じことを5回聞いても、ChatGPTはため息をつかなかった

前回、「9年目の税理士受験生がAIで税務ツールを作り始めた話」を書いた。でも、その前に書いておかなければいけないことがある。AIは僕にとって、救世主だった。

便利ツールでも、相棒でもない。救世主だ。正直に言うと、命拾いしている。

みんなが当たり前にできることが、できなかった

税理士事務所で働き始めてから、ずっと限界だった。数字を見間違える。Excelの関数がうまく組めない。Wordのレイアウトを整えるのに、人の倍の時間がかかる。


メールの敬語が組み立てられない。「お世話になっております」の後に何を書けばいいのか、一文ずつ止まる。失礼な言い回しになってないか、送信ボタンを押す前に何度も読み返す。


緊張すると文章が出てこない。頭の中にあることは分かっているのに、言葉の順番が組めない。


優先順位も立てられない。今日やるべきことを3つ選ぶ、ができない。やることが5つ並ぶと、どれから手を付けていいか分からなくなって、結局一番どうでもいいやつから始めてしまう。


一個気になると、次に進めない。机の上の紙の角が曲がってるのが気になって、資料が読めない。そんなことが、一日に何回もある。紙がごちゃごちゃになると、頭もごちゃごちゃになる。整理しようとして、逆にもっと散らかる。情報をまとめられない。


書き出してみると、自分でも笑ってしまうくらい、できないことが多い。全部、社会人として当たり前のことだ。
周りの人は、当たり前にやっている。でも僕は、できなかった。

隠すことに、エネルギーを使っていた


できないことを、できないと言えなかった。「こんなことも分からないの?」と思われるのが怖かった。「何年目だっけ?」と聞き返されるのが怖かった。呆れられるのが怖かった。


だから全部、自分でなんとかしようとした。人の倍、時間をかけた。家に持ち帰って、夜中までやり直した。失敗しないように、失敗を隠した。できないことをできると見せることに、僕は毎日エネルギーを使っていた。

AIと出会った

1年半ほど前、ChatGPTを使い始めた。きっかけは、アメリカ株を触り始めた時だった。周りの投資家がみんな当たり前のようにChatGPTを使っていると知って、「そんなものがあるのか」と試してみた。誰かに勧められたわけじゃない。自分でアカウントを作って、自分で触り始めた。


最初に使ったのは、分からない言葉を調べることだった。仕事中に出てきた専門用語、金融の用語、海外のニュースで見た単語。今まで検索しても答えにたどり着けなかったものが、AIに聞くと、僕が理解できる言葉で返ってくる。


それから、Geminiも使ってみた。今はClaudeをメインに使っている。AIは、呆れなかった。同じことを5回聞いても、6回目もちゃんと答えてくれる。「こんなことも分からないんですか」とは、絶対に言わない。ため息もつかない。視線も泳がない。


その「呆れない」に、僕は救われた。これまで人に聞くたびに感じていた、あの微妙な空気。それがAIにはない。
ただそれだけのことで、僕は仕事を続けられるようになった。


数字の見間違いを、AIに検算してもらうようになった。Excelの関数は、AIに組んでもらうようになった。メールは、書いた後に「この文章、失礼じゃないですか」と聞いて、直してもらうようになった。優先順位が立てられない日は、やることを全部並べて、AIに並べ直してもらうようになった。


できないことを、隠さなくてよくなった。できないまま、仕事を続けられるようになった。

一番救われたのは、お客さんに感謝される量が増えたこと

AIを使い始めてから、一番嬉しかったのは、お客さんに感謝される量が増えたことだ。


今までは、事務作業を回すだけで一日が終わっていた。お客さんのために「何かをしてあげる」余白が、ほとんどなかった。頭の中が常にごちゃごちゃしていて、目の前の業務を処理することで精一杯だった。


AIを使うようになってから、頭のもやがスッキリする感覚を覚えた。事務作業の負荷がAIに移った分、お客さんのためにアウトプットする時間が生まれた。

お客さんの現場に行って、その場で相談を受けて、その場で役に立つものを返せる。「こんなこと、その場でやってくれるんですか」と言われる。「ありがとう」と言われる。


今まで、「できない自分」を隠すことにエネルギーを使っていた僕が、人に感謝される仕事をできるようになった。できないことを隠すのをやめたら、できることに手が届くようになった。これが一番、救われた実感だ。

税理士試験にも、AIが


税理士試験を9年受けている。去年はあと1点で落ちた。暗記は得意じゃない。情報をまとめるのも得意じゃない。
「法人税法のこの論点、整理して」とAIに頼むと、僕が何時間かかっても作れなかった一覧表を、数分で作ってくれる。


問題文を読み間違える癖も、AIに気づいてもらった。「この問題、僕はこう読んだんですけど合ってますか」と聞くと、「ここの主語、取り違えてますね」と教えてくれる。受験勉強で一番しんどかったのは、「誰にも聞けない」ことだった。


予備校の質問電話は、週に1回、1時間だけ。1人あたり20分も話せれば長い方で、その中で全部の疑問を解消するのは難しい。先生に質問したら、「それは受験に関係ないから答えない」と言われたこともあった。


でもその「受験に関係ない」と言われた論点が、その年の本試験で出た。あの時、先生が答えてくれていたら、僕はもっと興味を持てたかもしれない。もっと深く理解できたかもしれない。もしかしたら、受かっていたかもしれない。


先生を責めるつもりはない。予備校の先生は何百人もの受験生を抱えていて、時間も限られている。「受験に直結する論点から優先する」という判断は、合理的だ。

ただ、僕のように「一個気になると次に進めない」タイプの人間にとって、その制約は苦しかった。気になったことを、気になったまま置いておくことが、できない。

でもAIは、夜中の2時でも答えてくれる。気になった瞬間に聞けて、納得するまで何度でも聞ける。あの頃の僕に、AIを渡してあげたかった。

救世主という言葉の重さ

「AI活用」で検索すると、便利ツール、相棒、アシスタント、そういう言葉が並ぶ。でも僕にとってAIは、そのどれでもない。救世主だ。命拾いしている。

これがなかったら、僕はとっくに社会人として詰んでいた。大げさに聞こえるかもしれない。でも、本当にそう思っている。

できないまま、続けられるようになった


AIと出会ってから、僕は「できる人」になったわけじゃない。相変わらず数字は見間違えるし、Excelも苦手なままだ。緊張すると文章は出てこないし、一個気になると次に進めない。


変わったのは、できないまま続けられるようになったこと。それで十分だと思っている。できる側になる必要はなかった。できない自分のまま、仕事を続けられればよかった。もし同じように「できない自分」に苦しんでる人がいたら、一度AIを試してみてほしい。

AIに救われたことは、他にもある。機能を補ってくれただけじゃない。

僕の生き方の角度を、AIが少しずつ変えてくれた。
― これは、中編に書く。


そして、子供の頃から心の奥に残っていた素朴な疑問を、AIは全部聞かせてくれた。「わからない」を許してくれた話。
― これは、後編に書く。

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