医シン戦争 第1話・あらすじ
あらすじ〈300字以内〉
約100年前。昨今の科学や医療行為が輪廻転生・寿命・生命の秩序を乱すとして神は大変お怒りになった。そんな神の怒りを鎮めるために人類の代表たちは『ある選択』をした。それは『医療を捨て、秩序を乱すことなく死を待つこと』。この決定後、間もなく人や神による医療狩りが始まり、医師や看護師、さらには薬剤師まで投獄されてしまう。
医療が消えると、爆発的に増えていた人類が数を減らしていき、首都圏以外は廃墟となった街と失業者ばかりになった。スラムと化した街で生まれた少年、イカワは怪我をした子供を発見する。苦しそうだが、医療行為は大罪とされているため手が出せない。そんな中で1人の医師と出会う。
〈主要登場人物〉
・イカワ
16歳の少年。背は小さめ。医療狩り後のスラム街で生まれたが、両親共に病死。
・マエカワ
30歳の男性医師。医療狩りから逃れ、廃病院に身を寄せて患者の治療を行っている。
・カンザキ
26歳の男性医師。廃病院で患者の治療をしている。マエカワの後輩。
〈世界観・設定〉
・医療が無くなったことで高齢者の延命治療もなく、若年から中年が人口の大半を占めている。人口ピラミッドのピラミッド型。
・新生児・乳幼児の死亡率は高く、妊婦の死亡も少なくない。
・医療の崩壊と地域過疎化が同時に起こったことで、殆どの地域は荒廃していた。
・都市として成り立っているのは全国で数都市ほど。地域に住めなくなり、働く場所も無くなった人々は都市の周りに住み着き、スラム街を形成していた。
・都市から出てくる人は少なく、都市内はどうなっているのかを知る人は少ない。
〈第1話〉
『医療』大罪とされてから約100年。『医療』の技術や産業が衰退し、失業者で溢れかえり、日本は大都市東京以外はほぼスラム街化するほどの貧困に陥っていた。かつての繁栄していた街は廃墟になり、一部崩落するなど満足に暮らせない状況になっていた。
トタンばかりで出来たスラム街。かつての大都市であったこの町は地下街と接続しており、アリの巣状になった家々に数千人規模の難民が住んでいる。
両親が残してくれていたお金と荷物運びのアルバイトで細々と暮らしているイカワ。
地下街が広がるスラム街では隙間や段差が多い。体が小柄、若いから体力があるイカワにとって恰好のアルバイトだった。時には人一人分の隙間しかない洞穴に荷物を届けに行ったり、地底からかなりの高さがある家までロープ一本で届け物をしに行った。スルスルと崖やロープで登っていく彼を見ては「サル」と言われることも、大量の荷物を脇に抱えて運ぶことから「リス」とも言われた。
夏日である今日はTシャツと短パンで旧地下鉄駅で行われている闇市に来ていた。
旧地下鉄駅にはホームはもちろん、廃棄された電車もそのまま放置されており、そこは飲み屋や雑貨屋・八百屋などに改修されていた。
ある一点を除けば、値段は少々割高なくらいでイカワでも買えるものは多かった。
イカワは今日必要な夕飯の野菜を紙袋に詰めてもらい、帰っていたときだった。とある区画だけ人が群がっている。その中心で髭や髪を伸ばした汚いお爺さんが錠剤シートを1枚掲げた。
「風邪薬だよ!アセトアミノフェン!1枚10万!」
人々は手を伸ばしたり、札を握りしめて自分の物にしようと必死だった。
「買ったー!」
「まいど!」
軽蔑した目でイカワは一瞥した後、スタスタとその群衆の横を通り過ぎる。
お爺さんが手にしていたのは、医療狩りで幸いにして廃棄されなかった薬剤。アセトアミノフェンは解熱剤や鎮痛薬として昔は用いられていた。薬剤師や製薬機関が無くなってしまったため現代では精製することは出来ない。もし作ってしまえば、医療狩りの対象となり投獄される。闇市で売買されるのも黒に近いグレーゾーンだが、熱を下げたい、痛みを抑えたい人は尽きない。また万が一の備えとして持っている人も少なくない。
「ちっ、くだんねぇ」
イカワは薬一つで気が狂った客を見るのが嫌で嫌で堪らなった。
生まれる前に発展していた医療がどんなものであったかは分からない。ただ、あのように群がる人を見ていると無くなって正解だったのではないかと思うこともあった。
帰路についているイカワ。かつての地下鉄駅の改札口を通っている途中だった。機能しなくなった改札を袋を抱えながら出てきた。丸い天井がある大きな広場となっていて日差しを避けようと人が涼んでいた。床に座っている人もチラホラ。
屋根の一部が崩落しており、タイルの地面は埃と砂利だらけになっている。
広場の端。人々が群がっていた。イカワは何事かと群衆に近寄り、人々の言葉に耳を傾けた。
「怪我してるのね。かわいそうに」
群衆の中心には頭から血を流している男の子が横たわっていた。側には天井から剥がれ落ちたであろうブロックが落ちていた。
男の子は意識があるようだが、苦しく唸り声をあげるだけ。額にはパックリと裂けた皮膚。そこから絶え間なく血が流れ出ている。
誰かが手当しないと失血死してしまうような状況に関わらず、群衆はヒソヒソと喋るだけで動く気配はない。『医療』が無くなって、その知識も淘汰されつつあるこの時代では、この怪我に対してどう対処すれば良いのか分かる人は殆どいないのである。
スラム街とはいえ『医療』に関する取り締まりを行う警察もいる。私服でどこに潜伏しているかも分からない。ここで手当でもして『医療行為』とみなされれば警察に逮捕されてしまう可能性すらあった。
イカワはいつの間にか群衆の前に出ていた。目の前には血を流す子供。ドクドクと赤い液体が流れ出ている。
どうにかしたい。でも、どうすれば?
何かしたら捕まるかもしれない。じゃぁ、何もしないのか。
そうグルグルと悩んでいた時だった。若い男性の声が背後からした。
「はいはい!どいて!どいて!」
群衆を掻き分けながら出てきたのは眼鏡を掛けた若い男性だった。髭は小奇麗に剃られ、ワイシャツに黒のスラックスを履いている。肩には大きめのショルダーバッグ。これがドクターバックだと分かるのは後の事。
若い男性は男の子の頭の側にしゃがんだ。そして、重々しいバックを地面に置き、ファスナーを開ける。中身はイカワが見たことがない物ばかり。ビニールポーチに入った紙やガーゼ、透明の液体が入ったボトルにプラスチックケースに入ったハサミやピンセットなど様々だった。
若い男性は、パチン!とピッタリなビニール手袋をはめて男の子の額を観察し始めた。
イカワは怪訝そうにその彼の手元を覗き込む。
「なにをしてるんですか?」
「傷口を観察してるんだよ。何事も観察から。目で得られる情報は多いからね」
「はぁ……」
しゃがみこむ男性の背中を見ていた時だった。群衆の中から小さな声が聞こえた。
「医者だ」
振り返れば真っ青な顔をした人々が見えた。『医者』は大罪人。イカワは一度も見たことがなかったが、今まさに目に見えているのは医者。その人だった。
イカワは呟いた。
「『医療行為』は大罪……」
それが耳に入ったのか、医者はピクッと体が反応した。
「君は重い荷物を持った御婆さんがいたらどうする?」
大罪人に問われ、戸惑いながらもイカワは答える。
「どうするって……持ってあげるとか、手伝うかな」
「じゃぁ、泣いている赤子が居たら?」
「あやしてあげる」
「困っている人が居れば?」
「助けてあげる」
イカワはハッとした。『困っている人が居れば助けてあげる』。当たり前のこと。
では、困っている人は誰か。それが誰であってもいい。今、目の前で困っている人が居れば『その人』だ。
医者はバッグの中から透明な液体と消毒液、ピンセットに針が入った小さな紙袋を取り出した。
「僕らはその『人助け』の延長線上にいる」
しゃがんで猫背になった彼はそう答えた。
ただの人助け。『医療行為』は、もしかすれば大罪ではないのではないか。イカワの中の常識が少しだけ変化した。
何か手伝えることがないか。イカワがそう問いかけようとした時だった。
「そこで何をしてる!?」
「警察だ!」
わぁぁっと人々が逃げていく。現れたのは制服を着て片手に警棒を持った男たち。警察だった。
「散れ散れ!見世物ではない!」
警察たちは警棒を振り上げ、威嚇しながら群衆を解散させる。イカワもその場から離れて遠目で医者の背中を見ていた。彼は一切、その場から動かない。代わりに男の子の傷の側で針と糸で何かしている。
警察の中の一人が、医者に近づいていく。遠慮などない。ズカズカと足音を鳴らした。
「手を止めろ!」
警察が医者の肩を持った。そして、グイッと後ろに引っ張って男の子の額を覗き込む。警察の目には、あと数針で縫い終わる傷口が見えた。
「貴様!医者か!大罪人は逮捕する!」
怒号が飛ぶ。医者はギィッと睨みつけた。
『人助けする大罪人』と『大罪人を逮捕する警察』がイカワの視界に映る。どっちが正義か?どっちが正しいか?
イカワは走り出した。歪に凹んだ地面を蹴って、正義が交錯する中心へと飛び込んでいく。
「うぉぉぉ!」
最初は大きく、威嚇するように手を振り上げながら警察に向かっていくイカワ。警察は振り上げた警棒を振り下ろし、イカワの頭を打とうとする。だが、背の小さいイカワはスルッと警察の股の下を潜り抜け、ケツに一発蹴りを入れた。
「いってぇ!」
「イヒヒヒ!ほらほら、鬼さんこちら!」
スラム街の痩せこけた少年にしては機動力が高い。医者はニィッと笑って男の子の傷の手当を続ける。
警察はイカワの煽りで怒り心頭である。群衆に威嚇していた警察たちが追いかけてきた。
「あのガキ!」
「捕まえろ!」
一気に警察たちが塊となって襲い掛かってくる。イカワは真ん中へ捉えられてしまい、警察たちは中心に向かって警棒を振り下ろす。
「いって!」
「やめろ!やめろって!」
「おい!やめろ!コイツは仲間だ!」
中心にいるはずのイカワが居ない。警察たちは仲間の一人を間違えて殴っていたのだ。
ピーピー。ピュー。口笛が聞こえる。イカワだ。彼は警察の輪の直ぐそばで口笛を吹いていた。
「お前らの目は節穴か?」
イカワは警察の脹脛を蹴り上げて転倒させた。イカワは広い広場で逃げ回る。警察が捕まえようとするが、スルッと手の間から抜け出した。
「とまれ!さもないと、お前も投獄するぞ!」
「へぇ?『人助け』してるだけなのに捕まえるの?アタマ悪いな!」
「何だと!?」
警察も息が切れてきて、膝に手を当てて休んでいる者もいる。けれど、イカワはまだピンピンとしていて疲れている様子はない。
広場の真ん中でイカワの声が響く。
「このオッサンはな、怪我してるのを助けてるだけなんだ」
オッサンという単語にちょっとイラっとする医者。
「オッサンというのは失礼だな。僕はまだ30だよ」
彼は縫合が終わり、男の子の額にガーゼを貼った。それを透明なセロハンテープで固定した後、道具を片付けていく。使った針とピンセットなどは銀色の金属ボックスに、手袋や血の付いたガーゼは赤いビニール袋に仕舞い、バックのファスナーを閉じた。
医者はバックだけでなく、男の子を背中に背負ってゆっくりと立ち上がった。彼にとって、かなり重いのだろう。足がガクついている。
イカワは手当が終わったのだと安堵した。しかしながら、警察は『医療行為』を行ったとして逮捕しようと再び警棒を構えた。
イカワは他人の目を気にせずに医者の元へスタスタと歩いて行った。ショルダーバックだけでも持ってあげようと思ったのだ。
「オッサン」
「ん?」
「荷物。持ってやる。俺、運び屋なんだ」
「君も大罪人になるよ」
「いいよ。親居ねぇし、兄弟も居ねぇ。帰る家だってどうとでもなる」
医者はイカワにバックを持たせた。想像よりも重い。ビールケースが2箱くらいの重さだ。けれど、イカワにとっては難しくない。足腰を使って体全体で持ち上げる。脇に固定するように持ち上げることで、小柄な体の負担を減らす。
医者はショルダーバックの外側にあるポケットを指さした。中を探ると拳大の玉が出てきた。テープでグルグル巻きにされており、如何にも手製の物だった。
医者は前にいる警察たちにバレないよう、小声でイカワに言った。
「僕らは『人助け』のために『武器』を取った。死を迎えるしかないヒトのために『武器』を取った。運命を定めた『神(シン)』に抗うために武器を取った」
「なにを言ってんだよ。オッサン」
「少年。これが『医シン戦争』だよ」
医者はイカワから玉を奪い取り、地面に投げつけた。
ボン!
大きな爆発音と共に大量の真っ白な煙が立ち込めた。警察や近辺にいた人々が咳き込む。
「大罪人はどこへ行った!?探せ!」
煙が消える頃には男の子を背負った医者とイカワの姿だけは忽然と無くなっていた。
第2話
第3話
