「母の日」について思うこと
母の日が近い。街を歩けばそこかしこで母の日ギフト用の花を目にするようになった。
わたし自身も二児の母だから対象ではある。しかし、この「イベント化」した○○の日には以前から疑問があるため、スーパーなどの一角で盛り上がっているそれらを見るたびに興ざめしてしまう。
なぜなら、他人(売り手側)に「母の日ギフトを贈りましょう」などと言われること自体に違和感があるからだ。
もちろん、母親に感謝の言葉を伝えるのは、大人になってからはことさらに難しい。しかし、だからといって、設定された「母の日」に合わせて花やギフトを贈るというのはどうなんだろう? と思ってしまうのである。
わたしのように、両親と離れて暮らしていて直接伝えることが難しいばあいでも、定期的に親を敬えば、敢えてその日に感謝を伝えることはない、と考える。
とりわけ母親というのは、いくつになっても子の心配をし、どんな暮らしぶりをしているか氣にする生き物。なので私は、ネガティブになりやすい実母の性格を考慮し、旅行してきたときや子供の作品、学校での活躍など、明るくなる話題を報告するようにしている。それが母親に対する自分なりの愛情表現、敬意の表し方だから。
かくいう私は感謝されたくて子供を育てているわけではない。そりゃあ子育ては苦労が多い。やったことが報われないことばかりだ。しかしそれに対して「感謝して欲しい」と思うことはない。そう思う人がいるなら、それは承認欲求があるからに他ならない。
私の好きな哲学者、岸見一郎氏は著書で、
「『あなたのお陰で……』と言われる教育者は教育に失敗している。親や先生は子供を自立させることが仕事なので、決して感謝されてはいけない」
と述べている。私が目指す母親像はここにある。
親は子供の成長をサポートする役。野生の生き物が大人になった子供の世話をしないように、究極的には人もそうであるべきなのだろうと思う。
***
そう思っているわたしのことなど知るよしもなく、我が子(小五・娘)は「ママだーい好き💖」と日々愛情表現してくれる。もちろんそれ自体は嬉しい。何でもないときに「ありがとう」と手紙をくれることもある。こんな娘には、いつか自分一人で生きていけるよう、今後もサポートをしていくつもりである。
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