スマホがないのに震える?「デジタルの幽霊」の意外な正体
最近、スーパーのレジ待ちで財布を取り出そうとしたり、信号が変わるのをじっと待っていたりする時、ふと右足の太ももあたりで「ブルッ」とした感触が走ることがあります。
「あ、連絡かな」と思ってスマホを覗き込むけれど、画面は真っ暗なまま。
通知センターを見ても、そこにあるのは昨日のアプリ更新の履歴だけ。
そんな時に、なんとも言えない「空振り感」を覚えるのは私だけでしょうか。
いえ、最近はスマホを机に置いたまま席を立ったのに、ポケットあたりが震えた気がして、思わぬ「幽霊」の存在に一瞬ゾクッとしたりもします。
誰もいないはずの自分の足が、デジタルの空気を感じ取ろうとして、勝手に身構えているような、なんとも言えない不気味さと滑稽さ。
この不思議な現象、実は名前があるみたいです。
「ファントム・バイブレーション・シンドローム(幻想振動症候群)」 。
名前だけ聞くとなんだか物騒ですが、その正体を知ってみると、私たちの脳がなんだか 「真面目すぎて空回りしている相棒」 のように思えてきたんです。
脳という「待ち構えすぎている」探し物担当
そもそも、なぜ脳は「鳴っていないもの」を「鳴った!」と判定してしまうんでしょうか。
実は私たちの脳の中には、常に通知を待っている 「探し物担当」 がいるようなんです。
しかもこの担当者、めちゃくちゃ心配性で、仕事熱心。
「もし大事な連絡を逃したら大変だ!」と、ポケット付近のわずかな刺激に全神経を集中させています。
その結果、服がこすれた音や、筋肉のちょっとしたぴくつき、あるいはカバンのわずかな揺れすらも、 「これはスマホの振動だ!」 と勝手に翻訳してしまうのだとか。
専門的な言葉では 「予測符号化」 なんて呼ぶそうですが、要するに「脳が未来を先回りして、幻の振動を作り出している」ということ。
100回空振りしたとしても、1回の決定的な通知を逃したくない。
そんな必死の覚悟で、私たちの脳は24時間、体制を崩さずに待機しているわけです。
例えば、大事な会議の直前や、子どもがようやく寝ついて「さあ自分の時間だ」と一息ついた瞬間。そんな、心のどこかで「何かを待っている」時に限って、この幽霊は姿を現しやすくなります。
「待つ」という行為そのものが、知らず知らずのうちに緊張のスイッチになっているのかもしれません。
そういえば、昔は「何かを待つ」というのは、もっとずっと物理的な重さがあった気がします。
ポストの入り口から覗く封筒の端っこや、夕暮れの時間にだけ鳴る固定電話の音。
あの頃の「待機」は、もっと外の世界に開かれていたはずなのに、今は手のひらの中、あるいはポケットという体からわずか数センチの距離に、その全てが押し込められている。
この「近すぎる距離」が、脳を少しだけパニックにさせて、存在しない震えを捏造させているのかもしれません。
必死に通知を拾おうとして、結果的に空回りしている。そんな脳の不器用さが幻の振動として透けて見える気がして、なんだか、自分のままならない部分を許してあげたくなりました。
デジタルの幽霊と、アナログな解決策
それにしても、スマホが手元にないのに震えた気がするのは、やっぱり少しシュールです。
デバイスという「本体」がいなくなっても、その残響だけが体に刻まれている。まさに 「デジタルの幽霊」 に取り憑かれているような状態かもしれません。
でも、この幽霊を追い払う方法は、驚くほどアナログでした。
一番手っ取り早いのは、スマホを入れる場所を 「右ポケットから左ポケット」 に変えてみること。
あるいは、いつもカバンの定位置に入れているなら、あえて別のポケットに放り込んでみる。
たったこれだけで、脳と震えの間に結ばれていた「強力なセット販売」の契約が一度白紙に戻ります。いわば、必死になりすぎている「探し物担当」との、ちょっとした根競べのようなものです。
「あれ? ここでは鳴らないルールだったっけ?」と脳が一度冷静になれることで、過剰な警戒態勢が解けるのだそうです。
デジタルに振り回されているようでいて、結局はポケットの位置ひとつで解決してしまう。
このアンバランスさが、なんとも人間らしくてホッとするというか、味があるなと感じてしまいます。
デジタルが進歩すればするほど、私たちの側にある「不器用なアナログさ」が浮き彫りになっていく。でも、それこそが人間が人間であるための、証拠なのかもしれません。
今日は「ふと」、通知を「放置」してみる
スマホが震えた気がして、何もなくて、ちょっとガッカリする。
そんな日々を繰り返していると、知らず知らずのうちに、心の中の「通知待ち」のメーターが上がりきっているのかもしれません。
もし、最近「幽霊」によく会うな......と感じたら。
今日はスマホをカバンの奥深くに沈めて、あえて 「震えない時間」 を楽しんでみるのもいいかもしれません。
......なんて言いつつ、この記事を書き終えた瞬間に、また太ももあたりが「ブルッ」とした気がしました。
スマホは今、目の前のデスクの上に置いてあるというのに。
どうやら私の探し物担当との根競べは、まだまだ続きそうです。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
通知を待つ脳のクセ。その裏側にある、指が勝手に動いてしまう「無限スクロール」の巧妙な罠についても覗いてみませんか。
デジタルの幽霊に怯える心。実は、メールの「!」に全力を出すあの不器用な気遣いも、同じ根っこから生えていたようです。
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