66.オークニー諸島
画像は以下のサイトから転載。
スコットランド
オークニー諸島は、スコットランドの北にある諸島で、現在はイギリス領です。住んでいる人たちはヴァイキングの子孫です。

中世の伝説によると、ヴァイキングはサクソン人と同じく、北ヨーロッパとスカンジナビアに移住したスキタイ人の子孫です。
そもそもスコットランドという語は、「スキタイ人の土地」を意味します。スキタイ、スコッツ、と並べると、なんとなくですが似ている気がします。
また、サカ族、サカエも連想させます。スキタイ人の部族に関連する語には、アルサケス、マッサゲタイなど、sakがよく含まれます。
前回もお伝えしましたが、この「サク」はイサクのサクです。イサクはヤコブ(イスラエル)とエサウの父で、アブラハムの息子です。
スコットランド人がスキタイから来たという考えは、イングランドのキリスト教聖職者、ベーダ・ヴェネラビリス(六七二年~)が八世紀に書いた歴史書『ベーダ』にも見られます。
九世紀末に書かれた『アングロサクソン年代記』は、このようにはじまります。
ブリテン島は長さ八〇〇マイル、幅二〇〇マイル。島には五つの民族がある。イングランド人、ウェールズ人、スコットランド人、ピクト人、ラテン人である。最初にブリテンに住んだのはアルメニアからやってきたブリトン人だった。その後スキタイから、(ブリテンの)南にピクト人がやってきた。
ブリトン人はケルト系です。ケルトといえば赤毛です。

そして赤毛といえば、「赤いユダヤ」ハザール人です。
十世紀のピクト年代記には、古代スコットランド東部と北部に住んでいたピクト人の祖先として、「Scithe et Gothi」(スキタイ人とゴート人)が記されています。
アイルランド
十六世紀イングランドの詩人エドマンド・スペンサーは、著書『アイルランドの現状管見』でこう記しています。
アイルランドに定住した民族のうち、最も主要なものはスコットランド人であろう……かれらは最初にこの地に住み、その後、その数が増えるにつれて、この地に自らを広げ、そのすべてをスカッテンランドと名づけた。より簡単に言えば、スカットランドあるいはスコットランドと呼ばれるものである。
スペンサーは『妖精の女王』という詩で有名です。この詩はウェルギリウスの『アエネーイス』と同じノリで、テューダー家をアーサー王の子孫だと褒め称えています。
このスペンサーの主要な情報源の一人は、イングランドの好古家、ウイリアム・カムデン(一五五一年~)です。カムデンは『ブリタニア』でこう記しています。
スキタイ人の血統を祖先とすることは、いかなる意味でも不名誉なこととは考えられない。なぜなら、スキタイ人は最も古い民族であり、多くの民族を征服してきた征服者であり、常に無敵であり、他者の支配下に置かれたことがないからである。
いわゆる西洋人(野蛮なスキタイ人)の思考回路が透けて見える記述です。とにかく勝利し支配する、そのためには兵士を訓練(洗脳)する、洗脳のためには秘儀(宗教)が必要、という具合です。
そして洗脳技術については、コーカサス山脈の南の人たちが圧倒的に長けていました。それらが失われた十氏族的に入り混じり合い、協力し合い、数々のオカルト秘密結社を生み出していきます。
アイルランドの伝説では、スコットランド人の起源は、南ロシアのスキタイ王国を建国したフェニウス・ファルシドです。
フェニウスは、エドム人(エサウ)の子孫と呼ばれています。エドム人もエサウも赤い毛の人で、イスラエル(ヤコブ)ではない人たちです。
『アイルランド来寇の書』によると、すべてのヨーロッパ人の祖先はノアの息子ヤペテ(白人)です。ヤペテの息子マゴグがゲール人とスキタイの祖先で、フェニウスはゲール人の祖先とのことです。
フェニウスと息子のネルは、バベルの塔に向かいました。ネルは多くの言語に通じていた人で、エジプトのファラオの娘スコタと結婚し、息子グイール・グラスをもうけました。
グイールの子孫グイール人(ゲール人)は、イスラエル人と同じころにエジプトを出、スキティアに定住しました。そしてイスラエル人と同じように多くの試練を乗り越えつつ、四四〇年放浪します。
そしてドルイドのカヘルは、子孫がアイルランドにたどり着くであろうことを予言します。
ファラオの子孫たち
ここまでは「伝説」です。ですが伝説だからといって、イコール真っ赤な嘘、あるいは自分たちも歴史あるイスラエルに寄せたかったからでっち上げたのだろう、などと決めつけることはできません。
スイスのiGENEAという会社は、イギリス人男性の最大七〇%がエジプトのファラオ、ツタンカーメンと血縁関係にあると主張しています。
エジプト第十八王朝のミイラ(男)のY染色体検査を行ったところ、このミイラはハプログループR1b1a2に属していることが判明しました。
R1b1a2は、西ヨーロッパで頻繁に出現するY染色ハプログループで、最も濃度が高いのはアイルランドとスコットランドです。つまり共通の祖先を持つことを示しています。
またR1b1a2は、約九五〇〇年前、黒海の周辺、スキタイにあたる地域で発生したとのことです。
オークニー諸島のグループの遺伝的構成要素は、ロシア、ウクライナ、ボヘミア、中央アジア全域で高頻度に見られ、東アジアと西ヨーロッパでは稀なタイプ、という特徴が発見されました。
『ユーラシアのハートランド――Y染色体の多様性に関する大陸的視点(The Eurasian Heartland: A continental perspective on Y-chromosome diversity)』という研究によると、この遺伝子群の分布は「南ロシア、ウクライナを起源とする古代の集団移動の痕跡である可能性が高い」とのことです。
言い換えると、この特定の遺伝子型はスキタイに起源を持つということです。
遺伝子研究者のデイヴィッド・フォウはこのように指摘しています。
今回の研究は、ある一つの観察から生まれた。系統DNA検査によって、男系のルーツがシェトランド諸島にある筆者の叔父ウイリアムソン(つまり母方の祖父)が、十二の「スコア」(マーカー)に一致する珍しいパターンを持っていることが明らかになったのだ。シェトランド諸島のこの珍しいハプログループR1a1(この遺伝的グループ分けについてはのちに詳しく述べる)の北欧人の特徴に最も多く一致したのは、R1a1が優勢なヨーロッパの大規模で多様なサンプル(例えばポーランド)ではなく、中央アジアの部族的なシベリア・アルタイ人であった。
……シェトランド諸島Y-DNA姓プロジェクト(www.davidkfaux.org/shetlandislandsY-DNA.html)から得られたデータは、北欧人集団の中にアジア人が存在することを描きはじめた。
新疆ウイグル自治区のタリム盆地では、明らかに「北欧系」のミイラが多数見つかっています。
ゴグとマゴグ:終わりに
このように、ゴグとマゴグ、イスラエルの失われた十氏族については、無数の研究があります。
その研究たちによって、伝説や聖書が、一部であっても事実に基づいているという結論(めいたもの)に達することもあります。
歴史書と呼ばれるものも含め、伝説ももちろん、そのまま鵜呑みにすることはできません。
卵から生まれてハトに育てられた、などはわかりやすい「嘘」なのですが、ディオドロスの『歴史叢書』のように、セミラミスがインドに遠征して象と戦ったなどという話をされると、なんとなく信じてしまいます(これはアレクサンドロス大王の伝説の流用です)。
逆にいうと、研究以前のAという伝説は、百パーセントフィクションだ、とはいいきれません。どれだけ荒唐無稽だろうと、まずなにがしかのよりどころがあり、それは史実から来ているはずだからです。
その参照した「史実」ももしかすると伝説だったのかもしれませんが、採用されたのはなにかしらの真実が含まれているからです。真実味があるからこそ、話したり書いたりしたくなるわけです。
似たような話があちこちで発見されるようになると、その伝説の真実性は補強されます。大洪水がその代表的な例です。
昔の人が書き、さらに昔の人も書いていた、それはなぜなのか、と考えると、歴史家たちは深掘りせざるを得なくなります。ある登場人物が水の上を歩いたとしてもです。
上記のように遺伝子検査の結果が伝説の記述と一致したりすると、一気に盛り上がります。そしてテレビのドキュメンタリー番組のように、「伝説は真実だった」などと性急に結論づけてしまいがちです。
ですが卵から生まれたなどは明らかに「嘘」です。ほかにも話をおもしろくするために盛ったり脚色したりするわけですが、中には微妙な「嘘」も含まれています。
そういった脚色を剥ぎ取る作業は、まさに考古学的な発掘のように、学者たちによって慎重に行われています。
結論はもちろんありませんが、サンバティオン川やコーカサス山脈の鉄の門などの伝説が史実と関連している(かもしれない)と判明すると、歴史におけるなにがしかの真実性がぼんやりと浮かび上がってきます。
これが歴史を学ぶことの楽しさでもあります。
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