エアコンの部屋で、脳は静かに渇きを見失う。
冷たいタンブラーの金属が唇に触れる瞬間の、ひんやりとした心地よさ。
エアコンのよく効いたデスクで、傾けたタンブラーから流し込んだ冷たい麦茶が喉を滑り落ちていきます。
そのゴクッという一口で、喉の渇きはスッと消え去り、私は何事もなかったかのようにキーボードを叩き続けます。
けれど、夕方近くになると、どういうわけか体がだるい。
室温は快適に保たれているし、外で日光を浴びたわけでもありません。
熱中症なんて炎天下だけの話だと思っていたのに、頭の芯がじんわりと重くなっていきます。
そして思い返してみれば、その間、喉が渇いたという感覚を一度も抱いていませんでした。
脳の律儀な先回り
ふと気になって調べてみたところ、どうやらこれは脳の律儀な先回りの仕業らしいと知りました。
医学的な研究によると、私たちが水分を口にしてから、それが胃や腸で吸収されて血液に行き渡り、実際に体液バランスへ十分反映されるまでには、数十分ほどのタイムラグがあるのだそうです。
もし、脳が血液の水分量だけを見て渇きを判断していたら、水分が体内に吸収されるまでの数十分間、私たちは水を際限なく飲み続けてしまうことになります。
そうなると体内の塩分濃度が急激に薄まり、水中毒という体調不良を引き起こす可能性があります。
それを防ぐために、脳はあらかじめ予測して調整する仕組み、いわゆるフィードフォワード制御を備えています。
水が喉を通る時の冷たさや喉越しを感知した瞬間に、脳の渇きをコントロールする場所が、「今水が通ったから、いずれ全身が潤うはず」と判断して、先制的に喉の渇き信号を消してしまうのだそうです。
エアコンの効いた部屋の静かな罠
これが、涼しい部屋で起こる「脳の思い込み」の仕組みのようです。
冷たい麦茶をほんの一口飲むだけでも、脳は「これから水分が補われる」と予測して、渇きの信号をいったん弱めます。
実際には、コップ1杯分にも満たない水分しか全身に届いていないのにもかかわらず、です。
さらに湿度の低い室内では、皮膚や呼吸から目に見えない形で失われる不感蒸泄も増えやすくなります。汗をあまりかかない環境では、水分を失っている実感も得にくくなります。
脳の過保護な思い込みと、エアコンによる静かな乾燥。
この2つが重なることで、私たちは喉は渇いていないという偽りの安心感に包まれたまま、知らないうちに身体が水分不足になってしまうようです。
私たちを守ろうと一生懸命に先回りした結果、エアコンの部屋で水分不足を見落としてしまう脳の動き。その律儀な仕組みを知ると、夕方のだるさも仕方のないものに思えてきます。
とはいえ、身体がカラカラのままでは困るので、脳の「潤いました」という判断を無視して、これからは時間を見て意識的に水分を取る必要がありそうです。
ただ、冷たいタンブラーの中身が空になっているのを見て、キッチンまで麦茶を注ぎ足しに行く労力と、このまま脳の「潤いました」という嘘を信じ込むことのどちらが賢いか、静かに天秤にかけているところです。
ふと足元を見ると、床に落とした保育園の連絡プリントの裏に、娘が描いたらしい謎の緑色の線が走っています。
それを拾うためにかがむのすら億劫で、足の指で挟んで手元に引き寄せようとしたものの、途中で滑り落ちて机の陰に入り込んでしまいました。
見なかったことにして、私はもう一口、麦茶を飲みます。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
脳の先回りについては、身体を守るために脳が強制シャットダウンをかける、あの連休明けのだるさも、同じ不器用さの裏返しのようです。
今回は冷たさに脳が騙される話ですが、雨の日の匂いに脳が勝手に安らぎを覚えるのも、同じく先回りシステムの仕業のようです。
【PR】この事実を知ってから、私もデスクの横にタイムマーカー付きのボトルを置くようになりました。脳のセンサーが先回りして「もう潤った」と満足してしまうなら、物理的に時間と目盛りで管理してしまおうという、ささやかな対抗策です。夏場は脳の動きを無視して水を飲んでいます。
いいなと思ったら応援しよう!
記事を読んで、何か少しでも心に残るものがあったなら嬉しいです。いただいた応援は、次の「ふしぎ」を探しに行く力になります。