AI印税市場のリアル【1/4】noteのRSL参画が示す「著作権管理」中心軸の移動
100年続いた文章エコシステムの地殻変動―その「兆候」を読み解く
2025年12月9日、noteがRSLへの日本初のパートナー参画を発表しました 。このニュースは、これまで出版社が担ってきた「著作権管理」の軸足が、デジタル・プラットフォームへと構造的にシフトし始めた一つの象徴的な出来事といえます。
かつて音楽業界がデジタル化とストリーミングの波の中で、レコード会社の役割を「音源の販売」から「権利の管理」へと再定義せざるを得なかったように 、出版者も同様の岐路に立たされていると感じます。
なぜなら生成AIは単なる「文章のコピー」を超え、作家が長年培ってきた語彙の癖やリズムやパターン、すなわち「文体」そのものを学習し内部に組み込むと思われる段階まで来ているからです。
これにより、たとえ作品そのもの完コピされなくとも「文体が参照利用される」という、従来の出版構造である「作品が売れて印税が入る」ことが機能しない新しいリスクが表面化しつつあります 。さらに言えば検索結果だけで満足する「ゼロクリック現象」が加速しサイト導線が衰弱している事も無視できません 。
著作権法30条の4において、AI学習のためのデータ利用は原則として自由です。しかし「自由に学習できること」と「無償での提供が義務付けられること」は同義ではありません 。ここを曖昧なまま傍観し続ければ、日本語の豊かなコンテンツ資産は、世界で最も「無償で使いやすいAI学習資源」として固定化されてしまうかもしれません。
世界のAI印税市場という現実を前に、どのように考えるとよいか、構造的な変化の本質を捉えて、建設的な議論を始めるための「たたき台」として出版現場のAI最前線から問いかけたいと思います。
この記事について
⏰ 時間: 約20分(約1万字)
✓ こんな方におすすめ
・著者・小説家・ライター・商業記事関係者
・出版社の経営層・編集者
・法律関係など/AI時代の著作権に関心がある方
・AIサービスの開発者
・AI技術者
・コンテンツ業界の将来を考える方
⚠️ はじめにお伝えしたいこと
この連載は、特定の企業や個人を批判するものではありません。9年以上noteを使い何百本と書いてきました。そして中央公論新社において新規事業開発でAI領域「嫉妬AI辞書プロジェクト」を行っています。ここから見えてきた「今起きている新しい出来事」を、皆さんと議論するためのたたき台として書きます。検索しても出てこないからです。なので批判や反論、代替案を歓迎します。重要なのは、著者、AI技術者、AI法律家、編集者、UXデザイナーなどが集まってこの問題について話し合いを始めることだと考えるからです。

※本記事は筆者個人の見解であり、所属組織の公式見解を代表するものではありません。
池松潤/Jun Ikematsu
コミュニケーションデザイン/事業計画/エクイティストーリー/エンタープライズ営業コンテンツ/マーケティング/コンテンツなど。慶応義塾大学卒/博報堂を経て、スタートアップCEOの壁打ち相手、婦人公論.jp 動画YouTube・新規事業開発担当。AI領域も新規事業開発している。ときどき婦人公論.jpにコラムも。 ⇒https://lit.link/junikematsu
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静かな地殻変動が始まった
2025年12月9日、noteが発表したプレスリリースは、情報感度の高い一部で静かな波紋を引き起こしています。
note、AI時代のコンテンツの権利を守る国際標準「RSL」の日本初、公式プラットフォームパートナーに
「RSLって何?」
「noteがまた何か新しいことを始めたのか」
このニュースは単なる一企業の発表ではありません。
日本の出版業界における「権利の中心軸」が、出版社からプラットフォームへ移動し始めたことを示す象徴的な出来事です。
これは危機であり、同時に機会である
出版社のポジションが一気に崩壊することはありません。
しかし、この状況はかつてのレコード会社がデジタル化とストリーミングの波に揉まれて衰退していった過程に似ています。
デジタル化とストリーミングの波に対応できた音楽会社(ソニーミュージックやエイベックスなど)は生き残り、対応できなかったレコード会社は衰退していきました。出版社も、今まさに同じ岐路に立っているのではないでしょうか。
この記事では、noteのRSL参画というニュースを起点に、今まさに出版業界で起きている「見えにくい構造変化」を整理したいと思います。

100年続いた「出版社中心」の構造が静かに崩れ始めている
前提の確認:出版社は「権利の中心」だった
出版社は100年以上、権利の中心に座る産業でした。
本を出版する権利(出版権)、電子化する権利、映像化する権利、翻訳する権利。これらすべての主要な権利処理は、出版社を起点に動いてきました。著者が書いた原稿は、出版社を通じて世の中に届けられ、出版社が各種の権利を管理してきました。
この構造は、あまりにも長く続いたため、「当たり前」になっていました。
しかし2024年〜2025年のわずか2年で、この前提が静かに揺らぎ始めています。
変化は3つのレイヤーで同時に起きている

変化1:読者行動の変化(ゼロクリック現象)
あなたは最近、何かを調べるときにどうしているでしょうか?
Googleで検索して、出てきた記事をクリックして読む?
それとも、GoogleのAI要約(AI Overviews)やChatGPTで質問して、その答えで満足する?
後者の人が急増しています。これを「ゼロクリック現象」といいます。
具体的なデータを見てみましょう
Google検索の約60%が、どこもクリックされずに終了している
AI要約が表示された場合、クリック率は15%→8%に半減
主要50のニュースサイトのうち37サイトが、前年比でトラフィック減少
つまり、読者は出版社やメディアのサイトに来なくなっているのです。
これが意味すること
出版社は長年、紙のプラットフォームをグリップ(支配)してきました。
その延長で、自社のWebサイトで新刊を紹介し、著者インタビューを掲載し、読者を書籍購入へ誘導してきました。しかしその導線が機能しなくなりつつあります。
AIが答えを出してくれるなら、わざわざ出版社のサイトに行く必要がないからです。
変化2:著者価値の変化(文体がAIに吸収される)
もう一つの変化は、もっと見えにくい。そして気づいている人が少ない。
AIは、文章を「学習」します。
それは単なるコピー&ペーストではありません。
作品の構造、語彙の癖、比喩のパターン、文体のリズム。つまり「作家の個性そのもの」がAIの内部に組み込まれるということです。
具体例で解説します
たとえば、ある小説家が30年かけて磨いてきた独特の文体があります。読者はその文体を愛し、その作家の新刊を待ちます。しかしAIは、その文体を学習し、似た雰囲気の文章を生成できるようになります。
すると何が起きるでしょうか?
「文体だけが利用される」という現象が起きます。
例えばあなたが「夏目漱石の『吾輩は猫である』をオマージュした、『吾輩はコンビニ店員である』を書いてほしい」とAIに頼めばわかります。
ChatGPTの例:
https://chatgpt.com/share/6940f798-7690-8004-9b4a-4e31a5fe7dd5Claudeの例:
https://claude.ai/share/cae49345-818e-4928-9574-7c67507bb94f
かって「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」という書籍が読まれましたが、あんなもんじゃない。もっと精緻に、大量に文体オマージュ(文体パクリといえる)作品を作ることができます。
著者と出版社にとって深刻な問題
このような状況は著者にとって深刻な問題です。なぜなら従来の出版ビジネスの基本は「作品が読まれること」を前提に成り立っていたからです。
読まれなければ、売れない。売れなければ、印税も入らない。
しかしAI時代では、読まれなくても「利用される」のです。
そしてその利用に対して、今のところ誰も対価を受け取っていません。
そんなことが深刻な状況になりつつあることすら認識されていません。

変化3:権利位置の変化
(出版社→プラットフォームへ)
そして最も重要な変化が、このパワーシフトです。
「文章データを誰が使うか」を決める権限が、出版社からプラットフォーム側に移り始めています。
かつての構造
かつて、文章データの利用を管理していたのは出版社でした。
現在の構造
しかし今、その役割を果たし始めているのは、Reddit、Yahoo、Medium、そして日本ではnoteといったプラットフォームです。
これらのプラットフォームは、AI企業に対して明確なメッセージを発信し始めています。
「私たちのプラットフォームにある文章を、AIが学習に使いたいなら、こういう条件でこの金額を払ってください」
そしてAI企業は、実際にその金額を払っています。
出版社は、まだその土俵に立っていません。
そもそもRSLとは何か?
─「文章版JASRAC」を目指す新しい仕組み
ここで、noteが参画した「RSL(Really Simple Licensing)」について説明しましょう。
RSLは、2025年9月10日に発足した非営利の権利管理団体
一言で言えば、「文章版JASRAC」を目指しているような存在です。
厳密には、RSL(Really Simple Licensing)は、2025年に発足した"AI時代の文章利用のための任意型ライセンス管理団体"であり、方向性としては「文章のJASRAC化」を目指した仕組みですが、現時点ではJASRACのような法的強制力や独占的な権利管理機能を持つわけではありません。
しかし注意深く観察していると、明らかにRSLは、文章の世界でJASRACを実現しようとしています。
RSLの3つの特徴
①:集団ライセンスモデル
個々の出版社や著者が個別にAI企業と交渉するのではなく、集団で交渉する
②:機械(AI)が可読な権利表示
Webサイトに「この文章はAI学習を許可する/しない」「許可する場合の条件はこれ」といった情報を、機械が読み取れる形式で記述できる
③:WebインフラのベテランたちであるRSSを作った人たちが設計
RSSという技術を覚えているでしょうか?ブログやニュースサイトの更新情報を自動で取得できる仕組みです。RSLは、そのRSSを作った人たちが再登場して設計しています。
RSLが生まれた背景
なぜRSLが必要になったのでしょうか?
それは、「robots.txt」ではAI学習を制御できないからです。
robots.txtとは、Webサイトに「このページは検索エンジンに登録しないでください」と指示するための仕組み。強制力はありません。Googleなどの検索エンジンは、この指示を守ってきました。しかしAI企業は、必ずしもrobots.txtを尊重しません。無法地帯と化してます。なぜなら、AI学習は「検索」ではないからです。
そこで、AI学習専用の権利表明の仕組みが必要になりました。それがRSLです。
誰がRSLに参加しているのか?
RSLの創設パートナーを見てみましょう。
Reddit(アメリカ最大級の掲示板サイト)
Yahoo
Medium(ブログプラットフォーム)
Ziff Davis(CNET、IGNなどのメディアを運営)
BuzzFeed
USA Today Network
そして日本からは、noteが日本初の公式プラットフォームパートナーとして参画しました。
ここで重要なポイント
主要AI企業(OpenAI、Google、Anthropic)は、現時点でRSLに参加していません。
「え? AI企業が参加していないなら、意味がないのでは?」
そう思うかもしれません。しかしこれは「問題」ではなく「フェーズの違い」なのです。
つまり、今は「供給側(権利者側)の陣取り合戦」のフェーズと読み取ったほうがいいのです。
思い出してください。
音楽業界でも、最初はアーティストや音楽出版社がASCAPに集まり、その後でラジオ局やストリーミングサービスが交渉テーブルにつくようになりました。
RSLも同じ道筋をたどっています。
まず権利者側が集まり、「私たちはこういう条件でライセンスします」という基準を作る。その基準が広がれば、AI企業も無視できなくなる。
これは「陣地拡大戦略」と言えます。
先に権利者側で面積を広げ、標準を作り、後から利用者側を交渉テーブルに引き込む。そういう事が起きていると思った方が的確ではないでしょうか。
なぜnoteは動き、出版社は動かなかったのか?
ここで根本的な疑問が浮かびます。
なぜ、note(プラットフォーム)が先に動いて、出版社は動かなかったのか?
答えはシンプルです。
noteは、文章を「データ資産」として扱ってきた。
出版社は、文章を「商品」として扱ってきた。
この違いが、行動の速度を分けました。
noteの戦略的ポジション ─既存メディアとの深い関係
実は、noteのRSL参画は突然起きたことではありません。
noteは2024年から、着実にAI時代への布石を打ってきました。
そして重要なのは、noteはすでに既存の大手出版社・メディアと深く結びついているという点です。
私自身もnoteは9年使っていて、加藤CEOなど経営層から現場の方までよく存じ上げています。note黎明期(当時の社名は株式会社ピースオブケイクだった)には、出版社の役員を紹介したこともあります。
noteの主要な出資者(の一部)
Google(2025年1月、約5億円の出資で発行済み株式の6.01%を取得)
文藝春秋(2020年12月、資本業務提携。出資額は非公開)
日本経済新聞社(2020年7月、3億円の出資)
つまり、noteは「既存の出版業界の外側」にいるわけではありません。
大手出版社である文藝春秋、そして日本最大の経済メディアである日本経済新聞社が、すでにnoteに出資し協業しています。
文藝春秋とnoteの関係
特に文藝春秋とnoteの関係は興味深い。
私は、文藝春秋PLUS編集長の村井さんが、文藝春秋noteを始めた時から知っています。つい半年ほど前に、私がMCで対談インタビューさせていただきお世話になりました。
2019年11月、月刊「文藝春秋」は初のデジタル定期購読サービス「文藝春秋digital」を開始した際、そのパートナーにnoteを選びました。自社でシステムを開発するのではなく、noteのプラットフォームを使うことを選択したのです。
そして2020年12月、文藝春秋はnoteと資本業務提携を結びました。
これは文藝春秋の98年の歴史で初めての資本業務提携でした。
提携の目的は
クリエイターの発掘と育成
新たなコミュニティの創出
社員交流(文藝春秋側はデジタル技術を、note側は編集技術を学ぶ)
つまり、伝統的な大手出版社である文藝春秋が、デジタル化のパートナーとしてnoteを選び、資本まで入れたのです。
GoogleとnoteのAI提携
2025年1月14日、noteはさらにGoogleと資本業務提携を締結しました。
Googleから約5億円の資金調達
Googleが発行済み株式の6.01%を取得
GoogleのAI「Gemini」をnoteプラットフォームに統合
つまり、noteはGoogleという世界最大級のAI企業と、資本レベルで繋がっているのです。
そしてここで重要なのは、noteは単に提携しただけではなく、すでにAI学習の対価還元を実践しているという点です。
AI学習対価還元プログラムの実績
noteは2025年2月から、「AI学習対価還元トライアル」を実施してきました。
このプログラムの仕組みはこうです▼
①:noteユーザーが、自分の記事をAI学習に提供するかどうかを選択できる(オプトイン/オプトアウト)
②:提供に同意したユーザーの記事を、noteがAI事業者に学習データとして提供する
③:AI事業者から得た収益の一部を、Amazonギフト券または銀行振込でユーザーに還元する
実際の還元事例
数千円〜16,000円程度の還元を受けたユーザーが多数
中には40,000円を超える還元を受けたユーザーも
2025年8月1日からは実証実験を終え、正式プログラムとして稼働
つまり、noteは「AI学習で著者に対価を支払う」という仕組みを、すでに運用しているのです。なお、私もこのプログラムに参加して9年分のnoteをAIの学習素材に提供したのですが、報酬金額が上記よりも多くもらって驚きました。
noteの視点
noteにとって、プラットフォーム上にある文章は「データベース」といえます。
どんな文章が、どのくらいの量あるか
どの文章が、どのくらい読まれているか
メタデータ(タグ、カテゴリ、著者情報など)がきちんと整理されている
この「データ資産」が、AI企業にとって価値があります。だから話(交渉)ができるのです。
そしてnoteは、Googleという巨大AI企業と資本提携し、実際にAI学習の対価還元を実践してきた実績があります。だからこそ、RSLという国際標準の仕組みにも、日本初のパートナーとして参画できたのでしょう。技術者視点がなければ、このような動きができるはずがありません。
出版社の視点
一方、出版社にとって、文章は「本」という商品の一部でした。
文章データは散在している
(紙、PDF、電子書籍、Webサイト)メタデータが弱い
(どの作品にどんなテーマが含まれているか、構造化されていない)権利関係が複雑
(著者、翻訳者、イラストレーター、出版社の間で権利が分散)Web上で権利表明されていない
(AIに対して「この文章はこういう条件でライセンスします」と伝える仕組みがない)
この状態では、AI企業と交渉しようにも「何をライセンスするのか」明確に定義できないから話しができません。
ざっくり「お願いします」で「はい精査します」といくでしょうか。
ちなみに、「もしもしブルータス」という企画をマガジンハウスとGemini(Google)がコラボしてやっていましたが、それはWin-Winな条件があったからでしょう。
ちなみに、出版社には「AI学習で著者に対価を支払う」という仕組みを実践した経験がありません。
しかしnoteは2025年2月から8月まで、実証実験を重ねてきました。その間に、どんな記事が学習に適しているか、どう対価を分配すべきか、ユーザーはどう反応するか、といったデータを蓄積してきたはずです。
出版社には、その蓄積がない。ノウハウがない。その差は明確です。

構造的な権利の再配置 ─出資関係が示す複雑な構図
ここで、注目すべき「構造」を指摘しておきたいと思います。
noteの主要株主には、以下が含まれます
Google(2025年1月、約5億円の出資)
文藝春秋(2020年12月、資本業務提携)
日本経済新聞社(2020年7月、3億円の出資)
つまり、既存の大手出版社・メディアが、すでにnoteに資本参加しているのです。
2020年と2025年のギャップ
2020年12月、文藝春秋がnoteと資本業務提携を結んだ際の目的は:
デジタル定期購読サービス「文藝春秋digital」の運営
クリエイターの発掘と育成
社員交流によるデジタル技術の習得
当時は「デジタル化」「DX推進」という文脈での提携でした。
しかし2025年現在、状況は以下のように変化しています:
2025年9月:RSL発足
2025年12月:noteがRSL日本初公式パートナーに
noteはAI学習対価還元プログラムを既に実施中
つまり、2020年の資本提携時には想定されていなかった「AI時代の権利管理」という新しいレイヤーが出現したのです。

この変化が示唆すること
従来の想定:
出版社:紙・電子書籍の権利管理
プラットフォーム:配信インフラの提供
現在の構造:
出版社:紙・電子書籍の権利管理
プラットフォーム:配信インフラ + AI時代の権利管理
この「権利管理の範囲拡大」が、出資当時の想定に含まれていたかは定かではありません。それほど変化の予測は難しいということでもあります。
noteは現在、以下の機能を持っています
コンテンツ配信プラットフォーム
AI学習データの提供者
AI印税の分配機能
RSL国際標準の日本代表
一方、文藝春秋を含む多くの出版社は
コンテンツの出版者
(AI学習データの権利管理:未対応)
(AI印税の分配:未対応)
(RSL等の国際標準:未参画)
権利管理軸の構造的シフト(出版社 → プラットフォーム)
この構造を図式化するとこうなります
AI企業(OpenAI、Google等)
↓
お金を払う相手は?
↓
RSLパートナー(note等のプラットフォーム)
↓
対価を分配
↓
クリエイター

文藝春秋はnoteの株主なので、noteの収益の一部は配当として受け取れます。しかしそれは「権利管理の主体」としての収益ではなく、「投資家」としての収益です。
構造的なギャップ
この構造的な変化を、2020年の資本提携時に予測できたかは疑問です。
なぜなら、当時はまだ
RSLは存在していなかった
AI印税市場は本格化していなかった
noteのAI学習対価還元プログラムも始まっていなかった
つまり、資本提携の目的と、現在の状況の間に、構造的なギャップが生じている(その可能性が高いと見るのが妥当である)のです。
このギャップは、文藝春秋だけの問題ではありません。日本経済新聞社も同様です。

重要なのは、このギャップを認識し、対応策を検討することではないでしょうか。
選択肢は複数あります▼
選択肢A:noteとの協業を深め、AI時代の権利管理でも連携する
選択肢B:出版社独自で、あるいは出版社連合で、別の仕組みを構築する
選択肢C:RSLに直接参画し、noteと並行して権利管理を行う
いずれにせよ、2020年の「デジタル化」という文脈だけでは、2025年の「AI時代の権利管理」には対応できません。
新しいフェーズには、新しい戦略が必要です。

これは「出版社 vs プラットフォーム」の対立ではない
ここで強調したいのは、これは「出版社が悪い」という話ではないということです。
出版社は100年以上、読者に良質な本を届けることに全力を注いできました。編集者は著者と二人三脚で作品を磨き、営業は書店と協力して本を届けてきました。その努力は、何も間違っていません。
問題は、「前提が変わった」ということなのです。
前提の変化
かつて「紙の時代」は
文章の価値 = 読まれること
出版社の役割 = 読者に届けること
今は:
文章の価値 = 読まれること + AIに学習されること
出版社の役割 = 読者に届けること + 権利を管理すること
後者の「権利を管理すること」が、急速に重要になってきました。
しかし出版社は、そのための準備ができていません。
一方、noteは
最初から「データを管理すること」を前提に設計されている
GoogleというAI企業と資本提携した
AI学習の対価還元を実践してきた
だから迅速に動けました。
これは出版社の能力の問題ではなく、構造の問題と捉えたほうが的確ではないでしょうか。

次回予告
第1回では、noteのRSL参画が示す「権利の中心の移動」について見てきました。
第2回では、「AI印税市場の現実」を見ていきます。
実は、すでに世界では数百億円規模の取引が動いています。
ハーパーコリンズと著者はいくら得ているか?
News Corpの契約内容は?
RedditはAI企業からいくらもらっているか?
なぜ国内出版社はその市場に参加できてないのか?
出版社が抱える「6つの構造的誤解」とは何か?
AI印税は「夢物語」ではありません。
現実に動いている市場です。
次回、その実態を具体的な金額とともにお伝えしようと思います。
FAQ:基本編
Q1. RSLって結局、何をする団体なの?
A. 簡単に言えば、「文章の持ち主(出版社、ブロガー、メディアなど)が、AI企業に対して『私の文章を学習に使いたいなら、こういう条件でこの金額を払ってください』と伝えるための仕組み」を作っている団体です。音楽で言えばJASRAC、映像で言えばJASRACの映像版のようなもの、と考えるとわかりやすいかもしれません。
Q2. AI企業がRSLに参加していないなら、意味がないのでは?
A. 今は「権利者側が集まっている段階」です。音楽業界でも、最初はアーティスト側が集まり、その後で利用者側(ラジオ局など)が交渉テーブルにつきました。
RSLに参加する権利者(Reddit、Yahoo、Medium、noteなど)が増えれば、AI企業も無視できなくなります。「この仕組みを使わないと、文章データが手に入らない」という状況を作ることが、今のフェーズでの目標です。
Q3. 日本の著作権法では、AI学習は自由なのでは?
A. 確かに、日本の著作権法30条の4により、AI学習のためのデータ利用は原則として自由です。しかし、「自由に学習できる」ことと「無償で提供しなければならない」ことは別問題です。
たとえば、あなたが撮った写真は誰でも見ることができますが、それを商業利用したいなら許可が必要ですよね? それと同じです。
EUでは「AI学習を拒否する権利(オプトアウト)」が法律で義務化されました。アメリカでは訴訟を通じて対価を求める動きが活発化しています。日本だけが「自由に使えるから、何もしなくていい」と考えていると、日本語データは世界で最も「無償で使いやすいAI学習資源」になってしまいます。
Q4. 私は個人でnote(ブログ)を書いているだけだけど関係ある?
A. 大いに関係あります。
あなたがnoteやブログで記事を書いているなら、そのプラットフォームがRSLに参加することは、将来的にあなたの文章がAI学習に使われた際に対価が支払われる可能性があります。
実際、noteでは2025年2月から「AI学習対価還元プログラム」が実施されており、数千人のユーザーが数千円〜数万円のAmazonギフト券や銀行振込を受け取っています。
一方、自分のWordPressブログなどで書いている場合は、自分でRSLの仕組みを実装することもできます(技術的にはrobots.txtのようなファイルを追加するイメージです)。
重要なのは、「自分の文章がどう使われるか」について、意識を持つことです。
Q5. 出版社は今後、どうなるの?
A. 出版社の存在意義がなくなるわけではありません。
編集力、著者とのネットワーク、書店との関係、ブランド力──これらは簡単には代替できない価値です。
ただし、「AI時代の権利管理」という新しい役割に対応できるかどうかが、今後の分かれ目になるでしょう。
音楽業界では、レコード会社が「音源を売る会社」から「権利を管理する会社」へと役割を拡張しました。出版社も同じ道を歩む可能性があります。
このnoteは「対話の始まり」です
この記事が「唯一の正解」だとは思っていません。むしろ、批判や反論、代替案を歓迎します。重要なのは、著者、AI技術者、AI法律家、編集者、UXデザイナーなどが集まって、AI印税市場という現実を前に議論を始めることです。

もしこの記事に賛同できない部分があれば、ぜひご自身の考えをnote等の長文媒体で発信してください。賛同できる部分があれば、仲間や社内などで話してみてください。完璧な答えを最初から求めるのではなく、70点の仕組みを作って動き始めることに意味があります。
一緒に考えましょう。
【連載スケジュール】(予定)
第1回(今回):noteのRSL参画が示す「権利の中心軸」の移動
第2回:AI印税市場の現実 ─すでに数百億円が動いている
第3回:日本の出版業界に「文章版JASRAC」は必要か
第4回:2026年、出版社に残された選択肢
次回は、世界で実際に動いている「AI印税市場」の金額とリアルな詳細をお伝えする予定です。(予定は変更になる場合もあります)
池松潤
https://lit.link/junikematsu
※本記事は筆者個人の見解であり、所属組織の公式見解を代表するものではありません。
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