記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

《葬送のフリーレン》第143話「読み合い」感想(その1)考察、自説の撤回 ※ネタバレ

2025/08/20発売『週刊少年サンデー』(第38号)掲載の《葬送のフリーレン》第143話「読み合い」を読んだ感想を書いています。ネタバレや先の展開に関する考察・予想が含まれます

感想(その2)はこちらです。

《葬送のフリーレン》に関する他の記事はこちら↓のマガジンにまとめています。《葬送のフリーレン》がもっと楽しくなる他では読めないような考察もありますから、ぜひどうぞ。

***ここからはネタバレです***

予告ではシュタルク・フェルン回かと思われた第143話ですが、蓋を開けてみればラント・ユーベル回。じっくり読み込めばゼーリエ・ゼンゼの師弟関係の描写もかなりおもしろい、というのが私の印象です。

細かい読解や考察はまた後にして、一読した印象を残したい…と思っていたのですが、ゼーリエとゼンゼの会話についてたくさん書きました。また、《ユーベル=影なる戦士説》の撤回についても触れています。なお、タイトル画像はアウラの配下の魔族リーニエですが、これも回収します。

フェルンとシュタルク、会場ホールの面々

フェルンとシュタルクは仕事で忙しくて、ダンスどころではないですね。フェルンはずいぶん前のめりです。

すでに出来上がってテーブルに突っ伏しているシュリット。シュタルクのような赤毛〜明るい茶色の髪を上げていました。かなりイメージ変わりそう。ドレス姿が気になります。もっとよく見たかった。

影なる戦士たちの所在確認をするフェルンを見ていて思ったのですが、レーヴェの存在はきちんと情報共有されているのでしょうか?してないわけないよなあとは思いますが…

ゼーリエとゼンゼ

1ページ分程度の会話なのですが、おもしろいです。まあ、ゼーリエの台詞はいつもおもしろい、と言ってもいいくらいですが。作者は相当、練り込んでいるのだろうと思います。ここは台詞と絵を併せて読んで欲しいところです。ぜひ。

ゼンゼ:水面下での戦いが始まります。
ゼーリエ:いよいよだな。先陣はラント達か。そういえば遊撃を許した理由を聞いていなかったな。

遊撃の件は会場入り前の全体打ち合わせ(第140話)で取り上げているのですし、ゼーリエ自身も積極的だったのですから(ユーベルに対して「好きなだけ良いぞ」)、なぜその話をまたここで? 意外です。ゼーリエはゼンゼを試している。私はそう読みました。ゼンゼの答えとそれに対するゼーリエの反応は…

ゼンゼ:恐らくユーベルには自覚は無いでしょうが、あの二人は対戦士において高い優位性を持った魔法使いです。私と同じで。
ゼーリエ:上出来だ。

第143話「読み合い」
「恐らくユーベルには〔…〕私と同じで」と説明するゼンゼはアオリ(下から見上げる視点)で描かれています。ですから、ゼンゼは自信を持って答えていると考えてよいでしょう。

ゼンゼの台詞「私と同じで」とは、ゼンゼの何と同じだというのでしょうか?

《「対戦士において高い優位性をもった魔法使い」である事実》でしょうか? だとすれば、「私と同じ」はわざわざ添える必要のない一言ですし、なんの捻りもない発言ですから、ゼンゼがアオリ描写で倒置法まで使って語るようなことだろうか?と疑問を感じます。それに、ゼンゼが対戦士特化であることは新情報ではありません(第13巻第126話)。しかも、ゼーリエが「上出来だ」と認めているのですから、それなりに優れた回答であるはずだと思います。

とすれば、ゼンゼの「私と同じ」の背景には、単に「対戦士特化」というだけではない二人の(というかここではラントよりユーベルのことが念頭にあると感じますが)の素質に関する洞察があるのではないか?と思います。

ですから、「私と同じ」なのは《「対戦士において高い優位性をもった魔法使い」である理由》ではないでしょうか。というのも、たとえばゼンゼとファルシュは「対戦士に特化した戦い方ができる」とされていますが(第13巻第126話「新たな任務」)、その理由はまだ説明されていないからです。

第13巻第126話「新たな任務」

ゼーリエは続けます…

ゼーリエ:あとは敵が想定を上回るほど、強大でないことを祈るばかりだな。

ゼーリエは状況が自分たちに都合良く進行するよう「あとは〔…〕祈るばかり」と言っています。「祈る」とはゼーリエらしくない発言で、何か含意があると私は思います。深読みしますと、敵はゼンゼの「想定」以上に強力で、二人は苦戦するだろうとゼーリエは考えています。「想定」の甘さをチクリと指摘したということなのでしょう。ですから、敬愛する師匠から「上出来だ」と褒められたはずのゼンゼですが(このコマのゼーリエとゼンゼはこちらに背を向けていて表情が見えず、影が落ちています)…

表情は芳しくありません。ゼンゼとしては満足できていない様子です。自分の力不足を痛感して申し訳なく思っているようにも見えます。ゼーリエの表情は硬いですね。愛弟子を褒めている表情には見えません。

ゼーリエとゼンゼの会話が終わると、次はユーベル・ラントの戦闘の場面に移ります。が、その間に無言のゼーリエとゼンゼを描いた一コマ(上記引用画像)が挟まれています。師匠と姉弟子が弟子・弟妹弟子(?)を見守るという絵ですね。ここはグッときました。

物語の都合からしてここでユーベルたちが死ぬはずはないと私(読者)は半ば安心して見ているわけです。が、それでも物語は緊張感のあるギリギリの戦いを描かねばなりません。そこでユーベルたちの戦いの帰趨を見守るゼーリエとゼンゼの心情を私(読者)に想像させることで、私(読者)の心情を操作している…そのように理解します。二人はユーベルたちを高く評価していますが、決して楽な戦いではなく命を落とす可能性もあると見ています。私(読者)もその二人の心情をなぞることになりますし、また二人のユーベルたちへの愛情も感じ取ります。

紙面を目から離したり近づけたりして何度も二人の表情を読み取ろうとしているのですが、なかなか見飽きないです。(コマの大きさと印刷精度の問題がありますから、表情はどのようにでも見えてしまうのです)

ゼンゼは伏し目がちで、その眼差しはユーベルたちだけではなく、ユーベルたちを想うゼーリエにもまた向かっているように見えます。ゼンゼからゼーリエへの眼差しには、上述した「あとは〔…〕祈るばかりだな」(敵戦力の想定が甘い)を受けての感情もあるのでしょう。

この一コマのゼーリエとゼンゼの表情で、戦いの緊張感が演出されています。

ラント・ユーベル対イーリス・ルティーネ

ユーベルとラントはバディになっていますね。これはもうホンモノノM.A.V.(マヴ)でしょうw

ラントの戦法はかなり意外でしたが、これは魔力探知のできない戦士が相手の時だけ使える戦法なんですね。

ファルシュは短期記憶を操作しているんですかねえ。そして、地下水路で見たことをゼンゼたちにきちんと共有していました。共有する場面を描かなかったのは、ファルシュが裏切るかと思わせるためのミスリードだったと思います。

「通信」って、魔導具をつかっているのでしょうか。

イーリスはユーベルとラントの反応速度の速さについて考察しています。感覚型のユーベルは思考する前に魔法が使えるから反応速度が早い、ラント(の分身)は思考するだけで動けるから速い、と。

これが二人が《「対戦士において高い優位性をもった魔法使い」である理由》なのでしょうか?

しかし、ゼンゼは「恐らくユーベルには自覚は無い」と言っています。ユーベルは自身が感覚型であることはしっかり認識しています。それにゼンゼは感覚型ではなさそうです。

となると、やはりゼンゼの「私と同じ」=《「対戦士において高い優位性をもった魔法使い」である事実》なのでしょうかね? もう少し後のエピソードで確認したいです。

魔力の流れを読む

ラント(分身)の動きについて

ユーベル:メガネ君の動きってかなり分かりやすいと思うけど。魔力の流れを読めば先読みなんて簡単に…。ああ、そうか。こいつら魔力探知が使えないんだ。五感、それも目視に大きく頼っている。

ユーベルは体内の魔力の流れを読むことができるんですね。当然のことのように言っていますが…あまり聞いたことがありません。

魔力の流れについて言及しているのは、私の記憶ではリーニエだけです。「私は魔力を読み取るのが得意でさ。人が動いている時の体内の魔力の流れを記憶して、動きを模倣できるんだよね」(第3巻20話「師匠の技」)

第3巻20話「師匠の技」

これは他の魔法使いでも普通にできることなのでしょうか?ユーベルだけの特技なのでしょうか?

おそらく、魔法使いであれば誰でもある程度は魔力の流れが読めるのでしょう。

なぜなら、ラントが「魔法使い以外が相手なら、こういう戦法も通用すると思っていたけれども」=魔法使いにはこの戦法は通用しない、と語っているからです。ユーベルも「魔力の流れを読む」能力と魔力探知を結び付けて理解しています。

ちなみに、リーニエは魔力探知が得意な魔族です。「捜索を手伝います。リーニエは魔力探知が得意で」(第2巻16話)、「人間の魔法使い如きがリーニエの魔力探知を搔い潜っただと…」(第2巻17話)

このことが次の話題に繋がります。

リーニエの模倣する魔法エアファーゼンとラントの分身操作

第3巻20話「師匠の技」

筋肉もそれほどないであろう華奢な身体であるにも関わらず、リーニエは重量のある両手斧を振り回していました。小柄で細身のリーニエが何故あそこまで様々な武器を使いこなして、身体を自在に動かせるのか?

そういう疑問があったのですが、今回のラントの分身の動きの説明でかなり理解できました。

ラントが分身を操作するのと同じ要領で自身の身体を操作するのが模倣する魔法エアファーゼンの効果なのだと思います。

リーニエは序盤に出てきてすぐ退場してしまう魔族ですが、その彼女が使う魔法にも随分考えられた設定があるんだなあ、と感心しました。

ユーベル ≠ 影なる戦士(自説撤回)

今回の戦闘を見るに、ユーベルに「影なる戦士」の戦い方の知識はありません。ルティーネの動きを見て「(影なる)戦士ってこんなに速いんだ」と言っていますし、戦いの最中に「そうか。こいつら魔法探知が使えないんだ。五感、それも目視に大きく頼っている」と気付いています。

ということは、私はこれまでユーベル=影なる戦士(元)説を唱えてきましたが、この考え方を維持するのはかなり困難です。撤回させていただきます。申し訳ございません。って謝る話でもない気はしますが。私自身が楽しんでいる考察の過程を楽しんでいただけたら本望です。

ただ、そうすると上記考察で指摘した疑問は宙ぶらりんで残ることになります。

  • 魔法使い(や魔族)は通常は持っていないはずの「(魔力探知の能力を)持たざる者の研ぎ澄まされた感覚」(第13巻118話)を持っている(第14巻128話)

  • 自他の命を軽く扱う傾向(第5巻46話、第6巻50話、第14巻128話等)

  • 影なる戦士に関して深い洞察力を見せている(第138話)

この疑問は引き続き念頭に置いて読んでいきたいと思います。

ユーベルの過去・ルーツについては、ネットを検索すればユーベル=不死なるベーゼ説(魔族説)もあります。また、ユーベルの「感性」がフラーゼと似ているというノイの指摘があり(第14巻131話)、そちら方面も考えられます。

ただ、いずれの考え方も私が感じている疑問を解決することはできませんので、現時点では「これだろう」という有力な説は見当たりません。

おわりに

パートごとの比重がかなり偏ってしまいましたが、とりあえず以上が一日かけて《葬送のフリーレン》第143話「読み合い」を読んだ感想になります。

感想(その2)はこちらです。

この記事が参加している募集