【連載小説】LOVERS #16 サクライロ
前回のお話:
AIによる光の演出を目の当たりにした一同は、そのすごさに圧倒される。しかし新しい試みに胸躍らせもする。セナとユージンに至っては、リオンの即興演奏をより引き立てるため、自分たちきょうだいがバック演奏者としてサポートしたいとまで申し出る。
ところが、いきなりAIを受け容れろと言われたリオンは混乱し、一人になる時間を欲する。一人になったリオンは自問自答する中で、さくらの絵に目を留める。そしてさくらが、自分の音を見える形にするために描くことと、AIが光で演出することとは実は同じではないか、との結論に至る。
みな、リオンの成し遂げたい想いを理解し、応援している――。
そのことに氣付いたリオンは、身体の奥底で何かが目覚めたのを感じる。
本編:
39.<セナ>
一人になりたいと言ったリオンをひとり音楽スタジオに残し、階下であの子を待つ。
リオンの感情や考え方は、わずかな期間のうちにめまぐるしく変化した。きっと、彼自身もその変化に追いつけず、頭が混乱しているのだろう。
アタシだってそうだ。今し方、リオンの即興演奏に合わせて行われた、AIによる光と音の演出を体験した直後、兄と一緒にサポートミュージシャンとして参加したいと申し出た自分の行動力には驚いている。しかし、自然と挙手してしまうほどに、リオンの演奏とAIの共演は魅力的だったのだ。
*
「ほんとに、抜けちゃうの……?」
事務所に降りてきたところで、レイさまが表情を曇らせながら兄に言った。急なことだったから、戸惑うのも無理はない。
「麗華さんには申し訳ないけど、オレがサザン×BBを抜けようと言った一番の理由はセナです。智さんが好きだからって理由でしがみついてても意味ないでしょう? 折しもそんなタイミングで、リオンの即興演奏とAIの共演を体験した……。いやぁ、あれは凄かった。あんなの見聞きしちゃったら、兄貴のオレとしては、リオンの即興演奏をより引き立てたいって思っちゃいますよ。麗華さんだったら見えたでしょう? リオンの世界が。オレなんて、AIが作ったのじゃなくて、自分の頭の中にドラムパートが聞こえましたもん。ドラムで共演したいって言ったのはそういう理由なんです」
レイさまの問いに兄が強氣の態度で答えた。そして、その目は自然と兄さまに向けられる。
「……ってことで、オレはセナと一緒にこのバンドを抜け、リオンと合流します。今までありがとうございました」
「待て。勝手に決めつけんなよ。僕とセナは、ほんの三十分前に分かり合えたところなんだから」
「え? セナ、ほんと?」
「うん……」
「じゃあ、なんでそんなに目の周りを真っ黒にしてんだよ。また泣かされたんじゃないの?」
「これはその……。うれし泣きって言うか……」
「はぁ……?」
反応を見る限り、兄は、もはや兄さまを軽蔑しているのだろう。
「ちょっと、よくわかんない。説明してくれる?」
説明を求められたアタシは、兄の誤解を解くため丁寧に話していく。
「お兄ちゃんの氣持ちは嬉しいし、有り難いと思ってる。正直、兄さまとはさっきのさっき分かり合えたばかりだから、身の振り方はまだちゃんと考えてない。でも……。素直な氣持ちを言うなら、アタシはこれからも兄さまとバンド活動がしたいし、リオンのやろうとしてることも応援したい。だから、両方やるってのもありなんじゃないかな、って思ってる」
「掛け持ちってこと……?」
兄の問いに深く頷く。
「どちらも鍵盤には違いないし、即興演奏の技術を身につけなきゃいけないことにも変わりはない。ちょっと忙しくなるだろうけど、これはアタシにとっても自己成長のチャンスだと思って」
「良く言った、セナ」
応じたのは兄さまだった。
「応援するよ。セナが “二刀流” で頑張るというなら、僕も全力で君を支える。そして輝かせる。一緒に練習して、高みを目指していこう」
「ありがとう、兄さま」
「えーっ……。あんなに頑なだった智さんが……。一体何があったんです……?」
「……お節介な拓海とユージンに言われたからさ。目の前の人を笑顔にするのが何よりも優先だろう、って。やっとその意味が分かった。それだけのことだよ」
すると、拓海兄さまが嬉しそうに兄に近づいた。
――智篤にもようやく、恋愛経験豊富な俺たちの言う、「ひとりでは到達できない場所がある」って意味が分かったらしいぜ。ま、しばらくは見守ってやろうよ。バンドを脱退するかどうかは、二人の様子を見てから再度考えりゃいいじゃん? それとも、なに? お前自身が俺たちに嫌氣がさして抜けたい感じ?
「いいえ、そういうわけじゃありませんけど……。オレだって、リオンのサポートはドラムでするって言ったけど、やっぱり本業はエレキだし、そりゃあ弾き続けたいですよ」
――だったら、いいじゃん。それで。
「まぁ、そうっすね……」
拓海兄さまの手話を見て、兄は開き直ったように小さく息を吐いた。
「はーい、それじゃあ結論! リオンが抜けたあとも、セナとユージンは我がバンドに残る。その傍ら、リオンのサポートミュージシャンとしても活動する……。これでいい?」
レイさまが総括し、アタシと兄は顔を見合わせながら頷いた。
「セナちゃん。ユージンさん。リオンくんのために……。ありがとうございます」
話がまとまったところで、なぜかさくらさんに礼を言われた。深々と頭まで下げられる。それを受けて兄も同様の仕草をする。
「礼を言うのはこっちっすよ。あの、何考えてるか分からないリオンにくっ付いて、新ユニットまで組もうって言ってくれる人、さくらさんしかいないっす。でも、おかげさまであいつは今、ものすごく喜んでる。それが分かるんです。だからオレもセナも、自然とあいつをサポートしたいって思った。それもこれもみんな、さくらさん様々っす。ありがとうございます」
「いいえ……! 私は何も……。ただ単に、リオンくんの世界観をたくさんの人に知ってもらいたいって、その想いだけで……」
「それが凄いんですよ。……ほんとにあいつのこと、恋愛対象として見てないんですか? オレには信じらんないんだよなぁ……」
兄のぼやきに、さくらさんは大人の余裕を醸し出した笑みを浮かべただけだった。
*
リオンはなかなか降りてこなかった。よほどAIとの共演がショックだったに違いない。それはそうだろう。さくらさんと、魂の籠もった作品を生み出すのだと意氣込み、無機質なAIを切って捨てようとしていたのだから。
(様子を見に行こうかしら……?)
あまりにも心配になり、椅子から立ち上がる。そのとき胸の奥がほんわかと温かくなるのを感じた。
(これは……。リオン……?)
双子のアタシたちは、感情が強く動いたときや激しく傷ついたとき、それを共有することが出来る。今、まさにその感覚が訪れている。
しかし、どう説明したらいいか……。こんな感覚は味わったことがなかったが、不思議と自信が湧いてくるのが分かった。何かを、悟ったのかもしれない。そう、思った。
「……リオンが、呼んでる」
思わず、天井を見上げながら呟いた。兄さまが不思議そうに問う。
「呼んでるって……? 聞こえるのか?」
「ううん。聞こえるんじゃない。感じるの。多分、リオンは答えを出した」
行こう。アタシはみんなを待たずしてエレベーターに向かった。
*
スタジオに入ると、リオンはピアノを弾いていた。アタシたちが上がってきたことにも氣付いていないくらい、無心になっているのが分かる。そしてその旋律は、先ほど聞いたものとは比べものにならないほど磨きがかかっていた。
「あぁ……。リオンくんの思い描く世界がはっきりと目に浮かんでくるわ……」
さくらさんがうっとりした声で言った。
「うん。アタシにも見えるよ」
その世界とはまさに、リオンが葛藤を乗り越えた先に見いだした美しい世界。だがそれは、単に美しいだけでなく、醜さや不完全さを含んでいる。ゆえに、美しいものが一層輝いて見える、まさに “カラフルワールド” だ。
「これなら合格。ユニット結成を承認しましょう」
いつの間に上がってきたのだろう。そう言ったのは社長だった。
その言葉が聞こえたかのように、リオンの演奏が止まる。アタシたちに氣付くと、リオンは「あっ」と声を漏らし、立ち上がった。
社長がリオンに歩み寄る。
「リオンの内側の音、確かに聴いたわ。優れた技巧がありながら、それでも不完全な自分を見つめ、肯定し、受容し……。様々な氣づきを得た今のリオンが奏でる音には、多くの人を癒やすだけの力があると私は思う。……このまま進みなさい。さくらと共に」
「ありがとうございます、社長」
「そうと決まれば、早速ユニット名を考えましょうか。二人に相応しい名前を」
社長のすぐ後ろに立っていたショータさんがそう言うと、さくらさんがすっと前に出た。
40.<さくら>
ずっと温めていた。私とリオンくんが共同創造する新しいユニットの名前。それを、公の場で披露するときが来た。
私は、さっき二回目の演奏で描くために用意したが、色をつけることが出来なかったキャンバスの前に立った。床に落ちている筆を拾って水洗いしたあとで、パレットの色を取る。呼吸を整え、キャンバスに筆を置く。
最初は桃色で。真ん中まで来たところで筆を変え、水色の絵の具で続きを。そして最後に黄色で右端に点を打った。
一同がキャンバスの周りに集まり、描かれた文字を注視する。

「SAKUR ai o´n 。私とリオンくんの名前を重ね合わせました。これを考えたときには氣がつかなかったけれど、奇しくも一つに合わせた a と i の文字は、Artificial Intelligenceの頭文字。この名前には、何かしらの縁を感じています。社長、ショータさん。どうか、この名前でやらせていただけませんでしょうか」
「サクライロ……。いい響きだ……」
リオンくんは呟くなり、ピアノを鳴らした。私にはその音が桜色に見えた。
41.<リオン>
さくらがユニット名「サクライロ」を発表したとき、目の前が桜色になった。そのイメージを持ったままピアノの上で指を滑らせると、音がまるで春風に舞う桜の花びらのようにひらひらと流れていった。
その音の花びらを受け取ったみんなの顔と言ったら……。
ピアノを奏でているのはおれだが、この指から紡がれる音はもはや、聴くものを癒やす鈴の音。いや、天使が吹くラッパの音色かもしれない……。
「なんの異論もないわ。その名前、私も氣にいった。特に、さくらが今キャンバスに描いた文字がいい。そのまま使いましょう」
社長は、さくらの描いた文字に顔を近づけ、何度も頷いた。
ショータさんも腕を組んだまま満足そうにしている。
「新ユニット『サクライロ』がここに誕生しました。しかし、大変なのはここからです。何しろ、やることなすこと全て、誰もやったことがありませんからね」
「大丈夫さ。おれたちは二人きりじゃない。兄ちゃんとセナもついてる。ショータさんも、AIのサポートだってある。仮にうまくいかなくても、それはそれとして受け容れるだけ。……だろう?」
自信たっぷりに返すと、ショータさんは目を見張りながらも、にやりと笑うのだった。
✨続きはこちら(最終話)から読めます✨
ラストは、いろうたの本氣回です。どうぞお楽しみに!
※1:見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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