【創作大賞2025応募作品・恋愛小説部門】「僕は君に恋してる ~舞×ユージン編~」第七話 好きだからに決まってる
8.<ユージン>
本当は今日も電話して声を聞きたかった。けれど、そうも言っていられない出来事が起きてしまった。問題が解決するまでは落ち着けそうもない。
午前中、サザン×BBに待望のドラマーが加わるというニュースが飛び込んできた。それ自体は朗報だった。しかしその名前を聞いた瞬間、朗報は悲報に変わった。
「……なんでこうなったのか、一から順に説明してもらいますよ」
納得がいかないオレは……オレたちきょうだいは、暢氣なプロデューサーのショータさんに事情を聞くべく、ドラマーと一緒に事務所に来るよう言いつけた。忙しい、を連呼され、結局先方がやってきたのは午後九時過ぎ。散々待たせたにもかかわらず、ショータさんはいつもの調子で飄々と話し始める。
「どうもこうもないよ。事情を話したら、期限付きでメンバーに加わってもいいと言ってくれたから来てもらおうって話さ。別に普通のことだろう? それとも何? ユージンがドラムに戻る?」
「……それはあり得ません」
「だったら受け容れることだ」
「だからって……。音村和雄を連れてくることないでしょう!」
オレはショータさんの隣でニヤニヤしている男を睨み付けた。
「おい、ユージン。ドラマーとしての通り名はジャッキーだ。本名で呼んでくれるなよ」
男は軽々しい口調でオレにいちゃもんをつけた。ますます腹が立つ。
「は? 親父って呼ぶよりゃマシだろうが。どうせまたメンバーと喧嘩したんだろ? 居場所がないからって、よりによってサザン×BBに加入? その発想が許せない」
「勘違いするな。俺はこの人に声をかけられてここにいるに過ぎない。長くいるつもりはさらさらねえし、仲間が戻ってきてもいいと言ってくれりゃあ、いつだって戻るつもりだ。つまり、ここでの活動は小遣い稼ぎみたいなもんなんだよ」
「一体なんて声をかけられて話を受けたんだ? おれはそれが氣になって仕方がない」
リオンも父親を前にして憎々しげに言った。
「そいつは言えねえ。お前らの前では尚更な」
「どうせ、アタシたちの様子が見られるとかなんとか言われて、のこのこやってきたに違いないわ。なんだかんだで心配性だものね」
セナが言ってやると父親は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「さすがはセナ。読みが鋭いな。あぁ、そうとも。可愛い娘のセナが俺よりも年上のおじんに悪さをされてねえか見てやろうと思ってな。話を受けた一番の理由はそれよ。なんか文句、あっか?」
「…………!」
挑発されて反応したのは智さんだ。父親はセナが誰と付き合っているか知らないはずだが、智さんの様子を見てピンときてしまったようだ。
「おや? もしかして、あんたがセナを誑かしてるのか? 若い娘に手を出そうなんざ、いけねえ野郎だな」
「悪いが、僕とセナはそういう関係じゃない。……もしそういう話を再び持ち出すようなら、いくら相手がメンバーの父親といえど、一緒にやることは出来ない。お引き取り願おう」
「わっはっは。冗談だよ、冗談。ちょっくら揶揄っただけじゃねえか。仲良くやろうぜ、兄さん」
「……おい、ショータ。本当にこの人しかいないのか? まだ時間はあるだろう? 他の人を探せないのか?」
笑えない冗談を飛ばされた智さんが愚痴をこぼした。ショータさんは首を横に振る。
「社長命令で、今月中にはドラマーを決定しろと言われてるんですよ。これまでだって何人ものドラマーを当たってきたけど、誰一人として首を縦には振ってくれなかった。でもこの人はオーケーだという。自分だってね、いい加減疲れましたよ。そろそろドラマー探しも終わりにさせてくださいよ。自分の本分はあくまでもミュージックバンドのプロデュース。今はマネージャー業も兼ねてるけど、仲間集めは専門外なのでね」
実は三ヶ月後に「ゆうび奏社」の名を冠して「サザン×BB」の単独ライブを執り行う方向で話が動いている。既に場所の目星はついており、ドラマーが決定次第、チラシ用の写真撮影などの準備に移ることになっているが、そのドラマーがなかなか見つからなかったため、社長はずっと苛立っていたのだった。
単独ライブは全員が叶えたい夢。是が非でも成功させたいとみんなが願っている。だからこそメンバーに加わるドラマーへの条件は厳しくしていたのだ。なのに、やってきたのが父親なのだから憤慨するのは当然だ。
しかし、苛立っているオレらきょうだいに対し、長年メジャーで仕事をしてきた麗華さんは至って冷静に話を進める。
「ジャッキー、とお呼びすればいいかしら? メンバーに加わると表明してくれたことにまずは感謝するわ。だけど、あたしたちだって誰でもいい訳じゃないのよ。そこにドラムセットがあるから一度腕前を披露して下さらない? あなたを受け容れるかどうかはその後で決めさせてもらうわ」
「おう。もちろんそのつもりだぜ、姉さん。俺だってオーディションもなしに新しいバンドに入ろうなんて思っちゃいねえよ」
ジャッキーはそう言うなりドラムの椅子に腰掛けた。そしてスティックをくるくるっと回すと氣持ちよさそうに音を鳴らし始める。
悔しいけれど、やっぱりうまかった。オレがドラムを叩けるのは何を隠そう、幼少期から父親の真似をしてきたからだ。しかし、どう足掻いても追いつけなかった。オレはジャッキーほどドラムに夢中になれなかったからだ。
ジャッキーは寝ても覚めてもスティックを握っているような人。調子がいいときには本当に一日中ドラムの前にいたりする。耳もいいので、数回聞けばすぐにどんな曲にも合わせられるのが最大の強みだが、やはり一番のお氣に入りはメンバーの作った曲。なぜなら何時間演奏しても飽きないからだ、と本人から聞いたことがある。
「あたしは受け容れる。あの人を」
三十秒ほど聴いたところで麗華さんが言った。
「……ユージンにもお父さんが凄腕のドラマーだってことは分かってるんでしょう? 単独ライブをやるなら断然、ドラマーも優秀な人材がいいと思うんだけど?」
「そりゃあ分かってますよ。だけど、ほんっとに口が悪いんっす、あの人。どうしようもないくらいに。オレは一緒にやれる自信、ないです」
「うーん……。こういう世界にはよくいるタイプだと思うけどな。ほら、智くんだって結構尖ってるけどユージンとはうまくやれてるじゃない?」
「智さんの口の悪さは主に社会に対して、でしょう? オレらに軽口を叩くジャッキーとは違います」
「……ねぇ、智くんはどう思う?」
話を振られた彼は腕を組んだ。
「テクニックは申し分ない。だけどユージンの言うように、口の悪さは目に余るな。あの口を閉じてもらえるなら一時的な加入を認めてもいいが……」
――入れよう。これはチャンスだ。――
智さんの言葉を遮るように手話で伝えてきたのはリーダーの拓海さんだった。
「認めるのか、あの男の加入を」
――お前は仲良しクラブを目指してんのか? 違うだろ? 俺たちが成そうとしているのは、俺らの音楽でこの腐りきった世界を変えること。癒やすこと。だろう? せっかく入ってくれるって言ってんだ。性格の悪さには目をつぶってあの人を受け容れてやろうじゃないか。……俺はワクワクしてるぜ。目を閉じれば、あの人がバックで演奏する中、俺らの音楽をぶつけるイメージが湧いてくるってもんだ。――
「拓海の決定には従うと誓った僕だが、この話は一旦保留にしてくれ。一晩考えたい」
――分かった。じっくり考えてみてくれ。ユージンの方もそれで頼む。――
「…………」
オレは返事をしなかった。だが、数日以内に結論を出す方向で話はまとまってしまった。
「いい回答を待ってるぜ」
ジャッキーはそういうなり、来たとき同様ショータさんと共に事務所を出て行った。
不満を顔に表していると、智さんに肩を抱かれる。
「この後二人で飲み行こう。金は僕が払うから。な?」
「二人、ですか? みんなもいるのに?」
「僕がお前の不満を聞いてやるって言ってんだよ」
「兄さま! 不満ならアタシたちにもあるんだから……!」
こんな話をしていたら案の定、セナが会話に割って入った。隣にはリオンもいる。しかし智さんはセナの頭にポンッと手を置いて説き伏せる。
「ユージンと二人で話したいんだ。悪いが、今日はリオンと帰ってくれないか」
「だけど……」
「セナ。僕が君にしてやれるのは、歌を歌うことと演奏すること。君のことは好きだけど、いつでも一緒にいられるわけじゃない。日頃から言っていることだ。分かるよな?」
「……うん」
「いい子だ」
智さんはセナの頬にキスをしたが、セナは不満そうだった。それを見て麗華さんが言う。
「そっちが男同士なら、こっちも女二人で飲みましょ。セナの愚痴はあたしが聞いてあげる。どう? あたしと二人きりなら、普段言えないことも言えるでしょ?」
「レイさまと二人きりかぁ。それならありかも」
――おいおい、俺とリオンは仲間はずれかよ?――
今度は拓海さんが愚痴をこぼした。が、こちらは麗華さんの睨み一つで収まった。
*
仲間と別れ、智さんの案内で小さなバーに入店する。普段みんなで行く居酒屋とは違い、静かな雰囲氣。ここならゆっくり話せそうだ。
「この前、セナと二人で来たんだ。大人の店って感じで、いいだろう?」
「そうですね。……そんな店にオレと来ちゃって良かったんですか?」
「バーはカップルだけが利用する店じゃないぜ? これだから若いのはなぁ……」
智さんに笑われながらカウンター席に着く。
冷え切った身体を温めるため、ホットカクテルを注文する。出されたマグカップを両手で包みながら話をする。
「愚痴って言ったって、拓海さんも麗華さんもジャッキーをメンバーに加えることに前向きです。期日も迫っているし、ほかにドラマーが見つからない以上、受け容れるしかないんじゃ……」
「それが不満だって話じゃないのか? 感情に蓋をしてでもバンドの将来を、今なら単独ライブの成功を優先しろと拓海は言いたいんだろうが、それが出来るんだったら最初からメジャーを目指してるって」
智さんはウィスキーの入ったグラスを煽った。
「僕は、僕のままでこの世界を変えたい。変革を促したい。僕が変わったんじゃダメなんだ……。もしここに拓海がいたならきっとこう言うだろう。お前の内面を変えれば世界も変わる。だから先に変わるのはお前の方だ、ってな。でも、僕は拓海が死にかけたのを機にすでに変わってる。お陰で、この世界もそこまで悪い場所じゃないかも……くらいには思えるようになったよ。それでもさ、受け容れられないと思ってるうちは永遠に受け容れられないんだよ。ジャッキーもきっと同じで、自分の主張は曲げたくないはずだ。そんな人と僕らとが一緒のステージに立てると思うか? 正直、無理だと思ってる」
「同感っす! やっぱり話が合うのは智さんだけだなぁ」
心から敬意を表すると、オレの空いているマグカップを見て「遠慮するな。もっと飲めよ」と店員を呼んだ。
智さんと同じものを注文し、提供されるのを待った後、再びオレから話を始める。
「拓海さんや麗華さんは単独ライブの成功だけに焦点を当てているのに対し、智さんは自分の世界観を貫こうとしている。どっちについて行きたいかと言われれば、オレは智さんかなぁ……」
「……ありがとう。まぁ、拓海だって最初から今みたいな考え方だったわけじゃないよ。ウイング時代はあいつの方が尖ってたと言ってもいい。だけどおそらく、病氣で死にかけて、声を失ってから少しずつ考えが変わっていったんだろう。……拓海はオトナになった。だけど僕らやジャッキーはずっと子供のまま粋がってる。ぶつかるのは当然のことさ」
「なら、どう折り合いをつければ……?」
「そうだなぁ……」
智さんはウィスキーグラスに目を落として思案する。
「ライブの成功だけを考えるなら、このままジャッキーを受け容れればいい。そうすりゃ、いらぬ衝突は避けられるはずだ。けど、すれ違っている理由を追及したいなら酒を酌み交わすしか無いだろうな」
「あー……。ジャッキーと飲むのはやめといた方がいいっすよ。あの人、ザルなんで。こっちが潰されます」
「ほう。いいじゃないか。どっちが強いか、対決してみたいもんだ」
「いやいや……。あの人、娘がいい人を連れてきたら絶対に潰すっていつも言ってますからね。智さんがセナの思い人だと分かるや、意地でも勝ちに来ると思いますよ。メンバー加入の話はどこかへ行ってしまうかもしれません」
「何が一番面倒くさいって、ジャッキーがセナの父親ってところだよ……」
話はジャッキーの加入の話から智さんの恋人、セナに移っていく。彼は空になったウィスキーグラスを弄びながら言う。
「……僕は、周囲が思っているような形でセナと付き合い続けるつもりがないからさ。仮にジャッキーが僕とセナの仲を認めたとして、そこでも僕らは意見を違えることになるだろう」
「……それって、結婚はしないってことですか?」
智さんとは将来的に義兄弟になるかもしれないと思っていただけに、その発言は衝撃的だった。
「結婚することに何の意味がある? 若い頃ならともかく、僕に家庭を持つ氣がない以上、結婚には何の興味も湧かないよ」
「……セナには話してるんですか?」
「もちろんだよ。それでもあの子は僕を慕ってくれてる」
「それ、付き合ってるって言えます? え? 智さんはセナのこと、どう思ってるんですか? まさか、ふりで一緒にいるってことはないですよね?」
強い口調で言ったら、智さんの側も苛立ちを露わにする。
「好きだからに決まってるだろ。それ以上の理由がいるのか? 逆に問う。ユージンはなんで舞さんと付き合ってる? 結婚したいからとか、子供が欲しいからとか、そんな理由じゃないはずだ」
「…………」
好きだから。それしか浮かばなかったオレに反論する資格はなかった。智さんは続ける。
「一緒にいたい。理由がそれだけなら結婚にこだわる必要なんてない。そうだろう? 拓海とレイちゃんだってそうだ。あの二人は恋人のまま、一生を終えようとしているよ」
「それは……。それは二人が人生を折り返してるからでしょう? セナはまだ二十二です。少しはあいつの氣持ちも考えてやってくださいよ」
「ユージン」
智さんは鋭い目つきでオレを見た。
「いつだったかお前自身が言っていたじゃないか。バンドのメンバーは家族みたいなものだと。僕にとってセナはそういう存在。もちろんユージンも、みんなもな。……妹想いは結構だが、僕はセナを傷つけるような行動はしたくないんだよ。家族なら尚更。そう思うのはごく自然なことじゃないか」
若いセナが情熱的な恋愛を求めているのに対し、年を重ねた智さんは静かな恋愛をしたいと願っている。その温度差を埋めることは出来ないように思われた。
そのとき、ある言葉が頭の中に響き渡る。
――舞のことを頼む。ユージンなら舞を笑顔に出来ると信じてる……。
先日悠斗さんに言われた言葉だった。一瞬にして舞さんの笑顔も脳裏に浮かぶ。
(そうだ……。オレがなんで舞さんを好きかって、笑顔が可愛いからだよ。オレの言葉や行動で笑ってくれるからだよ。それでお互いが幸せになれる。だから一緒にいたいんだ。抱き合ったり結婚したりってのは、その笑顔の先にあるもの。それありきで恋愛を語るべきじゃない……。)
「……智さんはひたすらにセナの幸せを願っている。そういうことなんですね?」
オレの言葉を聞いた彼は満足そうに頷いた。
「セナと付き合うようになって僕の考えも少し変わったんだよ。以前は世直しのつもりで歌を、演奏を世に放ちたいと思ってた。でも今は、セナと一緒に笑って暮らせる世界を作りたい。単独ライブはその足がかりなんだよ。……ジャッキーを受け容れられないのは、相性の問題だけじゃない。その演奏で聴衆をどう魅了したいのか。どんな世界にしたくて演奏するのか。それが分からないうちは、一緒にはやれない」
「じゃあ、さっきそう言えば良かったじゃないですか」
「いや、あの場で今の言葉は出てこなかった……。そうか……。僕が納得できなかったのはジャッキーの世界観が見えてこなかったからか」
智さんは自分の発言を噛みしめるように言った。
思い返してみれば、ジャッキーはバンドを追われるたび、今回のように単発の仕事をしては食いつないできた。その数はオレが知っているだけでも四、五件はあるだろう。なぜそんなにもフラフラした生き方が出来るのか。今まで考えたこともなかったが、もしかするとそれはジャッキー自身に表現したい音楽がないからではないか? そんな仮説を思いつく。
(待てよ……? ってことはもしかして……。)
一つの考えが浮かび、思案する。と、智さんがにやりと笑った。
「……お前今、何を考えてる?」
「何って……。ジャッキーの話をしてたんだから、ジャッキーのことですよ」
「ふん……。まさか、あの人に僕らの理想とする世界観を表現させようなんて思っちゃいないだろうな?」
「思ってます」
「ふっ……。やっぱりな。僕も同じことを考えていた」
智さんは笑い、ウィスキーをもう一杯注文した。
「ジャッキーから表現したい世界が見えてこなかった理由。それが仮に、始めからそういうものを持ち合わせていないからだとすれば、かえって好都合というもの。その演奏テクニックで僕らの世界観を表現してもらえばいい。それが、僕らがあの人を受け容れる唯一の条件だ」
「はい」
「一晩考える時間をもらって正解だったな。これで今夜はよく眠れそうだ」
頼んだウィスキーが提供されると、智さんはそれを大事そうに飲み始めた。
続きは第八話へ
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