《葬送のフリーレン》間違った世界のフランメの悲しみ
ネタバレには配慮していません。
『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。
好きなキャラ「ゾリーダ」の記事でも書きましたが…
「どっちが強いか決めようぜ!」というマインドを魔族は持っています。リーニエ、リュグナー、アウラ、ゾリーダ、マハト、リヴァーレ等がわかりやすいです。
実はゼーリエもそういうタイプで、マハトとの戦いの最中に弟子達に水を差されて臍を曲げていますが、それはさておき。(第10巻93話)

これは少年マンガ的バトルマンガ的な純粋な子供のマインドですよね。
ですから、普通は「どっちが強いか決めようぜ」と言うのは主人公サイドだと思うのです。
それに対して手段を選ばずに勝ちに来るのが敵役でしょう。汚い大人です。
『葬送のフリーレン』では、ここが逆になっています。正々堂々戦う力比べが好きなのは魔族で、卑怯なのがフリーレン達です。
私は熱心なマンガ読みではありませんし、作品を借りて社会を語るのは好まないのですが。
これは世相を反映しているのでしょうか?
ルールをハックして勝つのが賢いのだというエライ人がロールモデルとして跋扈する昨今ですから、だとしても不思議はないです。
でも、ルールをハックして勝っておいて、負けた相手を「クソみたいな驕りと油断」だと蔑むことは、本当はカッコ悪いことだと思います。(第3巻21話「卑怯者」)

そして、フランメはそのことをよくわかっていました。

フリーレンもわかっています。

フェルンもわかっています。

彼女たちは自分たちの戦い方が決して褒めらるものではないという認識を持っています。
では、どうしてフランメはそういった戦い方をするのか?
なぜなら、正しい戦い方では勝てないからです。
なぜ正しい戦い方では勝てないのか?
なぜなら、魔族と人類の魔法体系には天と地ほどの差があるからです(フランメの手記、第12巻108話)。これは魔族と人類の脳や身体構造のちがいのせいでもありますし(第10巻97話)、飛行魔法やゾルトラークの魔法史を見ても明らかです(第4巻30話、第8巻73話、第1巻5話)。本来的に「魔法は魔族の技術」です(第6巻53話)。

言い換えれば、フランメにとっては世界が間違っているから、正しい戦い方では勝てないのです。
間違った世界では正しい戦い方をしていては勝てません。間違った世界では間違った戦い方をしなければ負けてしまう。
それがフランメの悲しみです。
思うに、フランメはこの世界が魔族のためにデザインされていることを知っていたのでしょう。(「魔族と人類の魔法体系には天と地ほどの差」があるとは、フランメの手記の記述です)
追記)
私は『葬送のフリーレン』の世界には悲しみが通底していると思っていて、それは、生とか死とか、そういうこともあるのですが、「実は自分たちは世界から選ばれた存在ではない」ことを知った悲しみもあるのだろうと思いました。
《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。
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