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不気味を「かわいい」にする国:日本語という〈翻訳装置〉の正体 ― トンベリ、ミミッキュ、SIRENの屍人、そしてメジェド様【かわいい論③】

#0. 「怖いのにかわいい」:FFのトンベリから始まる違和感

突然だが、筆者はFF(ファイナルファンタジー)シリーズに登場するモンスター『トンベリ』が大好きだ。初登場はFF5。基本的に「恐ろしい強敵」として認知されている。

怖いと言う人もいるけど、その構造も込みで「かわいい」んだ。めっちゃ好き。

で、ふと冷静になって考えてみたのだ。
なんでこれが「かわいい」のか。

トンベリは実際、怖い。

●包丁を持っている
●即死攻撃してくる
●全力で呪ってくる
●静かに迫ってくる

ホラーの文脈。ゲーム内で遭遇するとドキッとする。ある意味「キュート」とは対極の存在。

にもかかわらず、私を含めファンはこう感じる。
「怖いけどなんかかわいい」。

なぜこんな矛盾が成立するのか。ルックスも要因だろうが、それで片付けるのはもったいない。


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#1. 「かわいい」は美の言葉とは限らない

トンベリを分解すると、こうなる。

●動きが遅い → 一見無害そう
●小さい、無表情 → 読めない、不思議
●行動が一貫している → 健気

上記には全て「受け取り側のバイアスによる都合のよい印象翻訳」が挟まっている。
その翻訳を介して「弱そう × 殺意MAX」という「矛盾の同居」や「ギャップ萌え」が発生する。

ここに「かわいい」の正体が詰まっている。

重要なのは、「かわいい」はポジティブ評価には限らないという点だ。

●怖い → 排除
●キモい → 拒絶
●かわいい → 受け入れていい

つまり、「かわいい」とは「対象の扱い方を決めるラベル」なのだ。
心の防衛反応と言ってもいい。

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#2. 欧米は不気味を笑う、日本は不気味を変える

この現象を異文化と比較すると、一気に輪郭がはっきりしてくる。

欧米:不気味 → ブラックジョーク → 距離を取る(怖さは残る)

スティーヴン・キング『IT』のペニーワイズのネットミーム化などが典型だろう。

一方。

日本:不気味 → かわいい → 別のものになる(怖さが消える)

言い換えると、ブラックジョークは“不気味を飼い慣らす”。かわいいは“不気味を書き換える”。どちらも心の防衛反応だが、言語的・文化的に皮肉やブラックジョークを持て余しやすい日本では、防衛戦略が変わる。

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#3. 「かわいい」は戦略である:ミミッキュという実例

この構造を最も露骨に体現している一例が『ポケモン』のミミッキュ。

●中身は見たら死ぬレベルの存在
●孤独で拒絶されてきた
●だからピカチュウの皮を被る

不気味さを「かわいい」でコーティングしている。そう、「かわいい」は本質ではなく戦略なのだ。結果、彼?は人気キャラになった。

ここで「かわいい」の語源に遡ると、ミミッキュの存在に納得が付与される。

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#4. 「かはゆし」:かわいいの正体

「かわいい」の語源は「かはゆし」。
元々の意味は

●見ていられない
●痛々しい
●気の毒

つまりネガティブな感情であり、「かわいそう → 守りたい → 愛でる」という変換が起き、現代の「かわいい」に至る。

「かわいい」とは同情の翻訳でもある。

ミミッキュはキュートだから愛されているのではない。日本人は「かわいそう」を愛でている。

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#5. 『SIREN』の屍人:かわいいは“認知操作”である

さらに踏み込むと、もっと極端な例がある。
ホラーゲーム『SIREN』の屍人。

【SIRENの劇中歌と屍人の姿の動画↓】
※初見の方・慣れてない方には恐らくめちゃめちゃ怖いので、視聴の際はご注意を

彼らは元人間であり、生前の習慣を意味もなくトレースし(草を刈る、ひたすら鍵を探し回るなど)、赤い血を涙のように目から垂れ流し、不気味な動きと断片的な言語でプレイヤーの心を蝕んでくる。ゲーム自体の高難度と恐怖も相まって、名作ながら非常に「疲れる」作品である。

どうあがいてもジャパニーズホラー。

しかし、YouTubeコメント欄などの各種ネットメディアの場において、屍人はだいたいこんな感じで扱われている。

(´;ω;`)カギ…カギ?

AA化され、愛嬌がマシマシになり、受容される。この「鍵屍人」だけでなく、『SIREN』の世界観全体がこういった調子で茶化される風潮がある。上述した動画でも愛嬌たっぷりの、そんなコメントを多数確認できる。

ここで起きているのも、「不気味 → 記号 → かわいい」という心理的防衛だ。

つまり、「かわいい」は見た目のデザインだけで発生するとは限らない。受け取り手の認知の操作によっても発生する。本来は全く「かわいい」からかけ離れていようと。

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#6. メジェド様:外来の神すらかわいく

さらに決定的なのが、エジプト神話のメジェド。

本来は

●死を司る
●心臓を食う
●火を吐く
●不可視のビーム攻撃
●謎の存在

という破壊神。だが日本に来ると、

●ゆるキャラ化
●LINEスタンプ化
●アニメ化

……現地エジプトの人たちもこの現象にはびっくりしたらしい。そりゃそうだ。

まあメジェド様は屍人などと異なり、日本人の「かわいい」の琴線ど真ん中に触れるルックスだったのもでかいが。

ともかく、日本人は「外来の謎の神」ですらかわいくする。まさに理解不能に対しての防衛反応。

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#7. なぜ日本は「不気味」を取り込むようになったのか

この現象には、地理や宗教に則った構造的な理由がある。例を挙げよう。

●八百万(やおよろず)文化
→ 不明なものを排除せず、とりあえず神にする
●島国
→ 逃げ場がないから共存するしかない
●受容文化
→ 西洋や中国など外来のものを、排除せず取り込んできた「受け取り手の島国歴史」

結果、不気味は排除ではなく内部化対象になっていった。そして、そのための装置がこう名付けられた。「かわいい」。

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#8. 防衛反応として極めて優れた「かわいい」

歴史的に受動的なムーブの多かった日本。自然と防衛の意識も高くなる。そして、この意識が前述の現代的な例と地続きになっているのだ。

だから、私たちは本来かわいくないものに対しても、反射的に「かわいい」と言ってしまう。

これは思考停止ではない。
再三述べた通り、防衛反応である。

理解できないものや違和感のあるもの。
我々はそれらを、「かわいい」とラベリングして安全圏に押し込んでいる。

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#9. 結論:「かわいい」は翻訳機である

ここまでをまとめよう。

欧米のブラックジョークは毒を笑いに変える。
日本のかわいいは恐怖を別のものに変える。

「かわいい」は評価とは限らない。
翻訳でもある。

美しさの言葉ではない。
優しさの言葉でもない。
異物や恐怖を受け入れるための言語防衛装置。

それが、日本語の「かわいい」の正体。

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#10. そして人間は猫の下僕になる

私情による余談だが、「理解不能にラベリングを施す」完成形が「猫」だと筆者は考えている。

猫。

●何考えてるかわからない
●気まぐれ
●制御不能

属性だけ抜き取れば、割と「不気味」側の存在。
それなのに私たちは「かわいい」で全てを許す。

噛まれてもかわいい。
無視されてもかわいい。

人間は「かわいい」に敗北した生き物である。

「かわいいは正義」とはよく言ったもんだ。

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#11. おわりに

日本は不気味を排除しない。

神にし、妖怪にし、キャラにし、そして「かわいい」にする。だからこそ、この国では「怖いものすら愛でられる」のだ。

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