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【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第四話 心に、素直に。

5.<舞>

 圭二郎と再会した週末の晩、わたしは近所に住む兄夫婦の家を訪れた。つい先日まで居候いそうろうさせてもらっていたこともあり、急な訪問でも彼らは氣持ち良くわたしを迎えてくれた。しかし今日は、顔を見せるために来たのではない。歓迎してくれた彼らに申し訳ない思いを抱きながら、いつ話を切り出したものかと思案する。

「舞ちゃん、遠慮しないで。知ってると思うけど、急な来客にも対応できるように、普段から料理は多めに作ってあるんだから。今日はその分を舞ちゃんが食べていいんだよ」

「あ、うん。ありがとう……」

 久しぶりに食べるこの家の手料理。おいしいのは分かっているが、なかなか箸が進まない。さすがに見かねた悠斗さんが声をかけてくれる。

「いつもの食欲はどうした? もしかして、また何か悩みを抱えてるのか?」
 実は悠斗さんは、わたしが失恋のショックで落ち込んでいた際、いろいろと面倒を見てくれた人だ。悠斗さんには、今のわたしがそのときと同じ顔に見えるのかもしれない。

 話題を振られた今が話すタイミングだと直感したわたしは、全員が食卓に着くのを待って話し始める。

「……先日、圭二郎がお店に来たの。婚約は解消したから俺と付き合ってくれって……」

「はぁっ?! あいつ、何考えてんだ?!」
 一番先に声を荒らげたのは兄だった。
「まさか、オッケーするはずはないよな?!」

「するわけないでしょ。一年かけて、やっとやっと、あいつから受けた傷を治したんだよ? なのに今更付き合ってくれ、なんて……。受け容れられるわけがない」

「なら、放っておけばいいじゃん」

「落ち着け、翼。それが出来ないからこうしておれたちを頼ってきたんじゃないのか?」

 さすがは悠斗さん。感情的になることなく、わたしの状況を正確に言い当てた。彼は続ける。

「実は圭二郎さん、孝太郎さんに連れられて体操クラブに来てさ。おれ、そこで本人に会ってる」

「えっ」

 驚きのあまり、腰を浮かせた。悠斗さんは元水泳コーチだが、孝太郎さん主宰の体操クラブの理念に共感し、子供たちに身体を動かすことの楽しさを教えている。まさかそこに圭二郎が足を運んだなんて。

「圭二郎は何か言っていましたか?」

「いろいろ……」
 悠斗さんは言いにくそうにわたしたちを見回したが、最後にはゆっくりと口を開く。

「……また揉めると思って翼やめぐにも言ってなかったことだけど、圭二郎さん、うちに来たいって言ってた。我が家のことを聞いて興味が出たようだ。もっとも、同行する予定の孝太郎さんが珍しく空氣を読んで、訪ねる時期は考えるっていってくれたから、すぐに来るってことはなさそうだけど」

「げげっ……! また問題児がうちに来るってか? よりによって圭二郎かよ? 俺、あいつ苦手なんだよなぁ……。あの目つきが怖くって」

「それはニイニイも指摘してた。その目つきは、赤ちゃん泣かすからやめろって」

「そうだよ! 俺はお断りだね!」

「まぁまぁ、翼くん」
 興奮する兄を、奥さんであるめぐちゃんがなだめる。
「その、圭二郎さんって人、一度は振った舞ちゃんのところに戻ってきたってことはきっと、よほどの事情があるんだと思うな。うちに来たいって言うなら受け容れてあげようよ。舞ちゃんと同じく、翼くんも幼なじみなんでしょう?」

「幼なじみってほど馴染んでないよ、俺は。本郷家のきょうだいは全員、俺より年下な上に身体を動かすのが好き。俺とはそもそもタイプが違うから」

「でも、知らない仲じゃないでしょ?」

「そりゃあそうだけど、プロ野球界のことを知り尽くしてる孝太郎さんが間に入ってるなら任せた方がいいと俺は思うけど。俺ら、一般人には分からない世界なんだろうし……。悠斗はどう思う?」

 難色を示す兄は、同居人の悠斗さんに意見を求めた。

「……もし訪ねてくるようなことがあれば、おれは受け容れてもいい。ただし、舞のように同居という形は取らないよ、絶対に。そらもいるし、翼が言うように、あの人に見られるとドキッとするって言うか、なんか居心地が悪かったからな」

「だろう?」

 ここに来る前から、兄に話せばこう言う反応があることは予想していた。やはりこれはわたしだけで解決するべき問題だったのかもしれないと、訪ねたことを後悔しかけたとき、

「ファンクラブ……」
 めぐちゃんがぽつりと言った。

「え、いま、ファンクラブって……」

「孝太郎さんがそうだったんだよね。もしかしたら、理人さんから聞いてるかもしれないけど、孝太郎さんは、野球が出来なくなったら自分に存在価値はないと思って人生を終わらせようとしていたの。だけど、たくさんのファンがいるんだってことが分かったら、その人たちのためにもうちょっと生きてみようか、って思えるようになったらしいんだよね……。圭二郎さんだって、たくさんのファンがいるんでしょう? もしかしたら既にファンクラブくらいあるのかもしれないけど、勝手に『応援団』的なものを作って応援するのもアリなんじゃないかなぁって」

 それを聞いて、先日ユージンさんとした話を思い出す。

「実は、サザン×BBのユージンさんが圭二郎のために『応援歌』を作りたいって言ってくれてて……」

「へぇ! いいじゃん、それ!」

「うん。わたしも協力したいって言ったところなんだけど」

「もしかして舞ちゃん、弾き語りしちゃうの?!」

「まさか! せいぜい、歌詞になりそうなエピソードを話すくらいかなぁってぼんやり思ってたくらい」

「えー、歌っちゃったらいいのに!」

「同じ弾き語りするなら、お兄ちゃんの方が……」

「…………! 頼まれても俺は歌わないからな!」

「まぁまぁ、落ち着けってみんな」
 場が盛り上がったところで悠斗さんが冷静になるよう促す。

「ファンクラブって案だけど、おれもいいと思う。舞は嫌かもしれないけど、彼が一番信頼しているのはきっと舞だろうし、舞だって圭二郎さんのことを放っておけないと思うからこそ悩んでるんだろう? だったらここは、過去のことを水に流して、幼なじみの再起のために一肌脱いでもらうのが一番じゃないかと思うんだけど、どうだろう?」

 悠斗さんの発言を受けてしばし考える。

 喫茶店で働き始めて数ヶ月。その間に何人もの永江孝太郎ファンがファン専用スペースを訪れ、感激しながら帰って行くのを目の当たりにしてきた。中には折良く食事に来た永江さんに会えたファンもいるが、そういう人に限って話しかけるのも恐れ多いからと、遠巻きに眺めては満足そうにしている。永江さん自身も彼らに支えられているという自覚があるのか、普段通りに食事をしながらも喜んでいるのが表情から見て取れる。実に、ファンとの距離感がうまくとれているなと感心していたところだった。

 しかし、おそらくこれは永江さんだから出来る芸当。圭二郎の性格上、同様の接し方が出来るとは思えない。加えて、ファンクラブを作って応援したいなどと言ったら、調子に乗ってますますわたしにラブコールしてくる可能性も充分有り得る。

「……すぐに返事をすることは出来ません」
 正直に答えた。

「即答出来るなら、最初からここには来てないだろうしな。うん、それでいいと思う」
 悠斗さんはわたしの言葉に頷く。
「ま、ゆっくり考えればいいさ。大事な決断ほど時間をかけた方がいい。熟考の末に出した結論なら、そのあと想定外のことが起きても狼狽うろたえることはないからな」

「やっぱり悠斗さんの考えを聞くと安心します。思い切って訪ねて正解でした」

「うん。自分の直感を、思いを信じて行動することが何よりも大切。迷ったときはいつでも力になってやるから、第二の我が家と思って氣軽に遊びに来てくれよな」
 悠斗さんはそう言うと、まるで幼い子にするかのようにわたしの頭をなでた。



 夕食を終え、めぐちゃんが赤ちゃんそらとお風呂に入る間、わたしは姪っ子のまなちゃんと手遊びやカードゲームをして過ごした。その脇では兄がリラックスした様子でギターをつま弾き、そんなわたしたちを悠斗さんが微笑みながら見ている……。

 この、何でもない時間こそが幸せなんだと悟ったのはつい最近のこと。このうちで居候になる前は世間ずれした彼らのことを「変人」だと思っていたのに、実際、中に入ってみたら、わたしやわたしを取り巻く環境の方が「変」だったことに氣付いてしまった。

 それ以来、自分の心身、そして自分のための時間を大切にしようと決めて今に至っている。おかげさまでこの頃は本当に調子がよく、朝、起きるのがしんどいと感じることもなくなった。ここでの暮らしがわたしを180度変えた。彼らと過ごした日々は最早もはや、わたしの財産と言ってもいいだろう。

 めぐちゃんとそらが風呂から上がり、まなちゃんとの遊びもちょうど一段落したところでわたしのスマホが鳴った。発信者名をみて思わず「あっ!」と声を上げる。

「舞ちゃんったら、わかりやすいなぁ。電話の相手はあの人、、、でしょ?」
 慌てて玄関に向かうわたしを見ためぐちゃんが、抱っこしているそらの背中をギターに見立てて弾く仕草をした。

「ち、違うってばー!」

 恥ずかしさのあまり否定するも、めぐちゃんには通用しなかったようだ。彼女は「ごゆっくりー」と言ってわたしを玄関に一人、残していった。

 わたしは誰もいない場所で通話ボタンを押し、火照る頬にスマホを当てる。
「も、もしもし。出るのが遅くなってごめんなさい……」

 しかし、反応がなかった。切れてしまったのだろうか。耳から離して見ると画面は「通話中」になっている。
「もしもし……?」
 もう一度問いかけると、声ではなくピアノとギターの音が聞こえてきた。



右手も つなげないまま
君のとなり、歩く
澄み切った夜の空
輝く星は、まるで君の瞳

そっけない返事に
あぁ……。ため息、ひとつ、ふたつ
こんなにも恋してるってのに!
君は氣づいているかな?

君がスキ!
前の恋さえ忘れるほどに
触れたい、笑顔がいとしい、あぁ……
ドキ、ドキ!
マジで夢中なんだよ
僕の、僕の愛するMy Dear

##

横顔、見つめられずに
君のとなり、歩く
冬の寒空の下
君の右手、あっためたげたいよ

そっけない態度に
あぁ……。いらだち、ひとつ、ふたつ
こんなにも、溢れてるってのに!
なんで、好きって言えねぇんだ!

君がスキ!
怒った顔さえ天使に見える
カワイイ、素直な君に、あぁ……
ドキ、ドキ!
マジで恋してんだよ
僕の、僕の愛するMy sweet

###

本氣なんだ、この恋
誓ってこの胸に
次こそ、叶えるんだ
聞いてくれ、僕の歌声を……!

君がスキ!
前の恋さえ忘れるほどに
触れたい、笑顔がいとしい、あぁ……

君がスキ!
怒った顔さえ天使に見える
カワイイ、素直な君に、あぁ……

ドキドキ!
そう、ずっとずっとそばに
僕の、僕の大好きなMy lady

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 まさか電話越しに歌を聴くことになるとは思ってもみなかった。驚きと戸惑いを感じていると、雑音のあとでユージンさんの普段の声が聞こえる。

『……舞さーん。今の歌、聞いてくれましたか?』

「え、ええ。もちろん……。だけど、驚いちゃった。ユージンさんがしゃべると思ったらいきなり音楽と歌が聞こえたから……」

『いやぁ……。急に舞さんのことを思い出しちゃって……。ちょうど職場の音楽スタジオにいるので、出来たばかりの曲を披露しようかなって……。迷惑でしたか……?』

「とんでもない……! ええと……。一応聞くけど今の歌詞の『きみ』って、わ、わ、わたしのこと……?」

『もちろんですよ』
 自信たっぷりの発言に再び顔が熱くなる。

「あ、ありがとう。すごく嬉しい……!」

『良かったー、喜んでくれて』
 ユージンさんはホッと息を吐き出した。

「いま職場にいるって言ってたけど、こんな時間までお仕事? お疲れ様です。えーと……メンバーも近くに?」

『あー……。すみません、先に帰ってもらおうと思ったんっすけど』

『ねぇねぇ、舞さん! お兄ちゃんの思い、ちゃんと受け取った?! 受け取ってくれたよね?! なんならこのあとお兄ちゃんをそっちに向かわせるから今夜はデートしなよー。ね?』
 ユージンさんの妹、セナちゃんらしき声が受話器から響き渡った。
『アタシたちにも二人の恋を応援させて。バックで演奏したのはそういう理由』

 どうりで豪華な演奏だと思ったらそういうことか……。セナちゃんのほかにも仲間らしき笑い声が電話の向こう側から聞こえる。揶揄わないでくださいよ、と、ユージンさんの照れる声も聞こえた。

『えぇと……。セナはああ言ってたけど、そんなに氣にしないで下さい。舞さんだって今日はお仕事だったんでしょう? いまから会うんじゃ遅くなっちゃいますもんね……?』

「そうだね……」
 返事はしたものの、ユージンさんの口ぶりから、本当は会いたいと思ってくれているのが伝わってきた。わたしだってあんな歌を聴かされたら、会いたい……。しかし、我が儘を言えばせっかくの彼の氣遣いを台無しにしかねない……。そのとき。

「舞……」
 背後から悠斗さんの声がした。振り向くと同時に鞄を手渡される。
「ユージンからの電話なんだろう? そんなところに突っ立ってないで早く会ってこいよ。会いたいって、顔に書いてある」

「え? いやぁ、そういう内容の電話じゃ……」

「隠しても無駄。電話の内容、ダダ漏れだぜ? それに舞のこれまでの様子見てたらユージンに恋してるってことくらい分かるし」

「で、でも……」
 言うか言うまいか、一瞬悩む。が、悠斗さんに隠し事は出来ないと諦め、素直に事情を話す。
「わたしたち、圭二郎のことが解決するまでは交際を保留にすると決めたばかりで……」

「ふぅん……。それじゃあお互いに、いまの自分の氣持ちに蓋をしてしまおうと? 本当にそれでいいと思う? おれはお勧めしないな……」

「…………」
 黙り込むと悠斗さんがわたしのスマホを取り上げて話し始める。

「ユージン? 鈴宮だけど、舞が会いたがってんだ。悪いけど、ちょっくらうちまで来てくんないかな。場所、分かるだろ? 帰りはそうだな……。しゃーない。おれは男は後ろに乗せないって決めてんだけど、特別に途中までバイクで送ってやる。……うん。好きな女のためなら夜中だって会いに来れるだろ? ……そりゃあ、心配だからに決まってんだろ? 仮にも一年、一緒に暮らしてたんだ。舞のことはもう娘みたいなもんだよ。……父親で結構。それで、来るの? ……ああ、何時でもいいよ。待ってる。それじゃ、またあとで。……ってことで、来てもらうことにしたからここでしばらく待ってな」

 悠斗さんはわたしにスマホを返しながら言った。

「……鞄を持たせたくせに、どうしてここを待ち合わせ場所にしたんですか? わたしのこと、娘みたいなものって言ってましたけど、もう守ってもらうような子供じゃないですよ?」

 実の父親を相手にしているかのように反論する。しかし悠斗さんは、想定内だと言わんばかりの表情で返す。

「ユージンと同じ質問してくるのな……。じゃあ聞くけど、どこなら良かったんだ? 圭二郎のことが引っかかってるって言ってる奴らがラブホに行くわけないし、そこら辺で立ち話ってのも変だろ? まぁ、おれの行きつけのバーを紹介しても良かったんだけど、飲んだくれたらそのあとどうなるか分かったもんじゃないし……。って、おれなりに考えた末の『我が家で待ち合わせ』だよ」

「そこまで考えて……?」

「言っただろ? 舞のことが心配だって。……安心しろ、ユージンが来る頃にはおれ以外全員、二階で就寝してるはず。居間は解放してやるから、そこで話すといい。……不満?」

「いいえ……」

「舞。ここで過ごした一年の間にお前は何を学んだ? 自分の氣持ちは大事にした方がいいぜ?」

 悠斗さんに言われてハッとする。そうだ。わたしは自分の想いを伝えずにいたことで失恋した失敗を繰り返すまいと決めたのではなかったか? だからこそ、ユージンさんの告白を受けてではあったけど、自分の素直な想いをちゃんと伝えたし、結果的にユージンさんと思いを確かめ合うことが出来たのではなかったか? 電話がかかってくる直前だってそう。自分のための時間を取るのはやっぱり大事だと再認識していたじゃないか。なのにわたしは、これまでのクセもあり、妙に大人ぶってせっかく湧いてきた「会いたい」という氣持ちをなかったことにしようとしていた……。

「そうですよね……。わたしってば、緊張するとすぐに元に戻っちゃう。どんなときでも自分の氣持ちに従えるようにならないといけませんよね……」

「従うって言うか、湧いてきた感情のままに動くことで本当の自分が喜ぶんだよ。今の舞なら分かるだろ?」

「はい」

「それでいい」

「悠斗さん。いつもありがとうございます」
 深々と頭を下げる。

「礼なんていらないよ。お前は充分よくやってると思う。だからおれはそんな舞を応援したい。ただそれだけ」

 微笑んだ悠斗さんは、五十代とは思えないほどに格好良かった。


続きは第五話

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

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