「春眠暁を覚えず」のふしぎな正体:昼寝と真夜中のボーナスタイムを楽しむ歴史
3月に入り、ようやく冬の重いコートを脱げる季節がやってきましたね。
冷たい北風の中に、ふんわりとした春の匂いが混ざり始めるこの時期。休日の昼下がりにあたたかい日差しが差し込むリビングで、ついウトウトと贅沢な「うたた寝」をしてしまうことはありませんか?
「あぁ、気持ちよかった……って、えっ、もうこんな夕方!? やっちゃった……これじゃ今夜眠れなくなっちゃうよ……」
春の陽気に誘われて、抗えない睡魔に身を任せてしまった後。現代に生きる私たちは、決まってこのような 「焦り」 や 「罪悪感」 に襲われます。
「睡眠は夜に、まとめて8時間とらなければいけない」。私たちはいつの間にか、そんな学校の校則のような真面目なルールに、心も体も縛られて生きています。
実は、この「つい昼寝しちゃう」「夜中に目が覚める」という不器用なリズムこそが、本来の人間らしい姿だった……と言われたら、少しだけ心が軽くなりませんか?
今日は、そんな私たちの強迫観念を少しだけゆるめてくれる、睡眠にまつわる不思議な歴史と科学のお話を、noteに書いてみたいと思います。
人間は元々「2回に分けて寝る」生き物だった
実は、「夜にまとめて8時間グッスリ寝る」というスタイルは、人間の長い歴史の中で見れば、ごくごく最近の「流行」に過ぎないんです。
歴史学者のロジャー・エキルチ教授らの研究によると、産業革命より前、つまり電気の明かりが街中を照らすようになる前の中世ヨーロッパなどでは、人間は 「一晩に2回に分けて寝る(分割睡眠)」 のが当たり前の光景でした。
日が沈むと同時にベッドに入って、まず「第一の睡眠(ファースト・スリープ)」をとる。そして真夜中にふと目を覚まし、そこから1〜2時間ほど活動した後、再び朝まで「第二の睡眠(セカンド・スリープ)」をとる、というリズムです。
これ、実は単なる昔の風習というわけではなく、私たちの体にも今も刻まれている科学的な根拠があるんです。
1990年代にアメリカの精神科医トーマス・ウェアが行った、ある興味深い実験があります。
現代人を、人工的な照明が一切ない「1日14時間の暗闇」という環境で数週間生活させたところ、驚くべきことが起きました。
被験者たちは誰に指示されることもなく、自然と 「4時間寝て、間に1〜3時間起き、また4時間寝る」 という、中世と同じ分割睡眠のリズムを取り戻したのです。
つまり、「途中で目が覚めてしまう」「昼と夜に分けて寝たくなる」というのは、私たちが怠け者だからでも、ましてや不眠症だからでもなく、「人間のDNAに刻まれた、本来の自然なプログラム」 が作動している証拠だったのかもしれません。
皆さんも、夜中にふと目が覚めて「あぁ、眠れない……どうしよう」と焦った経験はありませんか? それ、実は不眠ではなく、あなたの中の「野生」が目覚めているだけなのかもしれませんよ。
真夜中は「悩む時間」ではなく「自由時間」
では、中世の人々は、第一睡眠と第二睡眠の間に訪れるその「真夜中の1〜2時間」を、いったいどう過ごしていたのでしょうか。
現代の私たちが夜中の2時に目が覚めると、反射的にスマホの時計を見て「うわ、もうこんな時間か。早く寝なきゃ明日がしんどい!」と焦って、真っ暗な部屋で必死に目を閉じますよね。羊を数えてみたり、明日の予定を思い出して余計に不安になったり……。
しかし、中世の人々にとってその時間は、決して不眠に悩む苦しい時間ではありませんでした。
むしろ彼らは、その真夜中を 「誰にも邪魔されない、自分だけの静かで自由な時間」 として、なんだかとても大事に、ゆったりと使っていたのです。
ある人は、暖炉の前で静かに火を囲みながら、昼間の慌ただしさでは得られない「深い物思い」にふけったり。
ある人は、ベッドの中で隣に眠る家族と、ささやき声で今日あった出来事や夢の話をしたり。
またある人は、まだ冷え込む空気の中で神に祈りを捧げたり、近所の人と少しだけおしゃべりをしたり。
古い文献には、この「真夜中の1〜2時間」こそが、一日の中で最も知的で、最も穏やかな感情になれる時間だったという記録も残されています。
「睡眠すら1回で効率よく済ませろ」という、どこか効率重視で「早く終わらせなきゃ」と焦るような考え方は、電球が発明された後に人間が勝手に作り出した、少しだけ息苦しいルールに過ぎないんです。
夜中に目覚めたら、それは秘密のボーナスタイム
だから、もしあなたが少し早すぎる春の陽気に誘われて、うっかりリビングで夕方まで昼寝をしてしまい、そのせいで夜中の2時にパッチリと目が覚めてしまっても。
「うわ、リズムが狂っちゃった。また明日がつらいな……」なんて自分を責める必要は、まったくないんです。
そんな時は、「あ、今、私の中の『中世の時計』が動き出したんだな」と、開き直ってみてください。
電力のない時代の、ゆったりとした時間の流れに思いを馳せて、せっかくならその静寂を楽しんでしまいましょう。
お気に入りのマグカップを取り出して、温かいお茶やホットミルクをゆっくり淹れてみる。
ずっと「積ん読」になっていた、普段はなかなか開けない分厚い本を、数ページだけめくってみる。
あるいは、窓の外の静まり返った街を眺めながら、とりとめもない空想に浸ってみる。
そうやって過ごす真夜中の1時間は、きっと忙しい明日への「備え」ではなく、人生の中の 「ボーナス・タイム」 みたいな、ちょっとだけ嬉しいプレゼントになるはずです。
「しっかり寝なきゃ」という重い荷物を、今夜は思い切って下ろしてみませんか?
分割睡眠も、うたた寝も。それは私たちが、この世界で自分らしく、なんとか心地よく生きようとしている証拠なんです。
明日の朝、もし二度寝の誘惑に負けて「暁(あかつき)」を思いっきり忘れてしまっても「あ、私の中の野生が、春のプログラムを忠実に実行してるんだな」と、自分を笑って許してあげてください。
せっかくの春ですから、明日の朝は少しだけ「暁を忘れたふり」をして 「あともう5分だけ」 と自分を甘やかしてみるのも良いかもしれません。
真夜中の静寂と同じくらい、句読点の『冷たさ』に悩む夜。メールの感嘆符に迷う私たちの不器用な心理学。
深夜にお腹が空いてキッチンへ。そこで出会う『パンとクラッカー』の奇妙な逆転現象のお話です。
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