【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第二話 目撃
2.<舞>
六時きっかりに到着したのに、圭二郎はマンションのエントランスで既に待っていた。その様子から想像するに、かなり前からここにいたのだろう。既にくたびれた顔をしている。
「会いたかった」
「……いったい何時からここにいたの?」
「……いこう」 圭二郎はわたしの問いには答えず、マスクとマフラー、キャップで顔を覆い隠すとすぐに歩き出した。
*
早朝の駅周辺は思いのほか混んでいた。改札に吸い込まれていく人は皆、こんなに朝早くから電車に揺られて出勤するのかと思うと頭が下がる。
「意外と人、多いな……」 圭二郎もぽつりとつぶやき、ますます顔を隠した。
「どうする? もう少し時間をずらす? あるいは、タクシー使うって手もあるけど」
「……大丈夫。多分」 わたしの提案を圭二郎は拒否した。「東京方面はともかく、反対方面なら少しは空いてるんじゃないかな。……ああ、そうだ。子供の頃、俺たちきょうだいとそっちの家族とで何度か行った県営の自然公園。あの辺は人が少ないから、そこに行きたい」
圭二郎が行きたいと言った場所は、確かにこの駅から出ている私鉄に乗れば行き着くことが出来る。公園の区域は開放されているから、早めについてしまってもすぐに散策できるはず。園内は広いので、人目を氣にすることもないだろう。
「分かった。じゃあ、自然公園に行こう」 目的地が決まったところで改札を抜け、ホームに向かう。
圭二郎の読み通り、確かに下り線のホームは東京方面行きよりは空いていた。それでも多くの人が、次に来る電車に乗るため並んで待っている。
程なくして電車が到着する。が、既にそれなりの人数が乗っていて、K駅からの乗客が乗り込むと、満員とまでは行かないまでもかなり窮屈になってしまった。
「……満員電車に乗ったこと、ある?」
「ない」
圭二郎は父親がプロ野球選手だったので、移動は基本的に親か、お手伝いさんの運転する車。ひょっとすると、電車にはほとんど乗ったことがないんじゃないだろうか。
「初めての満員電車で、大丈夫……? 無理、してない……?」
「舞がいてくれれば、大丈夫……」 満員に近い車内と揺れに乗じて圭二郎がわたしの背に腕を回す。しかし、力の入れ方が少し、おかしかった。なんだか、苦しそうな……。
「……次の駅で、一旦降りよう」
隙間のない車内。ドアが開いた瞬間に圭二郎の腕を取り、人をかき分けるようにしてなんとか降りる。乗車する人がわたしたちを不審な目で見たが、構わず人の波を逆行し、空いているベンチに圭二郎を座らせる。
「……なんで降りたんだよ。大丈夫だって、言っただろう?」 睨んできた目に力はなかった。
「良く言うわ。全然大丈夫なんかじゃないくせに」
「…………」
「言いたいことがあるなら、包み隠さず話してよ。場所はどこだって構わないでしょう?」
急にわたしの前に現れたり、乗ったことのない電車に乗って出かけたいと言ったり……。昨日会ったときから、わたしの知る圭二郎の行動ではないと感じていた。わたしにしか言えない悩みがあるのだとしたら、早くそれを打ち明けて欲しい。隠されている方がこちらとしては辛い。
圭二郎は顔を伏せて言う。「満員電車をナメてたのは確かだ。でも、少し休めば多分、大丈夫」
「そうは思えないけど」
「……舞。話したいことはたくさんあるよ。だけど、ただ言えばいいって問題でもないんだ。……分かってくれ。俺は、これまでしてきたことの逆がしたい。今はそういう氣持ち。だから、電車にも乗りたいし、自然の多いところにも行きたいんだ」
「あぁ、そういうこと……」 今の発言で、圭二郎が奇行に出た理由がなんとなくわかった。だが、もしわたしの想像の通りだとすれば、圭二郎は相当、心を病んでいることになる。
「……とにかく、ゆっくり行こう。今日はまだ始まったばかりだもの。……もう、そんな姿勢しないの! らしくないよ!」 丸まった背中をビシッと叩く。
「いってぇ……。でも、これぞ、舞って感じ。今日、会う約束を取り付けられて良かったって、改めて思うよ」 相変わらず背中を丸めたまま、圭二郎はくすくすと笑った。
*
何本かやり過ごし、比較的空いている電車に乗り込む。それでも頻繁に人が乗ったり降りたりして車内が混雑するので、そのたびに圭二郎の調子が悪くなった。何度も乗降を繰り返し、休みながら移動する。
「実はわたしもあまり電車は利用しないんだよね……。もう少し調べてから会う時間を決めれば良かった。ごめんね」
「いや、構わないよ。俺が電車に乗りたいって我が儘を言ったんだ。舞は悪くない」
「そう言われても、罪悪感はあるよ」
「……一度こう言うの、経験してみたかったんだ。だから、これでいい」
「……もしかして、『普通』に憧れてるの?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
「はっきりしないなぁ……」
「……まぁ、あとで話すよ」
*
結局、県営の自然公園の最寄り駅に着いたのは九時ちょうど。ずいぶん時間がかかってしまったが、乗客が減りだしてからは圭二郎も落ち着きを取り戻し、顔色も良くなった。これには誰よりも圭二郎自身がホッとしている様子だ。
下車した駅の人氣はまばらだった。余裕が出てきたからか、はたまた人の少なさに安心したからか、圭二郎はマスクを外した。
「ふぅっ……。こいつをつけてると息苦しいんだよな。でも、俺と氣付かれるのも面倒だし……」
「有名人も楽じゃないんだね」
「そう……。本当に自由がない。おちおち電車にも乗れない」
「なのに、今日は電車に乗るのにこだわった、と。『普通』を体験したくて?」
「ああ……。だけど、あれはキツいな。毎日乗ってる人の氣が知れない」
「通勤通学に電車を利用してる人はきっと慣れっこだから、キツいとも思ってないんじゃないかな?」
「それはそれですごいことだ」 圭二郎は肩をすくめたあとで、わたしに右手を差し出した。「……寒くないか? 俺と手、繋がない?」
「……大丈夫。ちゃんと手袋もってきてるし」
「そっか……。それは残念だ」 彼はもう一度肩をすくめ、わたしの一歩先を歩き出す。
*
県営S丘陵自然公園は珍しい野鳥が飛来することで有名な場所だ。また、年間を通して季節の花々が見られるため、老若を問わずカップルや夫婦、家族連れが多く訪れる。
「わあ、懐かしいなぁ!」
ほとんど変わっていない景観を見て、幼少期の記憶がよみがえる。子供の頃に連れてきてもらったときは、遊具が設置された広場で駆けずり回ったり、それこそキャッチボールをしたりして遊んだものだ。
「忙しいうちの親に代わって、舞のお父さんが俺たちきょうだいと舞をよくここに連れて来てくれたんだよな」
「そうだね。もっとも、子供の中で最年長だったお兄ちゃんはついてきた例しがなかったけど。……それもそっか。わたしが小一の時、お兄ちゃんはもう中一だったんだもんなぁ」
「そんなに離れてるんだっけ?」
「うちのお兄ちゃんは圭二郎の兄さんの二個上。圭二郎からすると、四個上かな」
「……そっか。でも、あんときゃ創太も俺たちと一緒に遊んでたけどなぁ」
「まぁ、お兄ちゃんはわたしたちと違って芸術肌だから」
「翼はそうだよなぁ……」 圭二郎は兄の顔を思い浮かべているのか、空を見やった。「……俺も翼みたいに、親の期待を裏切ることが出来てたら人生、違ってたのかな」
「え……?」 思いがけない発言に戸惑う。「プロにまでなっといて……。実は野球が好きじゃなかったって言うの?」
「好きは好きだよ。でも……親のプレッシャーなしにここまでやってきたかと聞かれれば、俺ははっきりNOという。それに、好きなだけじゃ出来ないのがプロの世界だ。俺はそれを、実際に入ってみて痛感した。婚約もその一つ」
「…………」 あまりにも衝撃的な話に言葉も出ない。圭二郎は続ける。
「ほかは知らないけど、野球界には特殊なルールが存在する。それに従ってるやつは、自分を失う代わりに生き残ることが出来るが、反発するやつは、野球界から放り出される。そしてそのルールの中にはスポンサーの意向が多分に含まれる。……俺は今回の婚約のことで、そのルールに従うことがとことん嫌になったんだ。これ以上従っていたら俺は病んでしまう。だから、自分が操り人形と化す前になんとしたかった」
「それで婚約を取りやめたの……?」
「そういうこと……。後悔はしてない。むしろ、こう言う時間を持てることに喜びすら感じてる」
「だけど、それじゃあ本当に球界を追われることになるんじゃ……?」
「なるかもしれないけど、俺はそれでも構わない。……言っただろう? 舞が結婚してくれるなら転職する覚悟もあるって」
「……わたしを圭二郎の家のことに巻き込みたくないから?」
婚約中の圭二郎に好きだったことを告白したとき、圭二郎もまたわたしを好いていたことを聞かされた。が、想いを告げなかったのは、わたしを野球一家の一員にしたくなかったからだと……。
「ああ。前にも言ったとおり、舞には野球漬けの生活をさせたくない。俺だってこれからは野球と関係ない人生を送りたいと思ってる。俺の人生は俺が決める。そういうつもりで話してる」
「野球しかしてこなかった人に何が出来るって言うの?」
「……それは舞だって同じだろう? 二人で探していこうよ。野球以外に出来ることを」
その誘いはとても魅力的だった。しかし、わたしと圭二郎とでは、野球を離れようと決意するに至った原因がまるで違う。立場も違う。簡単に返事などできるはずがなかった。
そのとき、スマホが振動した。誰かからのメールを受信したようだ。
(こんなに朝早く、いったい誰だろう……?)
「あー……。ちょっと喉が渇いちゃったな。あそこの自販機で飲み物買ってくるね」 わたしは前方に見えた自動販売機まで走り、飲み物を選びがてら彼に背を向ける格好でメールをチェックした。
(あ、ユージンさんからだ……!)
中身を見てみると、今晩の食事のお誘いだった。レッスンも出来るという。
(食事にレッスンつき?! もう……! 絶対行くし!)
しかし今は圭二郎と一緒にいる。わたしは素早く『OKです』とだけ入力し、返信した。
「……誰かにメール? もしかして、男?」 圭二郎の声が聞こえた瞬間、背筋が凍った。さっきまで向こうにいたはずなのに、わたしがスマホに意識を向けていた数十秒の間に移動してきたのか……。平静を装おうとしたがうまくいかない。
「誤魔化そうったって無駄だよ。舞は感情がすぐ顔に出るからな」
今日ほど自分のクセを呪ったことはない。「……そうよ」 素直に白状することしか出来なかった。
3.<ユージン>
サザン×BBと言うバンドは、エレキ弾きのオレとボーカルの妹・セナ、そしてキーボードの弟・リオンからなる「ブラックボックス」と、三人全員がアコギ弾きの「サザンクロス」の計六人で構成されている。結成にあたり、ギタリストが多すぎるのではないかと指摘されて急遽、オレが昔やったことのあるドラムを叩くことになったものの、やっぱり身が入らず、我が儘を言って元のエレキギタリストに戻してもらった経緯がある。
それに伴い、主に週末に入っている仕事の合間を縫っては「ドラマー探し」をしている。しかしこれがなかなか見つからない。ドラムが叩ける人は見つかってもオレたちが所属する、メジャーとインディーズの中間に位置する会社「ゆうび奏社」の方針を聞くなり申し出を断られるケースが後を絶たないのだ。
今日、面会したドラマーに至っては、最悪なことに「サザンクロス」が市営球場を貸し切って行った初ライブに悪印象を持っており、会った瞬間から愚痴を聞かされる羽目になった。奇しくも彼は、反社会的な歌を世に放っていた「サザンクロス」の活動を妨害する目的で同日に執り行われた「ハイスカイ・ミュージック」主催のミュージックフェスでサポートミュージシャンをしていたのだという。しかし最終的にアリーナ客のほとんどを「サザンクロス」に奪われてしまったことで自分の見せ場が失われ、それ以来ずっと根に持っていると言うことだった。
「ちっ。朝一なら会えるって言うから来てやったのに、言うことは愚痴かよ。アリーナ客がこっちに流れてきた一番の要因は、プロデュース力の違いだって言っても聞きゃあしない。あんなやつ、たとえ腕が良くても僕はお断りだね」
今日のドラマー探しが空振りに終わったからだろう、先方の元から引き上げるなり智さんがぼやいた。
「……もう何度言ったか分からないけど、すみません。オレが我が儘言って、エレキに戻っちゃったせいで皆さんにご迷惑を……」
「ユージン! それは言わない約束でしょう? みんな好きな楽器を弾いたり歌ったりしてるバンドなんだから、ユージン一人が我慢する必要なんてないのよ」
――そうだぜ。今日に限って言えば、恨まれてるのは俺ら三人であってユージンじゃない。それに、ドラマーがいなくたってなんとかなるんだ。そんなに責任を感じることはないぜ?
メンバーの麗華さんは美声で、声を失ってもなおミュージシャンで居続ける拓海さんは手話で、それぞれオレを励ました。
「そういうこと! まぁ、氣長にやりましょう。……あ、そうだ! せっかくこんなところまで来たんだし、みんなで観光していかない? 普段は忙しくてなかなかこういう機会もないし」
麗華さんの思いつきに、みんなの表情がぱっと明るくなった。ここは都心から二時間ほど離れた山間の町。これと言って目立った施設はないが、山の上の展望台から見える景色は絶景だと聞いたことがある。
(観光、ねぇ……。)
散々愚痴を聞かされて精神が参ってしまったオレは、全くそういう氣分になれなかった。普段なら熟睡しているような時間に目覚ましを掛けて起きたから、寝不足だというのもある。それに、このメンバーで観光するのはちょっと、違う。
「皆さんはどうぞ、ゆっくりしていってください。オレは一足先に上がらせてもらいます」
「えー? お兄ちゃんも行こうよー」
妹のセナが引き留めるように言った。
「そうだぜ。氣分転換は必要だろう?」
弟のリオンも同様のことを言ったが、今日はどうしてもみんなと一緒にいたくなかった。
「週末もイベントが控えてるし、今日は心身を整えておきたい。氣分転換も確かに大事だけど、こうやってポッと時間が出来たときにこそ、練習しておきたいんだよ」
「え、練習……?」
語氣を強めて言ったからか、セナが何かを察したような表情をする。
「あー、アタシ分かっちゃった! そうだよね、暇が出来たらそりゃあ、お兄ちゃんだって……」
「あ、そうか、そうか。おれも分かったぜ」
リオンも勘づいたらしく、二人は顔を見合わせてうなずいた。
「なんだよ、お前ら。そんなに嬉しそうな顔をして」
「ううん。何でもない。……それじゃあ、アタシたちは観光して帰るね。遅くなるかもしれないけど、構わないよね?」
「ああ、どうぞお好きに」
呟くように言ったオレは、みんなから離れるとすぐに最寄りの駅に向かった。
*
六人での曲も増え、CDアルバムもいよいよ発売、と言うところまで来ている。出来は上々。ウェブチャンネルで告知した際の反応もいい。バンド活動は実にうまくいっている。なのに、オレの氣分は晴れない……。
原因は分かってる。一つはさっきあげた、ドラマー探しが思うようにいっていないこと。二つ目は、メンバーの中でオレだけが思い人にすぐ会えないことだ。
サザン×BBは、麗華さんと拓海さん、セナと智さん、そして今日はここにいないが、アルバムのジャケット画を担当してくれている、さくらさんとリオンが思い合う関係になっている。さくらさんは画家だが、もはやサザン×BBのメンバーの一員と言って良く、会えばリオンとばかり話している。
肝心のオレの思い人はというと、さくらさんの友人に当たる野上舞さん。オレのギター演奏に惚れ込んだ彼女からギターを教えて欲しいと頼まれたのがきっかけで、何度も会ううちに「いいな」と思うようになった。ただ、彼女は現在、喫茶店で働いており、会うにはオレが店に行くか、オレの活動が休みの時にギターレッスンをして会うか、のどちらかになってしまう。基本的にオレの方が休みが少なく、この頃は月に一度会えるかどうかといった状況。なので、バンド内恋愛を楽しむメンバーが羨ましいし、そんな彼らに観光しようと誘われても楽しめるはずがない。
そう。二人にはバレてしまったようだが、オレはこれから舞さんのところに行こうとしている。唐突に空いた時間、誰と一緒に過ごしたいかと聞かれればもちろん……。
舞さんの魅力はなんと言ってもその笑顔。感情が顔中に溢れるというか、想いが顔に出てしまうと言うか、とにかく嘘がつけないタイプで、レッスン中にオレが褒めるとメチャクチャ恥ずかしがったり喜んだり……。と、わかりやすすぎる反応を示す。それがかわいくてつい、揶揄ってしまう。
結局思いが届かなかった麗華さんのことは今でも好きだけど、冷静になってみて思うのは、やっぱり年齢差がありすぎたな、と言うこと。多分麗華さんは当時も今もオレのことを子供だと思って接してる。だからオレがどんなに愛をささやいても本氣にしてもらえなかったし、「少年がかわいいこと言ってるな」で片付けられてしまったのだと思う。
かくいう舞さんも年上である。が、歳はオレの五つ上。当然のことながら麗華さんと比べれば圧倒的に話が合うし、価値観も近い。それに、互いに全く違う分野で活動してきたから、双方が自分の得意分野を教えることで刺激しあえる。オレはそれがすごく氣にいっていてこの先も続けていきたいと思ってるんだけど、果たして彼女はどう思ってくれているのだろうか。
オレの体感では、彼女はオレに好意を寄せている。だけどお互いに大人だし、双方とも失恋したばかりだから様子を見ながら少しずつ距離を縮めていくつもり。
*
駅に着き、止まっていた電車に飛び乗る。電車は程なくして発車し、東京方面に走り出す。
東京方面、と言ってもここは隣接するS県の中でも山側に位置する場所。舞さんの勤め先に行くためにはもう一本、乗り換えなければならない。
乗換駅には十五分で到着した。ところが接続待ちがないらしく、オレは寒風が吹く人気のないホームで二十分も待つ羽目になった。さすがに座って待っていようと思い、ベンチを探すもホームの一番奥にしかない。仕方なくそこまで歩いてようやく座る。
寒さに震えていると、電車がやってくるというアナウンスが入った。だが、入線したのは向かいのホーム。寒さをしのぐために駅舎で待っていた人がちらほらとホームに現れ、電車が停止するのを今か今かと待っている。
オレもはじめからあそこで待ってりゃ良かった……。冷え切った身体に鞭を打ち、切符売り場のある駅舎に足を向ける。ひなびた田舎の駅。乗り降りする乗客は少ない。
だからだろう、降りてきた人に目が留まってしまったのは。
「え……」
数十メートル先。ホームに降り立った女性の背中はあまりにも舞さんに似ていた。一緒に降りたのは男性で、カップルのようにも見えるから他人のそら似かもしれないが、ショルダーバッグやジャケット、スニーカーを見る限り、舞さんに間違いなさそうだ。
(だとしたら、どうしてこんなところに……?)
確かこの近くにも自然豊かな公園があり、中には動物園も併設されているから、一緒にいる男性とそこに遊びに行くところだ、と考えれば何ら不思議はない。しかし、オレが納得できないのは相手が男である点だ。それだけじゃない。
(どこかで見たことがあるんだよな、あの人……。)
顔は見えない。だけど長身でガタイのいいその男性を、オレは知っている氣がする。でも、どこで見たのか、思い出すことが出来ない。
追いかける……? いや、片思いの相手の後をつけるなんて、そんなストーカーみたいなことは出来ない。だけど……見なかったことにも出来ない。
迷っているうちに二人の姿は見えなくなり、駅舎で身体を温めようと思ったときにはもう、乗る予定の電車が到着するというアナウンスが流れてきてしまった。
(今日はついてるんだか、ついてないんだか……。)
電車に乗り込んだオレは、座席に身を預けたあとで舞さんにメールを一通、送ることにする。
――今日は仕事が早く終わりそうなので、もし良かったら一緒に夕食でもどうですか? 七時に喫茶店まで迎えに行きます。ギターのレッスンも出来ますよ。連絡、待ってます。
今見かけたのが舞さんだったとすれば、用事が済むのはきっと夕方以降だろう。別人だった場合でも、今日が彼女の出勤日なら、二人きりで会えるのは閉店の七時以降。そうでなくてもこんなに朝早くからメールして「今から会えますか」と尋ねるのは氣が引けるので、ちょっと嘘も交えつつ、過去に会ったときと同じ時間帯でアポを取ってみる。
もちろん、さっき見たのが全くの別人且つ、舞さんが休み且つ、すぐに会えると連絡をくれるのが一番理想的ではあるが……。
(どうか、さっきの男が彼女の恋人じゃありませんように……!)
せっかく好きな人が出来たってのに、想いも伝えないまま終了なんて悲しすぎる……。
続きは第三話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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