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焚火のまわりで育児してたら、知らんわ!!になった|20万年前OSで読む、現代育児のしんどさの構造

■ はじめに

人間のOSは、20万年前の小規模コミュニティで最適化されたまま、ほとんどアップデートされていない。
その“旧石器時代のOS”で目の前の出来事を「20万年前のOSならどう判断するか?」で理解しようとする試み。
それを僕は「20万年前作戦」と勝手に定義しています。

僕は育児をしていますが、
子どもOSの純粋培養|観察から見えてきた“内側の流れ”
で紹介したように、
「まあ、この子のOSのまま育ててみるか」
が結果的には「20万年前作戦」そのものだったのでした。

■ この子のOSのままとは・・・

まず、20万年前のコミュニティを想像します。
30~40人くらいのホモ・サピエンスが焚火を取り囲んで座っています。
もちろん文字はないし、言語も未発達なので、コミュニケーションは相手の表情や雰囲気のみの情報だったと思います。

そんな状況に我が子をあてはめます。
・ある人はただ焚火を見ている
・ある人は焚火に薪をくべる
・ある人は子供を抱きかかえている
・子供は焚火の周りを走り回っている
・ある人はヤバそうな動物が来ないか周囲を注意深く見ている
・ある人は・・・

そんな中、我が子はどっかのおっさんの髪をむしっている(たぶん、怒られる)。
次は焚火に近づく(危ないと、どっかのおばさんが我が子の手を引く)。
当時はYoutubeがないので我が子は暇を持て余す(誰も相手にしない)。
なんか、草をむしり始めた(これもみんなスルー)。
お腹が減ったのか、大人が採ってきた木の実を食べてる(スルーが続く)
今度はどっかの爺さんを観察し始めた(好きにせぇ)

完全に想像だけど、現代に比べて驚くほどシンプルな生活だったと思います。
つまり、20万年前のOSは“今ここ”を生きるためのリアルタイム処理に最適化されていたんだと思います。

■ 現代は“過保護OS”で子どもを囲っている

20万年前のコミュニティでは、子どもは基本的に“放牧”でした。
危ないときだけ大人が手を引き、それ以外は 焚火の周りを走ろうが、草をむしろうが、誰かの髪をむしろうが(怒られるけど)、 「その子のOSのまま」生きていた。

一方、現代の大人は “未来予測OS” で動いている。 時間、予定、効率、周囲の目、社会的評価── すべてが「未来に備えるための思考」です。 だからこそ、子どもの “今ここOS” と衝突しやすい。

そしてこの未来予測OSは、気づけば “過保護OS” に暴走しがち。 たとえば──

・迷惑だからダメ(電車で大声、道路で走り回る)
 → その割に、大人は平気で不倫する。
時間だからダメ(ゲーム終了、遊び終了)
 → その割に、子どもの勉強はエンドレス。
ルールだからダメ(家族そろって食事、片付け)
 → その割に、大人は好きなときにお菓子を食べる。

20万年前のコミュニティが 「危険だけ介入、あとは放牧」 だったのに対し、 現代は 「常時監視と制御」 がデフォルトになっている。

つまり、 子どものOSは20万年前のままなのに、 大人のOSだけ現代仕様にアップデートされすぎた。

このズレこそが、育児の本質的な難しさなのだと思うのです。

■ 大人のOSだけ現代仕様になってしまった?

育児の難しさとは、ヒトの脳がいまだに 20万年前のOS のままなのに、 現代の複雑な社会システムを生き抜くための 未来予測OS を、 親も子どもも同時に搭載しなければならない点にあると思います。

つまり、親は “旧OSの子ども” を “未来予測OSの社会” に適応させる という、構造的に無理のある課題を背負わされている。

このギャップこそが、育児の本質的な難しさなのではないか。
そんな気がしてなりません。

当時には存在しなかった 社会ルール、倫理やマナー、学校や受験、そして組織での生存競争まで、子どもに備えさせなければならないというプレッシャーが、 親を静かに追い詰めているように感じています。

■じゃあ、どうすんねん?

知らんわ!!笑
……と言いたいところだけど、構造としては整理できる部分があります。

20万年前の脳の動作と、2026年の社会が求める役割。
この“OSのズレ”が、人を生きにくくしているのだと思います。
ここには、いつも二つの声が同居している。
本音:20万年前の脳の心の叫び
建前:現代社会を生き抜こうとする脳の叫び
この二つが引っ張り合うから、しんどくなる。

だから育児では、 この矛盾を可能な限り近づけていくこと が大事なのではないか。
僕は我が子を見ていて、それを強く感じています。
そして結局のところ、 僕らは“OSのズレ”そのものを扱う必要があるのではないでしょうか。

■ 20万年前作戦の核心は「OSのズレを埋めること」

20万年前の脳は、リアルタイム処理 に最適化されています。
<リアルタイムOSの特徴>
・今ここ
・危険の回避
・仲間の表情
・役割の交換
・その場の判断

一方、2026年の社会は、未来予測処理 を前提に動いています。

<未来予測OSが要求するもの>
・時間割
・ルール
・予定
・評価
・競争
・長期計画

つまり、 脳の設計思想(リアルタイムOS)と、現代社会の要求(未来予測OS)が根本的にズレているのです。
この“OSのズレ”こそが、 育児のしんどさの源泉であり、20万年前作戦が扱おうとしている核心そのものです。
そして、このズレを

・子どもに合わせろ
・社会に合わせろ
・親が頑張れ

のどれか一つで解決しようとすると、 そりゃあ苦しくなる。

■ 20万年前作戦とは「親がOSを少し緩める作戦」

子どものOSを現代仕様にアップデートするのは無理な話。
20万年前からほぼ変わっていないのですから。
だから必要なのは、 大人のOSを“少しだけ20万年前側に戻す”こと。
全部戻す必要はありません。
そんなことをしたら、会社も学校も回らなくなります。笑
でも、
・危険だけ線を引く
・それ以外は放牧
・子どもの“今”を尊重
・必要最小限の介入
・子どものOSを信頼

このくらいなら、現代でもできる。
そしてこれは、 20万年前OSと2026年OSの“折衷案” なんだと思う。

■ 子どもはOSのまま動く。大人はOSを調整する

子どもは、
・今やりたい
・今気になる
・今動きたい
・今確かめたい

という“リアルタイムOS”で動いている。
大人は、
・時間
・周囲の目
・予定
・効率
・社会的評価

という“未来予測OS”で動いている。
この2つのOSが衝突するのが、育児のしんどさの正体。
子どもは“リアルタイムOS”なので、大人が未来予測OSを緩めると、OS同士の衝突が減り、自然と整うのではないでしょうか。

僕は我が子を見ていて、それを強く感じています。

みなさんはどう思いますか。

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