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朝倉を守る会 分裂の経緯と、署名をめぐる経過整理

本記事は、朝倉市で進んでいるマンション建設問題をめぐり、私(うさ)が 2025年9月16日から毎日発信を続け、「朝倉を守る会(朝倉市民チーム)」の一員として関わってきた経緯を感情論ではなく 事実として整理した記録です。

先に明確にしておきます。
この記事は、誰かを断罪したり、糾弾したりするためのものではありません。また、立場の違いに優劣をつける意図もありません。

目的はただ一つです。
なぜ、同じ「朝倉を守りたい」という想いを持った人たちが、同じ場所で活動を続けられなくなったのか。
その理由を、後から検証できる形で残すことです。
※うさは朝倉を守る会を抜けています。

本文では人物名を署名の発起人 Sさん(女性)/メンバーの中の一人(男性)の仮名で記します。


分裂は「対立」や「排除」のためではありません

最初に結論を書きます。

なぜ分かれたのか?

目的とやり方の違いが大きくなり、同じ器の中では両立できなくなったからです。

朝倉を守る会の中には、大きく分けて
次の 2つの温度・方向性 がありました。

① 朝倉の暮らし・水・土地を守ることを軸にした市民活動

  • 地元住民目線、市民の安全重視

  • 行政・法・事実を重視

  • 恐怖や煽りではなく、理解と共感を広げたい

  • 地元で長く続く活動を前提とする

② 今すぐ危機を訴え、強い言葉で世の中を動かしたい活動

  • 国政・選挙・人権の危機を前面に出す

  • 移民問題を、危機として捉える

  • デモや強いメッセージも厭わない

  • スピードと熱量を最優先

どちらが正しい・間違っている、ではありません。
危機感も、守りたい想いも、本物だったと思っています。
当時は私自身も、3度行われた朝倉デモの主催者になり先頭に立って、強く声を上げていました。
その当時のXでも強い言葉で、朝倉の危機を一人でも多くの市民の方に気づかせようとしていました。

ただ、現実として次の問題が起き始めました。

地元の方々から私のもとに寄せられた声の中に、
「言葉が強く感じられた」「怖い印象を持った」
「ついていけない」という意見が多く上がってきていました。

これは私個人の感想ではなく、他のチームのメンバーや関係者にも同様の声が届いていました。

そうした状況を踏まえ、チーム内で何度も話し合いを重ね、合意の上で役割を分ける、という判断に至りました。
誰かを否定したり、線引きしたりするための分裂ではありません。

このまま一緒にやると、
誰かの想いを叶えるために、別の誰かの声が消えてしまう。

無理に一つにまとめるよりも、

  • それぞれが信じるやり方で動く

  • それぞれを活かすため、役割を分ける

  • 対立ではなく、目的を果たす。

その方が、結果的に朝倉を守ることになると判断しました。


時系列での記録

発信の開始(2025年9月16日)

2025年9月16日。
妻がThreadsで見つけた投稿をきっかけに、
私は朝倉マンション問題を知りました。

生まれ育った朝倉で、
取り返しのつかないことが起きるかもしれない。
その焦りと不安から、Xでの発信を始めました。

  • 何が事実か

  • どこが問題か

  • 何が未確認か

この問題を整理し、
ほぼ毎日投稿を続けました。

やがてYouTuberの方々が取り上げ、
テレビ・新聞へと広がっていきます。


地元チームの立ち上げ(2025年9月28日)

外で注目が集まる一方、
地元が置き去りになっていると感じました。

そこで、SNSを通じて朝倉市民を集め、
最初のグループチャットを作りました。

集まったのは10人ほど。
政治経験のない、普通の一般市民の集まりでした。


署名という選択(2025年10月)

10月に入り、
「住民署名を集め、市議会に上げよう」
という話がチーム内で出てきました。

しかし、ここで壁にぶつかります。
発起人(署名の責任者)を誰にするのか、決まらなかったからです。

署名は、個人情報を預かる行為であり、大きな責任が伴います。
その重さを考えるほど、しばらく話は前に進みませんでした。


Sさん(朝倉市民の女性)の合流(10月3日)

すでに署名活動をしていた Sさん とつながり、
2025年10月3日、グループに参加。

Sさんは当初から
署名の責任を強く意識していました。

身バレリスクもある中、
Sさんから「発起人として名前を出していい」と了承を得たので、

私が、会の代表として、Sさんにお願いをしました。

当時のグループチャット内で
署名の発起人=Sさん
という認識は、メンバー全員に共有されます。

そこから、約2ヶ月間
市に提出する、説明会を求める署名
2,300名以上(2025年12月10日 朝倉市と朝倉市議会に提出済み)
県に提出する、マンション中止を求める署名 約7,000名(2026年2月〜3月に県に提出予定)

これらをチームみんなで協力し集めました。


【署名トラブルの原因】

ここからは署名の責任と取り扱いをめぐる、実際のやり取りついてです。

今回の問題を理解するうえで、
最も重要なのは 「署名をどう扱うか」 という一点でした。

以下は、その要旨を整理した記録です。


① 署名データの「二次利用」に関する提案

(11月23日)

この日、メンバーの一人(現 朝倉を守る会 代表)から次の趣旨の発言がありました。

署名した方々の分は、
朝倉市民の分は控えを取っておいた方がいいみたいですね。
建設反対署名の次の選挙でも、
五千人のデータは有効になります。
建設反対議員を朝倉市に送り出す、
貴重なデータです。 手分けしてやりませんか?
出来れば全部した方が、
次の候補者を私達が送り出すことが出来ます。

この時点で、
署名を「今回の要望(説明会を求める)」以外の目的、つまり将来の選挙活動に活用する発想が、
明確に言語化されています。


② Sさんの即時反応と違和感

この発言に対し、
署名の発起人である Sさん は、こう返答しています。

よく意味がわかりません。

という、率直な違和感の表明でした。

署名は、

  • 目的

  • 提出先

  • 利用範囲

を明確にして集めるものであり、
「次の選挙に使う前提」で集めたものではなかったからです。


③ 集会での正式な確認(コピー問題)

このやり取りを受けて、
その週に行われた集会で、
「住民から集めた署名のコピーを取って保管することなど」についてミーティングが開かれました。

そこでSさんは、次の点を伝えています。

  • 署名は、当初の目的以外に利用することはできない

  • 目的外利用は、法に抵触する可能性がある

  • 署名者の個人情報を拡散・複製することは、
    重大なリスクを伴う

  • 発起人として、そのリスクは受けられない

これは意見ではなく、
署名の責任者としての立場表明でした。


④ 公職選挙法をめぐる発言(11月5日)

その後、うさが市長選に出馬する話になった時、
選挙や公職選挙法の話題になった際、
前回同様のメンバーの一人(現 朝倉を守る会 代表)から次の趣旨の発言がありました。

選挙とは、現実になんでもありの
ルール無用のリングで戦う場所です。
候補者は無所属で出ても、
実はバックに政党がいて動くのも当たり前のことです。
今やっているのは、
移民反対活動として動いています。
ということを分かってください。

これは、
「法解釈よりも現実の運用を重視する立場」を
はっきり示した発言でした。


⑤ Sさんの最終的な意思表明

この流れを受けて、
Sさんは明確に意思を示します。

あなたの
「目的のためなら違反してもいい」
という考え方にはついていけません。
それを言っていいのは、
表舞台に立つ うささんだけ です。 何かが起きた時、
一番大きなリスクを負うのは
うささん本人です。 市民運動も政治も、
法の上に成り立つものです。 価値観が合わないので、
私はあなたとは距離を置きます。

さらに、

私自身が法的リスクを負うことは避けたいので、
市民チームが政治活動団体になるのであれば、
チームからは抜けさせていただきます。
マンション問題自体には、
個人として引き続き関心を持っています。
市民チームの活動を否定する意図ではなく、
あくまで私自身を守るための判断です。

と述べています。


⑥ Sさんがグループを抜けた理由

Sさんは、

  • 自分が 署名の責任者であること

  • 署名者の個人情報を預かっていること

  • 目的外利用や違法行為のリスクが現実化してきたこと

これらを総合的に判断し、

「朝倉を守る会に残ること自体が、
自分と署名者を危険にさらす」

と考え、
11月5日をもってグループチャットを抜けました。

これは感情的な離脱ではありません。
署名を書いてくれた人と、自分自身を守るための、責任ある撤退でした。


市長選出馬についての結論と、その後の判断(2025年12月4日)

当時、チーム内では
「この問題を本当に止めるには、市のトップを変えるしかないのではないか」
という空気が強まり、私に対して市長選出馬を求める声が上がりました。

チームメンバー二人からのお願いを受け
一週間ほど真剣に悩み、
「自分が前に出るしかない」
覚悟を決め、私が市長になることを決断しました。

しかし時間を置いて冷静に考え直した結果、
私は 市長にはならない という結論に至りました。

理由は、

私は、
市民側に立ち、情報を整理し、構造を可視化し、声をつなぐ役割の方が、
この問題に対して最も力を発揮できると判断したからです。

また、市民運動と選挙を安易に混同すれば、
これまで積み重ねてきた信頼や、署名してくださった方々の思いを、かえって傷つけてしまう危険があるとも感じました。

そのため私は、
「市民として、活動を継続し、問題提起と事実整理に徹する」
という率直な気持ちを、チームメンバーや協力者の方々に丁寧に伝えました。

この判断は、自分の役割を誤らないための決断だったと、今は思っています。


皆様にお詫びがあります。

ここは、私自身の責任として、正直に書きます。

実は、皆さんに謝らなければなりません。
私うさは当時、朝倉市民ではありませんでした。

私の活動が始まったのは、2025年9月16日にこの問題を知ってからです。
その時、私は朝倉の実家を離れ別の場所に住んでいました。

妻からマンションの話を聞いた時、
「生まれ育った地元・朝倉が大変なことになっている」
その焦りと不安で、ただただ「何とかしなければ」という思いだけで、
Xの投稿を始め、必死で活動を続けていました。

信頼を壊すようなことをして、本当に申し訳ありませんでした。

「今すぐ何とかしなきゃいけない。地元を守りたい!」
その気持ちを、どうかご理解いただけたらと思います。

住所を朝倉に戻した理由

その後、覚悟を決めて市長の話を決断した時に、朝倉市に住所を戻しました。

私は今も朝倉市民のままです。
ここに残り、できる限り活動を続けていきたいと思います。


朝倉を守る会を離れたこと
そして今後について

ここで、現在の立場について事実としてお伝えします。

2026年1月23日
私は、朝倉を守る会から抜けました。
その後、代表は別のメンバーに引き継がれています。

この判断は、対立や不和によるものではありません。
これまで書いてきた通り、
目的とやり方の違いが大きくなり、
同じ器の中で活動を続けることが難しくなった

その結果としての選択です。


新たな取り組みについて

私はこれから、
朝倉市民による任意団体を新たに立ち上げることになりました。

詳細については、こちらをご覧ください。


今後の報告について(会計の透明性)

最後に、今後の報告についてお伝えします。

朝倉を守る会の活動に際して、
これまで多くの方から寄付金という形でご支援をいただきました。
改めて、心より感謝申し上げます。

これらの寄付金については、
下の記事にて、朝倉を守る会に寄せられた寄付金の会計報告を行います。

金額の内訳、使用目的、現時点での残高などについて可能な限り分かりやすく事実に基づいて整理し、不明点が残らない形でお伝え致します。


最後に(皆様へのお願い)

もしこの記事を読んで、疑問や不安があれば遠慮なく聞いてください。
今回は、分断を深めるためではなく朝倉の未来のために、
事実を共有し、冷静に考えるために、書かせていただきました。


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うさ 応援いただき本当にありがとうございます。

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