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神社から考える朝倉の未来④―岩屋神社

第4回|岩屋神社ー 日本の信仰の原点

朝倉市マンション問題をきっかけに、
私はこの町の神社を一つずつ歩くようになりました。

それまでは正直に言えば、
朝倉の本当の価値を、
あまり理解していなかったと思います。

でも、調べ、歩き、考えるほどに、
この町が想像以上に
とんでもない土地だということに、
何度も驚かされました。

その中でも、
明らかに異質な存在だったのが、岩屋神社です。

一の鳥居

神社に着く前から、空気が違う

岩屋神社は、
英彦山系・宝珠山の岩屋地帯にあります。

この一帯は、
火山活動と長い侵食によって生まれた
巨大な岩と洞窟が連なる場所です。

ここに立つと、
「景色を見ている」というより、
場所そのものに包まれているような感覚になります。

この場所はもともと、

・神社になる前の「神奈備(かんなび)」
・山や岩、洞窟そのものが信仰対象だった場所

でした。

自然=神。

岩屋神社には、
そんな日本人の原初的な感覚が、
今も色濃く残っています。

岩屋公園マップ

英彦山神宮と同じ神を祀りながら

岩屋神社は、
英彦山神宮 と同じく、

  • 伊弉冉尊(いざなみのみこと)

  • 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

  • 天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)

の三神を御祭神としています。

いずれも、
日本神話の根幹を成す創世神・中核神です。

興味深いのは、
同じ神々を祀りながら、
両者の信仰の姿が大きく異なることです。

英彦山神宮が、
修験道と神仏習合を経て体系化され、
国家祭祀の中で整理されていった
「完成された信仰」だとすれば、

岩屋神社は、
制度に回収されきられなかった
「原型のまま残った信仰」だと言えます。

・修験道(山伏の修行)
・仏教(地蔵、五百羅漢)

その結果、岩屋神社は、

神道 × 仏教 × 修験道

という、
日本でも非常に珍しい
重層的な信仰構造を持つ場所になります。


岩屋神社で目にするもの

境内を歩くと、
この場所が「普通の神社ではない」ことがわかります。

岩屋神社本殿

岩屋神社本殿

この外殿は、
元禄11年(1698年)、
福岡藩四代藩主 黒田綱政 によって建立されました。

「権現岩」と呼ばれる切り立った大岩のくぼみを利用して造られ、自然の一部として建物が存在しています。

この外殿は、
彦山修験道と深く関わる貴重な建造物として、
昭和63年(1988年)に
国の重要文化財に指定されています。

とにかく岩の存在感が凄いんです。

権現岩

首なし地蔵・五百羅漢

境内には、
首を失った地蔵や仏像が並んでいます。

明治維新後の廃仏毀釈運動の中で、
打ち捨てられ、首を失ってしまった 153体の地蔵や仏像です。

その後、村の人たちが一体ずつ拾い集め、
首のないまま、ここに安置したのだそうです。

ここには、
日本の近代化が切り捨てたものを、
切り捨てきれなかった痕跡が残っています。

壊された歴史を消すのではなく、
そのまま引き受けるように残した。
そこに、この土地の人々の姿勢が表れています。

五百羅漢

馬の首根岩・洞門

人工トンネルと自然岩が混ざり合った、
独特の景観。

かつてここにも堂宇があった痕跡があり、
信仰空間が
もっと広く展開していたことがわかります。

馬の首根岩

熊野神社

さらに山道を登っていくと、
岩にめり込むようにして建てられた
熊野神社が姿を現します。

熊野神社

かつて、この地を訪れた行者たちは、
この神殿の中で読経を重ね、
修行に向き合っていたと伝えられています。

人の気配も、余計な音も届かないこの場所で、
岩と向き合い、
ただ自分と向き合う。

だからこそ、
ここでしか開けない悟りが
あったのかもしれません。


宝珠石という「隠された隕石」

岩屋神社の核心には、
宝珠石があります。

願いを叶える石。
星の玉とも呼ばれています。

記録によれば、
欽明天皇8年(547年)のある日、
突然、光り輝くものが天から降ってきて、
岩屋の岩上に落ちた
と伝えられています。

村人たちはこれを、
「何でも願いが叶う宝石」を意味する
仏教用語にちなんで
宝珠石と名付け、
ご神体として祀りました。

宝珠とは、
仏の象徴を示す仏教用語であり、
不思議な力を持つ玉を意味します。

そして、この宝珠石は、
決して人前に姿を現しません。

見ると目がつぶれると言われ、
いまだに見た者はいないとされています。

四年に一度、
宝珠石を覆う薦(こも)を取り替える神事では、
氏子たちは目を布で覆い、
口にシバの葉を咥え、
手探りだけで作業を行います。

見ない。
語らない。
管理しない。

ここには、
見えないものほど神聖であるという
明確な思想があります。

効率や可視化を重視する現代とは、
正反対の思想です。


天から来たものは、今も空とつながっている

岩屋神社では、
毎年 2月中旬と10月下旬
夕暮れ時のほんの数分間だけ、

参道の先、
一の鳥居の真ん中に
夕日がぴったり重なります。

その瞬間、
参道はまっすぐな
黄金色の光の道になります。

光の道

宝珠石という
「天から来たもの」の伝承と、
今も天と地を結ぶ光


なぜ朝倉に、これが残ったのか

岩屋神社は、
あまり語られる場所ではありません。

だからこそ、
編集されていない信仰が残ったのだと思います。

この場所は、
歴史が完成する前の層が、
そのまま残った特別な場所でした。


朝倉マンション問題と、いま起きている変化

「朝倉市」と検索すると、
移民マンションの話題が出てきます。

全国的にも、
正直いいイメージを
持たれていないかもしれません。

でも、そこだけで終わらせたくない。

この問題をきっかけに、
いま朝倉では、市民の意識が少しずつ変わり始めています。

市民が考え、
町の未来に関心を持ち始めている。
それ自体が、
すでに大きな変化だと思っています。

この町の価値を知り、
市民の声が行政に届き、
それがカタチになり、
この町に関心を持つ人が増えていけば、

「意味のある出来事だった」と、
後から分かるはずです。

私たちは、
その未来につなげるための活動を、
これからも続けていきます。


次の一歩として

朝倉のこれからを、
考え行動に変えていきたい。

【朝倉市で新しく始まった市民活動】
awakeの想いと、これからの歩みをまとめた記事です。


最後に

岩屋神社は、
多くを語りません。

ただ、在り続けています。

だからこそ、
私たちが記録し、
言葉にする必要があります。

神社から未来を考える。
その最深部に、岩屋神社があります。

もし機会があれば、
ぜひ一度、足を運んでみてください。


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