【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第十話 ただ、会いたくて……
11.<舞>
(あーあ……。どうしてあんな約束しちゃったんだろう……。)
圭二郎への応援歌を作る資料として書いた手紙に嫉妬した、なんて言われたら「ユージンにも書くよ」と言うしかないではないか。しかし、そんなものは一度も書いたことがないし、そもそも手紙自体、書く習慣がない。
そんな日に限って圭二郎が店にやってくる。昨日に引き続き、いったい何を言いに来たのかと思いきや、今日は父と永江さんも一緒だった。永江さんは理人さんを手招きするなり事情を話し始める。
「体操クラブの時間だけ、彼を預かって欲しい。今日は一人にしておける状態じゃなさそうなんでね……」
「それはいいっすけど、何があったんです?」
「おれの奥さんの手料理を食っただけなんだけど、感情の堰が切れちまってさ。今、精神が不安定なんだ」
父の言葉が耳に入り、思わず圭二郎の顔を見る。
今日はいつものように顔を隠してはいない。だが、背中を丸めてうつむいたその姿を見て本郷圭二郎だと氣付く人はおそらくいないだろう。全く覇氣が感じられなかった。
母は料理が得意で、わたしたちが子供の頃は良くおにぎりを拵えてくれたものだ。もしかしたら父の言う「奥さんの手料理」とはそのことではないだろうか。
「そういうことなら、おれが面倒を引き受けましょう」
理人さんは圭二郎の顔をのぞき込んで諸々のことを察したのか、もう一人の店主で双子の兄の隼人さんとわたしに店の仕事を任せ、圭二郎と共に店の奥に下がっていった。
「……悪いな、舞。圭二郎とはできるだけ会わせないようにしたかったんだけど、状況が変わっちまってな」
二人の姿が完全に見えなくなったところで父が言った。
「……一人にしておけないくらい病んでるってことだよね? 大丈夫なの……? いっそのこと、アキ兄さんにカウンセリングしてもらった方が……」
アキ兄さんはわたしの叔父に当たる人物で、職業はカウンセラーだ。失恋のショックで落ち込んでいた際にはわたしも世話になった。しかし父は首を横に振る。
「この状態が続くようならそれも考えた方がいいだろうけど、今のところは様子見だな。おっと、だからって舞はあいつに関わらなくていいからな? あいつのことはもう恋愛対象じゃないんだろう?」
「それは、そうだけど……。一応、幼なじみだし……」
「舞クンは優しいな……」
永江さんがぽつりと言った。
「うん、野上家の人はみんな優しい。だからだろうね。僕も圭二郎も君たちの優しさに触れて病んだ心を回復させることができる」
「…………」
「安心したまえ。圭二郎はちゃんと回復してきているよ。彼のことは僕らに任せてくれ」
「……ありがとうございます。お父さんも、ありがとう。だけど……」
言うかどうか迷ったが、やはりわたしの氣持ちは伝えた方がいいと思い、正直に話す。
「……実は彼のファンクラブを作ることを検討しておりまして、理人さんにも動いてもらう予定になってるんです。昨日、食卓を囲んだときにお兄ちゃんから聞きませんでしたか?」
「ほう? それは初めて聞いた。……当然ながら本人の耳には入っていないね?」
「ええ……。なので、お気遣いは有り難いのですが、わたしはわたしなりのやり方であいつと関わっていこうと思ってます」
「なるほど。僕のファンクラブを運営している大津クンの入れ知恵という訳か」
「いいえ……。言い出したのはめぐちゃんなんです。永江さんを救ったときのように、自分には多くのファンがいるんだと分かれば、もう一度球界に戻ろうと思えるんじゃないかって」
「……さすがは、めぐさん。やはり着眼点が違うな」
実は永江さんを真に救ったのはわたしの従妹、めぐちゃんだと聞いている。故に、その笑顔に一目惚れした永江さんは、二児の母になっためぐちゃんのことを今でも女神のように崇めている。
父が腕を組みながら言う。
「確かに、あいつはどうも自分が孤独で、誰からも愛されていないと思い込んでる節がある。さっきもおれらに優しくされて号泣してたし」
「それでここへ連れてきたって訳ね?」
「ああ……。そういうわけだから、少しの間あいつのことを頼む。クラブが終わったら迎えに来るから」
「分かった」
その時ちょうど二人組のお客さんが入ってきた。父たちはその人たちと入れ替わるように出て行った。
*
さっきまではユージンへの手紙のことで思い悩んでいたのに、今度は圭二郎のことが氣になって仕方がなくなった。本当にわたしは周囲に影響されやすくて困る。仕事の合間にぼーっと窓の外を見ていると、隼人さんに声をかけられる。
「彼のことなら心配いらないよ。ちゃんと理人が話を聞いてやってるみたいだからね」
「あ……。別にあいつのことを心配しているわけでは……」
「さっきから仕事が手につかないみたいだけど? 彼のことを考えてるんじゃないとしたら、本命君の方かな?」
(もしかしたら、隼人さんはずっとわたしの様子を観察していた……?)
そう思ったら恥ずかしくなった。
「……済みません。仕事に集中します」
「いいよ、いいよ。人間だもの。そういう日もあるって。今日は早く上がって思い人に手紙を書くなり、会いに行くなりすればいい。そうすりゃ、氣持ちも落ち着くだろう」
「いえ……。時間までは仕事します」
「いいや。そんな頭で動いたら要らぬミスもするだろう。少し冷たく感じるかもしれないけど、そっちの方が問題だからね。圭二郎くんの迎えが来て見送ったら帰るといい」
理知的な隼人さんらしい台詞に反論することができなかった。
*
結局、隼人さんに迷惑をかけないためにも言われたとおり夕方には仕事を切り上げ、帰らせてもらうことにした。
とはいえ、ユージン宛のラブレターなんて書けるんだろうか。とりあえず、帰りしなにきれいめのレターセットを購入、帰宅後にテーブルに広げてみる。
大好きだよ。
愛してる。
ずっと一緒にいたい……。
ペンを持ったはいいものの、どんなに頭を回転させても短いワードしか出てこない。結局、十本以上線が引かれた便せんを埋めるほどの文言は出てこないまま、氣付けば白紙の便せんの前で三十分も座っていた。
日はとうに暮れている。電気もつけない部屋で一人、沈黙している自分が惨めに思えた。
(ユージンならこんな時、どうするかな……。)
思いを巡らせたわたしは手紙をそのままに、貴重品だけ持って外に出た。
*
帰宅ラッシュの時間。東京方面に向かう人の波は少なかった。電車に揺られて目的の駅で降り、家路につく人をかいくぐって改札を出る。無心でたどり着いたのは、音村きょうだいが住むマンションの一室。
インターフォンを鳴らしても応答はない。
「……当然だよね。忙しいって、言ってたものね」
呟いたら、一氣に冷静になった。
「……わたしってば、何してんだろ。三十歳も過ぎたってのに、まるで中高生みたいなことをして」
しかし、帰宅したところで手紙の続きが書けるとも思えなかった。
「……帰ってくるの、待ってみようかな」
ちょうど晩ご飯時。近くのレストランで時間を潰せば、彼らも帰宅している頃じゃないか……などという考えがよぎる。
「……もう、こうなったら自棄っぱちよ!」
悠斗さんだって言っていたじゃないか。自分の氣持ちに蓋をするな、と。待ってみて、それでも会えなかったら帰るだけ。行動した自分を褒めてあげればいい。
開き直ったわたしは一度部屋の前を離れ、近くの飲食店で一人、夕食を取ることにした。
*
食事を終え、もう一度部屋を訪ねてみたが、彼らはまだ帰宅していなかった。ここに来ていることを伝えた方がいいかもしれないと思ったが、自分の都合で勝手に訪ねてきたことを思いだし、踏みとどまる。
二月の外は寒い。マンションの外にあった自販機でホットドリンクを買い、それをカイロ代わりに部屋の前で座り込んで待つ。
(もう一時間待っても会えなかったら、帰ろう……。)
じっとしているとどんどん身体が冷えていく。寂しさが募り、会いたい氣持ちが強くなる。何をやっているんだろうという氣持ちが強くなり、最後には自分の頑固さに泣きたくなった。
(……帰ろう。)
立ち上がろうと足に力を込めた。ところが、冷え切った足では踏ん張りが利かず、立ったつもりがふらっとよろけてしまった。
目の前がぐらっと揺らいだとき、誰かがわたしの身体を支えた。
「大丈夫……?」
その声にハッと顔を上げると、わたしを抱き留めてくれたのがユージンだと分かった。後ろには双子のきょうだいもいる。
「やっと……会えた……!」
何時間も待っていた分、会えた感動は大きかった。そのまま抱きつくと、彼も抱き返してくれた。
「……もしかして、帰ってくるのを待ってたの? どうして? 連絡をくれればすぐに戻ったのに」
「ごめん……。でも、待ちたかったの。……そう、ラブレターを届けたくて」
「え、もう書けたの?!」
今日の午前中に書くと約束し、一日仕事もあったはずなのに……と言わんばかりの顔。わたしは正直に告げる。
「……ううん。結局、文字にすることはできなかったの。だから、直接想いを伝えようと思って、それで……」
もう一度ぎゅっと抱きしめる。
「……わたし、ユージンが好き。これからもずっと一緒にいたい。歌声も、ギターの演奏も聴きたい。……わたしの口から言えるのはこれだけ。でも、たったこれだけの言葉を伝えたかった」
「充分だよ……。何行、何枚にも渡るラブレターよりずっとシンプルで、ずっと心に刺さった。本当にありがとう……」
ユージンもわたしを強く抱いた。
「……元はと言えば、オレが変な嫉妬心を抱いたのがいけなかったよね。舞さんに余計な氣を遣わせちゃった。謝るのはオレの方だよね。ごめん」
「ううん、わたしこそラブレターを書くって言ったのに、直接訪ねてきちゃって……」
お互いに謝り合っていたら後ろの二人に笑われた。
「なんで二人して謝ってるわけ? 遠慮しすぎっしょ……。恋人同士ならそんなに氣遣いしなくてもいいんじゃね?」
「そこも氣になるけど、とりあえず部屋に入らない? 舞さん、ずいぶん待ってたんでしょう? どうせ氣を遣うならまず、暖かい部屋に入れてあげようよ」
リオンくんとセナちゃんの配慮もあり、勝手に待っていただけのわたしは彼らの部屋にあげてもらえることになった。
*
ずいぶん長いこと外で待っていたから、室内に入ってからも身体がなかなか温まらなかった。それに氣付いたセナちゃんが大急ぎでホットココアを入れてくれる。
「あ、そうだ! 舞さん、例のラブレター、アタシたちも読んだよ。今から歌詞に書き起こそうと思ってるとこ」
セナちゃんが、ココアの入ったカップを差し出しながら言った。
「え、読んじゃったの~? わぁ、なんか恥ずかしいな……」
「でも、曲作りに協力することに決めた以上は資料を見ないと。大丈夫、あの手紙から舞さんの氣持ちになって、アタシとレイさまとで歌詞にしてみせる! 最終チェックと曲作りはお兄ちゃんにしてもらう予定だけど」
「ありがとう……」
話を聞きながらココアを口にする。一口二口と飲むうち、ようやく身体が温まってくる。ホッとした直後、リオンくんが驚くべきことを言う。
「あー、兄ちゃんも罪な男だよ。恋人を部屋の前で待たせるなんて。いっそのこと、一緒に住んじゃえばいいのに。そうすりゃ、会えないことで思い悩むこともなくなるじゃん?」
「ええっ……!!」
「リオン……!」
私たちは揃って声を上げたが、リオンくんはきょとんとしている。
「だってそうじゃね? 付き合ってんでしょ?」
「それはそうなんだけど、圭二郎さんの件が落ち着かないとなんとも……」
「そうそう!」
「……二人って、ホントに付き合ったの? って言うか、見てると中学生のカップルみたいで笑っちゃうんだよなぁ。初々しすぎて。本人たちが満足してるなら別に構わないけど」
リオンくんは呆れたように笑った。
「どうせ、キスすらしてないんだろ? 積極的に見えて、兄ちゃんは奥手そうだもんなぁ」
わたしたちは再び困惑し、顔を見合わせた。
「……さくらさんに告白すらできないお前に言われたくないね!」
ユージンが反論すると、リオンくんは真顔になってようやく揶揄うのをやめた。
*
ひとしきり談笑し、身体が温まったところでお暇する。
「ごめんね。本来なら部屋まで送るべきなんだろうけど」
ユージンは心底申し訳なさそうに言った。
「大丈夫。勝手に会いに来たのはわたしだし、会えたら氣持ちも落ち着いたから」
「会いに来てくれて嬉しかった。えっと……」
彼は何かを言い躊躇うかのようにモジモジする。
「さっきのリオンの言葉には反論しちゃったけど、単独ライブが無事に終わったらその時は……」
「その時は……?」
言葉を繰り返すと、ユージンは少し間をおいてから、
「……一緒に暮らそ」
そう言って唇にキスをしてくれた。一時間ほど前までガタガタ震えていたのが嘘みたいに、一瞬のうちに身体が熱くなる。ユージンは続ける。
「……まだ、ろくすっぽお互いのことを知らないのにこんなことを言うのは変かもしれない。でも、知るために共同生活をするってのもありなんじゃないかと思うんだ」
「…………」
「段階をすっ飛ばすのはやっぱり嫌かな。ごめん、ちょっと焦りすぎ……」
「ううん、わたし、嬉しい。嬉しすぎて、それで……」
キスをしてくれただけでも飛び上がりたい氣分なのに、一緒に暮らそうとまで言われたらそりゃあ、どう返事をしたらいいか分からなくなる。一度深呼吸をし、氣持ちを落ち着かせてから言う。
「わたしもユージンのこと、もっともっとたくさん知りたい。ギターも教わりたい。だから、もっと長く一緒にいられたら……同じ空間で過ごせたら嬉しい」
「じゃあ……」
「うん。ライブが無事に終わり、圭二郎が元氣を取り戻したらその時は……一緒に暮らそう」
「ありがとう、舞さん!」
返事を聞いたユージンがわたしに抱きついた。
「あー……。やっぱり駅までは送るよ。ここでバイバイはさすがに……ね。行こっか」
差し出された手を握る。大きなその手はとっても温かかった。
続きは第十一話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
いいなと思ったら応援しよう!
芸術家が集う癒やしの場「ワライバ」を提供するのが夢。共感者を大募集中💖記事を読んでピンときたらお声がけを💕一緒に愛と調和の世界を物語りましょう💖