濡れ布巾を使えば一瞬なのに。スーパーの片隅で、潤いなき指先にすべてを賭ける意地
スーパーで買い物を終え、商品を袋に詰めるあの台(サッカー台※)へ向かう。※ あの球技とは無関係で、袋詰めする人を意味する英語の「Sacker(サッカー)」由来だとか。
卵は一番上に、重い牛乳パックは底面へ。豆腐は汁が出るといけないから小さいビニールへ。
頭の中で段取りはできている。結構うまくいきそうじゃないか。あとはレジ袋に商品を移すだけ。
ところがここで、思わぬ壁にぶつかります。
買い物袋が、開かない。
親指と人差し指で袋の端っこをつまみ、何度こすり合わせても開く気配がない。
「シャラシャラ……」という空回りの音だけが、のんきなBGMに混じって手元で響く。
5秒。10秒。20秒。
こすり続けているのに、袋はびくともしない。むしろ「私にはそんなつもりはない」とでも言いたげに、しれっと閉じたままです。
ふと横を見ると、隣の人は一瞬で袋を開いて、さっさと帰っていく。
一方の私は、うつむき加減で指先をスリスリし続ける謎の人と化しています。
皆さんも、こういう時間、ありませんか?
開かない理由、ちゃんとありました
昔はこんなことなかったはずなの...。
少し調べてみたら、ちゃんと原因がありました。自分だけが特別ドジなわけじゃなかったと、少しホッとします。
第一の要因は、指先の乾燥。
指先には適度な水分と油分があるからこそ、物に触れたときに密着して摩擦力を生み出せる。指紋の細かい凹凸がグリップの役割を果たしている仕組みです。
ところが、カサカサに乾いた指先は、ツルツルなポリエチレン製の袋に対してただ滑るだけ。「つまんでいるつもり」なのに、実際はほとんど接触面の摩擦がきいていない状態なのだとか。
第二の要因は、静電気。
乾燥した季節は、袋の内側同士が静電気で強く引き合ってしまいます。生地が帯電してぴったりくっついているイメージです。
しかも製造時の熱処理や、ロールに巻かれて保管される際の圧力で表面が物理的に密着してしまう「ブロッキング現象」が起きていることもあるそう。これは袋の製造業者の方々が実際に対策をしている、れっきとした技術的な課題のようです。
つまり私が不器用なわけではなく、 指先の乾燥と静電気という二つの要因が重なっていた だけだったのです。
なんだかちょっと救われませんか?
濡れ布巾の前に立ちふさがる、小さな意地
ただし、すぐそこに解決策はあります。
サッカー台の端に、スーパーの店員さんが「濡れ布巾」や「湿ったスポンジ」を置いてくれています。
あれを指先にポンッと当てるだけで、指に水分が戻って摩擦力が復活する。
どれだけ静電気に閉じられた袋でも、するっと開く。
すべては1秒で終わる。頭ではわかっているんです。
なのに。
「まだいける」「布巾を使うのはなんか負けた気がする」という気持ちが、どこからかひょっこり顔を出すのです。
誰に見られているわけでもない。隣の見知らぬ人は自分の荷物で忙しい。隣の人もさっき追い越していったおばさんも、私のシャラシャラには一切興味がない。
それでも心のどこかで、「いや、まだ素手でいける」と思ってしまう。
あと3回こすれば開くかもしれない。
あと5回こすれば——。
結局、後ろから次の人の気配を感じたタイミングで、チラッとまわりを確認しながら、こっそり親指の腹だけを布巾でちょんと湿らせました。
するり、と袋が開く。
勝ったようで、負けたようで、妙に複雑な気持ちでした。
エコバッグという名の、本当の敗北
乾燥していない時期、たとえば梅雨や夏場はスルッと開くことが多い、と言う人もいます。
もしそうなら、私を長年悩ませてきた「冬のシャラシャラ問題」は、季節のせいでもあったわけです。
次にスーパーで、隣の人が同じようにシャラシャラやっていたら、「あ、同じだ」と心の中でそっとうなずきながら見守りたいと思います。
……なんて帰り道に考えながら、ふと気がつきました。
そもそもマイエコバッグを持参していれば、この問題は最初から起きなかったのでは?
乾燥にも静電気にも向き合うより前に、私はエコバッグを玄関に忘れてきた自分の記憶力に、はじめから無残に敗北していたのです。
レジ袋の摩擦力と格闘する前に、まずは靴を履くときにエコバッグを握りしめる、そんな練習から始めなければならない気がします。
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