【連載小説】「愛の歌を君に2」#6 最悪のシナリオ
前回のお話:
ブラックボックスと打ち解けた三人は、彼らの提案により星空の下でのミュージックビデオ撮影に臨む。しかし、美しい星々に創作意欲をかき立てられた三人は撮影の延期を申し出、早急に新曲制作を行う。ところが、完成した曲を麗華と智篤のどちらが歌うかで揉める。しびれを切らした拓海は、自分が手話で『歌う』と主張。その迫力に負けた二人は『メインボーカル』を拓海に譲る。手話による『歌』はショータを満足させ、あとは動画配信日を待つばかりとなった。
16.<麗華>
ミュージックビデオの出来には携わった全員が満足していた。これなら音楽事務所に属していなくても、また大きな後ろ盾がなくても通用する。そのくらい、自信があった。
「ライブハウスに出入りしてる人全員に宣伝してますよ! オレたちにとっても自信作ですからね。ああ、明日の公開が待ち遠しいなぁ」
我が家のスタジオにやってきたユージンは、バイトのあとでも疲れ一つ見せず嬉しそうに語る。
「その後の配信を予定している音楽の方は今、セナ・リオが一生懸命動画を作ってるみたいです。バイトの前にちょっと見たけど、なかなかかっこいい感じに仕上がりそうですので、楽しみにしといてください!」
あたしたちの後援だというのに、その語り口からは動画制作を楽しんでいるのが伝わってきた。先にスタジオで練習を始めている弟妹と合流するユージンを見送ったあたしは眠氣を堪えながら、彼ら用の布団を整えるため向かいの部屋に入った。
本来、自分たちの音楽作りに当てられるであろう時間を、あたしたちのために使ってくれる彼らにはどれだけ感謝してもしきれない。寝床と食事が等価になるはずもないが、これくらいしか提供できないのが辛いところ。こうなったら絶対に多くの人にミュージックビデオを見てもらわなければ、との思いを強くする。
彼ら用のベッドメイキングと自分の寝る支度を済ませ、そっと寝室に向かう。が、もう寝ているはずの二人はまだ起きていた。時刻は深夜一時を回っている。
「寝ていて良かったのに」
「いや、どうも寝付けなくてね……」
「ミュージックビデオのことで?」
「うん。何せ、初めての試みだからね。そりゃあ緊張もするさ」
智くんの発言を受けて拓海も力強く頷く。
――俺だってそうだよ。今までは目の前ですぐ反応が見られたし、CDも、俺たちの歌や演奏が良いと思った人がその場で買ってくれていたから顔が見える安心感ってのがあった。だけど今回は違う。俺たちのことをまったく知らない人が視聴する。それは楽しみでもあり、怖くもある。
「そうね……。顔の見えないファンは、リアルを重視してきた二人にとってはちょっと遠い存在かもしれない。でも、こういう時代だもの。応援の仕方も多様になってきているし、ショータさんの依頼を受けると決めた時点で時代の流れを取り入れるのは必然だったはず。心配や緊張も分かるけど、ここはでんと構えてその瞬間を見守りましょう」
「レイちゃんは怖いもの知らずなんだな……。いや、僕らが臆病なだけなのか……」
「あたしだってはじめは何をするにも怖かったわ。だけどそんなことを言っていられない世界だったからね。何でもやるうちに怖がるって感覚が薄れちゃった。……さぁ、今日はもう寝ましょう。多分、明日の方が眠れないでしょうからね!」
そう言って消灯する。
それが今の自分の全力をぶつけた作品なら堂々としていなさい、結果は自ずとついてくるから、というのが音楽事務所社長の口癖だった。バンド活動をするにあたり事務所は辞めることになったが、その助言は正しかったと思う。インディーズいじめについては容認できないけれど、社長その人が悪いと言うより業界のあり方に問題があると思っているので、今回の試みであたしは音楽業界の構造を変えるつもりでいる。
◇◇◇
星空をバックにアコギ演奏をするあたしと智くん、そして手話で「歌う」拓海の映像のみという、いたってシンプルなミュージックビデオ。これ自体には何ら不満はないし、むしろよく撮れているとも思うが、目の肥えた動画の視聴者は物足りなさを感じる可能性が高い。そこで「今時」を考えるショータさんから一つの提案を受けた。それが、オープニングミュージックの挿入だった。
十秒のカウントダウン画面に拓海の即興曲をつけ、まずは耳から惹きつける作戦。カウントダウン中の映像は、もちろんソロ演奏する拓海。これをセナとリオンが、本人も自画自賛するほどかっこよく編集してくれた。
いよいよ公開時間になり、まずは一視聴者として動画を再生、その後は視聴者数の伸びを見守る。ユージンが宣伝してくれた効果か再生数はどんどん上がり、コメントも次々投稿されていく。
公開から三十分ほど経過した頃、一度引き上げたブラックボックスの三人がプロデューサーのショータさんと共に我が家にやってきた。
「どうですか、再生数は?」
ショータさんは、リビングのノートパソコンで視聴していたあたしたちの後ろから画面をのぞき込み、一通り観察したあとで腕を組んだ。
「うーん、想定していたよりも伸びが緩やかだなぁ……。やっぱり、出来は良くても知名度の低さが徒となったか……」
「だけどオレ、頑張って宣伝しましたよ?」
ユージンが不満を漏らすと、ショータさんは首を横に振る。
「ライブハウスに出入りする人だけじゃなぁ。しかし、おおっぴらに宣伝して悪目立ちしたくもなかったし……。よし、次の作戦に移ろう」
ショータさんはそう言うとブラックボックスの三人の肩に手を置いた。
「これを真似して動画配信してくれ。そうすれば確実にバズる」
『えーっ?!』
17.<拓海>
ショータの提案に驚いたのは若い三人だけではなかった。俺たちもまた驚き、顔を見合わせた。
(こいつ、一体何手まで先を考えているんだ……?)
以前プロデュースしてもらったときもここまで考えていたのだろうか。戸惑う三人にショータは殺し文句を加える。
「ちょっと考えてみてくれよ。もし、今提案した動画がバズったら、って。サザンクロスが評価されるのは当然として、その動画を作った君たちも再評価されるのは必至。そうなればあとは勝手に過去動画の再生数も伸びるし、メジャーからお声がかかる可能性もぐんと高まるはずだ」
「おれ、やります……!」
真っ先に口説き落とされたのはリオンだった。
「単純ー」
「そうは言うけどさ、セナ。これはおれらにとってもチャンスだと思うんだ。目立てば注目される。注目されれば金になる。ましてやメジャーデビューとなれば……」
「はいはい、それがリオンの夢だもんね。そういうことならアタシも手伝うよ。お兄ちゃんは?」
「オレは……」
迷っているユージンと目が合う。
――ならさ、こういうのはどうだろう。演じるのは双子。弾くのはユージン。ただしユージンは持てるギター技術のすべてを出し切るつもりで弾く。これならお互いにやりたいことをしつつも一つの作品を完成させられるし、俺たちも恩恵を受けられる。
智篤を介して伝えた。ユージンは「それなら出来るかも……」と言ってうなずきかけたが「だけど」と続ける。
「ショータさんに聞きたいんですが、何でそんなに振り付けアリにこだわるんです? 双子が言うなら分かります。だけどショータさんが、ってなると理解できない……」
ショータは鼻で笑い、持論を語り始める。
「分からないなら教えてやろう。自分が成そうとしているのはみんなを一つにすること。ジェスチャーはそのためのツールなんだよ。人は太古の昔から、お祭りのときも神に祈るときも身振り手振りを用いては想いを増幅させてきた。そう、それらには言葉の壁を越えて人々を一丸にさせる力がある。そこに、優れた音楽が合わさったらどうなると思う? ユージン。ギターの演奏や歌の技術を追求するのはもちろん素晴らしいことだ。でも、双子がやっているダンスミュージックを軽視すべきじゃない。君たちにはこれまで以上に協力しあってもらわなきゃいけない。優れたもの同士の融合が実現すれば、君たちが望もうと望むまいと必ず高みにいける。世界だってきっと、変えられる」
それはユージンに向けての言葉だったかもしれない。だが、俺の心にもガツンと響いた。
(言葉の壁を越える……。そういうことか……)
18.<智篤>
ショータの語ったことはまさに僕が『星空の誓い』のミュージックビデオ制作に際して感じたことだった。歌詞は確かに僕らの想いを伝えてくれるもの。だけど今回僕らは歌詞に込めた想いを別の形に変換し、より多くの人に届けなければならない。それが出来て初めて真に世界を変えられるのだ、と教えられた氣がした。
僕らだけだったら「なんとかなる」で何の策もなく行動し、今ごろは絶望していたに違いない。しかし、僕らの性格を知り尽くしているライブハウスのオーナーが先手を打ってくれたおかげで、これまで以上に自分たちの世界観を世に広められそうなところまで来ている。
(恩に着るよ、オーナー。託された想いは必ず形にする……!)
期待されていると分かったら自信がみなぎってきた。新しいことをするのを怖がっているようでは世界征服など成し得ない。ならばここは、敏腕プロデューサーの考えに乗っかってやれることは全部やってやろうじゃないか。
「ユージン。僕からも頼むよ。若い子らに僕らの存在を知ってもらうには、同年代の君らの後押しが必要なんだ、きっと。……ユージンは僕らの音楽に惚れ込んでいるから、雰囲氣を残しつつも若者の心に響くような映像作品が作れると僕は確信している」
「そうよ、智くん。その通り!」
昨晩、臆病風を吹かせていた僕がそんなことを言ったからだろう。レイちゃんは手を叩いて喜んだ。
「……分かりました。オレもいっぱしのミュージシャンです、進化するための試練と思ってなんとかやってみます!」
「ありがとう。……ほら、そんなことを話していたら動画の再生数も伸びてきたんじゃないか?」
氣付けば先ほどの倍近く再生され、コメントもかなりの数になっていた。「手話は分からないのになぜか感動した」とか「聾唖の友人にも教えたい」とか「他の曲も手話で表現して欲しい」という前向きな文言が大半だった。「まるでこの人が歌っているみたいだ」というコメントもあった。
――分かる人には分かるんだなぁ。素直に嬉しいぜ。
拓海は手話でそう伝えるなり、鼻の下をこすった。
――ほら、これ見てみろよ。この動画を編集した人のセンスが素晴らしい、ってさ。褒められてるぜ?
よく見てみると、僕らへの評価だけでなく編集テクについての言及もちらほらあった。
「よしよし。次回からは君らが編集していることも公開しよう。加えて再現動画とコラボ動画をアップすればサザンクロスの認知度は一氣に上がること間違い無しだ」
『コラボ動画?!』
「ああ。もちろん、サザンクロスがブラックボックスのチャンネルにゲストとして出る。ミュージシャンとしての活動歴はサザンクロスの方が長いが、ネットの世界では新参者だからね」
ショータは一人、楽しそうに笑った。
◇◇◇
それからショータの計画通りに事を進めていくと、僕らの知名度は日毎増していき、一ヶ月が経つ頃には音楽部門の急上昇ランキングで一位を獲得するまでになった。その効果か、路上ライブをしていても『星空の誓い』を弾き始めると多くの人が反応する。明らかに認知度が高まっているのが分かった。
とはいえ好意的なのはやはり若い世代で、僕らと同じかそれより上の世代の多くは相変わらず迷惑そうな顔をして通り過ぎていく。頭が硬くなっている世代にこそ聞いてほしいのに、ネットを介して、あるいはここで歌うだけでは想いが届かない……。
もっと違うアプローチをした方がいいのではないか。そう思っていたところへショータがふらりと現れたので、ちょうど良い機会だと、僕の考えを素直に問うてみる。
「インターネットから情報を得ていない人たちにはまったくアピールできてないと感じるんだが、良いのか? 本当に今のやり方のままで」
「大丈夫。今のところ計画通りですから」
疑問を投げかけてもショータは余裕の表情を浮かべていた。
「っていうか、ウイングの認知度はインディーズ界ではそれなりにあったけど、メジャーで活躍するレイカには到底及ばなかったのと同じですよ。今回、インターネットという、ある意味閉じた世界で活動しているわけですから、そこにいない人たちが認知していなくても何ら不思議ではありません」
「……と言うことはやはり、テレビの影響力は未だ強いと言うことか」
「今はそうかもしれません。しかし、悲観する必要はありません。これからですよ」
「随分と余裕だな」
「まぁ、この計画が失敗に終わっても自分はそこまでダメージを負いませんから。他にも山ほど仕事を抱えているのでね」
「ちっ……。それが本音かよ」
「……冗談ですよ。そんなに怖い顔をしないで下さい」
しかし、どこまで冗談なのか表情からは読み取ることが出来なかった。更に睨み付けるとショータは「まぁまぁ……」と僕をなだめつつ、こう続ける。
「自分の頭の中ではあらゆる可能性を考えています。今は想定通りに事が進んでる、だから余裕があるという話です。しかしこの先、分岐点から悪いパターンに入る恐れは充分にあります。それだけは素直にお伝えしておきます」
「あたし、何だか嫌な予感がする……」
レイちゃんがぽつりと言い、ショータも静かに頷く。
「おそらくは麗華姉さんが考えていることと自分の考えてることは一致するんじゃないかと思います。自分の中では最悪的に悪いシナリオです。これが実際に起きると結構厄介ですよね……。打開策はもちろん用意していますが」
――え、え? 最悪のシナリオって何だよ……?
拓海がレイちゃんとショータを交互に見ながら手を動かした。通訳しようとした時、駅の方からこちらに向かって走って来る人影があった。ユージンとセナだ。いつものように手を挙げて挨拶したが、様子がおかしい。
「どうしたのよ、二人とも。そんなに慌てちゃって。……って、今日は二人? リオンは?」
レイちゃんの問いに、ユージンは息も絶え絶え発言する。
「……あいつ、裏切り、やがったんだ。ひとりで……ひとりでメジャー契約を……」
「えーっ!?」
続きはこちら(#7)から読めます
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
<今更💦各バンド・メンバー紹介>
サザンクロス:
麗華(ボーカル&アコギ)、拓海(アコギ)、智篤(ボーカル&アコギ)
実年齢は内緒💖麗華はメジャーで「シンガーソングライター・レイカ」として、拓海と智篤はインディーズバンド「ウイング」の名で活動していたが、拓海の病を機にかつてのバンド「サザンクロス」を再結成した。拓海を死の淵から救ったタイミングでなぜか20代の容姿に。ミュージシャン歴は30年以上。
ブラックボックス:
ユージン(祐仁・エレキギター)、セナ(星夏・ボーカル)、リオン(理恩・キーボード)。三人はきょうだいで、長子ユージンは25歳、双子のセナ・リオンは21歳。自分たちの曲に振りを付けた動画が中高生の間で人氣。ユージンはロマンチスト、リオンは現実主義者、セナは両方の氣質を持つ。
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