【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第十四話 ライブ!
17.<舞>
理人さんの『圭二郎教育』は徹底していた。朝の挨拶からはじまり、店内の床掃除、テーブル拭き、コップ磨きを順にさせる。理人さんが納得するまで綺麗にさせる様を見て、完全に野球部の後輩指導そのものだと感じたが、これは元キャプテンだった理人さんなりの、圭二郎への愛情表現なのかもしれない。
「何で俺がこんなことを……」
最初のうち、圭二郎は愚痴ばかりをこぼしていた。しかし一週間ほどでそれも無くなり、取ったメモを見ながら自主的に行動できるようになっていった。余裕が出てきてからは、忙しく動き回るわたしに対して「何か手伝おうか」と声を掛けるまでになった。
わたしへの接触を最低限にしたい理人さんは決して圭二郎が表に出る仕事を与えなかったが、個人的にはここでの仕事を通して圭二郎がどんどん変化していくのを見るのが嬉しかった。
◇◇◇
三月も残すところあとわずか。めぐちゃんの仕事復帰が間近に迫ったある日。急にお客さんの流れが途絶え、店内にはわたしたち従業員だけ、と言う時間が生まれた。それは、圭二郎が初めてここを訪れた時の状況によく似ていた。
急ぎの仕事もなく、ただゆっくりと時間が過ぎていく。初春の日差しはうとうとしたくなるような暖かさで店内に降り注ぐ。とても穏やかな氣持ちでいると、理人さんが特別にコーヒーを淹れてくれた。
「二人で話す時間をあげるよ。あと二、三日もしたら、マイマイの代わりにめぐっちが戻ってくるからな。店でゆっくり話せるのはおそらく最後になるはずだ」
「理人さん……」
「ただし! 二人の話はおれも聞く。これは圭二郎が成長しているか、のテストでもある」
「なるほど。俺は試されてるということですね?」
「そゆこと」
理人さんはにやりと笑い、カウンターに肘をついてわたしたちをまじまじと見つめ始めた。
じっと監視されている中で話すのは緊張する。氣を紛らわせるためにコーヒーを一口飲むと、圭二郎が先に話し始める。
「……ここに初めて来た日。舞は俺を笑顔で迎え入れてくれたね。少し前まで俺は、あれが俺だけに向けられた特別なものだと信じていたんだ。けど、ここで一緒に働いてみて分かった。舞は誰に対してもあの笑顔を向け、接客していたんだって。……その瞬間、自惚れてたんだって分かった。俺は特別な存在。だから丁寧に扱われる必要がある。なのに周りは俺を利用し、ぞんざいに扱ってくる。今までそれが許せなくてイライラしていたんだと氣付いたんだ」
「うん……」
「……俺は、俺が好きだと思う周りの人――親やきょうだい、そして舞――に愛して欲しかった。だけど、身近な人ほど遠く感じた。愛されていないように感じていた。肉体の距離が近ければ近いほど親密な関係を築けると信じていた俺にとって、遠くから見守るという愛情表現は全く理解できなかったんだよ。でも実際には、多くの人から見守られていたことを……そういう形で愛を受け取っていたことを知った。……俺が野球選手だから、じゃない。自分で言うのも変だけど、俺が俺だからみんな慕ってくれてるんだよな、きっと」
「そうよ、圭二郎。その通りよ」
力強く頷くと、圭二郎は嬉しそうに笑った。
「ここへ来てからというもの、欲していながら今まで受け取れなかった愛情をくれる人、それから俺の氣持ちを理解してくれる多くの人と出会った。あんまりにもいっぺんに受け取ったもんで、ちょっぴり有頂天になってたのは事実。お陰でマスターにはずいぶんしごかれる羽目になったわけだけど、それも俺の成長のためには必要なことだったのかなって今では思うよ」
「有頂天も、あそこまで行くともはやストーカーの域よ?」
「悪かったと思ってるよ……」
圭二郎はばつが悪そうに頭を掻いた。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺は何も舞を組み伏せてやろうとか、そんなふうに思って部屋を訪ねたわけじゃない。何度も言うけど、ただ単に舞が好きで、そばにいたかった。それだけのことなんだよ……」
「ぷっ……! 誰が聞いても言い訳だな」
理人さんが笑いながらツッコミを入れた。
「もっとも、ちょっとの期間だけど圭二郎を雇ってみて思うのは、本当にピュアハートなんだなってこと。だからそこに付け入ろうとする連中もいるんだろうけど、そのピュアさに惚れ込んでファンになる人も多いんじゃないかな? 少なくともおれは、改めてファンになった人間の一人」
「わかります、それ」
だから永江さんも父も兄も悠斗さんも……それからユージンでさえも、圭二郎のために動いてくれたのだろう。圭二郎は、今度は照れくさそうに笑った。
「それとさ、ずーっと店で流れてるサザンクロスさんの曲があるだろう? 最初は全く興味もなかったんだけど、だんだんギターや歌が耳に入るようになって、今では歌詞を口ずさめるまでになった。永江さんが現役時代、歌手のレイカに支えてもらっていた理由が今ならよく分かる。レイカの歌声には人の心を揺さぶる何かがある。俺にもそれが分かったんだ。だから今は、舞と彼らのライブに行くのを楽しみにしてる。ホントだよ」
「それは嬉しい! ライブでは多分サザン×BBになってからの曲もあると思う。智篤さんはもちろんのこと、セナちゃんも歌うだろうし、ギターの生演奏を聞いたらきっと圭二郎だって惚れちゃうんだから!」
「ったく……。自分が好きなギタリスト自慢はやめてほしいなぁ。俺はまだ舞のこと、諦めちゃいないぜ?」
そう言った顔に以前ほどの威圧感はなかったが、勘違いさせるわけにもいかないのでここはきっちり伝えておく。
「ユージンがどれほどのギタリストか。そしてどれほどわたしを想ってくれているか。ライブが終わる頃にはきっと圭二郎にも分かるはずよ」
「ふーん……。それも含めて楽しみにしてるよ」
さて、仕事に戻ろう。圭二郎がコーヒーを飲み干すと同時にお客様が来店した。
18.<ユージン>
氣付いたときには桜も散り、新緑が鮮やかな季節になっていた。
ジャッキーをメンバーに加えてからの約三ヶ月は本当にあっという間。舞さんにもほとんど会うことが出来ないくらいに忙しかったが、それも今日で終わる。
今日、オレたちははサザン×BB結成後、初の単独ライブを行う。過去には名だたるバンドや歌手が立ったステージにオレたちも立つのだ。
ライブそのものにはそれほど緊張を感じていない。氣になることがあるとすれば、招待している舞さんと圭二郎さんがどんなふうに鑑賞するか。そして圭二郎さんの心に応援歌がちゃんと届くかどうか、だ。
始まるまでの空き時間にチラリとメールを確認したら、舞さんから会場入りしたとの連絡があった。圭二郎さんも無事に連れてきたようだ。
彼女たちには最前の特等席を用意している。もちろんライブ中は観客席の照明が落ちているから顔ははっきり見えない。それでも、二人がどんな様子でそこにいるか、氣になってチラチラ見てしまうんだろう。
「おい、ライブに集中しろよ?」
オレが開いているスマホの画面を見たのだろうか。智さんが背中を叩いてきた。
「あぁ、スミマセン……。大丈夫っすよ。始まればちゃんと集中します」
「頼むぜ? そうでなくても今日は音村親子の初共演ライブ。僕はヒヤヒヤしてるよ」
そこへジャッキーが現れる。
「心配いりませんぜ、兄さん。お互いにプロなんですから。ライブが始まれば、少なくとも俺は親子であることを忘れて演奏しますよ」
「それならいい。ジャッキーの演奏に期待してるよ」
「任せてくだせえ」
ジャッキーは自信たっぷりに胸を叩いた。そのまま立ち去りそうだったのでホッと息を吐く。ところが「そういえば」と言ってすぐに戻ってくる。
「さっき客席を見回したんだが、最前列にユージンの彼女らしき女の子を見つけたよ。だけど、男と仲よさそうにくっちゃべってたぜ? 彼女、二股を掛けてるのか? それとも……」
「同伴者は舞さんの幼なじみ。一緒に来ることはオレも知っている。って言うか、チケットを用意したのはオレだからな」
「幼なじみ……。あー、もしかして例の曲を聴かせてやりたい人物? なるほど、あの男が……」
ジャッキーは一人で納得し、頷いた。『君に送るメッセージ』を最後に披露することは当然ジャッキーにも伝えてあるが、圭二郎さんについては詳しく話していない。
「言っとくけど、始まる前も終わったあとも勝手に近づいたり自己主張したりするなよ?」
「……んだよぉ。終わったあとに挨拶くらいさせろよ。サザン×BBは今日限りで抜けるが、俺は一生ユージンの父親なんだからなぁ」
「終わったあとこそ、二人で話したいことがあるんだよ。だから邪魔しないで欲しいね」
「……まぁ、いい。もしかしたら、俺の演奏に惚れ込んで向こうから話しかけてくる可能性もあるもんな。そいつを期待しよう」
ジャッキーはそういって控え室の隅で煙草を吹かしはじめた。その臭いに刺激され、出番待ち独特の緊張感が高まる。オレにとって煙草とライブの控え室の臭いとはセットになっているようだ。
氣を紛らわせようと室内をウロウロしていたら、セナとリオンが近づいてきた。
「いつになく緊張してるみたいね。いいとこ見せようと思ってる? お兄ちゃんはいつも通りで大丈夫よ」
「そうそう。誰よりも練習してるんだもん。氣にするだけ損だぜ」
「オレはいつも通りだよ。でも、早く始まらないかな、とは思ってる。今日はなぜかこの待ち時間が長く感じるんだ」
「舞さんたちのことが氣になってるんでしょう? あたしもさっきちらっと見てきたけど、ジャッキーが言ってたような雰囲氣じゃなかったよ。舞さんを信じてあげて」
「もちろん。オレは舞さんを信じてるよ」
自分に言い聞かせるように言った。オレたちはまだ付き合って日が浅い上に、この頃はほとんど会えていない。なのに信じると言い切ることは無謀のようにも思えたが、おそらくこれはオレにとって乗り越えるべき試練なのだ。無事にライブを終え、圭二郎さんを前進させることが出来たとき、オレたちは晴れて愛し合うことが出来ると思っている。
きょうだいの前だが、スマホを取りだして舞さんの写真を見る。これは一緒にいるときのものではなく、オレが頼んで特別に撮ってもらったポートレートだが、恥ずかしそうに微笑むその顔はまるで今のオレに向けられているかのよう。思わずこちらも笑みがこぼれる。
「……舞さん、オレの格好いいところ、絶対見てよね」
目の錯覚に違いないが、オレには写真の中の舞さんが小さく頷いたように見えた。
*
ライブ開始の時刻をむかえた。奏者のオレたちがステージでスタンバイする中、ジャッキーのドラムを合図に智さんがステージ上に現れる。その瞬間、ぱっと頭上のライトがつき、目がくらむ。
思った通り、オレの立ち位置からでは最前列でさえ暗くて見えない。だけど舞さんは確かにあそこにいる。オレを見ているであろう彼女の期待に応えるべく、今もてる最高の演奏を披露する。
二曲歌ったあとで智さんが挨拶をする。
「サザン×BB結成後初の単独ライブに来てくれてありがとう! 今日は最後まで楽しんでいってくれ! 眠れない夜を一緒に過ごそうぜ!」
会場が一氣に盛り上がる。間を空けずに麗華さんやセナが歌い、聴衆とオレたちとがあっという間に一つになる。その時にはもはや舞さんが圭二郎さんと来ていることなど忘れ、自分の演奏に没頭していた。
みんなの知っている曲が終わった頃、智さんがリーダーの拓海さんに代わって満を持して発表する。
「次は、ライブに合わせて発売したCDに収録されてるこの曲。『ハ・ン・キ!』。みんな、ユージンのエレキに合わせて手拍子してくれっ!」
智さんが目で合図をする。それを見てイントロを弾き始める。オレの、今日最初の見せ場だ。
(舞さん、見てくれてるよね……?)
願いながら、一音一音に集中する。
(※曲が聴きたい方はこちらの記事へ)
#
見んなよ、日曜の昼だってのに、
一体なにしたってんだ、俺が?
挙動不審? 迷惑行為?
そんなことするオトナじゃねえのに!!
我慢するから、はじけんだってば
んなことすらも知らねえの?
閲覧制限? たばこもNG?
俺らの楽しみ、取んじゃねえ!
今こそ俺らのフェスティバル
歌えよ歌え、反旗の歌を!
始まり告げるメロディーが
たしかに聞こえてくるだろう?
靴を鳴らして突き進め
歌えよ歌え、反旗の歌を!
ホントの闘いが今、はじまる……
##
そんなことして、なんになるって
やるだけ無駄だ、刃向かうなって
言論統制 デモ行進も
潰してくるのが「セ・イ・ギ」?
お前ら、俺らが怖えんだろう?
だから、抑えつけんだろう?
止めらんないぜ、俺たち、だって
今こそ反旗を翻せ!
ギターの音が聞こえるか?
リズムに乗って乗りまくれ!
みんなの想いをひとつに
こんな世界を変えてこう
波が来るの、怖いなら
俺らで起こそう、ビックなウェーブ
心からの声、響き渡る……!
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誰のために生きてるって
自分のために生きてんだよ
守りたいから立ち上がるのが
分からないなら、お前らにゃあ
飽き飽きするほど聴かせてやるぜ
魂の歌声を……!!
今こそ俺らのフェスティバル
歌えよ歌え、反旗の歌を!
ギターの音が聞こえるか?
リズムに乗って乗りまくれ!
生きてるって素晴らしいって
何度だって叫び続ける
強く、強く……!
愛する人のために……!!
俺たちは、歌う!!
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いかにも「世界征服という名の世界平和」を掲げるサザン×BBらしい歌詞。ただ世界を糾弾するだけではなく、みんなで歌って踊って世の中を変えてこうぜ! と言うメッセージがオレ的には氣にいっている。
嘆くだけでは何も変わらない。かといって、武力に訴えるのも違う。オレたちはあくまでも平和的に、歌や演奏で人々の心に訴えかける。ライブはそのために行うと言っても過言ではない。
エレキに合わせて鳴り響く手拍子が心地いい。今だけはオレが主役。このままずっと注目して欲しいと思うほどに酔いしれる。だが、曲のフィニッシュと共に手拍子は拍手にかわり、オレの時間も終わった。
ところが、どうだろう。どこからともなく「ユージンコール」が聞こえ始め、もう一度エレキを! と言う雰囲氣になった。
みんなの顔色を窺うと、エレキの演奏を披露してやれ、と拓海さんからの手話が届いた。
「それじゃあ、遠慮なく!」
即興でエレキをギュイーンと鳴らして注目を一手に集める。
(これだからギタリストはやめられない!)
一分ほど氣持ち良く演奏し、大きな拍手をもらったオレは満足感を抱きながら一礼し、次の演奏の準備に取りかかった。
続きは第十五話へ
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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