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《葬送のフリーレン》メインストーリーと結末の予想

この記事には原作への言及(ネタバレ)や展開予想が含まれています。

メインストーリーの根幹や結末に関わる考察であるため、これを読んだ後では『フリーレン』が全く異なる物語になると思いますので、ご理解の上で読み進んでください。


はじめに

この記事では素直で自然な発想に基づく推論を使って『フリーレン』を読みながら、メインストーリーの根幹と結末を考えていきます。

最初に、ヒール(悪役)として登場したゼーリエが「実は善人だった」と判明して、ゼーリエの「意地悪」の意味が再解釈される過程を見ます。

次に、一級魔法使い試験におけるゼーリエによるフリーレンの面接の場面を振り返ります。(第6巻57話)

ここでゼーリエは、魔王戦に関する自身の認識とヒンメル英雄譚(フリーレンの説明)に相違点があることから、フリーレンの認識を確認しようとしています。

魔王戦に関するゼーリエとフリーレンの認識を探っていくと、意外な事実が浮かび上がってきます。

そこから、『フリーレン』のメインストーリーを読み解いていきます。簡単ですが結末とエピローグまで見ていきますのでよろしくお願いします。

コメント歓迎です。

「実は善人だった」パターンのゼーリエ

面接試験の時点ではゼーリエはまだヒール(悪役、憎まれ役)でした。

ですから、ゼーリエはいろいろと「意地悪」をしています。

第一次試験の頃からフランメ、フリーレン、花畑を出す魔法をこき下ろすことはしていましたが、面接試験で印象的な場面はここでしょう。(第6巻57話)

ゼーリエを敬愛している人間の弟子たちの前で「やはり人間の弟子は取るものではない」と言い放ったのですから、弟子たち(特にレルネン)の心痛を想像すると読者のゼーリエに対する印象は非常に悪く、完全に憎まれ役です。

けれども、後になって「実は…」と真相が明らかになってカタルシスを味わうというのが一級魔法使い試験編の大きな山場の一つです。

一般的な読者(作者が想定しているであろう読者)はこちらの場面で、そのカタルシスを味わうことになると思います。私もそうでした。(第7巻60話)

これは「悪人だと思っていたキャラクターが実は善人だった」とわかることでカタルシスが生じるという、ありきたりなパターンです。

ですが、とても効果的で、大抵の読者はここでゼーリエのことを好きになったと思います。そして、後の帝国編ではゼーリエ暗殺計画の帰趨を固唾をのんで見守ることになります。

逆に言えば、ここでゼーリエのことを好きになれなければ、後の帝国編の楽しみは半減してしまうことになります。

ですから、「悪人だと思っていたキャラクターが実は善人だった」は、物語を楽しむために必要な「読解」の領域です。ここがわからないとさすがに『フリーレン』のほんとうの面白さはわからないだろうと思います。

ちなみに、うちの子供は「ゼーリエは好きじゃない。フリーレンを不合格にしたから」と言っているので、どこまで物語を理解しているのか心配です。とはいえ、そんな彼もアニメ第2期を楽しみにしていますから、「悪人だと思っていたキャラクターが実は善人だった」の理解がほんとうに必要なのかは議論の余地があります。いろいろな楽しみ方がありますからね…。

意地悪の再解釈

ゼーリエは「実は善人だった」ということになると、「意地悪」だと見えたゼーリエの行動にはすべてその背景に愛情や合理的な目的があるはずです。そうでなければ物語が破綻してしまいます。

そういう目で読み直してみると、ゼーリエによるほとんどの「意地悪」は愛情の裏返しと「不器用」(第7巻60話)で割合簡単に理解できます。

「人間の弟子は取るものではない」

たとえば、先程の「人間の弟子は取るものではない」にしても…

レルネンの「謙虚で堅実」言い方を変えれば「臆病」なところに物足りなさを感じているゼーリエの一種の「愛の鞭」です。(第6巻67話)

ゼーリエは「老い先はもう短い」などとレルネンに失望しているようなことを言っていますが、ほんとうは「もっとできるはずだ」と期待しています。

なお、リスクを避けて安全側の選択を取りがちなレルネンの性格は黄金郷編でも描かれています。(第9巻82話、84話、85話など)

このように、ほとんどの「意地悪」は愛情の裏返しと「不器用」で理解できると思います。

「虫唾が走った」

ただ、私が難解だと感じた場面が二つあります。

一つは第6巻53話のこの場面です。フランメの「夢」に対してゼーリエは「虫唾が走った」と言っています。

しかし、これは「あの子(フランメ)が私よりもずっと背の小さな小娘だった頃に語った夢物語」なのです。幼い子供の夢に対して「虫唾が走る」とは、ゼーリエにしても言葉が強すぎると私は感じました。

おそらく、ゼーリエはかつてフランメと同じ夢を見ていて、過去の自分を重ね合わせたために「虫唾が走った」のではないかと想像します。詳細はこちらの記事で書いていますので、ここでは省略します。

「お前のような魔法使いが魔王を倒したとは到底信じられん」

もう一つが、最初に触れたゼーリエによるフリーレンの面接の場面です。(第6巻57話)

これはメインストーリーの根幹(魔王討伐)と関わる場面ですので、しっかり読んでいきます。

ゼーリエはフリーレンの魔力制限を魔王が「たった一目で見破った」ことを知っていましたね。

ですから、ゼーリエは魔王戦を見てきたように知っているわけです。(どうやったのかはわかりませんが)

魔王によるフリーレンの魔力制限の看破という魔王戦の末節について知っているのですから、「ヒンメル一行が魔王を倒した」という魔王戦の根幹について知らないはずがありません。

しかし、ゼーリエは「お前のような魔法使いが魔王を倒したとは到底信じられん」とフリーレンを挑発しています。

しかし、ゼーリエは魔王戦の実際を知っているのですから、信じるも信じないもないはずです。

なのにゼーリエはわけのわからない難癖をつけてフリーレンを挑発しています。

ですから、この場面には強烈な違和感があります。

ゼーリエは意地悪な人物ではありませんし、根拠のない適当なことを言う人物でもありません。

ということは、「ヒンメル一行が魔王を倒した」というヒンメル英雄譚に対して、ゼーリエは何か疑念を感じているのではないか…?

そう考えるのは自然な発想でしょう。

では、この「意地悪」の目的はなんでしょうか?

ゼーリエはヒンメル英雄譚に疑念を持っているのですから、素直に考えれば、当事者のフリーレンに確認したいですよね。しかし、フリーレンは各所でヒンメル英雄譚と同じ説明をしています。

となれば、ゼーリエが知りたいのは、フリーレンは嘘をついているのか?それともフリーレンは自分の認識を正直に話しているだけで特に嘘をついているつもりはないのか?どちらなんだ?ということでしょう。ゼーリエの目的は魔王戦に関するフリーレンの認識を知ることです。

しかも、フリーレンは魔王城のあるエンデを目指して再び旅をしているわけです。今度こそ魔王を倒そうと再戦するつもりなのか?そんなつもりはなく全く別の目的でエンデを目指しているのか?

「これはどういうつもりなんだ?私は知っているぞ」とストレートに確認すれば良いではないかと思うかもしれませんが、ゼーリエは魔王戦に関する情報をフリーレンにはなるべく知らせたくないでしょう。なぜなら、フリーレンが魔王戦に関する秘密を知らない可能性があるからです。

ですから、ゼーリエとしてはフリーレンに情報を与えないようにしながらフリーレンの認識を探ろうとします。

そのため、「お前のような魔法使いが…」と鎌をかけてフリーレンの反応を見ることでフリーレンの認識を確認しているわけです。

ヒンメル英雄譚の疑問

では、ゼーリエはヒンメル英雄譚のどこに疑念を持っているのでしょうか。

ヒンメル英雄譚の三要素

ヒンメル英雄譚を分解すれば、要素はこの三つしかありません。

  1. ヒンメル一行が

  2. 魔王を

  3. 倒した

これらに対する疑念ということですから、疑問形に書き換えてこうなります。

  1. 誰が魔王を倒したのか?

  2. 倒されたのは魔王なのか?

  3. 本当に倒したのか?

直感的には3.「本当に倒したのか?」だと感じますが、念のため一つずつ見てみましょう。

誰が魔王を倒したのか?

第一の要素に対する疑念だとすれば、「魔王を倒したのはヒンメル達ではなく、別の勇者パーティーである」といったケースです。ヒンメル達は「世界を救った勇者パーティー」を僭称しているわけですね。

このパターンは、探せばマンガやライトノベルにありそうなお話で、ちょっとおもしろそうです。

けれども、『フリーレン』でこれはあり得ないと私は感じます。これでは別の物語になってしまいます。

倒されたのは魔王なのか?

第二の要素に対する疑念だとすれば、「ヒンメル達が倒したのは魔王ではなかった」というケースです。

ラスボスを倒して「やったー!エンディングだ!」と思っていたら、まだストーリーが続いていて実は…というパターンで、完全にRPGです。

これはアリだと思います。というか『フリーレン』もこのパターンですよね。

ただ、これは「倒したのは真の敵ではない。真の敵は別にいる」ということですから、「(真の敵はまだ)倒していない」と捉え直せば、次の第三の要素に対する疑念のバリエーションとして整理できるパターンです。

本当に倒したのか?

第三の要素に対する疑念が「魔王は生きている(倒されていない)」です。

これが本命でしょう。

フリーレンの認識は?

ゼーリエの認識は推測できました。「魔王は生きている(倒されていない)」です。

ただ、フリーレンの認識がわかりません。

フリーレンは魔王戦をどう認識しているのか。「魔王を倒した」という認識なのか、「倒せなかった」という認識なのか。

フリーレンは「魔王を倒した」と言っていますが…

  • ゼーリエの認識(魔王は生きている)が正しいとして

    • フリーレンは嘘をついているのか(認識は「魔王は生きている」)

    • それとも正直に話しているのか(認識も「魔王を倒した」)

      • では、単に誤認しているのか

      • それとも、何者かに騙されているのか

  • あるいはゼーリエの認識が誤っているのか。

そういった細かい考察はこちらの記事で行っています。

ヒンメル一行の秘密

ただ、そういった「考察」は抜きにしても、エンデで何か不穏な出来事があったことは確からしいのです。(第2巻第8話)

フランメの手記を見つけて、フリーレンのエンデ行きが決まった後の場面です。フェルンとの話題がエンデの気候に及び、アイゼンはエンデの地理を説明します。すると「あの場所ではいろいろあった」と言ったまま黙り込んでしまいます。

この後、一ページ使ってアイゼンの「沈黙」が描写されています。フェルンは気まずくなってしまいます。アイゼンにはエンデに関してフェルンにも明かすことのできない秘密があるわけです。

しかも、この時フリーレンは昼寝していて、その描写もなぜかとても丁寧です。

しばらくして、アイゼンが沈黙を破ると、話題はフリーレンについてです。しかも唐突に、「なあフェルン」「そいつはいい師匠か?」と問いかけるのです。

「いい師匠か?」とは随分と抽象的な問いかけですよね。エンデへの旅の行程や準備といった具体的な話題ではありません。

思うに、沈黙の間アイゼンが考えていたのはフリーレンのことです。(ぜひ再読してどんな印象を受けるか確かめてみてください。アイゼンのフリーレンへの想いが伝わって来る感動的な場面です)

これは、エンデに関してフリーレンには明かせないヒンメル、ハイター、アイゼンだけの秘密があるのではないか?

だとすれば、「フリーレンだけが知らないヒンメル一行の秘密」という構図は女神の石碑編と全く同じです。ここで三人はタイムリープの存在をフリーレンに秘密にしています。(第13巻118話)

先程の検討した魔王戦に関するゼーリエの認識(魔王は生きている)と、このエンデに関する三人だけの秘密の存在から推測できるのは、ヒンメル、ハイター、アイゼンの三人が「魔王は生きている(倒されていない)」ことをフリーレンに秘密にしているのではないか。そして、フリーレンには「魔王は倒した」と説明していて、フリーレンはそれを信じているのではないか?ということです。

フリーレンはなぜエンデを目指すのか?(魔王討伐計画)

女神の石碑編の結末から、エンデ(魂の眠る地オレオール)を目指すフリーレンの旅が実はヒンメルたち三人に誘導されているものであることは確定しています。(第1巻7話)

フリーレンがキーノ峠まで旅をして女神の石碑に触れなければ過去が変わってしまいます。ですから、ヒンメル達としてはフリーレンにキーノ峠まで行ってもらわないと困ったことになるわけですね。

ここで疑問があります。

女神の石碑編(キーノ峠)でのタイムリープを解決(処理)する目的であれば、誘導はキーノ峠まででよいはずです。

なぜ三人はフリーレンをエンデまで導くのでしょうか?

「魔王は生きている」のですから、魔王討伐のためでしょう。

では、ヒンメル達はフリーレン、フェルン、シュタルク(とザイン)に魔王を倒してもらう計画を立てたのでしょうか。

ここで、三人がフリーレンには「魔王は倒した」と説明していて、フリーレンはそれを信じていることを思い出してください。フリーレンには魔王戦の記憶がありません。

記憶の欠落と言えばタイムリープです。(第11巻107話)

つまり、キーノ峠でのタイムリープと同じように、フリーレンがエンデの女神の石碑から80年前にタイムリープしてヒンメル達と共に魔王を倒す。というのがヒンメルたち三人の計画です。

おわりに

小難しい「考察」はなしにして、素直で自然な推測を使ってメインストーリーの根幹と結末を説明してみました。

いかがでしたでしょうか。ここまで読んでいただいた方の多くはご自身のイメージする『葬送のフリーレン』が全く異なる物語に姿を変えたのではないでしょうか。

もちろん、「それはちがうだろう」と納得できなかった部分もあったと思います。

私もこれがそのまま作者の構想だとは思いません。これは『フリーレン』のストーリーの一番シンプルな形だと思います。

感想、疑問、質問など、コメントをお待ちしています。

最後に、せっかくここまで考えたのですからエピローグも考えてみます。

魔王を倒した後、フリーレンは未来(現在)へ戻ります。そして、フェルン達と一緒に魂の眠る地オレオールを訪れます(最終話)。ヒンメル達は王都へ凱旋します(第1話)。これで、『葬送のフリーレン』は名実ともに「魔王討伐後の後日譚」となりました。めでたしめでたし


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《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。

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これを読んだ上で、フランメ、ヒンメル、エーヴィヒ、ゼーリエ、大魔法使い、などで検索すると物語の全体像に関わる考察が出てきます。