母親二人の対立と娘による和解『葬送のフリーレン』
第140話「舞踏会」におけるフリーレンからゼーリエへの問いかけです。
ゼーリエにはどんな未来が見えているの?
私の役割は何?
これを見ると、フリーレンは自分を未だに師匠たち(フランメとゼーリエ)の掌の上の存在だと感じているかのようです。(第7話)

フランメとゼーリエには対立があります。(もちろん敵対しているという意味ではなくて、対立していると同時に二人は母娘の関係にあり、深い信頼関係と愛情で結ばれていて、母ゼーリエは娘フランメの考えを理解して受け入れてもいます。)
魔王の討伐に関して、フランメは魔王を倒そうとしていますが、ゼーリエにはそのつもりがありません。
魔法の在り方に関して、フランメは、魔法を全ての人が使えるようになることを望んでいますが、ゼーリエは才能のある一部の者だけが使うべきだと考えています。
そう考えてみると、フランメとゼーリエは将棋やチェスの対戦をするプレイヤーで、フリーレンはその駒のようです。
すると、『葬送のフリーレン』は、二人の母親(フランメとゼーリエ)から娘(フリーレン)が独立するお話、すなわち娘が駒からプレイヤーになるお話だと見ることもできるかもしれません。
そうやって見るとするなら、物語の終わりは、娘が二人の母親の対立を解消する形になるのではないでしょうか。
そして、それはフリーレンの役割が(フランメとゼーリエの)娘から(フェルンの)母親に変わることと無関係ではないように思われます。(この3人の身体を見れば、現在フリーレンだけが第二次性徴に乏しいわけです。)
なぜなら、おとなになる(成熟する)ことと「親」になることとは、分かち難く結びついていると考えられるからです。(ハイターを想起してください。できれば別記事を立てたいと思っています。)
もちろん、ここで言っているのは生物学的な親子関係の話でもなく、「結婚して、子供を作ってこそ一人前」というようなレベルの話でもありません。
※『葬送のフリーレン』第140話に関する考察記事です。
※『葬送のフリーレン』に関する考察記事のまとめです。
