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「支援とは」インドで問い直した2ヶ月― 社会福祉インターンレポート ―#NPO法人結び手

インド留学の魅力は、「経験が濃い」という一言では語りきれません。
現地での生活、学び、そして人との関わりの中で、価値観そのものが揺さぶられる瞬間があります。

今回ご紹介するのは、社会福祉(ソーシャルワーク)を学ぶ日本人留学生・阿部さんの留学レポート第二回(第一回はこちら)です。バラナシの大学での修士課程の終わりに、インド・ビハール州での実際のインターンを通じて「支援とは何か」「自立とは何か」という問いに真正面から向き合った記録です。

理想と現実のギャップに葛藤しながらも、一歩ずつ関係性を築いていく過程は、これから海外で何かに挑戦したい人にとって、大きなヒントになるはずです。


自己紹介・きっかけ

以前の留学体験記にも登場している阿部です。今回は、インドでのインターン経験を皆さんにお話できたらと思います。

写真右上が阿部さん。活動を共にする仲間たちとブッタガヤのタイ料理屋にて

私は2023年9月からインドのウッタル・プラデーシュ州バラナシにある大学で、社会福祉の修士課程に在籍していました。修士課程最後の試験が終わり、二ヶ月間ビハール州ガヤでインターンをしてきました。

そもそも私がインドという国を留学先、そしてインターン先として選んだ背景には、将来的にこの国で社会的に弱い立場に置かれた女性や子どもたちの支援に関わりたいという思いがありました。

特に私の関心は、性ビジネスを強いられている幼い少女や、貧困や社会構造の中で過酷な状況に置かれた女性たちに向けられていました。18歳の頃にインドの農村に住む若い女の子たちが騙されてデリーやコルカタといった大きな都市で性ビジネスを強いられている現状を知りました。

彼女たちの多くは、自ら望んだ人生を歩む機会すら持てず、外部環境によって人生の選択肢を著しく制限されています。

努力が足りないのではなく、そもそも努力できる環境が与えられていない。その現実に対して、私は強い問題意識を抱いていました。

当時、私が心の中で大切にしていた言葉がありました。

「夢を見ることさえ許されない女性たちを救いたい」この言葉は、私自身の進路や学びの方向性を支える重要な軸となっていました。

しかし、実際にインドで社会福祉を学ぶ中で、自分の理想と現実との間にどこか距離を感じていたのも事実でした。知識として理論や制度を学びながらも、「自分は本当にやりたいことに近づいているのだろうか」という感覚が常にありました。

そんな中で、私の問題意識と非常に近い理念を掲げる日本人の存在を知りました。彼が主宰する団体「結び手」は、「外部環境が原因で努力できない人たちを救う」というモットーのもと、インドで活動を展開していました。

この言葉に触れたとき、私は強い衝撃を受けました。努力しないのではなく、努力できない環境に置かれている人々がいるという視点は、まさに私が問題意識として抱いていたものでした。

「この団体であれば、自分と同じ価値観を持つ人たちと活動できるのではないか」

そう感じた私は、結び手のインターンシップへの参加を決意しました。


活動地

活動地であったビハール州はインド最貧困州と言われています。活動拠点のガヤの風景は、私の想像とは大きく異なるものでした。

町の中心部、特に寺院周辺のエリアでは巡礼地としての賑わいが見られる一方で、そこから少し離れると景色は一変します。視界の先まで広がるのは一面の田畑。商店や人通りはほとんどなく、いわゆるインドの農村風景が広がっていました。

一般家庭の家(農村)

初めてその光景を目にしたとき、私は率直に戸惑いました。

「田舎すぎる。出身が秋田の田舎とはいえこれはやばい。ここで本当に生活できるのか」。

さらに、私の活動期間はちょうどインドの雨季と重なっていました。連日続く曇天と雨。湿気を含んだ重たい空気、激しく降り出す豪雨、時には雨による被害。

道路はぬかるみ、移動一つ取っても簡単ではありませんでした。日本ではほとんど意識しない天候という要素が、ここでは生活や活動そのものを左右していました


活動

布ナプキンプロジェクト

結び手での活動期間は、大学院在籍中ということもあり、二ヶ月弱という限られたものでした。決して長いとは言えない期間でしたが、私にとっては非常に密度の濃い時間となりました。

当時の団体活動は主に教育支援と女性支援の二分野で構成されており、私は女性支援チームの一員として活動に参加しました。女性支援活動では、社会的・文化的背景によって就労機会が制限されている女性たちの自立支援が中心テーマとなっていました。

その中で、私が深く関わることになったのが布ナプキン製造販売プロジェクトでした。

布ナプキン製作の様子

このプロジェクトは、女性の衛生環境および健康状態の改善を目指すと同時に、繰り返し使用可能な布ナプキンの製造・販売を通じて女性の雇用機会を創出し、経済的自立につなげることを目的としていました。

インドの農村部では、多くの女性が使い捨てナプキンを継続的に購入する余裕を持たず、生理時には布切れや新聞紙などを使用する状況が一般的でした。

布ナプキンは、衛生面だけでなく経済面にも配慮した選択肢であり、さらに地域女性自身が製造に関わることのできる持続可能なモデルでもありました。

私はこのプロジェクトにおいて、拙いながらもヒンディー語で会話が可能なインターン生として、村の女性たちとのコミュニケーションおよび橋渡し役を担いました。

活動を続ける中で、私はある違和感を覚えるようになりました。

こちらが「これをやってください」と伝えれば、彼女たちは指示通りに作業をこなしてくれます。

実際、私たちの支援をきっかけに大学へ復学できたと話してくれた女性もいました。プロジェクトが彼女たちの生活に一定の影響を与えていたことは事実でした。

しかし、彼女たちが主体的に関わっているように見えるかというと、そうではありませんでした。

作業中も私たちと積極的に会話を交わすことはなく、スモールトークもほとんどありません。ただ黙々とナプキンを縫い続ける姿がありました。そこには熱意や楽しさというよりも、「言われたからやっている」という空気が漂っていました。

「これは、まずいのではないか」。

その感覚は日を追うごとに強くなっていきました。

彼女たちは確かに働いているけど、この関係性は本当に自立支援と呼べるのだろうか。一方向的な構図になっていないだろうか。私は強い疑問を抱きました。

そこで私は、拙いヒンディー語ではありましたが、意識的に話しかけ続けることにしました。作業の指示や確認だけでなく、日常的な話題や何気ない会話も含めて対話を重ねました。

最初は素っ気ない反応でした。しかし、少しずつ表情が変化し、やがて笑顔が見られるようになりました

次第に彼女たちは、「こうした方がやりやすい」「このノルマは少しきつい」といった本音を口にしてくれるようになりました。

それは私にとって非常に印象的な変化でした。指示に従う関係から、意見を交わす関係へ。支援する側と支援される側という固定的な立場ではなく、同じ活動を担う当事者としての関係が生まれ始めた瞬間でした。

トイレ故障率調査

トイレ調査で訪れた村。雨季で衛生状況もかなり悪い

女性自立支援プロジェクトに携わる一方で、「トイレ故障率調査」にも取り組みました。

インドでは 政府による政策によって、農村部でもトイレの設置が大きく進められてきました

村を歩いていても、実際に多くの家庭でトイレを目にすることができます。しかしその一方で、「設置されているトイレは本当に日常的に使われているのだろうか」という疑問を持つようになりました。

設備が存在していても、故障していたり、さまざまな事情によって使われていない可能性もあるのではないかと感じたのです。

そこで私たちは、トイレの有無だけでなく、「きちんと使える状態にあるのか」という点に目を向け、実際に複数の村を訪問して設備の状況や利用実態を確認する調査を行うことになりました。

実際に調査を行ってみて感じたのは「トイレがある」ということと、「トイレが使える」ということは必ずしも同じではないということでした。

排水設備の故障や破損がそのままになっていたり、修理が行われていなかったりするケースもありました。その背景には、修理費用の負担が難しいという経済的な事情や、維持管理の方法が共有されていないといった課題がありました。

この調査を通して、衛生問題の複雑さを実感するとともに、支援のあり方について深く考えるようになりました。

街中の壁画。政府主導の全国美化運動。
「1人1人のスローガン、ブッダガヤを綺麗にしよう」的なことが書かれています

設備を設置すること自体は重要ですが、それが継続的に機能し、地域の人々の生活の中で活かされて初めて意味を持ちます。私たちはどこまで支援すればよいのか、どのような状態になればそれは本当に「支援」と言えるのかを、自分自身に問い直す機会となりました。

また、トイレの機能や利用環境を把握することは、最終的には女性が安心して利用できる衛生環境の整備、そして安全で尊厳のある生活につながるものだと感じました。

その意味で、このトイレ故障率調査は、間接的ではありますが女性支援にもつながる重要な取り組みであったと私は考えています。

生活面

生活面において、大きな苦労を感じることはほとんどありませんでした。すでにバラナシでの生活を経験していたこともあり、インドでの暮らし自体にはある程度慣れていたからです。

また、活動拠点であったブッダガヤは、仏教の聖地として知られる場所でもあり、外国人滞在者も多い地域でした。そのため、日本人の口にも比較的合いやすいチベット料理をはじめ、タイ料理やベトナム料理など、多様な食文化に触れることができました。

そういった意味では私にとってブッダガヤは天国でした。毎日の食事が私にとって大きな楽しみの一つでした。異国の地での活動の中で、食の時間は貴重なひとときでもありました。

ただ、食の好みが他のインターン生と合わずよくぼっち飯をしていました。毎日親子丼を食べるメンバーや、チベット料理を食べすぎて恐怖症を患うメンバーもいました。

ブッダガヤでの食事

苦労とは異なる形で、思いがけない出来事も経験しました。ある時期、突然、蕁麻疹が全身に広がり、さらに唇がパンパンに腫れ上がるという症状に見舞われたのです。

アナフィラキシーを疑うほどの状態で、自分自身でも強い不安を覚えました。

インドでの留学期間中、そしてインターン活動中を通じても、このような症状はその時が最初で最後でした。

明確な原因は分かりませんでしたが、緊張や疲労、あるいは自覚していなかったストレスが、最後になって身体に現れたのかもしれないと感じています。

そのような状況の中で、改めて強く実感したのが、仲間の存在の大きさでした。共に活動していたインターン生たちは、それぞれ強い志を持って現地に来ていました。

ただ、どれほど理想や使命感を抱いていても、日々の活動の中では疲労や葛藤が積み重なります。そんな中で彼らとは一緒にゲームをしたり、日本のカレーを作ったり、愚痴を言い合ったりしました。そうした日常の積み重ねが、異国の地での生活を支える大きな力となっていました。

今思い返せば、「共に生き抜いた」という表現が最も近いように思います
また、仲間たちの真摯な姿勢や努力は、私自身にとっても大きな刺激でした。

彼らの姿を見るたびに、「自分も負けていられない」「自分もやらなければならない」という思いに駆られ、必死になって活動に向き合っていたことを覚えています。

伝えたいこと

海外に行くことに壁を感じないで欲しいです。実際、私は英語が流暢に喋れるわけではありませんし、超ネガティブ思考です。それでもインドで修士課程を終え、インターンも経験しました。もちろん苦労はしましたが。

必要なのは語学力でも、ポジティブ思考でもないと思います。やりたいことがある、それだけだと思います

絶対になんとかなるので飛び込んでみてください。

滞在先の番犬。名前はタイガー

阿部さんの大学院での留学レポートはこちら


編集後記

阿部さんのレポートの中で印象的なのは、「支援の正しさ」ではなく、「関係性のあり方」に向き合っている点です。

支援する側/される側という構図は、非常に簡単に固定化されます。
しかし阿部さんは、その違和感を見逃さず、対話を重ねることで関係を変えようとしました。

これは、海外だからこそ問われる力であり、同時にどの社会でも本質的に重要な視点です。

インド留学は、語学や経験を得るだけの場ではありません。

「自分は何をしたいのか」「どう関わりたいのか」という問いに、逃げずに向き合う場所です。

もし少しでも心が動いたなら、ぜひ一歩踏み出してみてください。
その先には、想像以上にリアルで、そして深い学びが待っていますよ。

NPO法人結び手について

NPO法人 結び手は、「外部環境が原因で努力できない人を0にする」ことを理念に、日本とインドを中心に活動する国際協力NPOです。

教育・女性の自立支援・雇用創出といった分野で、現地に根ざした持続可能な事業づくりを重視し、単なる支援にとどまらない取り組みを行っています。

インド・ビハール州では、生理用ナプキンの製造・販売事業を通じて、女性の健康課題と雇用機会の両立を目指したプロジェクトを展開。

学生インターンや若手社会人も現地に入り、調査・事業立ち上げ・人材育成など、実践的な形でプロジェクトに関わっています。

👉 NPO法人 結び手 公式サイト
👉 NPO法人 結び手 公式note


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