社交ダンスを始めた頃④
ダンスを始めてからまもなく、前述のような経験をさせてもらえたことは、本当に良かったと思っています。(社交ダンスを始めた頃③)
人は、ある程度ではなく
あるところまで行かないと経験できないことがある。
そんなことを感じました。
そして、その「究極」はここでは終わりませんでした。
まだ続きがあります。
純粋さ
〜初めての競技会〜
話は少し戻ります。
私が初めて競技会に出たのは、まだ地方のダンス教室にいた頃。
アマチュア選手の臨時パートナーとして出場することになった時でした。(社交ダンスを始めた頃①)
急遽決まったこともあり、しかも私はまだ初心者。
不安はありましたが、1〜2ヶ月ほどでなんとか仕上げて競技会に出場しました。
ドレスは借りたのか購入したのかは覚えていませんが、
メイクはリーダーのお母様がしてくれました。
美容部員であり、ダンス経験もある方で、
初めての私に合わせて、派手すぎないメイクにしてくれました。
つけまつ毛はついているけど毛量は控えめ。
ピンクとブルーのシャドーで、やわらかい印象に。
そして、いよいよ試合。
初めての競技会。
緊張するかと思いきや――
ワクワクが止まりませんでした。
踊るのが嬉しくて、楽しくて仕方がない。
早く次のラウンドで踊りたくてうずうずしていました。
あの感覚は、後にも先にもあの時が一番だったと思います。
今感じるワクワクやドキドキとは少し違う、
純粋に「楽しい」と思える感覚。
それを見ていた周りの方からは
「すごく楽しそうに踊ってるね」
「笑顔がいいね」
と言われました。
自分では意識していなかったのですが、
自然に出ていたのだと思います。
あの時の「踊りを楽しむ」という感覚は、私にとって大きな経験になりました。
その後も2〜3回、臨時パートナーとして競技会に出場しましたが、
「楽しもう」とか
「笑顔で踊らなくちゃ」とか
そういうことは一切考えず、ただその場で踊っていただけでした。
でも、すべて楽しかった。
ただ、回数を重ねるうちに、少しずつ変化もありました。
それが「緊張」です。
今思うと、たった数回の出場でも、
人は「上手くやろう」とか「欲」が出てくるものなのだと思います。
だからこそ、
あの最初の純粋な気持ちは、
二度と経験できない大切な時間だったのかもしれません。
根拠のない自信
〜東京の競技会〜
東京に来てから、約1ヶ月後。
初めてのプロノービス戦に出場しました。
東京の踊りを体感しながら、
いわゆるスパルタのレッスンと練習でなんとか間に合わせての出場です。
自分のドレスは使えず、
教室の先輩の先生のドレスを借りることになりました。
まだ新しい、先輩も袖を通していない透き通るようなピンクのドレス。
それを貸してくださったことには、本当に今でも感謝しています。
そして試合当日。
ワクワクした、少しふわふわした気持ちで臨みました。
当時のプロノービス戦は、決勝までに5ラウンド。
出場組数は100組以上。
今では考えられないほどの人数でした。
地方との違いに驚きはありましたが、正直なところ、周りがどうとか、レベルがどうとか、あまり気にしていなかったと思います。
何を言われても
「へ〜、そうなんだ」くらいの感覚。
もともと繊細なタイプではないので、
本当に何も考えていなかったのだと思います。
ただ一つ、覚えていることがあります。
それは
「今日は優勝する」
という、根拠のない自信があったこと。
理由は分かりません。
でもなぜか、そう思っていました。
今思うと、「あれだけ練習したのだから」という思いからの自信だったかもしれません。
当時のプロノービス戦は、100組以上いたので結果を出さなければまた同じクラスで戦い続けなければいけない厳しい世界で、プロD級昇級することは簡単なことではなかった時代でした。
そんな中で、初めての試合。
普通なら緊張して当然なのかもしれません。
でも私は、ただ「これから踊る」ということしか考えていませんでした。
ある意味、肝が据わっていたのかもしれませんし、
ある意味、何も分かっていなかったのだと思います。
でも今振り返ると、そういう状態の人が一番怖いのかもしれません。
何にも動じない。揺さぶられない。
経験が少ないということは、
ある意味「強さ」でもあるのだと感じます。
ちなみにこの時の成績ですが――
残念ながら、2位でした(笑)
でも即日でD級に昇級することができました。
とはいえ、本人は優勝するつもりだったので、少し悔しかったです。
今現在、当時の映像を見ると、
そんなことを思っていた自分は、
なかなか図々しくて恥ずかしいなと思います(笑)
こうして、私の競技ダンス人生は、少しずつ形になっていきました。
