主人公視点から他者視点へ(『葬送のフリーレン』と『魔女の宅急便』)
物語が進んで行く中で、視点が主人公視点から他者視点へ移ることは珍しいことではないのですが、まずジブリのアニメ『魔女の宅急便』を例にして見てみます。(有名な作品でかつ分かりやすいからです。)
キキの視点から街の視点へ(『魔女の宅急便』)
『魔女の宅急便』では、最初、私たちは主人公であるキキの味方として、キキの視点で物語世界を見ています。(言葉を持つ黒猫のジジもこの視点を共有しています。)
そうすると、キキが故郷を出て最初に出会う先輩魔女は「意地悪」です。

その後、キキは美しい「海の見える街」を見つけるのですが、ここでは余所者です。ですから、最初は「キキ 対 街」という対立があります。
そうすると、街の人々は「よそよそしく」、警官は「敵」です。
この対立を見たジジが「街を去ること(によって対立を解消する)」を提案するのですが、キキはこの街で暮らすことを選びます。(ジジの提案は子供の選択ですが、キキは大人へ向かおうとします。)
そして、キキの頑張りや理解者の手助けがあって、徐々にこの対立は解消されてゆきます。この対立を解消する過程が『魔女の宅急便』のエンターテインメントです。
そして、物語の終わりには、キキは街に馴染んで(街と和解して)、キキと私たちは「街の視点」を獲得しています。
「街の視点」を獲得することは、子供っぽい自己中心的な視点を抑えて(自分を相対化して)、物事を少し客観的に見る力(他者視点)を身に付けることです。(動物であるジジは「街の視点」を獲得できません。)
そうして「街の視点」で物語世界を見直してみると、先輩魔女は「頼れる先輩」に、街の人々は「温かく」、警官は「真面目な良い人」になっています。(ジジは普通のネコになっています。ジジは「街の視点」を共有できないため、ジジとキキ(と私たち)とは言葉も通じません。ジジが言葉を無くした理由がキキの成長であるなら、エンディングでジジが私たちだけに話しかけてくれてもよいはずなのに(皆さん期待しましたよね?)、それをしない(できない)のは私たちの視点も変わったからです。)
物語の冒頭(久石譲の「海の見える街」が流れるよりも前)でしか登場しない先輩魔女についてもこの見え方の変化が生じていることから分かるとおり、この変化は私たちの視点の移動によってのみ生じています。(私たちは最初キキに肩入れしていたので先輩魔女が意地悪に見えましたが、客観的に見れば先輩魔女の言葉は何も間違っていない適切なアドバイスでした。先輩魔女が再登場して隠していた優しい素顔を見せたわけではありません。)
このように、『魔女の宅急便』では「キキの視点から街の視点へ」という視点移動により、見えている物語世界の意味がぐるっと回転します。
余談になりますが、普通にやれば目が回るような視点の回転を、観る人が気付かないうちにやってしまう所も『魔女の宅急便』の名作たる所以でしょう。
フリーレン視点と魔族視点の調和(『葬送のフリーレン』)
『フリーレン』の序盤では、私たちは主人公であるフリーレンの視点で物語世界を見ています。
けれども、大魔族である「断頭台のアウラ」やその配下のリュグナー達が登場すると事情が変わってきます。
なぜなら、『フリーレン』においては魔族こそまさに他者そのものだからです。何しろ魔族は「人類を捕食する言葉の通じない猛獣」とされているのですから、他者以外の何者でもありません。(魔族は人の声真似をするので一応「言葉は通じる」のですが「話が通じない」のです。)
アウラ達の登場によって、フリーレンから借りていた私たちの視点は少しずつ揺らぎ始めます。その揺らぎは、アニメを一度見ただけでは気付かないほど僅かなものです。

しかし、最初は僅かだったその揺らぎは、ソリテールが登場する頃(黄金郷編)には大きな揺れになっています。フリーレンの視点はかなり相対化されて不安定になってしまうのです。(この辺りの詳細は最後に紹介する別記事を読んでいただけるとありがたいです。)

こうなると最早、私たちはフリーレンの視点を借りて物語世界を見ることができなくなります。フリーレンの視点と魔族の視点とのバランスをとって物語世界を見なければなりません。
言い換えれば、最初はフリーレン側に振り切れていた私たちの視点が、徐々にフリーレン側から魔族側に傾いてゆくのです。(そして、魔族は「絶対悪」と呼べるような明白な悪の存在ではなくなります。)

この視点の移動はゆっくりと行われるため、アニメ第1期で描かれた範囲(一級試験編終了まで)では、まだフリーレン視点は強固で「魔族は絶対悪」という印象が強いのです。
けれども、黄金郷編(アニメ第2期で描かれます)に入ると作品全体の印象はかなり変わって来ます。
関連記事紹介
ソリテールによるフリーレンの相対化、フリーレン視点への揺さぶりはこちらで扱っています。
『葬送のフリーレン』を「人喰いの化け物である魔族に抗するためには、人は化け物になるしかない。人類と魔族は化け物同士お互いに殺し合うしかない」という「人類と魔族の対立構造」を解消する物語だと捉える観点からの整理をこちらに書いています。
『葬送のフリーレン』に関する記事はこちらにまとめています。ユーベル・ラントのようなキャラ考察も書いていますので、読んでもらえると嬉しいです。
