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<第三話>自分と仕事のズレに悩み、退職・独立に至る44歳4児の父の物語

日系化学メーカー(研究職、技術営業) ⇒ 外資系化学メーカー(市場・技術開発)と、20年間もガリガリの理系・保守的なキャリアから一転、

自身も悩み苦しんだ経験から【中高年の生きる・働くの課題】に今後の人生は取り組もうと、未経験からの人材育成・キャリアデザイン系へと舵を切る方法を模索。

そんな中で条件や給与面が見合いそうな「企業向けコーチング」と「企業研修」系の会社を見つけ、40歳を超えての転職活動が始まった。

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退職への道筋やタイムラインが明確に線が引けると、それまで感じていたストレスやモヤモヤは激減。

ウキウキと職務経歴書を書いたり、エントリーシートを書いたり、SPIの勉強をしたりと、久しぶりに前に進んでいる満足感のある日々を過ごしていた。

かなりのフライング気味に、仕事の引継ぎ書を作成してみたり、年次休の残りを計算をしてみたりと、新生活とその移行期間へと完全に意識が向かっていた。



そして始まった面接。



いざ話をしたり、聞いたりするたびに感じる違和感。

本当に向かいたい方向に向かっているのか、ただただ逃げているだけではないか、などの思いが心の中で勝手に渦巻き気持ちよく返事が出来ず、漠然とした「やりたいこと」を守ろうと心が必死に働いて。

面接で投げかけられた「ご家族は本当に応援してくれますか?」「これからの人生をかける気がありますか?」の問いにも過剰に反応し、素直に返事ができず、面接後にはさまざまな思考が巡りまくって、気づいたら4時間歩いて帰ったり。

現実的で経済的な「悪くない」選択肢を選んでいたつもりだったけど、心から求めていることはどうも違ったようで。中高年の転機はそんな打算的で表面的な策では、本当の意味で解決しないんだろうなという思いもあって。

そんな心の声がホットなうちに、研修会社の選考を辞退。

なぜか好調に四次面接まで選考が続いていたコーチング会社は、コーチング界隈で有名な社長との面談で「君はコミュニケーションがゲームになりやすい、向いていないね」と一言でピシャリ。自分の価値観や、隠し持った不純な目的まで言い当てられた気分で、さすがコーチングの会社やで、と感心しながら清々しい気持ちで転職活動が終了。

三~四ヵ月の転職活動を経て、結局「何か自分でやりたい。良くわからないけど何かやりたい」という気持ちは消えないことがわかり、”中途半端な転職”という選択肢が成仏した。

そんな自分がよく理解できた経験だったものの、現実では次の手を失い、仕事は続き、すぐに再び絶望感に苛まれることとなった。

ということで、選択肢としては二つに絞られた。

①会社を続けながら、副業として次の道を模索する
②興味のある業界へ転職してみる
③いきなりエイっと起業する

①はそもそも10年以上も同じようなことを考えてきて、ましてや子沢山家庭で、子供もまだ小さくて、時間や家事の手が常に足りていない共働きの状態では非現実的で、変化がないなと。

家族との時間を捨てるか、仕事を捨てるかで言ったら、そりゃ選択肢の多さ的にも、まずは仕事でしょうと。そして子供たちが成長して大学やらなんやらでお金がかかるピークは四~五年後に迎えることを考えると、動くなら今でしょ!と、選択肢はこうなりました。

①会社を続けながら、副業として次の道を模索する
②興味のある業界へ転職してみる
③いきなりエイっと起業する

ここまで選択肢が絞れてくると、頭や偶然が勝手に働き出すようで、ここから怒涛の展開を見せます。人生って本当によくできてますね。


次が最後です。


第四話(完結編)はこちら!

物語の始まり、第一話はこちら。


第二話はこちらです。


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