【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第十二話 戸惑い
14.<舞>
圭二郎のその後が氣になったものの、その日は用意してもらった料理を食べ、悠斗さんの帰宅を待たずに自分の部屋に戻った。
◇◇◇
翌日、いつものように職場に向かい、エプロンを着けて店主に挨拶をする。
「おはようございます」
ところが、今日は挨拶ではなくチラリと視線を向けられただけだった。何か、氣に障ることでもしただろうか、と不安になる。
「あのー……」
問いかけようとすると、向こうから「話がある」と言われ、椅子に座るよう指示された。理人さんは静かに語り始める。
「……もう聞いてるかもしれないけど、四月からめぐっちが仕事復帰することになったんだ。最初はフルタイムじゃなくて、忙しい昼の時間からの再開になると思うんだけど、めぐっちが入る分、マイマイには少しずつ仕事を減らしてもらおうと思ってる。最終的には契約終了も視野に入れてる」
「え……」
突然の話に言葉を失った。
確かに、わたしは「めぐちゃんが産休・育休の間、彼女の代わりに働かせて欲しい」と言って雇ってもらった。だから、めぐちゃんの復帰と同時に解雇されるのは至極当然の流れだった。しかし、あまりにも突然すぎる。
「今初めて聞いた、って顔してるね。まぁ、めぐっちも言いにくかったんだろう。マイマイがここで活き活きと働いてるのは知ってるからね」
「…………」
「まぁ、四月までひと月以上ある。それまではマイマイに来てもらうつもりだし、その間に氣持ちの整理をしてもらえればいいから」
「はい……」
理人さんとはすっかり懇意になっていたから、まさかこんなにもドライな対応をされるなんて思ってもみなかった。とはいえ、この店の経営状況を思えば、店員を二人抱えるのが難しいのも分かる。わたしが理人さんの立場でもきっと、途中から入った方を切るだろう。
うつむいていると、もう一人の店主である隼人さんに声をかけられる。
「理人も苦渋の決断を迫られてる。あいつの心情も察してやってね」
「隼人さん……」
「舞さんが一生懸命働いてくれてるのは、ぼくも理人もよく分かってる。なんとか残ってもらえる方法はないかと模索してもいる。だから、解雇の話を聞いて氣落ちし、残りの期間の仕事が手につかないと言うことがないようにして欲しい」
「……無理を言って雇っていただいたのはこちらの方ですから、そんな失礼なことはしません。最後の日まで一生懸命働かせていただきます」
「よろしくね」
*
笑顔で返事をしたものの、平常心を保ったまま一日を過ごすことは出来なかった。所詮わたしはめぐちゃんの代わりであり、彼女以上の存在にはなれなかったという思いが何度も首を持ち上げてはわたしを苦しめた。
そのたびによぎる、圭二郎の顔。彼は言った。新しい野球界を作る。そのためには舞の力が必要だ、と。
結局、わたしも彼も野球以外に出来ることはなく、今更別の道を歩むことは不可能なのか。カフェエプロンを脱いだあとのわたしは、再び野球のユニフォームを着なければいけないということなのか……。悩みは尽きない。
さらに言えば、こんな重要な話を直接会ったタイミングでしてくれなかっためぐちゃんにも憤りを感じた。理人さんは、言いにくかったんだろうと言って彼女をかばったが、間接的に話を聞かされるわたしの身にもなってほしいものだ。
信頼していた二人の人から同時に裏切られた氣分だった。
定時までは仕事をこなしたものの、頭はぼんやりしていたし、氣力も既になくなっていた。
「大丈夫? 調子が悪ければ明日、休んでも構わないから」
普段なら優しさと捉えられる理人さんの何氣ない一言も、今日は嫌みに聞こえた。小さく会釈だけ返したわたしは、夕食の材料も買わずに帰宅した。
*
電氣の消えた部屋に入った瞬間、涙がこぼれた。ベッドに倒れ込み、布団を抱えてしばらくの間、じっとすることしか出来なかった。
なぜこんなことになってしまったのだろう?
頑張ってきたつもりだけど、実は全く努力が足りなかったのだろうか?
わたしの選択は間違っていたのだろうか……?
涙が止まったあとに浮かぶのは、自分を責める言葉ばかり。一人反省会が止まらず、氣付けば何度も涙し、悲しみに暮れた。
そんな折、突然部屋のインターフォンが鳴った。
(こんな時間に尋ねてくる人がいるとすれば、ユージンしかいない……!)
慌てて涙を拭き、精一杯の笑顔で部屋のドアを開ける。が、そこにいたのは……。
「……圭二郎」
よりによって、彼なのか……。期待は一瞬のうちに打ち砕かれ、消沈した。
「……また、永江さんのところから抜け出してきたの?」
「……もう、永江さんには見限られてしまった。両親とも喧嘩して、俺はまたひとりぼっちになってしまった。頼れるのはもう、本当に舞しかいないんだ……」
昨日別れたあと、いったい何があったというのか。その顔は酷くやつれていた。
「……どうしてわたしの居場所が分かったの? 教えたことはないはずだけど?」
「この前、小父さんちにあげてもらったとき偶然、舞の住むアパート名と部屋番号の書かれたメモを見ちゃったんだ。だからすぐにここだと分かった」
引っ越したばかりだから、忘れないようにと、両親が住所の控えを壁掛けボードに貼っていたに違いなかった。
それにしても、あまりにも元氣がないのが氣になった。
「……ちゃんと、食べてる?」
「……食欲がなくて、丸一日食べてない」
「……実はわたしも」
「え、舞も……? 何か、あったの……?」
問われて、一瞬ためらう。これ以上は関わるな、と言われている人物だ。ただでさえ問題を抱えている人に、自分の悩みを打ち明けても仕方がない。そう思う一方で、圭二郎はわたしにとっても氣を許せる数少ない人。落ち込んでいるときにはやはり胸の内を聞いて欲しいとの思いもあった。
「……もし良かったら、今からでも食事に行かない? まだやってるお店、あると思うんだ」
「舞と一緒にいられるならどこでも行くよ」
そう言った顔はとても嬉しそうだった。
*
結局、日付が変わりそうな時間に開いている店はバーくらいしかなかった。軽食とジンサワーを頼み、遅めの夕食を取る。
「それで……。どうして永江さんを怒らせ、両親と喧嘩することになっちゃったの?」
「まぁ……。主な原因は、俺が舞のことを想いすぎてるところ、かな」
圭二郎は恥ずかしげもなく言い、対面に座るわたしの左手を握った。
「舞がユージンって人を想ってるのは知ってる。だけど、俺は舞を諦めたくない。何度拒まれたって、舞が首を縦に振ってくれるまでは退くつもり、ないから」
わたしに会って落ち着いたのか、はたまた空腹が収まったからか、自信を取り戻したらしい圭二郎はまっすぐにわたしを見つめて言った。
「……そういう舞は、どうして食欲をなくしていたの? なんか、泣いた形跡があったけど、もしかして恋人との間に何か……?」
「ユージンは全く関係ない」
全否定するも、そう言ったからには本当の理由を告げなければならない。圭二郎の前では絶対に嘘はつけないと分かっている。
「実は……」
仕方なく今朝、理人さんに言われた契約終了のことを話す。すると予想通りの反応が返ってくる。
「それなら尚のこと、俺と一緒に新しいことを始めようよ。カフェ店員を辞めたあとどうするか、まだ決めていないんだろう?」
「決めてはいないけど、野球に戻る氣は……」
「舞」
圭二郎は、今度は両手でわたしの手を包み込む。
「俺は今、神様からチャンスをもらったと思ってる。一度は氣持ちがすれ違った俺たちだけど、このタイミングで舞が職を追われ、俺が球界に戻ろうとしているのには意味があるとしか思えない。天がもう一度俺たちを結びつけようとしているから起きている出来事だとしか……」
「そんなの、こじつけよ……」
「そうかな……?」
「……圭二郎はわたしが好きなんじゃない。わたしとの思い出に執着しているだけ。そろそろそのことに氣付かなきゃ」
「…………」
何氣なく放った一言。だが、圭二郎を黙らせるのには効果的だったようだ。説き伏せるなら今しかない、と間髪を入れずに言う。
「圭二郎は多分、わたしだけが自分を愛してくれた人だと思い込んでいる。でも、おそらくそれは違う。両親も、おじいちゃんおばあちゃんも、そして友人やファンもあなたを愛してくれた。だから決して孤独じゃなかったはずよ」
「……そんな……そんなはずはない……!」
「なら、どうして圭二郎は今日まで野球をして来れたの? どんなに実力があっても、自分の力だけでは決して成し得なかったはずよ」
「…………」
「もしかしたら圭二郎は、野球しか能がないわたしの心配をして誘ってくれてるのかもしれない。でもね、わたしの人生はわたしが決める。だから圭二郎も、自分の人生は自分で決めて。わたしに頼らず、自分の力を信じて突き進んで」
「……俺は……俺はただ、舞と一緒にいたいだけなんだ……」
「恋人や夫婦じゃなくても……。友達でも支え合うことは出来る。わたしたちの関係は決して終わらないわ」
「そんな言葉で……俺が納得するとでも思ってんのかよ……」
酷く落ち込む圭二郎。こんな顔を見るたびに、応援歌のことを話してしまおうかと何度も心が揺らいだ。だが、今こそがそのタイミングに思えた。
「……一緒に行こうよ、ライブに。そしたらきっと、わたしが言ったことの意味も分かるから」
「何だよ、ライブって……。舞の好きな男の歌や演奏を聴けって言うのかよ?」
「そういう目で彼らを見ないで。純粋に、頭を空っぽにして音楽に身を委ねて欲しいの。歌詞に耳を傾けて欲しいの。……実は、圭二郎の心を揺さぶる一曲を用意してもらっていてね。ホントは直前まで黙っていようと思ったんだけど、ちょうどいい機会だから今、話そうと思って」
「……音楽なんかで、俺の心が揺さぶられるものか」
「聞いてもいないのに決めつけるのはやめて。わたしもそばで一緒に聞くから。……ね? ライブに行ってみようよ」
「…………」
不満そうだった。なぜ興味のない場所へ連れて行かれ、興味のない音楽を聴かなければいけないのか、と思っているのがひしひしと伝わってきた。
「わたしと一緒にいられるならどこにでも行くって言ったのは、圭二郎じゃなかったっけ?」
「……分かったよ。行けばいいんだろ。その代わり、その日は恋人のつもりで振る舞わせてもらう。手を繋いだり、肩を抱いたりさせてほしい」
「……酷い交換条件ね」
まるで、ユージンに見せつけてやろうと目論んでいるかのような発言に嫌氣が差す。挙げ句の果てに「キスしたいって言わなかっただけ褒めてもらいたいな」などと言い出す始末だ。
「もしそんなことを言ってたら引っ叩いてるところよ」
「冗談だよ、冗談……」
「昨日の今日じゃ、冗談に聞こえないってば」
「……で、どうするの? 俺の条件を呑むつもり、ある?」
その目は挑戦的だった。条件はあまりにも酷い。が、圭二郎にはどうしても応援歌を聴かせたい。
「……分かったわ。だけど、わたしはあくまでも幼なじみとして振る舞うから」
「……振り向かせてみせるよ。絶対に」
圭二郎はにやりと笑い、飲みかけの酒をあおった。
続きは第十三話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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