イケメンのこの俺がおじさんなんかに恋をするはずがない 第1話

《あらすじ》
 クズだが容姿の整った男・隼人は、ある日おじさんを騙して金を取ろうと画策した。SNSで女になりすました隼人は、写真趣味で昆虫好きのおじさん・けんじから金を巻き上げるも、直接会いに行ったところ、そのけんじに一目ぼれしてしまう。
 恵まれた容姿のおかげで女に困らなかった隼人だったが、おじさんを好きになったのは初めてだった。けんじと昆虫撮影へ行くうちに、隼人は次第にカメラの魅力に気づいていく。同時に、自分には努力で積み重ねたものが何一つないことに気づき悩むも、けんじとカメラが好きな気持ちを大事にしようと決意し、クズであることを捨てまともな人生を送るため一歩を踏み出す。
(全4話)

《本文》
 伊達隼人だてはやとは金が欲しかったので、おじさんを騙すことにした。
 女と遊ぶために金が必要だったが、隼人は無職だった。二十六歳にもなって働いたことがないのは、ずっといろいろな女の家に住んで、生活費をその女に出してもらっていたからだ。
 今同居している桃乃もものに金を無心してもよかったが、まとまった金となると話は別だ。いや、当然金は無心してみるが、もっとお金はほしい。
 ならば適当なSNSで女と偽ったアカウントを作って、スケベ心で近づいてきた男から金をだまし取れば楽である。

 とくに年配の男なんて低知能で、騙されるためにいるようなものだ。
 礼儀もなっていなければ衛生観念も乏しいので基本汚い。バスや電車で足を広げてふんぞり返り、やることといったらスマートフォンのゲーム。でかい顔するくせに能力は低く、パソコンは使えないしスマホはゲームしかできない。当然調べものもできないしグーグルマップさえ開けないし、工夫もしないしできない。立場が弱い者には好きなだけ怒鳴ってはばからない。おまけにクチャラーだ。
 何もできないゴミのくせに幸運で訪れただけの経済成長で楽に人生を過ごしてきた甘ちゃん世代。どうせ若い女に使うくらい金が余っているのであれば、俺がそれをいただいてしまっても何の問題もあるまい。用途は同じだ。

 そんな気持ちで、隼人は人気の写真投稿サイト「スターライトグラフ」で女用のアカウントを作成。写真は自撮りのものを女体化アプリで女に加工した。調整が難しそうな加工もアプリを使えばワンタッチで完成。AI様様である。
 出会い系サイトじゃないのは、趣味の話から入ったほうが釣れやすそうだと考えたからだ。投稿する写真はというと、他から拾ってきて流用する。
 最初に投稿するのは女が好きそうなマカロンとかケーキとかそういうやつと、自撮りの女体化加工品。女体化の加工品にはおじさんが引っ掛かりそうな単語を、
「#女子大生 #学生 #黒髪 #写真趣味の人と繋がりたい #友達募集 #彼氏募集 ……こんなもんか?」
 ハッシュタグにしてつける。

 あとは趣味の写真だが、おじさんが好きそうなやつがいい。写真が趣味という設定なので、写真映えしそうな対象を考える。
 電車と昆虫で少し迷ったが、電車では隼人の偏見だが女の趣味としては違和感があった。昆虫にしよう。
 隼人はきれいな蝶の写真を見つけて保存し、少し加工して自分の写真として投稿する。「きれい!」とコメントして載せた。写真趣味で昆虫――特に蝶をよく撮るかわいいもの好き女子大生の完成である。

 しばらくすると、次々「いいね」の通知が入ってくる。
 ダイレクトメッセージで「ぜひお友達になりましょう」というメッセージを入れてくる男もいた。すぐに「うれしいです! よろしくおねがいします!」と返す。早くも第一ターゲットが決まった。
「しかし、少しくらい怪しいと思わんのかね……?」
 おっさんが若い女に振り向いてくれると本気で思っているのがマジできもい。一度鏡見てみろと言いたい。
 おそらくごくわずかにいるであろうおじさん好きの女であることに一縷の望みを賭けているのであろうが、残念。スマートフォン越しにいるのは金と女にしか興味のない若い男・隼人である。

 何度かメッセージをやりとりしていき、一緒に撮影しようということになった。隼人が自然な会話の中でそう誘導した。
「一緒に撮影会いいですね! でも、じつはカメラが壊れてしまったんですが、修理するお金も新しく買うお金もなくって」
 直接金くれとは言わず、相手から提案してくれるのを待つ。これでだめならターゲット二号に対象を切り替える。
 しばらくして、
「そういえば、大学生だったね(にっこり顔文字)少しくらいならカンパしてあげるけど、どうかな? もし迷惑じゃなかったらだけど」
 返答が来た。
「買うのならオリンパスのTGー7が手軽でお薦めだよ」
 お前のおすすめなんていらねえよ。そもそも撮影するならスマートフォンのカメラで十分事足りるだろ。専門用語やめろ。隼人は苛々しながら次のメッセージを打った。

「二十万くらい工面してくれたらとても助かるんですが、無理ですよね……? だめだったらいいんです。ごめんなさい。でもけんじさん優しいから、少し甘えてもいいかなって、思って」
 けんじとは相手のユーザー名である。本名だったらウケる。隼人は内心嘲笑しながら返事を待つ。
「十万先に払うから、残りは会ってからでどうかな? あと電話番号も教えてもらってもいい?」
 返答が来た。なるほど、そうきたかと隼人は頷く。
 もっと欲しかったが、まあ十万ももらえれば順当だろう。
「ありがとうございます! とても助かります。よろしくお願いします!」
 とメッセージを返して、ペイペイで送金してもらうよう頼んだ。電話番号はでたらめを送った。

 すぐにペイペイで十万の送金が完了。
「ちょろい。ちょろすぎる」
 こんなことで稼げてしまっていいのだろうか。お金くれると言ったのも「けんじ」の方からだし、いいのである。
 SNSやアプリなどのツールをうまく使えた奴が楽に稼げる。こんな腐った現代日本を作ってきたのは上の世代、そう最近のじじいどもである。自業自得ではないか。
 隼人はくつくつと笑いながら、待ち合わせ場所と日にちを適当に考えて「けんじ」に送った。

「目黒ですね、わかりました!」
 元気のいい返事が返ってきて、隼人は笑い転げた。
「行かねえよ目黒なんて!」
 こんなにいい日はない。ビールでも飲もうと冷蔵庫を開けた。が、中に酒類はなかった。
「ふざけんなよ……常にいくつかストックしとけよあの馬鹿」
 いつもビールを買ってきてくれる桃乃に悪態をついた。桃乃に「バイトの帰りにビール買ってきて」とメッセージを送る。桃乃は自分のことを恋人か何かだと思っている大学生であった。馬鹿な女である。
「…………」
 酒が待ち遠しかった。
「仕方ねえ、ペイペイ残高も潤ったことだしコンビニに買いに行くか……」
 隼人は立ち上がって、ふと思った。
 せっかくだし「けんじ」がどんなアホ面か見てきてもいいかもしれない。どうせ暇だし、おもしろそうだ。
 興が乗ったから拝んできてやろう。自称女子大生に騙されて金を振り込んだ哀れな老人の姿を。

 数日後、待ち合わせの日がやってきた。
 待ち合わせの時間になると、隼人は目黒へと足を運んだ。
 ついでに「パチンコしたいからお金貸して」と桃乃にメッセージを送る。
 桃乃は隼人のことを運命の人だと思いこんでいる。別の女と遊びたいがために今の彼女である桃乃に金をせびるような人間のことを運命の人だというのなら、世界中の普通の男は全員神に導かれし伴侶になってしまうのではないか。
 隼人にとって女は自分が生きていくために利用しているだけの人間でしかない。隼人は何もしなくても女から声をかけてくるほどに容姿に恵まれていた。住まいがなくなれば住まわせてくれ、金がなくなったら金をくれ、したくなったらさせてくれる都合のいい存在でしかない。

 桃乃から返信が来た。「うーん」とうなるような変なキャラクターのスタンプだった。
 それを見て隼人は舌打ちをした。
 面倒くさい。金を出し渋るようになったら利用価値もなくなるではないか。
 次に「なんか最近お金ばっかりで愛を感じない。貸したまま返ってこないし」と来る。
 俺のこと好きなら金出せよ。そう隼人は思いつつ「そう? 大好きだよ」と返した。「パチンコしたいならバイトでもしたら?」と返信があったが無視。金など返すつもりは毛頭ない。

 そもそも桃乃に対して、好きという感情など持ったことなどなかった。桃乃だけではなく、今まで隼人は恋らしい恋なんてしたことがない。勝手に自分に近づいてくるから一緒にいてやっただけだ。今まで付き合ってきた女に胸の高鳴りを感じたことがなかった。自分が楽に生きるための道具に胸などときめくはずもない。
 桃乃の「思い上がり」に、腹の虫が悪くなってくる。仕方がないので、この憂さは「けんじ」の哀れな姿を見て晴らすしかない。

 改札を出て、スマートフォンで時間を確認する。ただそれだけの動作だったが、道行く若い女性たちが見ほれたかのように隼人に注目していた。
 アイドルをやっていると言っても違和感がないほどの中性的だが美しい顔面と、整ったさらさらの黒髪である。足も長い。隼人にとって何気ないことやちょっとした所作で女性に注目されるのは日常茶飯事だ。
 煙草に火をつけ、吸いながら待ち合わせ場所へと行く。アトレのスターバックス前。適当に提案した場所だが、歩いてすぐに到着した。

 平日の昼間だが人は多い。隼人は「けんじ」らしき人物を探すが、すぐに見つかった。
「…………!」
 一目見た瞬間、隼人は吸い始めたばかりの煙草をアスファルトに落とした。
 口髭と顎髭を蓄えた六十歳前後くらいの男だった。白髪混じりの髪はしかし短めに切られていて清潔だ。少し膨らんだ黒いバックパックや、ベージュのジャケットも男の雰囲気に合っている。朗らかな表情で、あまり緊張している印象を受けない。
 どうせ小汚いおっさんだろうと思っていた。隼人はその「けんじ」の紳士な姿に胸を打たれたのだった。

 いや、胸を打たれたどころではなく。
「……え? あれ?」
 顔に熱が集まっていくのを感じて、隼人は自分の額や頬を指で触れた。
 ――なんだ、この胸の高鳴りは。
 早鐘を打つ心臓に隼人は戸惑いながら、いったん「けんじ」の見えない所に身を隠す。
 なんでこんな反応を? なんでこの俺がおっさんに見つかるのを恐れて隠れなきゃいけない?
 まるで小学生が初恋をするときのような感覚。いや、これは初恋そのものだった。
 隼人は無駄に頭が回るので、自覚するのにそれほど時間がかからなかった。
 この俺が、おっさんなんかに恋をしている――!?

 しかしその事実を受け入れるのには、少々時間を要した。今までこんなことは一度としてなかったのに。
 自分の気持ちに整理がつけられないまま時間を見ると、待ち合わせ時刻を過ぎていた。「けんじ」が周囲を見回し始める。やはり待ち合わせをしているのはあの男で相違なかった。

 しかし、待ち合わせに誰も来ないというのは、隼人だったらすぐに見込みがないと決めて帰ってしまう場面だ。
 これからどうするか?
 とにかく謝らないと。
 何かアクションを起こさなければ、「けんじ」に申し訳ない気がした。
「ごめんなさい、今日は用事があって行けなくなってしまいました」
 慌てて女子大生に扮したアカウントからメッセージを送ると「けんじ」と思われる男はすぐに持っていたスマホに目を落として操作した。
「そうだったんだ。じゃあまた今度にしようね」
 間もなくそう返って来た。
 許してくれるのかよ。優しすぎだろ。
 じんとくる隼人。しかしここで切り上げてしまうと、その後二度とこの「けんじ」には会えない気がした。
 しかし相手は写真好きの女子大生が来ると思って待っている。早くしないと「けんじ」はあきらめて帰ってしまうかもしれない。

 危機を感じた隼人は言葉を選びつつ文章を作り、消してまた言葉を選びながら文章を作り、
「代わりに私の兄の隼人が行きますので。すみませんがよろしくお願いします」
 素早くメッセージを送り、隼人はすぐさま「けんじ」の前に現れた。
「え?」
「え?」
 自分でも意外なほどの行動力に隼人は驚き、「けんじ」もまたいきなり目の前に現れた容姿端麗な若い男に戸惑いの声を上げた。
 女性を落とすことに関しては行動力がある隼人だったが、その勢いで目の前の「けんじ」にも同じことをしていた。とにかくここで引き返してしまっては縁が切れてしまう気がしたのだった。なぜ代わりに兄が来るのか、隼人自身もよくわからない。
「ええと、すみませんが『ルカ』さんの?」
 ルカとは写真投稿サイト「スターライトグラフ」で隼人がなりすましている女性アカウント名である。
 隼人は緊張しながら頷いた。
「兄の隼人です。今日はよろしくお願いします!」
 言われた「けんじ」は、あっけにとられた顔のままだった。
 二人はよくわからないまま近くの喫茶店へ入った。

第2話

第3話

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