【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第十五話 キミに送るメッセージ
19.<舞>
開始直後から目が離せなかった。もちろん全員、格好いい。だけどわたしの目はずっとユージンを追いかけてしまう。圭二郎が隣にいることも忘れ、わたしは彼の演奏に見入っていた。
特に新曲の「ハ・ン・キ!」は、イントロとアウトロのエレキが格好良すぎてシビれた。アンコールに応えて弾いた即興曲もまた格好いい。興奮しっぱなしだった。
「少しは落ち着いたらどうだ……?」
はしゃいでいる姿が目に余ったのか、圭二郎が口を挟んできた。
「落ち着いてなんかいられないわよ。あぁ……。ホントに格好いい……!」
「……まぁな。さすがに今のは俺もすごいと思ったよ。プロの本氣を見たって言うか」
「でしょう!」
興奮を抑えることなく言うと、圭二郎が小さく笑った。
「……本当に好きなんだな、あの人のこと。あの人だから、そんなふうに笑うんだよな、きっと」
「それもあるよ。だけど、圭二郎だって『今ここ』を楽しめば笑えるようになる。ほら、次の曲が始まるよ。耳を傾けてみて」
わたしは圭二郎の手を取り、握った。彼は驚いた表情を見せたが、わたしの手を握り返してから前方に顔を向け、彼らの音楽に集中し始めた。
レイカが「透明な季節」を歌う。透き通るような美声がちょっぴり切ない歌詞にぴったり。鳥肌が立ち、まるで全身が浄化されていくような心地にさえなる。歌詞を呟いてみても決してレイカのようには美しく歌えないけれど、口ずさむことで少しでもレイカに近づくことができたなら……。そんな思いで歌い、聞き入る。
一曲終わったところで圭二郎がぽつりと呟く。
「音楽になんて、全然興味がなかった俺が……。なんで今頃になってこんなにも感動してるんだ……? 三十半ばにもなって、なんで……」
混乱しているようだった。しかし、感動しているのはいい兆候だ。握った圭二郎の手に力を込めながら、彼の問いに答えるようにいう。
「それは、心の内側が磨かれたからだよ。音楽は、まっさらな心で聴かないと感動できないんだから」
「心の内側が磨かれた……? いつ……? 誰の手で……?」
「あれ? 氣付いてないの? お店でずっとやらされてた拭き掃除やガラス磨き、あれは圭二郎の内面の掃除でもあったんだよ」
おそらく本人は、汚い仕事を押しつけられていると思っていたことだろう。しかしあれは、圭二郎の成長のために必要な仕事だったことをわたしは知っている。
「……って、わたしも働き始めた頃に理人さんからそう聞いて、実践してきたことなんだけどね。目の前に見えるゴミやガラスの曇りは心の状態そのもの。だから、それを掃き清め、磨き上げると心も綺麗になるんだと教わったわ。それを聞いてからは掃除が好きになった。だって自分の心を綺麗にしているのと同じなんだもの」
「なるほど……」
圭二郎は妙に納得し、胸に手を当てた。
「つまり、内面のゴミが片付けられたことで、彼らのまっすぐな音楽が入り込む余地が生まれた、ってこと? だから最初は音楽が耳に入らなかったのかな?」
「ええ、多分そう言うことだと思う。わたしだって同じよ。圭二郎に振られちゃって、落ち込んでたときには何も受け容れられなかった。でも、少しずつ悠斗さんやお兄ちゃんの言葉、そして彼らの音楽を受け容れられるようになった。それは、ぐちゃぐちゃになっていたわたしの心が整理されたから。受け容れる準備が整っていないうちは、どんなに素晴らしい教えも届かないし、響かないものなのよ」
「そっか……」
圭二郎の目が急に輝き出した。まるで、次はどんな曲が聴けるんだろう、と待ち望んでいるかのようだった。
*
その後もたくさんの曲を聴いた。時計は見たくなかった。ずっと夢を見続けていたい。そう思ったとき、ユージンの視線を感じた。明らかにこちらを……わたしを見ている。その瞬間、「次だ」と確信した。
わたしだけが身構えた。握ったままの圭二郎の手をさらに強く握る。それで察したのだろう、彼は「何かが始まるんだな……」と言って正面を見た。
セナちゃんがマイクを持つ。
「みんな、ここまで楽しんでくれたかな? アタシはすっごく楽しかった。もう二時間経ったなんて信じられないよ。……次が最後の曲って聞いたらみんな、どう思う?」
えー?!
やだー!
もっと聴きたい!
あちらこちらからそんな声が聞こえた。セナちゃんは笑っている。
「ありがとう。だけど、今日は次の曲で最後。また新しい曲を作ってみんなに披露するから、その時にまた会いましょ!」
拍手が鳴り、会場が聴くモードに変わる。それを感じたのか、セナちゃんは一度仲間の方を向いて頷き、それから正面を向いた。
「これから歌うのは、まだどこにも発表していない歌。頑張って生きてるすべての人に捧げます……。聴いてください。『キミに送るメッセージ』」
#
誰にも言えず 涙したあの日
支えてくれる人さえいない
孤独だけが友達だったんだね……
頑張るほどに空回り
うまくいかない……
自分のせいだと 何度も叫んだけれど
報われない世界でキミは
悔やんでみても
出ることない答えを抱えながら
生きてきたんだね……
ここにあるのは、確かに歩んできた軌跡
泣きじゃくったって
強くなくたって
見てる、誰よりキミのことを
ありのままでいいんだよ
逃げたくなったら逃げていいんだ
最後は戻っておいでよ、ここに
忘れないで、待ってる人がいるから
##
弱さを見せてはいけないのだと
偽り続けてきた日々は
キミをキミで無くしてしまった……
アタシに見せる笑顔さえ
ぎこちなくて……
そばにもいれずに、ずっと苦しかったよ……
すれ違う毎日で
言えば良かった
さよならした背中に「大好き」って
もう戻らない日々
同じ道、歩むことは無いかもしれないけど……
見たくないんだって
泣いた顔なんて
だって、笑った顔のキミが
アタシは大好きだから
逃げたくなったら逃げていいんだ
最後は、いつでも戻っておいで
忘れないで、アタシがここにいることを
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裏切られても、信じれなくても
アタシだけは知っている
世界イチ、素敵な人なんだって
だから立ち上がって、もう一度……!
涙の仮面、捨てさって、
笑って欲しくって、
見てる、誰よりキミのことを
ありのままのキミが好き
逃げたくなったら逃げていいんだ
最後は、いつでも戻っておいで
忘れないで、アタシがここにいることを
キミに送るメッセージ……
#
圭二郎は目をつぶりながら歌を聴いていた。とても穏やかな表情で。曲が終わるのを待って声を掛ける。
「……実は今の歌。圭二郎をイメージして特別に書き下ろしてもらったものなのよ」
「えっ……。それって、俺のために……? まさか……」
全く想像もしていなかったのだろう。圭二郎は、信じられないといった様子で首を横に振った。
「歌詞作りにはわたしも少しだけ協力してるんだけどね……。歌詞を完成形に持っていったのも、曲をつけたのも彼らよ」
「そうか……。舞の想いが入っていたなら心に響いたのもうなずける」
驚きの表情が落ち着いたものに変わった。
「舞が頼んだの? 俺を励ます歌を作って欲しいって」
「ううん。言い出したのは彼の方。落ち込んでいる圭二郎を見て、応援歌を作りたいと言ってくれたのよ」
「あっはっは……」
圭二郎はがっくりと肩を落とし、それから小さく笑った。
「初めて出会った日。あの人は、ライバルであるはずの俺の面前で舞が好きだと言ったよね。正直、あのときは何を言っているんだ……? と馬鹿にしていた。俺の方が遙かに舞を愛する資格があると思っていたから。でも、今の話を聞いて……。そして歌や演奏を聴いて確信したよ。あの自信は、心の底から音楽で人を助けたい、楽しませたいという強い信念から来ていたんだ、ってね」
「ええ……。彼だけじゃないわ。目の前のステージにいる全員が真のミュージシャン。自分たちの音楽で世界を変えてやろうと本氣で考えている人たちよ」
「うん。それがすごく伝わってきた。……たった数人が力を合わせて何になる? って思ってたけど、そんなこと、ないんだな……。俺は、一人の力を軽んじていた。俺自身の力も含めて……」
そう言った圭二郎は、ステージ上で手を振る彼らに、笑顔で手を振り返した。
「……舞からのメッセージ。確かに受け取ったよ。俺はもう一人じゃない。舞はいつでも俺のそばにいてくれることが分かったし、応援してくれてる人がたくさんいることも分かった。だから……立ち上がるよ。たとえ一人からでも」
「圭二郎……!」
「舞。このライブが終わったら彼らに会うんでしょう? 俺にも挨拶させてもらえる? 直接、お礼が言いたいんだ」
「もちろんよ」
圭二郎に微笑みかけると、セナちゃんたちが「今日はありがとー!」と言って一度ステージ脇にはけた。すぐさまアンコールの手拍子がなり、聴衆が彼らの再登場を促す。
*
数分経って、真っ先に登場したのはユージンだった。彼はマイクを持っている。
「みんな、アンコールをありがとう! 最後はオレに歌わせてもらえるかな。会場に来ている大切な……。そう、愛するみんなのためにオリジナル曲を歌わせてください。では、行きます。……『僕は君に恋してる』」
「えっ……!」
それはユージンがわたしを想って作ってくれた曲。彼は「愛するみんなのために」と言ったけれど、最初に言いかけた言葉は明らかに……。
あとから飛び出してきたメンバーの演奏にあわせてユージンが歌う。
#
右手も つなげないまま
君のとなり、歩く
澄み切った夜の空
輝く星は、まるで君の瞳
そっけない返事に
あぁ……。ため息、ひとつ、ふたつ
こんなにも恋してるってのに!
君は氣づいているかな?
君がスキ!
前の恋さえ忘れるほどに
触れたい、笑顔がいとしい、あぁ……
ドキ、ドキ!
マジで夢中なんだよ
僕の、僕の愛するMy Dear
#
…………
「愛してるよー、みんなー。今日はありがとー!」
歌が終わると、ユージンは会場に向かって投げキッスをした。女性ファンたちが「きゃーっ♡」と喜びの声を上げる中、わたしは声を上げることすら出来ずに赤面していた。
「……そうか。ああやってファンサービスすりゃあいいんだな? 俺も真似させてもらおうっと」
圭二郎はわたしの顔をじろじろ見ながらそう言い、自らもユージンのように投げキッスをわたしに放った。しかし、やり慣れていないせいか、お世辞にも惚れる投げキッスとは言いがたかった。
「……ごめん。それは受け取れないわ」
「じゃあ、練習しとく」
大真面目な顔でそんなことを言うので思わず笑ってしまった。
「なんで笑うんだよぉ……」
「ごめんごめん。圭二郎はそんなことしなくたって充分ファンを獲得できてるよ。そのままで、大丈夫」
「そうかな……」
「そうだよ。……さて、ライブが終わったから、挨拶に行こっか」
迷子にならないよう、また彼の手を握ったわたしは、帰宅する人の流れに逆らって楽屋に足を向けた。
20.<ユージン>
目が合った氣がした。だから多分、想いは届いた。舞さんにも、圭二郎さんにも。
(やれるだけのことはやった……。あとは、なるようになる……。)
そう思い込もうとしたが、ステージを降りてしばらくしたら、だんだん恥ずかしさが込み上げてきた。以前のライブに引き続き、またしてもラブソングを聴衆の面前で歌ったんだもの。誰だって恥ずかしくなる。
アンコールの曲は、会場の雰囲氣を見て決めようという話になっていた。途中までは、ノリのいいブラックボックス時代の曲でいく予定だったが、最後の最後で「僕は君に恋してる」を歌えと言われ、ライブの勢いそのままにオレが歌うことになってしまった。結果的に女性ファンたちが大喜びしてくれたから良かったんだけど……。
「なんで言い直したんだよ。あのまま、大切な恋人のために捧げますといえば良かったものを」
反省しているところに智さんが現れ、予想通り揶揄われた。
「ライブに来てくれた人の中には前回、麗華さんにあっさりフラれたオレの姿を見た人も多いはず。それだけでも恥ずかしいのに、お客さんとして聞きに来ている舞さんに迷惑を掛けるような発言は出来ませんよ。……危うく言いかけましたけど」
「ユージンの真っ正直な姿に魅力を感じてる人は多いと思うけどなぁ。ステージに彼女を引っ張り出して紹介したって良かったんだぜ?」
「いやいや……。それこそ迷惑掛けちゃうじゃないですか……。これ以上、圭二郎さんに嫉妬されたくもないし」
「……ちょっと、ちょっと。お兄ちゃん」
智さんと話している最中にセナが割り込んできた。楽屋の出入り口を指さしているのでそちらに目を向けると、折しも今話題に上っていた二人が立っていた。
(えっ……。圭二郎さんも一緒……? っていうか……)
二人でライブに来たんだから、二人で訪ねてくるのは自然な流れ。だが、オレが氣になったのは舞さんが圭二郎さんと手を繋いでいるという点だ。思わず手元を見つめると、舞さんは慌てて振りほどいた。
「あ、こ、これは……! あの、圭二郎が迷子にならないようにと思って……。何しろ本当にこういうところは慣れてない子だから……」
「本当にそれだけの理由、ですか……?」
圭二郎さんに真偽を問う。ここでの反応次第で、歌が有効だったかどうかが判明する……。睨むようにその目を見るが、圭二郎さんは穏やかにしている。
「舞の言っていることは本当です。……って認めるのも恥ずかしいけど、自分は人混みの中を移動するのが苦手で……。不快な思いをさせてしまったなら申し訳ない」
そう言って彼は深々と頭を下げた。舞さんもそれに倣う。その姿から嘘をついているようには見えなかった。
「……この件に関しては、今はおいておきましょう。それより、二人でここを訪ねてきた理由は……?」
「もちろん、お礼を言うためです」
舞さんではなく、圭二郎さんが理由を述べはじめる。
「このたびは、情けない俺のために応援歌を作り、歌ってくださってありがとうございました。とても感動しました。同時に、あなたの懐の広さを知り、舞に相応しいのがあなただという確信に至りました。完全に俺の負けです。参りました」
「え……?」
またまた頭を下げられたオレは混乱した。
「……ってことは、応援歌はちゃんとあなたの心に響いたってことですか?」
「応援歌はもちろんのこと、最後の歌もちゃんと。……あれ、舞のことを想って作った曲なんでしょう? 宣言しなくても、俺には分かっちゃいましたよ」
「あー……」
オレと舞さんと仲間にしか分からないことと思っていたが、そうか……。ここにもう一人いたか……。一度引いた恥ずかしさが復活し、身体がほてり始める。
何か言わなければ、と思ったが言葉が出てこない。しかし、言う必要はなかった。圭二郎さんが舞さんの背中をそっと押し、オレの隣に並ぶよう無言で合図をした。
「今、舞の隣にいるべきはあなたです。舞をよろしくお願いします」
「圭二郎さん……」
「あー、だけど『今は』ですよ? あの歌の通り、これから俺は立ち上がるつもりなので、そしたらまた舞を口説きに来ます。復活した俺は多分、舞に相応しい男になってるはずなんで」
「…………!!」
「圭二郎ったら!」
オレたちの会話をそばで聞いていた仲間たちが大笑いをした。しかし、圭二郎さんの目は笑っていなかった。どうやら本氣で舞さんを奪いにくるつもりらしい。
「いつでも受けて立ちますよ。だけどオレたち、圭二郎さんが完全復活する前にイイ感じになっちゃうかも」
「だとしても、俺はこれからも舞との関係を続けていきます。会いたいときには会いに行くし、電話だって掛ける。だって舞は、友達のままでも俺を支えてくれると言ったから。まさか、俺たちの友情を壊そうなんて、意地悪なことは言いませんよね?」
「そんな無粋な真似はしません。あなたが舞さんと友達でいるうちはね……。万が一、本氣で口説きに来たら……。そのときはまた新しい曲を作ってあなたと舞さんに聞かせますよ。今度こそ諦めてもらえるように」
「いいでしょう。楽しみにしています」
圭二郎さんが手を差し出した。停戦の約束を交わすための握手か。
「オレの方も、圭二郎さんの復活を楽しみにしていますよ」
力強く握り返すと、彼は満足そうにうなずいた。舞さんを見ると、彼女も安心した様子で何度も頷いている。
「良かった。これでしばらくは争い事も無しね。……ああ、ユージン。もっとたくさんお話ししたいけど、今日は圭二郎もいるし、ライブを終えて疲れてるでしょうから、例の話は明日以降にでも」
「うん。それじゃあそうだな……。明日、ワライバで落ち合おう。時間は行く前に連絡する」
「……明日はわたしも休みだから、何時になっても大丈夫。連絡を待ってるわ」
「オーケー。それじゃ、また明日。今日はありがとう」
「こちらこそ、素敵な時間をありがとう。皆さんにもお礼を言います。ありがとうございました」
舞さんがお辞儀をし、圭二郎さんも頭を下げた。挨拶を終えた彼女たちは名残惜しそうにゆっくりと楽屋をあとにした。
*
――てっきりジャッキーが茶々を入れると思ってたのに、おとなしくしていたな。
二人がいなくなったところで拓海さんが手話で伝えた。智さんが通訳すると、ジャッキーは煙草を吹かしながら答える。
「息子がライバルに勝利した瞬間を目の当たりにしちゃったんでね。ここで俺があーだこーだ言ったらしらけるでしょう? 印象も悪くなるし。さすがに空氣を読む能力はありやすよ。これでもね、臨時で加入したバンドのメンバーを立てるのはうまいんっすよ」
そう言ったジャッキーはオレの前にやってきた。
「……ユージンの実力、見せてもらったぜ。格好良かったよ」
あまりにも素直な感想。恥ずかしさのあまり、氣の利いた返事も思いつかなかった。黙っていたら突っ込まれる。
「なんだよ、ここは喜んで彼女自慢をするところだろう? ユージンの言うとおり、可愛い子だったな。次に会ったら、今度こそちゃんと挨拶することにしよう」
ジャッキーはニヤニヤしながらオレの肩を叩き、再び灰皿のそばの席に戻った。
続きは最終話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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