【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第三話 対峙
4.<ユージン>
舞さんからの返事はすぐに来た。もしかしたら今日は休みで、こちらのメールにすぐ反応してくれたのかもしれない。
(やっぱりさっきの人は他人のそら似だったのかな……。)
つかの間ホッとしたが、時間が経つにつれ、「OKです」の一言しかなかったのが氣になってきた。休みならもう少し長い文面で返してくるのでは? また、即返信があったと言うことは、そうせざるを得ない状況下にいたからでは……? と、一人きりだとどうしても余計なことばかり考えてしまう。
(オレが自惚れてるだけなのか……? あぁ……。モヤモヤするな……。)
考え事を絶つため、そのまま電車に揺られて都内にある自室に戻り、ギターの練習をする。練習に飽きたあとは、舞さんのことを思いながら曲作り。「君がスキ!」と言うフレーズばかりを口ずさんでいるうちに再び彼女のことで頭がいっぱいになり、どうにもこうにも恋しくなったので、少し早いが喫茶「ワライバ」に向かうべく、再び電車に乗る。
オレはエレキ弾きだけど、舞さんと会うときはアコギに持ち替える。アコギなら場所を選ばずどこでも弾けるからだ。いつかは舞さんにもエレキを弾いて欲しいと思っているが、互いのライフスタイルを考えるとアコギの方が教えるのに都合がいいので、もうしばらくはこのままでやっていこうと思っている。
*
ワライバにつく頃にはすっかり日も落ち、辺りは暗闇に包まれていた。
七時前。閉店にはもう少し時間があるが、ここで落ち合うのは初めてではないし、店主とも顔なじみだから待たせてもらおうと思い、店のドアを押し開ける。
「こんばんは……。あっ……!」
店に入ると既に舞さんが待っていた。私服姿を見る限り、今日は仕事は休みだったのだろう。が、問題はその服装。既視感がある。となりにいる男にも……。
(今朝見かけた女性はやっぱり舞さんだったのか……。それにしてもこの男……。あっ……!!)
野球帽の下からのぞく、睨み付けるような目を見てようやく思い出した。オレの記憶が間違っていなければ、この男は……。
混乱していると、店主が動き出す。
「役者が揃ったな。……まぁまぁ、聞きたいことは山ほどあるだろうけど、とりあえずここに座りな」
店主はいいながらドアに「CLOSED」の札を掛け、内鍵を閉めた。
「……ユージンさん、ごめんなさい。本当は二人で食事して、そのあとでゆっくりレッスンを受けたかったんだけど……」
舞さんは途中まで言って隣にいる男に目を向けた。あとは察して欲しい、と言うことなのだろう。
「……確かそっちの人、テレビで見たことがあります。本郷圭二郎さん、ですよね。プロ野球選手で舞さんの幼なじみの。……あぁ、分かりましたよ。あなたはオレのファンで、舞さんが今晩会うと聞いてついてきたんですね? それならここにいる理由も分かります」
精一杯、いい方に解釈した。だけど、男の口からは予想通りの回答がある。
「残念ながら違います。舞が若い子と二人きりで食事に行く約束をしたと聞いたんで、どんなやつか見てみたいと思った。だからここにいるんです」
「どうしてそんなことを? あなたには既に婚約者がいて、舞さんとはただの幼なじみのはずでしょう?」
「俺は舞のことがずっとずっと好きでした。だけど、周囲の圧力が強く、理不尽な婚約話を受け容れざるを得なかったんです……。しかし、その婚約も解消しました。だから俺は、元々の想いを成就させるために舞の元に戻った、と……。こういうわけです」
オレより年上であろうその人は、初対面と言うこともあるが丁寧な口調で真っ正直に理由を述べた。
「圧力、ですか……。それが避けられないものだったのだとしても、そのことで舞さんを傷つけたのは事実です。なのに、何事もなかったかのように再び舞さんに近づくなんて、虫が良すぎるとは思いませんか? 舞さんだって迷惑してるんじゃないですか?」
「……どうにもあなたの発言は、自分の好きな女性にちょっかいを出されてやっかんでいるように聞こえる。どうでしょう? 俺の読みは間違っていますか?」
その物言いからは強い自信を感じた。
(やっかんでる? むしろ邪魔すんなって思ってるよ!)
朝からのモヤモヤに拍車がかかり、苛立ちがピークに達する。
「いいえ、間違ってはいませんよ。今度の恋はじっくり暖めていこうと思ってたけど、あなたの登場でそうも言っていられなくなりました。……あなたの読み通り、オレは舞さんが好きです。舞さんとあなたは幼なじみのようですが、だからといって退くつもりは一切ありません。あなたがオレの前に立ち塞がるというなら、闘うまでです」
前回の恋に引き続き、なぜライバルの面前で好きな女性に想いを伝えなければならないのか……。自分の運の悪さを呪うばかりだが、どうやら舞さんには刺さったようだ。彼女は真っ赤になった顔を手で覆い隠した。
そんな彼女を見たからか、相手は小さく笑った。
「なるほど。舞が俺の目を盗んででもあなたのメールに返信した理由が分かりました。自信が感じられる人というのは魅力的に映る。きっと、ミュージシャンであることに誇りを持っているのでしょうね」
「じゃあ、諦めてくれますか?」
「そうはいきません。こっちだって人生がかかってるんです、舞のことは絶対に諦めない!」
「人生……?」
ちょっと大袈裟すぎやしないか、と思ったが、ここで店主が話に加わる。
「まぁまぁ、圭二郎くん。そうアツくなるなよ。そりゃあマイマイはいい子だし、好きな女を横取りされたと思いたくなるのも分かるけど、一旦落ち着こうぜ、なぁ? ……ああ、イライラしてるってことは腹が減ってんだろう? しゃーない。今日はマイマイの顔を立てて特別に三人分の飯を用意してやろう。で、飯を食ったらマイマイ、さっきの話の通り、あの人のところへ……」
「はい。……済みません、理人さん。ご迷惑をおかけします」
「いいって、いいって。この店は人助けのためにやってるようなもんだから」
どうやら、オレが来る前に三人だけで何らかの話し合いが行われていたようだ。詳しいことは分からないが、きっと店主がいいように話をつけてくれたに違いない。その証拠に、店主に小声で「二人の時間はちゃんと作ったげるから」と耳打ちされた。
今の一言でなんだかホッとしてしまったオレは急に空腹に見舞われた。ぐうっと腹の虫が鳴って恥ずかしい思いをする。
「はいはい、すぐ飯を用意するから待ってて」
*
とても和やかとは言いがたい食事を取ったオレは、店主とともに店を出た。幼なじみに配慮してのことだろう、舞さんからは先に「サザンクロス」の自宅兼スタジオに行って待ってて欲しいと言われたが、さすがにそれはないだろうと食い下がり、結局同行させてもらうことになった。
*
店を出てからしばらくは全員が無言を貫いていたが、沈黙に耐えきれなくなったらしい店主がとうとう口を開いた。
「……今からどこに行くのか、氣になってんだろ? まぁ、最後には分かっちゃうから話すけど、おれの敬愛する大センパイであり、野球界のレジェンド的存在でもある永江孝太郎のところに向かってる。なんでかってぇと、ここにいる圭二郎くんの面倒を見てもらうため。ユージンくんは勘が良さそうだから分かるかもしれないけど、この人結構ヤバいんだよ。あぁ、頭じゃなくて心の方ね」
深刻な話にもかかわらず、最後には笑ってしまうような言い方で締めるあたり、さすがは店主。話し慣れている。これには舞さんもくすりと笑った。
確かに、オレを睨み付けてきた目は、凄みがあると言うより怯えているように見えた。異常なまでに舞さんにこだわるのも氣になったし、何よりも事情を知っているらしい店主が彼の世話を買って出ていることを思えば、よほどの問題を抱えているとみて間違いなさそうだ。
野球には疎いオレのために舞さんが補足する。
「ユージンさんに説明すると、永江さんは理人さんの野球部時代の先輩であり、プロ野球チーム、東京ブルースカイの優勝に何度も貢献した名キャッチャーなのよ。ちなみに圭二郎のお父さん、本郷祐輔さんとは同じチームで、何度もバッテリーを組んだことがある間柄でね」
「あー、うっすら麗華さんから聞いたことがあるな。だけど、そんな大物に圭二郎さんの悩みが理解できるんでしょうか……」
「大丈夫。永江さん、今はうちのお兄ちゃんに感化されてすっかり別人になっちゃったから。むしろ、圭二郎のお父さんよりずっと話が通じるはず」
「え? 別人になったって……。それはどういう意味なんでしょうか……?」
「まぁ、会えば分かるよ」
*
駅前にそびえ立つマンションまでやってきた。厳重なセキュリティーを解除してもらい、エレベーターで最上階にたどり着くと、部屋の前で永江さんが待っていてくれた。
「ああ、センパイ。突然の連絡にもかかわらず、対応してもらってすんません」
「構わないよ。普段は僕の方が世話になっているしね。それより……」
謝る店主にそう答えた永江さんは、すぐに圭二郎さんを見た。
「よく来たな、圭二郎。大まかな事情は大津クンから聞いたよ。大丈夫、君のことは僕が引き受ける。万が一、君の両親が訪ねてきても売り渡すようなことはしないから安心したまえ。もっとも、うちには僕のほかにもう一人、面倒くさい男が同居してるが、何を言われても氣にしないで欲しい」
「……その言葉、本当に信じてもいいんですか?」
圭二郎さんは、オレを睨んだときと同じような目で永江さんを見る。
「だってあなたは、『鬼』と言われるほど冷徹非情なことで有名だった人ですよ? あなたのしごきで何人辞めていったことか……。そんなあなたが、現役の選手である俺に、マスターや舞と同じように接するとは考えにくいのです」
「さすがは現役選手。誰も信じないという姿勢。立ち塞がる者はすべて敵。そうやって闘志をむき出しにしていなければ生きていけない世界に身を置いている人間なら誰しもがそう言うだろう。考え方としては実に正しい。しかし、ずっとその考え方でいるのは危険だ。最後には完全に孤独になり、自分を見失い、最悪、自死を考えるようになる。……僕と違って君は賢い。良く立ち止まった。今ならまだいくらでも出直すチャンスがある。僕程度の人間に助言できるかは分からないが、わずかでも君のサポートが出来るなら協力させて欲しい」
直感的に、死を乗り越えた人だと思った。そしてこの人は、店主からのSOSを受けて本氣で圭二郎さんを救おうとしている……。発言もさることながら、一ミリもぶれずに圭二郎さんを見つめる姿を見て、店主と舞さんが永江さんを頼った理由にも納得がいった。確かにこの人はホンモノだ。
しかし、圭二郎さんは混乱しているようだ。
「あなたは俺の知る永江さんじゃない……。あの、永江孝太郎がこんなに優しい言葉を掛けてくるはずがない……」
「……人は、変われる。いくつからでも。引退して久しかった僕ですら変われたんだ。まだ若い君ならいくらでも変われる。君の話を聞く。一緒に将来について考えていこう」
「…………!!」
圭二郎さんは野球帽のツバを目深にかぶり直して目を伏せた。肩をふるわせる彼の背中を永江さんが優しく叩く。
「大津クン。舞クン。後は任せてくれ。彼の様子は追って連絡する」
「よろしくお願いします」
二人は深々と頭を下げ、圭二郎さんを引き渡した。
*
マンションから出ると、舞さんがさっきまでいた最上階を心配そうに見上げた。
「圭二郎、大丈夫かな……。最後には泣いちゃってたけど……」
「センパイならなんとかやってくれるっしょ。……ちょっと抜けたところがあるけど、そこは同居人の水沢センパイにフォローしてもらうとして。問題は、その水沢センパイと圭二郎くんの父親とが一緒に仕事してるってとこだな」
「……信じるしかないですね」
「ああ。……さて、と。お役目は終わったし、おれはここらで退散することにするよ。これ以上二人の邪魔をするのは可哀想だし。なっ、ユージンくん?」
店主はにやりと笑うと、オレと舞さんをくっつけた。
「じゃ、ごゆっくりー」
そして、言うが早いか、駆け足で店の方に向かって行ってしまった。
「……あー。どうします? 練習、します? 一応、ギターは持ってきてますけど」
店主が見えなくなったところで半歩、舞さんから離れた。好きだと宣言はしたけれど、彼女からちゃんと返事をもらっていない以上、勝手に距離を縮めるわけにもいかない。
「……なんか、そういう雰囲氣じゃなくなっちゃったね」
舞さんの返事にどこかホッとしているオレがいた。万が一にもその口から「先生、練習をお願いします」などと言われていたらきっとテンションはだだ下がりだっただろう。
舞さんが、もじもじしながら言葉を選ぶようにして言う。
「……ユージンさんさえ良ければ、このあたりを散歩してみる? 実は、この近くに観光名所にもなってる古い街並みが残ってるんだけど」
その提案に嬉しさが込み上げた。
「もちろん、いいですよ」
平静を装ったつもりだが、きっとオレは満面の笑みだったに違いない。
*
夕食時を過ぎた観光名所は比較的空いていた。舞さんの話では、日中は観光客で溢れていてゆっくり見て回ることが出来ないほどなのだという。
比較的広めの路地に入ったところで舞さんが名物の芋菓子を見つけた。閉店間際に滑り込んで購入し、露店が提供しているベンチに並んで腰掛けて食べる。
芋菓子に夢中になっている舞さんの顔は実に幸せそうだった。落ち着いた今なら……と思い、ずっと暖めていた話題を振る。
「……あのー、さっきからずうっと言いたかったんっすけど、今朝、私鉄のS駅にいたでしょう? 圭二郎さんと一緒に。オレ、たまたまあっちの方に用事があってあの駅にいたんっすよ」
「えっ!! あんな、ひなびた駅に?! 嘘でしょう?!」
舞さんの驚き方は半端じゃなく、周囲にいた人が振り返るほどだった。
「そんなに驚くってことは、やっぱりそうだったんですね。……デートしてきたんっすか? フラれた相手と」
じとっと見つめると、舞さんが全否定する。
「違う違う! 圭二郎が悩んでそうだったから、子供の頃、親に連れて行ってもらった自然公園に行って癒やされながら話を聞こうってことになったのよ。で、実際に話を聞いてみたらあんまりにも深刻だったもんで、これはわたし一人じゃ無理だと思って理人さんにも相談したってわけ。折しもユージンさんから『ワライバで落ち合いましょう』ってメールをもらったところだったし、ちょうどいいかなって」
「……それって、婚約解消の話と関係あります?」
恐る恐る問うと、舞さんもためらいながら「ええ……」と答えた。
「隠したって、いつかバレてしまうものね……。いいわ、全部話す」
舞さんは意を決したように言い、圭二郎さんが婚約に至った経緯や置かれている立場などを簡単に説明してくれた。
話を聞いて、舞さんが早朝のひなびた駅にいた理由も、ワライバの店主の振る舞いも、永江孝太郎さんのところに導いたワケも、何もかもが繋がった。
「なんか訳ありなんだろうなとは思ってましたが、聞いたらすごく納得できました」
親と同じ職業を選んだ人間ゆえの悩みはオレにもある。だから、圭二郎さんの心の痛みは手に取るように分かる。分かるんだけど、せっかく生まれ持った才能を活かして活躍しているんだから、今ここでそれを放り出してしまうのはもったいないとも思った。もうちょっと、頑張れないのかな、と……。
時間をかけて、今思ったことの言語化を試みる。
「あの……。今日初めて会ったオレに何が出来るか分かりませんが、オレも圭二郎さんの力になりたいです。舞さん始め、あの人と関わりのある人が必死になって支えようとする、その姿に心打たれたんです。……あぁ、そうだ! 応援歌を作ろう。それならオレにも出来る、って言うか、オレにしか出来ない」
「圭二郎の応援歌……」
呟いた舞さんは、さっと顔を伏せたかと思うと目頭を抑えた。
「ええっ……。オレ、何か氣に障ること、言っちゃいましたか……?」
「ううん、逆よ。ユージンさんまで圭二郎のために良くしてくれると聞いて嬉しくなったの。応援歌、すごくいい。ぜひ、わたしにも作るのを手伝わせてください。わたしも圭二郎には復活してほしいもの」
その表情からは、圭二郎さんへの強い情が感じられた。
「舞さん、やっぱりまだ圭二郎さんのこと……」
呟くオレに、舞さんは小さく笑った。
「なんていうのかな……。圭二郎は年上だけど、わたしの中では弟みたいな存在なのかも。そばにいて面倒見てあげなきゃ、っていう。だから今のこの感情は恋とは違う……と思う。だって、わたしも……」
舞さんは顔を赤くし、上を向いたり下を向いたりしながら言葉を探している。ちょっと期待しながら彼女の言葉を待つ。
「……わたしもユージンさんのことが、す、す……すき、だから」
今にも泣きそうなその顔が愛おしくてたまらない。抱きしめたい衝動を抑えながら答える。
「ありがとう、舞さん。素直に、嬉しいです。これでライバルがいなけりゃ諸手を挙げて喜ぶところだけど、圭二郎さんは舞さんのことを諦めないって言ってたし、舞さんが幼なじみのことを氣にしてるうちは落ち着かないですね……」
「……そうだよね。ごめんなさい」
舞さんはしゅんとして俯いた。
「じゃあ、こうしましょう。圭二郎がライバルの座を降りたとき、正式にお付き合いを始める。それなら、なんのわだかまりも後ろめたさもなく一緒にいられるわ」
両思いになれたからと言って、すぐにベタベタしようと言ってこないところが舞さんらしい。そのサバサバした感じがやっぱり好きだ。
「名案です。きっとそれがベスト解。そうしましょう。さっそく仲間にも提案してみます。麗華さんは弟さんがずっと野球をしていて詳しいから、きっと理解を得られるはずです」
「そっか、レイカならきっと……」
「一緒に救いましょう、圭二郎さんを」
「うん。……改めてお礼を言うわ。ありがとう」
舞さんはためらいながらも右手を差し出した。オレはその手を愛おしみながらゆっくりと握り返した。
続きは第四話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
いいなと思ったら応援しよう!
芸術家が集う癒やしの場「ワライバ」を提供するのが夢。共感者を大募集中💖記事を読んでピンときたらお声がけを💕一緒に愛と調和の世界を物語りましょう💖