真夏、セミの声が消えるのはなぜ?──静寂の裏にある『脳』と『セミ』のふたつの秘密
真夏の午後、頭上からジリジリと強烈な日差しが降り注ぐ時間帯。
ベランダのドアを開けると、まるで壊れたスピーカーのように頭の上で鳴り響くセミの大合唱。
ところが、その耳を刺すような凄まじい大音量が、ふとした瞬間にピタッと途切れて、世界が「しーん……」と静まり返ることがあります。
風が止み、急に訪れる無音の空間。
あの独特の静けさを体験したとき、ふと疑問が湧いてきます。
彼らはいったい、何をきっかけに一斉に口を閉ざしたのでしょうか。
「カエルの沈黙」と、真夏のセミの違和感
以前、夜のあぜ道でカエルたちが一斉に沈黙する不思議について触れたことがありました。
人間の一歩や外敵の接近を合図に、周囲のカエルたちが瞬時にサインを掛け合い、波が伝わるように沈黙が広がる「集団の同期」という現象です。
では、あの真昼のセミたちの静寂も、カエルと同じように「おい、ちょっと静かにしようぜ」とアイコンタクトでも交わして起きているのでしょうか。
実は、セミの静寂の裏には、カエルとはまったく異なるふたつのカラクリが隠されています。
脳がこっそり押している「消音ボタン」の正体
ひとつめは、なんと「セミが鳴くのをやめたのではなく、私たちの脳が勝手に音を消している」という現象です。
脳科学や心理学では、これを順化(ハビチュエーション)と呼ぶそうです。
私たちの脳には、目や耳から毎秒のように膨大な情報が流れ込んできます。これらすべての刺激を同じ熱量で真面目に処理していたら、脳の回路はあっという間にパンクしてしまいます。
そこで、脳の聴覚中枢や中継地点である「視床」という部位は、非常に賢いフィルター機能を発揮します。
「命に別条がない」「規則的で反復している」と判断した音に対して、神経細胞の反応性を物理的に弱めていく仕組みです。
つまり、木の上にいるセミたちは相変わらず全力でシャワシャワと叫び続けているのに、私たちの脳が勝手にリモコンの「ミュートボタン」を押し、背景の雑音として処理していたわけです。
ふと「あ、やっぱり鳴いてた」と気づくのは、意識の向きが変わり、脳のフィルター処理のバランスが変化したからかもしれません。
猛暑の日の静寂 ── セミたちが日陰で黙り込む理由
そして、ふたつめは「セミたちが本当に暑すぎてダウンしかけている」という生理的理由です。
セミといえば夏の象徴ですが、実は「暑ければ暑いほど元気になる」わけではありません。
種類にもよりますが、日本のセミたちが最も活発に鳴く適温は、およそ25度から33度あたりとされています。
近年のように気温が35度近くに達するような猛暑日になると、セミにとっても過酷な環境になります。
セミは汗をかけず、樹液から得た体液(水分)を維持しながら生きているため、体温が上がりすぎると鳴くための運動を抑え、無理な活動を控えることがあると考えられています。
そのため、過酷な日光が照りつける真昼の時間帯になると、セミたちは一斉に樹木の日陰や葉の裏へと避難し、じっと動かずに体力を温存します。
私たちが「風情のある静寂だな」と涼しい部屋で情緒に浸っている真下で、当のセミたちは「死んでたまるか」と必死に木にしがみついているだけなのかもしれません。
静けさの裏側に潜む、ふたつのドラマ
仲間と気配を掛け合って身を潜めるカエル。
危険な熱線から自らを守るために、日陰でじっと息をひそめるセミ。
そして、過剰な音の嵐に疲れてしまわないよう、静かに音量を下げてくれる私たちの脳。
私たちはつい、真夏の静寂を単なる「暑さのエアポケット」のように感じてしまいますが、そこには生命や脳が必死に自分を守ろうとする、静かな防衛戦が広がっています。
もしかすると私たち自身も、日常の慌ただしさや雑音の中で、無意識に心のフィルターをかけながら、うまく自分を守って生きているのかもしれません。
同じ「静けさ」という景色の中に溶け込んだ、いくつもの優しさとたくましさ。
そう思うと、耳の奥に残るあの真夏の無音が、どこか味わい深く思えてくるから不思議です。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
今回は脳が音量を勝手に「下げる」お話でしたが、無音の中で脳が自ら音量を「上げてしまう」不器用な機能について。
耳だけでなく「鼻」もまた、日常で聞き慣れた(嗅ぎ慣れた)刺激を勝手に消去して「無臭」にしてしまう現象について。
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