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54.アルタイ山脈

画像は以下のサイトから転載。


ゴグとマゴグ

前回までは、ヨハネの黙示録とその周辺についてお伝えしてきました。

ゴグとマゴグは、語だけなら耳にしたことがあると思います。韻を踏んでいるような調子なので、頭に入ってきやすいペアです。

https://cryptidz.fandom.com/wiki/Gog-Magogより転載。マゴグの侵入経路がコーカサス山脈。

ユダヤの終末論によると、ゴグとマゴグはメシアの敵です。終末の時代のはじめにメシアに倒され、それによってメシアの時代が到来します。

終末の時代は必ず来ることになっているので、ゴグとマゴグがだれなのか、どの民族なのかを知るのは非常に重要です。

ロシアだという人もいます。

ウクライナに侵攻したロシアは、いずれNATOと対峙し、第3次世界大戦が勃発する!

https://one-publishing.co.jp/books/9784651203553/

こうやってわたしたちに「知恵」を与えようとする人たちが、キリスト教にとっての異端、グノーシス主義者です。

現在は弾圧も焚書もしないので、嘘、大げさ、紛らわしい、のJARO的情報であふれかえっています。

逆に、戦争を起こすと多くの人が「ゴグとマゴグはロシアだった!」などと勝手に解釈してくれるので、戦争屋としてはこの手の予言はありがたいのです。

こんな詐欺も可能になる。二本のビルはアシェラの柱?

ゴグとマゴグについての聖書の記述は、多くありません。創世記にあるのは、ノアにマゴグという孫がいた、という記述だけです。

ゴグは歴代誌上の五章、ヤコブの息子たちの系図に登場します。ヤコブは別名イスラエル、ヤコブの息子たちはイスラエル十二支族の祖先です。

すなわちイスラエルの長子ルベンの子らはハノク、パル、ヘヅロン、カルミ。
ヨエルの子らは、その子シマヤ、その子ゴグ、その子シメイ、その子ミカ、その子レアヤ、その子バアル。

https://www.biblegateway.com/passage/?search=1 Chronicles 5&version=KJV

唐突にヨエルという名前が出てくるのですが、この節によると、ゴグはヤコブの子ルベンの子孫ヨエルという人物の孫、ということになります。

ヤコブと十二人の息子たちは、大洪水のあと長い年月を生きていました。なのでルベンの子孫ゴグはもっとあとに生まれたことになります。ゴグとマゴグは同時代に生きていません。

戦車や生き物でおなじみのエゼキエル書には、ゴグが頻繁に登場します。

主の言葉がわたしに望んだ。「人の子よ、マゴグの地のゴグ、すなわち、ロシュ、メセク、トバルの王子に顔を向け、かれに向かって預言しなさい」

https://www.biblegateway.com/passage/?search=1 Chronicles 5&version=KJV

あなた(ゴグ)は、地を覆う雲のように、わたしの民イスラエルに向かって攻めのぼる。それは終わりの日のことであり、わたしはあなたをわたしの地に攻めきたらせる。わたしがあなたのうちに清められたとき、異教徒はわたしを知る。ゴグよ、かれらの目の前で。

https://www.biblegateway.com/passage/?search=1 Chronicles 5&version=KJV

イスラエルの民はとにかくバアル崇拝でした。バビロン捕囚は神に背を向けた罰だったので、エゼキエルは悔い改めを説きます。

その後ゴグと軍勢は、神の予言どおり回復したエルサレムを攻撃するのですが、神は「わたしはあなた(ゴグ)の敵となる」ともいっています。

エゼキエルは、神がゴグを滅ぼし、神の民を守ると予言します。罰は与えるがアフターケアもしっかりする、ということです。

いずれにせよ、戦争は必ず起きるのです。

ロシュ、メセク、トバル(マゴグの地のゴグ)は、神の民に敵対する勢力のようですが、エゼキエル書ではマゴグは地名でした。

ノアに呪われたカナンはカナン人の祖で、カナン人が住む場所もカナンと呼ばれます。

「マゴグ人」が住んでいた場所がマゴグ、と考えると、エゼキエルの預言は、創世記や歴代誌上に記されている実在の人物を指しているわけではないようです。

三つの伝承

ゴグとマゴグがセットで知られているのは、ヨハネの黙示録二十章の記述のせいです。

そして、地の四方にいる諸国民、ゴグとマゴグを惑わし、かれらを戦いのために招集する。その数は海の砂のようである。

https://www.biblegateway.com/passage/?search=Revelation 20&version=KJV

創世記では、ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラス、とつづきます。

マダイはメディア人のことで、現在のイラン西部に暮らしていたインド・イラン系(白人)の民族です。

ゴメルは古代のキンメリア人(白人)と結びつけられています。

キンメリア人の国は小アジア東部のカッパドキアあたりなので、ゴメル(西)とマダイ(東)に挟まれたマゴグはコーカサスの南、アルメニア(白人)ということになります。

紀元前一五〇年ごろのアルメニア。上がコーカサス山脈。

アルメニア人は伝統的に、マゴグの甥、ゴメルの息子アシュケナズの子孫だと自認しています。

https://forward.com/news/205371/ashkenazi-jews-descend-from-350-people-scientists/より転載。赤毛で白いアシュケナージ・ユダヤ人。

聖書の記述はそれなりなのですが、終末論的文学や中世の伝説では、ゴグとマゴグは重要な位置を占めています。コーランにも出てきます。

先ほど紹介した「ゴグとマゴグはロシアだ!」と同じノリです。みんなが知りたがっているのであれば、嘘だろうと憶測だろうとニーズに応えなければなりません。

ユダヤ教とキリスト教の終末論的な著作では、ゴグとマゴグはイスラエルの失われた十氏族と同一視されています。

失われた十氏族は、紀元前八世紀のアッシリア捕囚でアッシリアに連れ去られたイスラエルの民たちで、その後足跡がたどれなくなってしまいました。

この失われた十氏族は、中世のユダヤ教の伝承によって「赤いユダヤ人」として知られるようになりました。

赤いユダヤ人

「赤い」というのは、髪やヒゲの色のことです。中世ヨーロッパのキリスト教徒は赤毛を嫌い、金髪や黒髪の白人と明確に区別していました。

だからなのか、ユダヤ人やイスカリオテのユダは赤毛で描かれていました。

赤いユダヤ人は、中央アジアに住んでいると信じられていました。そしてユダヤ人たちによって、赤いユダヤ人はメシアの世界制覇を助けるために登場する、と期待されていました。

中央アジアといえば、騎馬民族、遊牧民たちが住んでいた地域です。

カナダ人歴史家のアンドリュー・ゴウは、赤いユダヤ人の伝説は三つの伝承を混同したもの、と結論づけました。ゴグとマゴグ、イスラエルの失われた十氏族、アレクサンドロス・ロマンスに登場するエピソード、の三つです。

アレクサンドロス・ロマンスは、アレクサンドロス大王の生涯をネタにした伝説群です。アレクサンドロス大王には角が生えていた、などの空想的な逸話で彩られています。

その中に、アレクサンドロスの門という話があります。門は「北の胸」と呼ばれる二つの山のあいだに位置します。

なぜ門を築いたのかというと、ゴグとマゴグを封じ込めるためです。

アレクサンドロスは、アルメニアを北上してコーカサス南部に入った。かれは原住民にたずねた。「わたしたちが見ているこの山の中にいる国々はだれか」かれらは、それはフン族であり、その王たちは「ゴグとマゴグ、ヤペテの子孫の王ナワル」であると答えた。そして、この野蛮で残酷な民族とその忌まわしい風習についてのかれらの説明を聞き、アレクサンドロスは山の壁の隙間を塞ぎ、ゴグとマゴグの国々をその中に閉じ込めるために、真鍮と鉄でできた大きな門を造るように命じた。その門には、フン族の将来の侵入を予言する碑文が刻まれた。

https://www.medievalists.net/2013/09/alexander-and-the-mongols/
https://www.freeworldmaps.net/asia/caucasus/map.htmlより転載。コーカサス山脈の上が野蛮で残虐な遊牧民のテリトリー。たしかに門をつくりたくなる。

ゴグとマゴグと同一視が試みられたのは、スキタイ人、フン族、ゴート族、トルコ人、ハザール人、モンゴル人などです。どれも暴れ者です。

スキタイ人とモンゴル人は、自分たちの祖先はゴグとマゴグだ、と主張していました。

東方見聞録でおなじみのマルコ・ポーロは、ゴグとマゴグをタルタル人に位置づけました。

いずれにせよ重要なのは、どれが真実かよりも、これらの主張たちがのちの「アーリア人種」の定式化の基礎になったことです。

「アーリア人」といえば、もちろんヒトラーです。

東洋のカバラ

ヨーロッパ人は、「アーリア人」の子孫とされています。「アーリア人」はインド・ヨーロッパ語族として一般的に知られています。

なぜインドとヨーロッパが同じなのか、と疑問に思ったことがあるかもしれません。見た目がぜんぜんちがうからです。

「アーリア人」は、コーカサス山脈の地域、南ロシアおよびウクライナで生まれたとされています。

なのでコーカサス出の人、コーカソイドとも呼ばれます。

https://recruitingdaily.com/the-white-network-problem-of-tech-hiring/より転載

「アーリア人」説は、十八世紀から十九世紀にかけて、ヨーロッパ人の学者たちによって唱えられました。

唱えられた理由は、堕天使の子孫によって歴史を通じて保存されてきたオカルト知識とヨーロッパ人を結びつけるためです。

スキタイ人(白人)は、南ロシアとウクライナのドン川流域から、モンゴルのアルタイ山脈に至る草原地帯に定住していました。繰り返しますがコーカサス山脈の北です。

http://e-sushi.fr/art-voyage/paysage/altaiより転載。アルタイ山脈。

オカルトの伝説では、「アーリア人」の故郷はシャンバラだとされています。

シャンバラはチベット仏教の伝説に登場する、悟り、知恵、平和の「楽園」で、わたしたち一般人は立ち入ることができません。

アルタイ山脈は、新疆ウイグル自治区、ロシア、中国、モンゴル、カザフスタンの国境を接しています。シャンバラはそのいずれかに位置するといわれています。

またアルタイ山脈は、オカルティストのあいだでは「東洋のカバラ」とみなされています。

「東洋のカバラ」は、スウェーデン王国出身の神学者エマニュエル・スウェーデンボルグ(一六八八年~)に端を発しています。

エマニュエル・スウェーデンボルグ

スウェーデンボルグは、天国と地獄を自由に行き来し、霊的体験に基づく多くの著作を発表しました。

スウェーデンの東インド会社で働いていたのですが、実際の使命は諜報活動、カバラ研究などでした。

そしてインドと中央アジアに興味を持ち、ニュー・エルサレム・ソサエティで性的儀式を行いました。この手の儀式には、射精せずにイクという若者を魅了する「秘技」も含まれています。

スウェーデンボルグは、ヨギのタントラの瞑想と性魔術の技法がカバラの技法に似ていることに興味を抱くようになり、中央アジアのヨギはユダヤ人よりもずっと前にカバラの秘密を発見していた、と主張しました。

アルタイ山脈には、アトランティスの生存者である「アーリア人」の移住の名残がある、と考えられています。

ここのシャーマンは、向精神薬を使うことでトランス状態や解離状態に入り、あの世と交信することができたそうです。

初期のシャーマニズムの実践は、ゾロアスター教のマギ(カルト)まで遡ることができます。マギたちの夜の儀式や狂宴では、神聖な植物から調製された神の酒、ハオマが用いられていました。

ハオマは、初期のインド・イラン語派のヴェーダに登場するソーマと同起源です。ソーマはその後のヴェーダ文化やペルシャ文化にも大きな影響を与えました。

古代ローマ時代のワインもそうですが、秘儀は結局のところドラッグ・セックス・ロックンロール(お祭り、踊り)です。

ギリシャ人歴史家のプルタルコス(四六年~)はハオマ、ソーマについてこのように記しています。

かれらはオモミ(ハオマ、ソーマ)と呼ばれるある植物を乳鉢ですりつぶし、同時にハデス(黄泉)と闇を呼び起こし、生贄に捧げたオオカミの血と混ぜて運び出し、決して日の当たらない場所に据える。

https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A2008.01.0239%3Asection%3D46

ロシア人やドイツ人など、多くの探検家がチベットを訪れ、シャンバラを探そうと頑張りました。

シャンバラの地底バージョンはアガルタとも呼ばれます。

アガルタは、巨大なトンネル網で世界中の大陸とつながっているそうです。トンネルの大部分は現在も存在していて、残りは大変動によって破壊されました。

通路の正確な位置と進入する手段は、例によって高位のイニシエートのみが知っています。王国自体が秘密の知識の膨大な貯蔵庫なので、詳細は注意深く守られています。

シャンバラの予言では、三十二人の王がそれぞれ百年間統治するとされています。

それぞれの治世が過ぎると外界の状況が悪化し、人々はより戦争好きになり、権力を追求するようになります。そして物質主義が地上に広がるにつれ、人類は徐々に劣化していきます。

物質主義のイデオロギーに従う「蛮族」たちが邪悪な王の下で団結し、もう征服するものはなにもないと感じたとき、霧が晴れ、シャンバラが姿をあらわします。

蛮族は恐ろしい武器を装備した大軍で、シャンバラを攻撃します。シャンバラの三十二人目の王ルドラ・チャクリンは、強大な軍勢を率いて侵略者に立ち向かいます。

そして最後の戦いで、邪悪な王とその従者たちは滅ぼされます。

どこかで聞いた話です。

ハプログループR1a1

スキタイ人は、ハプログループR-M17のルーツです。R1a1としても知られています。

ハプログループの詳細については(うまく説明できないので)割愛しますが、これをたどるとその民族のルーツを知ることができる、というものです。

ハプログループR1a濃度。まさにインド・ヨーロッパ。

ハプログループR1aは、ユーラシア大陸の広い地域に分布しています。スカンジナビア、中央ヨーロッパ、南シベリア、南アジアまでです。

ハプログループRは、ヨーロッパで最も一般的な男性ハプログループです。これはサブハプログループR1とR2に分けられます。

ハプログループR1はさらに、サブハプログループR1bとR1aに分けられます。この二つはポーランド、北インド、モンゴル北西部のアルタイ山脈に集中して分布しています。

R1aはマケドニアを含むバルカン半島と、モンゴル北部のアルタイ山脈に集中して分布しています。マケドニアといえばアレクサンドロス大王です。

この「事実」が、アレクサンドロス大王の伝説と、失われた十氏族、ゴグとマゴグを結びつけているわけです。

そしてこの不思議な人種的、文化的混血は、オカルト伝説によって混同され、「アーリア人種」の神話を生み出しました。

R1aは、南アジア、西アジア、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパのインド・ヨーロッパ語族と強い相関を示しています。

起源がどこかは諸説あります。

クルガン仮説は、ロシア・ウクライナ南部に存在した「クルガン文化」がインド・ヨーロッパ祖語の話し手だった、とする仮説です。

クルガン文化圏は、黒海の北、ポントス草原にありました。人々は馬を家畜化し、戦車を使用していました。馬があれば、たしかにあちこちに行けます。

ポントス草原

ハプログループR1aは、「タリムのミイラ」からも発見されました。このミイラたちは新疆ウイグル自治区のタリム盆地で見つかりました。

ペンシルバニア大学のビクター・メアー教授によると、ミイラたちは「明るい髪、白い肌、長い鼻、深い目、薄い唇」といういわゆる白人の特徴を持っています。

ブロンドを三つ編みにしたミイラもいます。

https://www.penn.museum/sites/expedition/ancient-mummies-of-the-tarim-basin/より転載

スベシの魔女というミイラもいます。

https://www.penn.museum/sites/expedition/ancient-mummies-of-the-tarim-basin/より転載

メアー教授はスベシの魔女についてこう記しています。

ECAで最も興味をそそるミイラは、スベシの「魔女」かもしれない。彼女は、中世ヨーロッパのシスターの象徴的な被り物と似た、非常に背が高く、尖った黒い帽子をかぶっている。スベシは紀元前四世紀から二世紀にかけての遺跡で、重要な都市トルファンのすぐ東の高い峡谷に位置している。

https://www.penn.museum/sites/expedition/ancient-mummies-of-the-tarim-basin/

R1a1は、アルメニア、グルジア、そしてソルブ人、ポーランド人、東ヨーロッパ全般に見られます。

またR1a1は、現在アシュケナージ系ユダヤ人を自称するイスラエル人たちのサンプルの中で高いレベルで発見されました。

とくに高い濃度を見せているのは、アフガニスタンのパシュトゥーン人です。パシュトゥーン人はアレクサンドロス大王とイスラエルの失われた氏族の両方の子孫を主張しています。

現在、アジア(トルコ)や中東は浅黒い肌の人ばかりですが、かつては白人が多くを占めていました。コーカサス山脈の北、ヨーロッパはもちろん、中国のあたりまで白人です。

映画では、ユダヤ人などは浅黒い肌をしています。ビジュアルで飛び込んでくるので圧倒的に、そして自然に信じてしまいます。

このあたりは、「日本人とユダヤ人の祖先は同じだった!」というグノーシスと異なり扇情的ではないので、非常に気づきにくい「嘘」です。

この嘘をまず解きほぐさなければ、ゴグとマゴグについて読んだり説明を受けたりしてもまったくピンと来ません。

これからしばらく、ゴグとマゴグについて掘り下げていきます。

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。