稲佐山温泉 ふくの湯【ものみ湯賛】長崎小夜曲-9
前回までのあらすじ
炎天下の長崎を歩いて学ぶ旅は終わり。
地元のガイドさんに教わった温泉へ向かうところだった。
↓前回
南の国から
皆さんは、さだまさしという歌手を知っているだろうか。
いや、日本に住んでいて、知らぬ人はおるまい。
あの、『北の国から』の「アーア アアアア アーアー♪」の曲でお馴染みの方だ。
あの曲が、あまりにも有名だから、もしかすると北海道出身と思われている方もいるかもしれない。けれど、彼は長崎県長崎市の出身だ。
彼はフォークデュオ「グレープ」でデビューし、バイオリンと歌で人気を博した。なぜこんなに語るのかというと、単純に、大好きだからだ。
影響を受けたのは父と母からで、二人ともさだまさしのファンだった。
レコードやカセットテープを持っていて、出かけるとき車で流れるのはアニメソングではなく「さだまさし」だった。
だから私は、年齢の割にはさだまさしに、ちょっとだけ詳しいのかもしれない。
作戦
高校2年生の修学旅行で九州に行くと決まったとき、私は密かに計画を立てていた。
それは『さだまさしの「長崎シティセレナーデ」を長崎の夜景を見ながら聴く』というものだ。
今となってはどうってことない計画だが、当時は、まだiPhoneもAirPodsもない平成。
CDやカセットが主流だったし、レコードだってギリギリ現役だった。
カーステレオはBluetoothが発明されていないので、もっぱらカセットだった。
それでも移動中に音楽が聴けるなんて『テクノロジー万歳』だったわけだ。
とりわけ我々の世代で憧れの的だったのはMDウォークマンだ。
私は両親に頼み込んでSONYの最新鋭のMDウォークマンを買ってもらった。

銀ピカの本体に、イヤホンに液晶画面付きのリモコンがあった。
カラー液晶なんて無いから青緑に光るだけなのだが、曲名(それも1文字ずつ手入力)が表示されるのが未来を感じさせてくれた。
それは当時最高にカッコいいガジェットだった。
私はCDを買い、スケルトンのMDカセットにさだまさしの曲を詰め込んで九州へ飛んだのだ。
作戦開始
九州では太宰府天満宮で『飛梅』(さだまさしの曲)を聴いた。
修学旅行だから当然グループ行動だったけど、友達に「悪い!5分だけ一人にしてくれ!」と時間をもらってイヤホンをつけて再生ボタンを押した。
「3つ目の橋で君が転びそうになった時、初めて君の手に触れた、僕の指」
という歌詞があるのだが、『耳に入ってくる歌詞』と『目の前に広がる景色』がシンクロするのは、言い表せない感動があった。
こんな時代からオタクってのが、実に嘆かわしい!
そして、長崎の夜景を見ながら聴いた『長崎小夜曲』は本当にすごかった。
歌詞と景色のシンクロ率が高く、「これがさだまさしの見た景色かーー!」と孤独な興奮を味わった。(同級生は誰もさだまさしを聴かない)
宝石箱に
相変わらず前置きが長い!
「早く風呂に入っちゃいなさい!」という声が聞こえてきそうだ。
さて、バスを乗り継いで私は、稲佐山中腹の『稲佐山温泉 ふくの湯』へ辿り着いた。
「どこか良い銭湯はありますか?」
大浦天主堂やグラバー園を案内してくださったガイドさんに尋ねておいたのだ。彼は「肩肘張らずに入れるスーパー銭湯」と教えてくれた。

実際、清潔で使い勝手がよく、家族や友人ともくつろげる。食事もできるしまったりするのにうってつけな場所だ。
私は昼間にたっぷりかいた汗を丁寧に洗い流した。
まずは温泉に浸かり、血行を穏やかに促した。
そしていよいよサウナに入る。
スタジアムサウナはかなり広いが、中には九州男児がパンパンに詰まっていた。私は端っこにちょこんと座ると、汗が吹き出すまでじっとしていた。
しばらくすると、いい感じに蒸しあがった。
汗を流し水風呂で体を引き締めると、外気浴のために外へ出た。
そこは広い露天風呂だった。
柵も視界を遮らないように工夫されていて、長崎の街が一望できる。
私は椅子に身を預けると、その見事な眺望を楽しんだ。
夕方に差し掛かっていて、街灯や家庭の灯りが次々と灯ってゆく。
それはまるで、夜景が生まれてくる瞬間のようだった。
少しゆったりしてから2回目のサウナ。
先ほどと趣向を変えて、ミストサウナへ。
ミストサウナは気温は高くないものの湿度が高いので、案外心拍数は上がっていく。
実はミストサウナに関しては、いつもちょっと気になっていることがある。
それは足元が寒いということだ。
蒸気は上に集まり、下は冷えてしまう。対流が起こりにくいのかな?と想像している。
しかし、このスチームサウナは、足元が風呂になっている。
これは良い工夫だ。
足からも上半身も別々に熱を受ける。
そして私の心拍数はどんどん高まり、見事な発汗作用を発揮していた。
水風呂のあと、再び“ととのい椅子”へ舞い戻る。
夕暮れは短く、すでにあたりは夜になっていた。
宝石箱をぶちまけたような長崎の夜景。
「宝石箱に身を投げたような、港の夜。抱きしめてごらん」
『長崎小夜曲』にはそんな歌詞がある。
そうなったら脳内で流れてくる曲は決まっている。
「疲れた時には帰っておいで…」さだまさしがそう歌い始める。
何十回、何百回と聴いた曲だ、前奏からすべて思い出せる。
口は閉じたまま、心のマイクを握って一緒に歌った。
私はこうして「港の夜を抱きしめる」のであった。
↓つづく
記事:まるのすけ
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