【連載小説】LOVERS #13 リオンの強さとさくらの優しさが溶け合う時
前回のお話(12話):
ボーカリストからキーボーディストに転向する意思を示したセナは、リオンから直接指導を受ける。しかし、即興演奏の神髄を知ったリオンは、これからの時代、楽譜通りに弾いたのでは生き残れないと喝破する。彼は、人間だからこその魅力ある演奏を、セナだけでなく、その場に居た智篤にも求める。しかし、完璧な演奏こそ美しいという信念を持つ智篤は、リオンの変貌ぶりに戸惑う。
それはセナも同じだった。なぜ急に考えを変えたのか。真意が知りたいセナは、一対一でリオンの考えを聞く時間を設ける。するとリオンは、多くの人々がAI音楽に心奪われている現状を打破するには、人間らしい、「不完全の美」を示すしかないとの結論に至ったと口にする。
本編:
32.<リオン>
智篤兄さんやセナには、自分の思い描く世界観――即興演奏とライブペイントで人々を魅了する――を完璧に語り尽くせたと思う。言語化は得意じゃないが、敢えて言葉にすることでおれ自身もよりイメージしやすくなったし、お陰でプロデューサーのショータさんにも自分の口でうまくプレゼン出来たと思ってる。
だが、ショータさんはいつもの調子で「甘いな、リオンは」と言って鼻で笑った。
「それで何もかも理解したつもりなら、もう一度出直した方がいいね。世の中は、そんなに甘っちょろくない」
「甘くないことは分かってる。だけど、おれたちの方向性は間違ってないだろう?」
「ああ、それについては異論ない。自分が指摘したいのは、AIを全否定しているように聞こえた点だ。今の時代、それ無しには何も語れない。切って捨てるべきではないよ」
予想外の発言に、おれもさくらも反論する。
「AI生成物には情ひとつ、感じられない。だけど、おれたちなら、ピアノ演奏や絵に想いを込め、空間をも支配し、人々の心に訴えかけることが出来る。その差はデカいぜ?」
「そうですよ。このような時代だからこそ、私たちのやろうとしていることには価値があると、私も考えます」
「なら問うけど、なぜAI生成物がこんなにも世の中にあふれていると思う? 単純な話、人々の役に立っているからだよ。それが人間の求めた結果だからだよ。多くの人はもう、AIのない暮らしを送ることは出来ない。感情がないと分かっていても話し相手になってもらいたいし、好きな音楽や絵も生成してもらいたい。もはや、その便利さを手放すことは不可能なのさ」
「じゃあ、おれらにもそれを使って作品を生み出せ、ってのかよ?」
「待て待て。そんなことは一言も言っていないぜ?」
ショータさんは人差し指を顔の前で左右に振った。
「二人がやろうとしていることは立派だし、それを世に放つことは必須だ。問題は、その放ち方。二人も氣づいただろうが、現代人の多くは既に想像する力を随分失っている。ただ単に、即興で演奏、描画したところで人々の心に刺さらないのは目に見えているよ。そこで、だ。自分はAIを駆使して二人の即興を演出しようと考えている。おそらく、このやり方なら多くの人にも受け容れられるはずだ」
「それって、AIと共同創造するってことですか……?」
「さすがは、さくらさん。飲み込みが早い」
ショータさんはそう言って頷いたが、おれは納得できなかった。
「感情や魂のあるものと、ないものを一緒にする……? おれは受け容れられないね! それじゃあ何のために二人立ちするか分からないじゃないか!」
「おや? ちょっと前までのリオンじゃ考えられないような台詞だな。稼ぐためなら手段を選ばない人間だと思っていたのに」
「おれは心を入れ替えたんだよ」
「心を入れ替えた……。なるほど。まぁ、強氣な男は嫌いじゃないよ。むしろ、こういう世界でやっていくならその位の氣概はあって当然だとも思う。趣味でやるならそれでもいいだろう。だけど、自分も含め、君たちはゆうび奏社に属するアーティストだ。プロとしてデビューするなら、多少なりとも収益を上げる必要がある。理想論を掲げるだけではダメ、ってことさ。それでもリオンが意地を張るつもりなら、自分は君たちをプロデュースしない」
「…………!」
まるで、喧嘩の発端になったおれの発言――魂より金を選ぶ――をさくらの身になって聞かされた氣分だった。改めて、自分がいかにさくらの心と魂を侮辱したかを思い知る。
「AIに頼らなくても、おれたちの能力があれば、そして強い思いがあれば人々は振り向く! 絶対に!」
強い口調で言い返すも、ショータさんにはちっとも効いていないようだ。
「なら、試してみればいいさ。自分たちの音楽と絵でどれだけの人を惹きつけられるか」
「おう! やったろうじゃん。自信はある! よし、さくら。おれたちの力を見せつけて、ショータさんをぎゃふんと言わせようぜ!」
意氣込むおれに対し、さくらは無表情のまま小さく頷くだけだった。
*
おれたちは早速、先日訪れたばかりの若者の街にやってきた。この駅にはストリートピアノが設置されている。実力を試すにはうってつけの環境だ。
多くの人が行き交う中、おれはピアノの前に座り、さくらはその脇にイーゼルとキャンバスを置く。
今日弾く曲はあらかじめイメージしてある。この、騒がしい街の中にいてもはっきりと聞こえるような、力強くて明るい旋律。それを、この場の雰囲氣に合わせて演奏するつもりだ。
目をつぶり、神経を集中させる。しかし、周囲の雑音が耳に入り、なかなか落ち着くことが出来ない。
「リオンくん……? 大丈夫?」
「うん、なんとか……。よし、始めよう」
氣合いを入れ直し、鍵盤の上に指を置く。下を向いて歩く人々の顔を上げさせてやる、そんな氣持ちで打鍵する。
するとすぐ、近くを通った人が数人、顔を上げた。手応えを感じ、そのまま「東京の街」を強くイメージしながら演奏を続ける。
ところが、こちらの様子を氣にしつつも、彼らが足を止めることはなかった。それどころか、さくらの手も動いていないように感じる。
(なぜだ……? なぜ誰も耳を傾けない……!)
焦りから、何度もミスタッチする。自分の演奏に満足できなくなり、ついには手が止まる。再び、駅には喧噪だけが響き渡った。
「リオンくん……」
さくらが申し訳なさそうな顔で近づいてきた。
「ごめん……。今の演奏は失敗。もう一回やらせてほしい」
「……今日はもう、やめよう。多分、何度やっても同じ」
「さくら……!」
「……一度、わたしのアトリエに行こう。見せたいものがあるの」
さくらはそう言いながら、画材を片付け始めた。
33.<さくら>
電車に乗って三十分。S県にある私のアトリエに向かう。
リオンくんはこれまでも何度か遊びに来たことがある。けれど、描き途中の絵を見られることや、画材が散らかる部屋に通すのが嫌だったので、室内に入れたことはなかった。
しかし、生活を共にした今は、互いにみられたくなかった部分――弱さだったり、怠惰なところだったり――を知っている。もはや隠す必要はなかった。
「うわぁ、すげぇ……」
絵の制作部屋に通すと、案の定リオンくんは驚きの声を発した。お世辞にも綺麗とは言えない部屋は本来、人をもてなす場所ではない。だから、椅子もなければ、お茶を置くテーブルもない。
「……ごめんね、散らかってて」
「いいや……。こんなにたくさんの絵が保存されてるなんて思わなかったから、そっちに驚いちゃって。これ、ほとんどおれたちのライブで共演したときに描いたやつだよな?」
「うん」
「やっぱりさくらは絵の天才だな」
「全然、そんなことないよ。私に言わせれば、どれも不完全。ここはこうすれば良かったな、ってものばかり」
そう言って、最近描いた絵の前に立つ。
「これ、先日社長のピアノ演奏に合わせて描いた絵なんだけど、ここ。迷ってるうちに赤色の絵の具が落ちてしまって、最初に思い描いていたイメージにはならなかったの……。でも、氣持ちを切り替えて大胆に、刷毛で下の色と混ぜ合わせることでガラッと印象を変えることに成功したわ。だから、イメージ通りにならなかったという意味では不完全だけど、これはこれで美しい、私の子供なの」
「うん」
「だけど、今日のリオンくんは、道行く人に自分の音を聞かせてやるって思いが強く出ていた。自然と湧いてくる音を奏でるのではなく、押しつける演奏になっていたように、私は感じた。だから筆が動かなかったの。そのうちに、リオンくんの音が乱れていくのが分かった。……途中でやめたのは、それが美しくないと思ったから。そうじゃない?」
「そうだよ。あんな乱れた演奏、続けてらんないよ。だけど、あれはおれが悪いんじゃない。周りの雑音のせい。誰もおれの演奏に耳を傾けてくれなかったせい! そんな状況で、演奏し続けるなんて、無理だ!」
私は言いにくさを感じながらも思っていることを素直に伝える。
「……あれが、現代人にリオンくんのピアノを聞かせたときのリアルな反応だと思う。リオンくんがどんなに天才的な演奏を披露しても、すごい人がいる、で終わってしまう。それが現実」
「……じゃあ、無理だってのかよ。おれが即興演奏で人々を振り向かせるのは!」
憤っているのが分かった。しかし私は冷静に答える。
「……一から即興するとなると、ああ言うシーンではイメージが難しいこともきっとあると思うの。そこで提案なんだけど、まず私がリオンくんの演奏から、その世界観を絵に起こす。それを今度はリオンくんが見て、そこからイメージを膨らませて弾く。さらにそこからまた私が即興で描く……。視覚情報を元にすれば、全くゼロの状態から即興するよりずっと効率的だし、元になる絵がリオンくんの世界観を表しているから何の矛盾もない」
「…………」
リオンくんは腕を組み、私の描いた絵の間を行ったり来たりし始めた。
「……ここに、電子鍵盤を持ってきてもいいかな? ここで弾いて、おれの思い描く世界をさくらに描いてもらいたい」
リオンくんは、私がさっき指し示した絵に目を向けたまま言った。
*
それからリオンくんはすぐに麗華ちゃんたちの家に向かい、電子鍵盤を持って再び私のアトリエに戻ってきた。
狭い作業部屋。なんとか電子鍵盤を置くスペースを確保し、演奏できる環境を整える。
すっかり夜の帳が降りている。日が落ちたこともあり、室内の空氣はひんやりと、冷たい。いや、これは私が緊張しているせいでもあろう。
蛍光灯の明かりの下、リオンくんがリラックスした表情で最初の一音を弾く。
すぐに、月光に照らされた森の中を歩いている情景が目に浮かぶ。さっき駅で聞いたのとはまるで違う、柔らかくて丸みを帯びた音。月影の冷たさと、人の温もりと……。そう、それは、リオンくんの冷静さと情熱とが合わさったかのごとく、複雑且つ繊細な音。
しばし目をつぶり、耳を傾ける。音から想起する場面がはっきり見えたところで、一氣にキャンバスに色を置く。
夜空に浮かぶ月を象徴的に配し、冷たい色と温かみのある色を敢えて混ぜ合わせる。それらは見事に溶け合い、新しい、“色という世界” を作り出す。
ここで一つ、細工を施す。若いリオンくんの、人生経験の不足を、私自身の経験に基づく想いで補うという小さな仕掛け。それを絵の中に仕込ませることで、次にリオンくんがこの絵から連想して弾くときの助けになると踏んでいる。社長の言っていた、今度はあなたが助けてあげなさいと言う、あの言葉がようやくここで活かせる……。
そう、どのジャンルでも、芸術作品というのは作り手の経験がもろに影響する。壮絶な人生であればあるほど、出来上がった作品の深みが増すのは言うまでもない。だが、リオンくんは若さ故に人生経験が乏しい。もちろん、私が知らないだけで多くの苦労をしてきた可能性もあるが、社長の即興演奏と比べてしまうと、どうしても深みが足りないと感じてしまう部分もある。ないものを出すことは出来ない。だが、補うことは出来る。ならばそれを、自分の絵でやってみようというわけだ。
もちろん私だって、たかが、三十数年の人生しか経験していない。でも、リオンくんより長く生きている分、絵に込められる想いは多いはずなのだ。
共同生活をする中で悟ったこともある。私はもう、彼に対して自分を偽らない。誤魔化さない。隠すこともしない。そんなことをしなくても、彼は私を受け容れ、認めてくれると分かった。だからこの想いも絵に託す。彼を通して、多くの人に届くように……。
34.<リオン>
さくらのそばでは、自然と自分らしく弾ける。以前からそうだったけど、共同生活をする中で、互いに素の一面を曝け出したこと、葛藤する姿を見せ合ったことで、より自由に演奏することが出来るようになった氣がする。
今、こうして思うがままに弾いていると、いつの間にか意識がぶっ飛んで、音の世界を旅しているような氣になってくる。身体の感覚さえも溶け落ち、心地よさだけが胸の中心にある感じ。ここまで行くと、時間も現実も忘れて、それこそ夢をみているのと変わらない感覚に陥る。
(そうだ……。子供の頃からこの感覚が好きだった。だけど、おれを指導するどの先生もそれを許してはくれなかった……。ピアニストを目指すなら、古典から何から、あらゆる基礎を学び、身につけなければならないと言っては、目の前のピアノに意識を集中させようとした……。)
もちろん、不真面目ではあったがそれらを学んだからこそ、こう言った演奏が出来るのは分かってる。でも正直言って、そんなのは知らなくてもおれの場合、ひとたびピアノと向き合えば自然と、どこからともなく壮大な音が聞こえてきた。先生に言っても、逃げる口実としか思ってもらえなかったが、本当にそうなのだ。唯一、信じてくれたのはセナと兄貴。だけど、そんな二人であっても真に分かり合うことは出来なかった。
おれの頭の中を理解できる人間はいない。そう思って生きてきたおれを変えてくれたのが、さくらだった。
さくらは、ライブペイント画家として活動を始めたあたりから、おれと共鳴し始めた。同じ空間で共同創造しているときの共鳴具合が、回を重ねるごとに合っていくのが分かった。それはもはや、芸術家同士にしかわかり得ない感覚といっていい。それはさくらにとっても同じで、おれたちは共通言語で語り合える同志を見つけた喜びを噛みしめあったのだった。
人はそれを「恋心」と呼ぶのかもしれない。だけどおれたちは認めない。これは、そういう感情の高ぶりとは似て非なるもの。もっと、神聖なものだとおれは信じる。
*
ハッと我に返る。どのくらい弾いていたのだろう。さくらの方をみると、キャンバスはほとんど色で埋まっていた。演奏をやめると、さくらの筆も止まる。
「もう、いいの?」
「うん。充分、氣持ち良く弾けた」
「私も、あらかた描き終えたところ」
「見せて」
絵の方に回ってじっくり観覧する。思わず、ため息が出た。
言葉は要らなかった。ただ、目の前の絵と向き合う。その沈黙の時間が尊かった。
「……絵って、すごいな」
ようやく出たのがそれだった。
「ううん。すごいのはリオンくんの演奏。私はそれを具現化したに過ぎない」
「じゃあ、どっちもすごいってことで」
そう言うとさくらは笑った。
「……ねぇ、この絵を見ながら即興演奏とライブペイントをする様子を、ショータさんに見てもらおうよ。私、あの人の意見も聞いてみたい」
「そうだな」
ショータさんはAIを取り入れる考えだったが、今みたいな演奏を聴けばそれも変えてくれるかもしれない。期待が膨らむ。
「ありがとう、さくら。おれの至らない点をカバーしてくれて」
「ううん。それはお互い様。これからも一緒に切磋琢磨していきましょう」
にこやかなさくらの表情に、おれの心が瞬時に温かくなる。そして、頭の中で優しい音が鳴り始める。
この笑顔をみるために、おれはこれからもピアノを弾き続けようと誓った。
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※1:見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
※2:作中の曲は、SUNO AIで生成しています。
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