《葬送のフリーレン》大魔法使いたち(ゼーリエの断念、ミリアルデの絶望、ミーヌスの変節)
大魔法使いの役割について考察した上で、大魔法使いたち(ゼーリエ、ミリアルデ、ミーヌス、フランメ、フリーレン)の魔族・魔王への態度に関して考えます。
順を追って話を進めますが、複数の考察が前提になっています。手っ取り早く結論を知りたい方は目次から「まとめ」に飛んで最初にお読みください。予備知識ほとんどなしで理解できるようになっています。
なお、最新話(第146話)までのネタバレと先の展開に関する考察・予想が含まれます。
はじめに
今回は考察と言ってもかなり「想像」寄りの話になります。おかしなところもあると思いますが、そこも含めておもしろがっていただければありがたいです。(コメント歓迎です)
下記の二つの考察を前提にしていますので、こちらを先に読んでおくとより楽しめると思います。また、私の考察を読むのが初めての方は三つ目のガイドを読んでおくとわかりやすいと思います。
大魔法使いの役割
上記の考察結果をまとめると、こうです。(根拠があって説明できる部分と想像で補っている部分がありますので、なぜそう考えるのかについては、すみませんが上記の考察をお読みください)
女神様が自らの魔法を込めた石碑を各地に残した目的は、魔族と戦う人類を助けるためである。(女神の石碑の「役目」)
聖杖の証は神話の時代に作られた四つしか存在せず、大魔法使いはそれを所持する四人しか存在しない。
最初はゼーリエが四つの聖杖の証を所持していて、後に大魔法使いと認めた三人の弟子(フランメ、ミーヌス、ミリアルデ)に渡した。フランメの大魔法使いの地位(と聖杖の証)は彼女の死後フリーレンに承継された。
大魔法使いには何らかの役割がある。
フリーレンの「役割」とは、エンデの石碑から魔王戦にタイムリープして勇者一行の魔法使いとして魔王を討伐することである(フランメとヒンメルたちの魔王討伐計画)
これらの結論を並べて眺めてみると、フリーレンの「役割」と大魔法使いの役割が無関係というのも不自然であることに気付きます。フリーレンの役割≒大魔法使いの役割ではないか?イコールではないにしても関連はあるはずだろうという気がします。
つまり、女神様の僕として魔族(魔王)と戦うことが大魔法使いの役割なのではないか?と。
(補足)聖杖の証の役割
別の記事のコメントで「聖杖の証の所持が女神の石碑の起動条件ではないか?」と教えていただきました。(totoさんありがとうござました)
確かに、石碑の起動条件が「石碑に触れた状態で魔法名を唱え」るだけでは、あまりにも緩すぎます。

私は「聖杖の証はただのペンダントで、フリーレンはフランメの思い出の品として大切にしているのだろう(あまり手入れはしていない様だが)」と思っていました。
ただ、聖杖の証を実質的な意味のある物として位置付けようとするなら、「聖杖の証の所持が女神の石碑の起動条件」というのはありそうだなと感じました。
しかし、そうするとヒンメルのタイムトラベルは説明が難しくなります。どちらが全体として整合性のある説明になるのかは検討する必要があるでしょう。
もちろん、女神様の魔法が込められた石碑ですから、「聖杖の証の所持+石碑に触れて+魔法名の詠唱」等の形式的な条件ではなく、使用者の目的等も加味して、悪用・濫用を防ぐ仕組みが実装されているとは思います。そういう意味では、女神様の不思議な力によってそもそも不正利用はできないようになっているのだから「石碑に触れた状態で魔法名を唱え」るだけで十分だとも言えます。
どうしてゼーリエとミリアルデは魔族・魔王と戦わないのか?
女神様の僕として魔族(魔王)と戦うことが大魔法使いの役割だとすると、特にゼーリエとミリアルデの態度には矛盾を感じます。
乗り気ではないゼーリエ
まず疑問に感じるのは、大魔法使いであるにもかかわらず今一つ魔王討伐に乗り気ではないゼーリエの態度です。(これは上記の考察でも触れています)
ゼーリエは「あなたには魔王を殺せない」と弟子のフランメに正面切って言われても、反論することなく黙り込んでしまいます。珍しく神妙な顔をしていて、怒りもしませんし悔しそうな素振りもありません。

ゼーリエが女神様の僕として魔族と戦う使命を帯びているのなら、フランメの発言はゼーリエの存在意義を全否定しているのですから、この態度は不可解です。
ぼーっとしているミリアルデ
それともう一つ、上記の考察では触れなかったのですが、気になっていることがありました。それは、大魔法使いであるにもかかわらず人生に絶望して「いつも何もしないでぼーっとしている」ミリアルデのことです。(第8巻69話)
※ミリアルデが大魔法使いであることは推測です。
ミリアルデは「人生をかけて探したものが、何の価値もないゴミだった」という経験のために人生の意味を見失っています。
しかし、女神様から大魔法使いとして役割を与えられているとするなら、人生においてこれ以上の意味があるでしょうか。絶望とは無縁の充実した人生を送れるはずでしょう。

二人の「やる気のなさ」の原因
なぜ二人は魔王と戦おうとしないのでしょう?魔王は「エルフを皆殺しに」しようとしていたのです(第3巻21話)。

私はこの二人の「やる気のなさ」には二人にそれぞれの原因があると思っていました。
ゼーリエについては、実は女神様とは別の存在が背景にあるのでは?とか。(←この考え方は事態を複雑にしすぎるとも感じます)
ミリアルデについては、聖杖法院でのキャリアが上手くいかなかったのでは?とか。(←はっきり言ってイマイチですね)
しかし、これではなかなかスッキリした理解ができません。
そこで、大魔法使いに共通した役割があるのならば、二人の大魔法使いの「やる気のなさ」にも共通した原因があるのではないか?と考えてみました。
では、その原因は何か? 手掛かりは二つです。
ミリアルデは絶望している
二人は女神様を信じていない
そこで思いついたのは、ゼーリエとミリアルデは魔王討伐を諦めてしまった大魔法使いではないか?そのために女神様への信仰を失ってしまったのではないか?ということです。(順序は逆で、女神様への信仰を揺るがす出来事があり、大魔法使いの役割を放棄したという可能性もあります)
では、この線でゼーリエ、ミリアルデ、そしてミーヌスについて想像してみます。
ゼーリエの断念
ゼーリエはもともとは女神様の僕として魔族と戦っていました。現在のゼーリエからは想像できませんが、神話の時代には魔族たちを恐怖に陥れる存在だったのです。

しかし、どこかの時点で魔王討伐を諦めて、女神様に対する信仰も失ってしまいました。その結果、ゼーリエが魔族と戦うことはほとんど無くなってしまいます。(だから、マハトはゼーリエのことを知りませんでした)
ヴァイゼを黄金化した時のマハトの様に限度を超えた魔族は討伐しますし、治安維持のために大陸魔法協会として魔物の討伐も行いはしますが、魔族を滅ぼそう、魔王を討伐しようとまでは考えません。魔族とは持ちつ持たれつ。人類vs.魔族の対立に関しては、バランスさえ取れていれば構わないと考えるようになりました。
ですから、魔族を根絶やしにしたいほど憎んでいるフランメやフリーレンとは一線を画しています。あれだけ愛しているフランメと今一つ反りが合わないのもそのためです。
女神様に対する不信があるため、フリーレンたちに魂の眠る地があるとされるエンデには行ってほしくありません。面接の前からフリーレンとフェルンを不合格にすると決め込んでいます。
ミリアルデの絶望
ミリアルデもゼーリエと同様、大魔法使いになった当初は魔族との戦いに積極的で、何とかして平和な時代を切り開こうと模索していた(「人生をかけて探した」)のでしょう。

しかし、どこかの時点で、魔王を討伐して平和な時代をもたらすことは不可能だと悟り(「何の価値もないゴミだった」)、人生に絶望してしまいました。女神様への不信からクラフトの様に信仰に生きることもできず、「いつも何もしないでぼーっとして」います。
ミーヌスの変節
もう一人の大魔法使いミーヌスですが、彼女は「大逆の魔女」と呼ばれています。この呼び名からは、もともとは善良な魔法使いだったと思われます。
魔族が入れ替わっている、魔族に精神操作されている等の可能性もあるのですが、もう一つの可能性として、ゼーリエやミリアルデと同じく魔族(魔王)との戦いを諦めるような絶望がミーヌスを襲い、そのために変節したということが考えられると思います。
※南側諸国の「終わりなき戦乱」(第14巻133話)がいつ始まったのかは不明です。
フランメはなぜ諦めなかったか?
では、他の大魔法使いたちが諦めた魔王との戦いを、なぜフランメは諦めなかったのでしょう?
それは、フランメが自分たち四人の「戦いを追い求める」魔法使いでは魔王を殺せないこと、魔王を殺せるのは平和な時代の魔法使いであることに気付いたからです。

フランメはそのことに気付き、女神の石碑を使って平和な時代の魔法使いが魔王を倒す計画を考えます。
そして、フリーレンと出会いました。(第3巻21話)

※フランメの大魔法使いの地位(と聖杖の証)はフリーレンに承継されたのですが(推測)、その際に大魔法使いの役割や聖杖の証の意味が伝えられているのかは不明です。敢えて伏せている可能性もあると思います。
フリーレンはどうだったか?
フリーレンはフランメと出会った時点では「魔族を根絶やしにしたいほど憎い」と言っています。(第3巻21話)

600年前、フリーレンはマハトと戦っています(第9巻86話、第11巻98話)。ですから、この時もまだ魔王と戦う意志を持っています。


しかし、南の勇者やヒンメルたちと出会った頃には魔王と戦う意志を喪失していました。(第7巻63話、第3巻27話)


このように、大魔法使いフリーレンも他の大魔法使いたちと同じように一度は魔王と戦う意志を失っているのです。
戦意喪失の理由が単にマハトに敗北したからなのか、もっと深いわけがあるのか、そこはわかりません。
魔王と戦う意志を取り戻したきっかけは南の勇者やヒンメルとの出会いでした。(同一人物説あり)
現在のフリーレンは女神様の存在をそれほど信じていない様です。その理由が「若さ」や彼女の理屈っぽい性格なのか、それとも魔王との戦いを諦めたことと関係があるのかははっきりしませんが、前者だろうという感じがします。大魔法使いの役割についてのしっかりとした引き継ぎは行われていない感じもします。
まとめ
魔王はエルフを皆殺しにしようとしていました。(第3巻21話)
にもかかわらず、ゼーリエ、ミリアルデ、ミーヌスは魔王と戦おうとしていません。エルフの大魔法使いである三人が戦わずして誰が魔王と戦おうというのでしょう。南の勇者や勇者ヒンメルに協力さえしません。なぜでしょう?
ゼーリエは、かつて神話の時代は魔族を恐怖に陥れるほどの存在でした。しかし、マハトはゼーリエを知りませんでした。つまり、ゼーリエは魔族・魔王と戦うことを止めてしまっているのです(第10巻93話)。ゼーリエの魔族・魔王への態度には変化があります。
ミリアルデも現在は人生に絶望して無為に過ごしていますが、かつてはそうではありませんでした。変化しています。(第8巻69話)
ミーヌスも現在は「大逆の魔女」と呼ばれていますが、かつては善良な魔法使いだったでしょう。変化しています。(第14巻133話)
このように、三人の大魔法使いの魔族・魔王への態度が変化しているのです。
これには何か共通の原因があると考えるのが素直でしょう。
本稿はその原因に関する一つの考察でした。
まず、大魔法使いの役割について考察しました。女神様の僕として魔族(魔王)と戦うことが大魔法使いの役割です。
そこから、大魔法使いたちの魔族・魔王への態度について考えました。
ゼーリエ・ミリアルデ・ミーヌスは大魔法使いの役割を放棄し、女神様への信仰も失っています。
フランメだけが魔王討伐を諦めず、フリーレンを育てました。
おわりに
考察というよりは想像に近い部分もありますが、いかがでしたでしょうか。
年表の空白が多く、大魔法使いたちの行動は想像で埋めていくしかないのですが、ゼーリエ、ミリアルデ、ミーヌスの三人の不可解な態度・行動を統一的に理解できるところはなかなかおもしろいと思いました。
帝国編の終盤では特にゼーリエに関係する世界観の開示があると思いますので、この辺りのことがもう少しわかってくると思います。それまで話のネタとして楽しんでいただければ。
《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。
140本以上ありますが、とりあえず、初めての方にお勧めなのはこちらです。
これを読んだ上で、フランメ、ヒンメル、エーヴィヒなどで検索すると物語の全体像に関わる考察が出てきます。
おもしろかった記事には「スキ」していただけると励みになります。コメントもとても嬉しいです。《葬送のフリーレン》に関することでしたら、感想・質問など何でもどうぞ。
「週刊少年サンデー」の連載(最近は隔週)も追いかけて、感想・考察を書いていますので、よろしくお願いします。
