「なぜ伊那に?」世田谷から長野へ。私が移住を決めた3つの理由
こんにちは。私は東京で夫と息子と暮らすワーママです。
今、私たちは「伊那市への移住」を決め、少しずつその準備を進めています。
「田舎への移住憧れる!」「私も考えたことがある!」と共感されつつも、この選択に驚かれることもあります。
「どうして伊那なの?」「仕事はどうするの?」「不便じゃない?」と。
でも、私にとってこの移住は、人生で大切にしたいものを見つめ直した“再出発”なのです。
(伊那に縁のある方々をフォローさせていただきました!どうぞよろしくお願いします!)
1. 息子に「逃げ場」を用意したいと思った

私たち夫婦は、第二子を持たない選択をしました。
その瞬間から、「親2人の言葉が、息子ひとりに集中してしまう怖さ」を感じるようになりました。
私は“おばあちゃん子”でした。
親には言えないことも、おばあちゃんには自然と話せる。
ただそばにいてくれるだけで、安心できる存在。
ニコニコと話を聞いて、丸ごと受け入れてくれる。
息子にも、そんな「逃げ場」を持ってほしい。
伊那には、夫の両親が暮らしています。
やさしくて、あたたかくて、孫のことが大好きなじぃじとばぁば。息子もじぃじとばぁばが大好きです。
でも、私たちが東京にいる限り、年に数回しか会えません。「あと何回、会えるんだろう」そう考えると、自然と「近くにいたい」と思いました。
2. 学びは“教材”ではなく、“自然との関わり”の中にあると気づいた

ある日、伊那のじぃじの畑で、4歳の息子がサツマイモを掘っていました。
「いーち、にーい…」と数えながら、収穫したイモを大きさ順に並べていく姿を見て、私はハッとしました。
東京で月謝を払い、「こどもちゃれんじ」で教えようとしていた「数」「比較」「分類」——
それが、自然の中で、体と心を使って“遊びながら”学ばれていたのです。
土の中には、眠っているミミズ、せわしなく動く虫、ふ化しそうな幼虫。
「図鑑の中の世界」が、目の前に、リアルにありました。
このとき私は、「学びって、自然の中で育つものなんだ」「わざわざ用意するまでもなく、すべてがそこにある」と体感したのです。
3. 鎧を脱いで、「本当にやりたいこと」と向き合えた

私は恵まれたことに、東証一部のIT企業に12年勤めキャリアを築くことができました。
ある時期、職場の上司との関係性に迷いが生じたことで、私は立ち止まり、「キャリア」「これからの働き方・生き方」を考え直すようになりました。
振り返れば、自己肯定感の低かった私は、社名、ブランド、年収、成果、他人からの評価——そうした“鎧”を着て、自信を保っていたように思います。
私は2020年からヨガを始めました。そこで学んだ「外側の条件が変わっても、私はすでに満ちている」「ただ在ることに、価値がある」その考え方が自己肯定感の在り方を変えました。
今となっても、誰かが描いてくれた夢に便乗して会社員を続けたいのだろうか?鎧をまとい、人から羨ましがられる仕事や誰かの評価が必要なのだろうか?そんな問いがわいてきました。
“何者かであろうとする努力”を少し手放し、ありのままの自分を受け入れる準備ができたのです。
「空の広い場所で、自然の中で、ヨガを伝えたい」という本音に耳を傾けはじめました。
オプショナルな伊那の魅力たち
伊那小学校「プロジェクトベースドラーニング(PBL)」
自ら考え、対話し、表現する学びを行う伊那小学校があったこと。
芝生の広い公園と、アルプスの眺望

地元野菜の濃くて深い味わい

素敵なカフェも沢山!
夢を持つ移住者たちの活気

赤石商店さんにもお世話になりました
空が広く、星が近くて、呼吸が深くなる感覚

「なんとなくいいな」じゃなく、心と体が「ああ、整う」「本来の自分に戻れる」と感じられる場所が、ここにありました。
最後に:迷っている誰かへ
このブログを読んでいる方の中には、
「移住に迷っている人」「地方で子育てをしたいと思っている人」
あるいは、「町に人を呼びたい」と思っている方もいるかもしれません。
私の選択は、「正解」ではなく、「納得」です。
誰かに保証された未来じゃないけれど、自分の心が納得する選択。
伊那が、そんな「納得の選択肢」になるよう、
これからも発信していきたいと思います。

