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黄金郷編ガイドと『葬送のフリーレン』結末予想

『葬送のフリーレン』の「黄金郷編」って、難しくないですか?

私の場合は、黄金郷編を何度も読んで、これはもしかすると「トゥルーエンドに辿り着くために必要な二つの個別エンド」を扱ったものなのではないかという気がしてきて、やっと、おもしろくなりました。(わかる人にしかわからない用語ですみません。ネットで調べてください。)

そこで、自分なりに理解したその線で、シンプルな「ガイド」を書いてみました。

作中の出来事や「あらすじ」は説明しません。黄金郷編を読むときに念頭に置いておくと理解が捗るかもしれないポイントを置いておきます。

「黄金郷編のおもしろさがいまひとつわからない」という方は、このガイドを一読すると、別の観点から黄金郷編を読むことができる…かもしれません。(もしかすると『葬送のフリーレン』全体も。)

ただし、このガイドはあくまでも私の理解に基づくものなので、そこのところはあしからず。こんな読み方もあるんだなと思っていただければ。

では、まずは二つの個別エンドを【マハトエンド】と【ソリテールエンド】として、順番に見てみます。(繰り返しですが、作中で直接描かれている具体的な出来事の話ではありません。)

その後に、『葬送のフリーレン』のエンディングの分類(結末予想)をします。


黄金郷編のガイド

マハトエンド

まず、「魔族は人の感情を理解できるのか?」という問いから始まります。

いろいろとあって、最後には「魔族は人の感情を理解できない」という悲しい結論に落ち着きます。

けれども、これまで見てきたマハトとデンケン、マハトとグリュックの関係から、「でも、もしかすると、それでも良いのかもしれない」というかすかな希望を感じさせて終わります。【マハトエンド】

※マハトルート詳細

ソリテールエンド

「人間(らしさ)とは何なのか?」という問いから始まります。

そして、人間を知ろうとするフリーレンの心のあり方に関心は向かいます。

そこで、「人が人であろうとしながら同時に魔族と殺し合ことはできない」ことに気付きます。

ということは結局、「人喰いの化け物である魔族に抗するためには、人は化け物になるしかない。人類と魔族は化け物同士お互いに殺し合うしかない」という残酷な結論に至ります。

しかし、「人が人であるままに魔族と共存する途は、ほんとうにないのだろうか?」という新たな疑問が生まれたところで、幕が下ります。【ソリテールエンド】

※ソリテールルート詳細(下の記事でハッピーエンドと言っているのはトゥルーエンドのことです。)

『葬送のフリーレン』エンディングの分類

ここからは「人類と魔族の対立構造の解消」という観点で『葬送のフリーレン』のエンディングを分類してみます。「人類と魔族の対立構造」とは【ソリテールエンド】で示された「人喰いの化け物である魔族に抗するためには、人は化け物になるしかない。人類と魔族は化け物同士お互いに殺し合うしかない」という仕組み、仕掛け、からくりのようなものです。

前提として、エンディングを形式的に分類すると、次のような入れ子関係になっています。

  • ハッピーエンド(広義)

    • トゥルーエンド(狭義のハッピーエンド、真のハッピーエンド)

  • バッドエンド

広義のハッピーエンドのうち、どれをトゥルーエンド(真のハッピーエンド)と捉えるかはその人の主観(本稿では私の主観)によります。なお、ハッピーかバッドかは人類視点で分けています。

ハッピーエンド

トゥルーエンドを除いたハッピーエンド(広義)では、「人類と魔族の共存」ではないかたちで対立構造が解消されます。

魔族の存在が消えることで対立構造が解消される、

  • フリーレンが犠牲になって魔族を滅ぼすエンド(人類としてはハッピーですが、読者は大きな喪失を感じるエンド)

  • 魔族の存在自体が消滅するエンド

などがあると思います。

これらのハッピーエンドのいずれかが作者の考えるトゥルーエンドとして選択される可能性もあると思います。(前述のとおり、広義のハッピーエンドのうちどれをトゥルーエンドと捉えるかは主観的なものなのですが、「作者の選択したものこそが「真の」トゥルーエンドなのだ」と考える立場もあります。)

特に、「フリーレンが犠牲になる」エンドはゼーリエの予言(第53話。「お前を殺す者がいるとすれば…」)と合致するため、可能性を感じます。(補足参照)

また、「魔族の存在自体が消滅するエンド」もあり得ると思っていて、例えば「魔族とエルフが合一する」等が思い付きます。その理由は、エルフと魔族に多くの類似点があること、ゼーリエと魔族に何らかの繋がりがありそうなこと、魔王城とオレオールの位置、「エルフを皆殺しにしろ」(第21話)という魔王の命令等です。

トゥルーエンド

人類と魔族が真の意味で共存することによって対立構造が解消されるエンドです。

私には魔族に「共感」するところがあるので、希望を込めてこのエンドをトゥルーエンドとしましたが、ここは人によって考え方はいろいろでしょう。

【マハトエンド】と【ソリテールエンド】が、トゥルーエンドへの手がかりです。

マハトエンドとソリテールエンドの詳細については以下の記事をお読みください。(再掲)

【マハトエンド】

【ソリテールエンド】(※下の記事でハッピーエンドと言っているのはトゥルーエンドのことです。)

バッドエンド

  • 人類の敗北、隷属、絶滅等により対立構造が解消されるエンド

  • 対立構造が解消されないエンド

マルチエンディングのノベルゲームやアドベンチャーゲームであれば必ず作られるエンドです。ですが、マンガで流石にこれはないでしょう。

補足(ゼーリエの予言)

このゼーリエの言葉(第53話)は、直前の「鍛錬を怠るなよ」との繋がりや、シュピーゲル戦で回想されたことを重視すれば「お前より強い人間の魔法使いによってお前は殺される」という意味になります。

けれども、「人間の魔法使いのためにお前は殺される(犠牲になる)」とも解釈できます。

ここでゼーリエは「勝つ/負ける」ではなく「殺す/殺される」と言っていることにも留意です。「殺される」は「命を落とす」ではなく「人間性を失い化け物になる」とも解されます。

しかも、この解釈なら、その後のフリーレンの言葉の意味がすっと通ります。「(私が守る沢山の魔法使いと色々な魔法を、私は見ることが叶わないけれども)ゼーリエは見られるんだね。楽しみだねゼーリエ」となるからです。ゼーリエの怪訝そうな表情とも整合しそうです。そして、フランメが遺した「沢山の魔法使いと色々な魔法」をフリーレンが守るというかたちにもなっています。

そして、アニメS1-EP25のフランメの遺言状の回想シーンです。フリーレンは森の中(右)から歩いてきて、ゼーリエを追い越して崖の先(左)に立ちます。フリーレンが先立つことを示しています。

この予言の射程はシュピーゲル戦に留まるものではなく(しかもこの時のフェルンの役割は補助的なものでした)、少なくともあと一度は回収があるはずです。

そうすると「フリーレンが犠牲になる」エンドと関連しそうな気がしてきます。

補足(黄金郷編の難しさ)

私がつまずいたところを列挙します。理解に苦労した疑問点と自分なりの回答も書いてみます。

  • 黄金郷編が始まるまでに迷子になる。一級試験編が終わってから黄金郷編が始まるまで20話ほどあり、多くは一話完結なのですが、全体の方向性が見通せず、牽引力不足を感じます。ここでは伏線の設置、キャラの掘り下げなどを行っているのですが、黄金郷編との関係では、デンケンの感情にリアリティを持たせるための準備(人にとって故郷ひいては過去の思い出がいかに大切なものかを示す)をしています。

  • 「支配の石環」が難しい。何度も読んで、これは《If …. Then …》の「Ifの条件式の値が常に偽」(つまり絶対に効果が発動しない)になっているのだと私は理解しました(諸説あり)。アニメで見せられても私は絶対に理解できないと思います。

  • それと関連して、「(魔族が)悪意を抱く」とは何を意味するのかはっきりしないため、そこで考え込んで訳が分からなくなってしまう。これについては少し考えた後に雰囲気で理解しておけばO.K.だと思います。(理由は前述)

  • 黄金郷編では回収されない大掛かりな伏線が張られるため、見通しが悪い。初期(一級試験編まで)のテンポの良さ(疑問→回答→疑問→回答の心地よいサイクル)が失われています。黄金郷編で未来視、時空干渉(タイムリープ)の要素が導入され、しかも黄金郷編の本筋とはあまり関わりがないため、事態が必要以上に複雑に見えてしまい、混乱の元となっていると思います。

  • グリュックの凄さが伝わってこない。最強の七崩賢マハトと対等に会話するのですから相当な胆力の持ち主ですが、それがリアリティを持って伝わってきません。

  • 【Q】マハトはなぜあのタイミング(第92話)でヴァイゼを黄金に変えたの?←【A】グリュックの老いに気付き、一緒に悪だくみをすることはもう難しくなったと判断したからです。つまりこの時点ではマハトのグリュックに対する感情はかなりドライです。

  • 思い出したら加筆します。

※一級試験編後から黄金郷編開始までについてはこちらの記事で触れました。